軽視できない安倍政権の死者数誤集計~北海道地震 発生初日からミス、報道の食い違いにも訂正できず

 北海道胆振地方で9月6日、最大震度7を観測する大きな地震がありました。被災地の皆さまにお見舞い申し上げますとともに、犠牲になった方々に哀悼の意を表します。行方が分からない方々の無事とけがをされた方々の回復、被災地に一日も早く日常が戻ることを願っています。

 この地震災害をめぐって、菅義偉・官房長官が7日午後の記者会見で、同日午前中に発表した死者数16人を、「死者9人、心肺停止7人」の誤りだったと訂正しました。報道によると、菅氏は「『事務的に集計する段階で死者と心肺停止者の両者をまとめて死者として計上した』と説明し、陳謝した」(8日付毎日新聞朝刊)とのことです。読売新聞が紙面に掲載しているドキュメントによると、「死者16人」は7日午前9時37分に安倍晋三首相が関係閣僚会議で明らかにしていました。
 この問題では、安倍晋三政権の「人命」への姿勢に気にかかる点があります。また東京発行の新聞各紙の報道にも顕著な「二極化」の傾向がみられます。備忘を兼ねて書きとめることにします。

 ■「死亡」と「心肺停止」の差異
 まず安倍政権の「人命」への姿勢についてです。「死亡」と「心肺停止」には明確な差異があります。人間の死を判定できるのは、日本の法律上では死亡診断書を作成する医師と歯科医師だけです。公的に死者として扱われるのは、医師が死亡を判定した後です。一方の心肺停止とは、文字通り心臓と呼吸が停止した状態です。救命措置で蘇生する場合もありますし、仮に心肺停止に陥ってから長時間が経過し蘇生は絶望と思われる状態でも、医師が死亡判定するまでは「心肺停止」です。
 報道の実務では、災害や遭難などで行方不明者、安否不明者が捜索で見つかった場合、仮に蘇生はありえないと思われるケースでも、死亡と心肺停止は厳密に区分けして報じます。どちらか判然としない場合は単に「行方不明者のうち○人が見つかった」としか書かない場合もあれば、「呼びかけに反応はないという」などと分かっている状況をできるだけ具体的に伝える場合もあります。
 人の「死」、しかも不慮の死は家族や知人にはショックが大きく、事実として受け入れるのはとてもつらく、苦しいことです。だから報道は、犠牲者一人一人にそれぞれの人生があり、家族とともに歩んだ時間があることに思いをはせ、その人生の終焉に厳粛に向き合わなければなりません。どんなに混乱を極める災害や事件事故でも、人の死を数字の羅列としてしか見ないということはあってはならないと、わたし自身、教え込まれてきました。だから、死亡と心肺停止を合算してしまうというミスに、驚きを禁じ得ません。

 ■ミスは前日から
 菅官房長官はミスが事務的な集計の段階で起きたと説明したようです。それはその通りかもしれませんが、もう一つ気になるのは、ミスはこの7日だけではなく、地震発生当初からだったのではないか、ということです。
 7日付の手元の朝日、毎日、読売3紙の朝刊を見ると、6日夜の時点での人的被害の集計では、死者数は「9人」(朝日、読売)と、「5人」(毎日)の二つの数字が出ています。「死者9人」は安倍首相が6日午後6時の関係閣僚会議で明らかにした数字でした。「死者5人」は同じ段階で警察庁が集計していた人数で、ほかに「心肺停止4人」もありました。毎日新聞は見出しにこの二つを併記して「5人死亡 4人心肺停止」としていました。わたしは菅官房長官が7日に訂正したことを知って、安倍首相が前日明らかにした「9人」も、同じように死者と心肺停止者を合計した人数ではないのかと疑いを持ちました。
 仮にそうだとすれば、7日早朝の段階で、二つの異なった死者の人数が報道されていたわけで、政府内部の指摘を待つまでもなく、集計の誤りに気付くことが可能だったはずです。しかし前述のとおり、安倍首相は7日午前9時37分の関係閣僚会議で、死者と心肺停止者を合計した「17人」を死者数として公表し(読売新聞)、菅官房長官も午前の定例会見で発表しました。誤りを訂正したのは7日夕方で、まる一昼夜、誤った集計を公表し続けていたことになります。
 ここでは「仮に」と留保を付けましたが、毎日新聞は9日付朝刊で、「関係者によると」として、「6日に発表した死者数にも心肺停止者数が含まれていた。基になる資料で『死者など』とされていたのに、官邸への報告までに『など』が抜け落ち、心肺停止者を死者にカウントした可能性があるという」と報じています。死者と心肺停止者を合計して「死者」の人数を発表するミスはまる一昼夜続き、この間、ミスに気付く機会はあったのに首相も官房長官も気付かなかったのが実態だったと思います。

 ■事務方だけの責任か
 安倍政権のもとで起こった最近の数々の不祥事では、責任は官僚が負い、閣僚ら政治家の責任は極めて軽く扱われるのが常のように思えます。今回の集計の誤りも、事務方の責任で終わるのかもしれません。しかし、「死亡」と「心肺停止」を区別することの意味が政権内に貫かれていれば、このようなミスが起きたでしょうか。あるいは、人間のやることにミスは免れ得ないとしても、もっと早くに気付くことはできたのではないでしょうか。
 報道によると、安倍晋三首相は6日の地震発生当日、「政府としては人命第一で、政府一丸となって、災害応急対応に当たっていく」と記者団の前で話していました。生存者の救出が最優先であることに異存はありませんが、「人命」の尊重とは生存者のことだけを考えていればいいということではないでしょう。無神経に心肺停止者を死者と一緒に集計するのも、ある意味、人命の尊重からかけ離れた行為であると思います。
 前述のように、遅くとも7日早朝には、報道によって死者の数が異なることから、集計のミスに気付く可能性は客観的にもありました。にもかかわらず、間違いを重ねた集計を安倍首相自身が公表していました。そこに政権、政治家は自省を込めるべきだと思います。

 ■ここでも在京紙の二極化
 このミスを巡る報道には顕著な「二極化」の傾向が見られました。
 菅官房長官が7日の記者会見で集計の誤りを認め陳謝したことを、東京発行の新聞5紙(朝日、毎日、読売、産経、東京)が8日付朝刊でどう報じたかをチェックしてみました。朝日新聞、毎日新聞、東京新聞の3紙はそれぞれ1面に、さほど長くはありませんが独立した記事を掲載しています。見出しは以下の通りです。
 ・朝日「死者の人数 政府が訂正」
 ・毎日「首相ら発表の死者数を訂正」
 ・東京「政府、心肺停止時点で『死者に』/菅氏 発表訂正し陳謝」

 一方、産経新聞には関連記事が見当たりませんでした。他紙は前日の夕刊で、政府の発表に基づき、死者と心肺停止者を合わせた人数を死者数として掲載していたことから、事実関係を訂正する続報としても、記事には意味がありました。産経新聞は東京本社では夕刊を発行しておらず、紙面上の訂正の必要はないという事情の違いはあると思います。
 少なからず驚いたのは読売新聞です。見出しがついた一般の記事形式ではなく、「ドキュメント」という時刻と動きを羅列した記録スタイルの記事の中に、4行にわたって「16・21 菅官房長官が記者会見で死者数を訂正。死者と心肺停止を『まとめて計上してしまい申し訳ない』と陳謝」と記述しました。第2社会面の掲載です。よほど隅々まで紙面に目を通さなければ気付かないかもしれません。
 朝日、毎日、東京の3紙が1面で見出しを立てて報じたのに対し、関連記事の掲載がないか、あっても小さな扱いの読売、産経両紙という紙面状況は、特に安倍政権の政策を巡って数年来、顕著になっている論調の二極化に通じるように思います。

■マスメディアの検証

 前述のとおり、毎日新聞は9日付朝刊の1面に、この問題の続報を掲載しています。リードと末尾の部分を引用します。
 ※毎日新聞「『犠牲者』政府先行発表で混乱/官邸主導をアピール?」

 今回の地震では、安倍晋三首相や菅義偉官房長官が犠牲者数をいち早く発表している。国の発表は警察や自治体より遅れることが多く、政府の先行発表は異例だ。政府関係者は「官邸主導をアピールする狙いがある」と話すが、首相が発言した情報が不正確で官房長官が謝罪する事態も招いている。
 (中略)
 関係者によると、6日に発表した死者数にも心肺停止者数が含まれていた。基になる資料で「死者など」とされていたのに、官邸への報告までに「など」が抜け落ち、心肺停止者を死者にカウントした可能性があるという。政府関係者は「今回は自民党総裁選もにらみ、危機管理態勢の充実ぶりをアピールする狙いもあったかもしれない」と指摘する。

 ネットでも読めるようです。
 https://mainichi.jp/articles/20180909/ddm/001/040/160000c

 このようなミスがなぜ起きたか、早くに気付く機会があったのに訂正までなぜ一昼夜かかったか、「人命第一」のアピールに「自民党総裁選」という「私心」が入り込んでいなかったか―。これらは時の政治権力に対するマスメディアの検証に値するテーマであり、毎日新聞に他メディアも続いてほしいと思います。