ニュース・ワーカー2

組織ジャーナリズムに身を置き40年余

日本農業新聞の気骨

 第100回の節目の大会だった今夏の全国高校野球選手権は、金足農業高校が秋田代表としては第1回大会以来103年ぶりの決勝に進み、話題を集めました。県立高校でチーム全員が地元秋田出身。優勝は、史上初の2度目の春夏連覇を遂げた大阪桐蔭高でしたが、後世まで記憶に残るのは「雑草軍団」を自負した金足農高だろうと思わせるほど、強く印象に残るチームでした。
 その金足農高の活躍とともにマスメディアの分野で注目されたのは、専門紙である日本農業新聞が甲子園球場での大会のもようを自社取材で報じたことです。8月21日の決勝の結果は号外紙面を作成し、PDFファイルにして自社サイトにアップ。22日付の紙面でも金足農高の準優勝を1面トップで報じました。専門紙のこうした異例の報道もそれ自体が話題になり、スポーツ紙や一般紙も紹介しました。
 ※日本農業新聞 https://www.agrinews.co.jp/

 ふだんはなじみの薄い専門紙ですが、わたしは日本農業新聞については昨年、印象に残ることがありました。このブログでも書きましたが、昨年9月8日発行の岩波書店「世界」10月号に、わたしが参加した座談会の記事が掲載されました。タイトルは「報道の『沈黙』が社会を壊す―プロフェッショナリズムの不在について」。上智大教授(当時)の田島泰彦さん、立教大名誉教授の服部孝章さんとの3人で、新聞のジャーナリズムについてあれこれ語りました。

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 この座談会の中で、服部さんが日本農業新聞に言及していました。「世界」掲載の記事から関係部分を引用します。公権力と対峙する地方紙についてのわたしの発言に続く服部さんの発言です。

 服部 ただ、共謀罪や安保法制、特定秘密保護法については地方紙は富山県の一部の新聞をのぞいてこぞって反対の論陣をはりましたが、そうした反対姿勢が読者にいきわたっているとはとても思えません。社説では批判を書いていても、実際の選挙ではそのような結果は出ていない。発行部数三十数万部の日本農業新聞だけは、連日アベ農政批判をやっていて、農村票が反アベに出たのに……という気持ちです。
 地方紙はどこも部数を伸ばしているところはなくて、むしろものすごい勢いで減っています。金融庁がつい最近、地方の銀行は合併すべきだというような方針を明らかにしましたが、地方新聞社だってそんな話が出てきても不思議ではない。
 さらに言えば首都圏でも、二〇五〇年には人口が数十パーセント減少する。そうなると、大手新聞社でさえやっていけない可能性もある。確かに社説としてデータが残ってはいても、それが農業新聞くらい読者に伝わっているところは少なくなってくるんじゃないかと思います。

 直接は地方紙の現状への言及ですが、日本農業新聞はその主張が読者に伝わり受け入れられていることの紹介でした。
 今回、農業高校の甲子園での活躍を紙面で取り上げたことも、ふだんからの読者との結び付きの強さがあればこそだろうと推察します。
 服部さんが紹介した「連日アベ農政批判をやっていて、農村票が反アベに出た」という、日本農業新聞のいわば気骨と言ってもいいのではないかと思うのですが、それがよく分かると感じる同紙の論説を引用して書きとめておきます。今年の8月15日付です。

※「不戦の誓い 危険な予兆に声上げよ」
 https://www.agrinews.co.jp/p44885.html

「戦争の始まりは表現の自由への抑圧から」。今年98歳で亡くなった俳人の金子兜太さんの言葉は重い。今日は73回目の終戦の日。「戦争の予兆」をまとう危うい政策に一人一人が声を上げ続けることで、同じ過ちへの道を阻みたい。
 戦争は突然始まるのではない。目に見えない言論・思想統制から始まり、気が付いたら、後戻りできない状況に陥ってしまう。戦争を知る世代の多くは「今の時代は戦前と似ている」と危機感を語る。政府・与党が十分な議論もせず、さまざまな法案を強行的に採決してきた一連の流れがあるからだ。
 安倍政権となって以来、2013年には、知る権利と報道の自由を脅かす特定秘密保護法が成立。14年は、海外での武力行使を禁じた憲法9条の解釈を変え、限定的に集団的自衛権を行使できるよう閣議決定した。15年、自衛隊の海外での武力行使に道を開く安全保障関連法が成立。共謀罪の趣旨を盛り込んだ改正組織犯罪処罰法は、17年に成立した。平和主義を定めた憲法9条改正の動きも、依然としてある。
 この状況に「危ない」と声を上げるのが俳人や作家、映画監督ら表現者だ。日本農業新聞は15日まで「戦争“表現”で語り継ぐ」を連載した。40、50代の戦後の世代と70、80代の戦争を体験した世代の計5人に活動と平和への思いを聞いた。
 (中略)
 危険な種は、育つ前に刈り取らなければならない。日常でパワハラやセクハラ発言、差別などを黙って見過ごしていないだろうか。まずはわが身を振りかえり「おかしい」と思うことに異を唱えるところから始めよう。多くの「自己規制」の積み重ねが、戦争の種を育てる。
 過去の百姓一揆から、近年の環太平洋連携協定(TPP)反対運動へと、農に携わる人たちには反骨精神が息づいている。命を生み出す農業界から「不戦」を貫こう。おかしいことを「おかしい」と自由に言える雰囲気こそが、「戦後」をつくり続ける。