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何のための商業捕鯨復活なのか~IWC脱退と憲法

 唐突感が否めないニュースです。日本政府は12月25日、国際捕鯨委員会(IWC)から脱退することを閣議決定し、1日経って26日に発表しました。これにより、来年7月から商業捕鯨が再開される見通しだと報じられています。
 マスメディアも大きく報じ、東京発行の新聞各紙は27日付朝刊で朝日新聞、毎日新聞、読売新聞、東京新聞が1面トップ。産経新聞も1面準トップでした(日経新聞は1面のインデックスに捕鯨の写真付きで入れています)。朝日、毎日、東京の3紙は社説でも取り上げました。見出しを見ても「国際協調に影を落とす」(朝日新聞)、「失うものの方が大きい」(毎日新聞)、「これで捕鯨を守れるか」(東京新聞※中日新聞も)とあるように、そろって脱退を批判しています。

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 ただ、一体何のための商業捕鯨の復活なのか、国際機関を脱退してまで、日本政府がなぜ商業捕鯨にこだわるのかが、新聞各紙の報道を見てもすっきりとは整理できていない印象があります。
 例えば食糧問題としての側面です。わたしは1960年の生まれで、小学生の頃は学校給食によく鯨肉のメニューが出ました。わたしが在籍した北九州市の小学校の給食では、竜田揚げは「オーロラ揚げ」と呼んでいたと記憶しています。その名の通り、南氷洋の捕鯨船団が捕ったクジラだったのでしょう。戦後の一時期、日本にとって鯨肉が重要なタンパク源であり、南氷洋捕鯨が供給していたことは間違いありません。
 では商業捕鯨の復活とは、かつてのように船団を組んで南氷洋に出て行くことを指すのかと言えば、そうではないようです。報道によると、南氷洋からは撤退し、日本沿岸および領海、排他的経済水域(EEZ)内で、対象もミンククジラなど3種に限定とのこと。捕獲量も、現在の調査捕鯨と大差ないようです。今日、日常の食生活に占める鯨肉の地位は、かつてに比べて大幅に下がっています。牛や豚、鶏に代わる食肉タンパク源の確立が早急に必要という事情は見当たりません。食糧問題として、商業捕鯨解禁が必要と位置付けるには無理がありそうです。
 ほかに報道でよく紹介されているのは、日本の伝統食文化としての鯨食と、捕鯨技術の伝承、保存です。ただ、伝統文化としての鯨食となると地域は限られます。しかも、そうした地域では小型の鯨種を対象に、沿岸捕鯨は小規模とは言え今に至るまで続いています。商業捕鯨によって、沿岸捕鯨の捕獲量が増えるのかもしれませんが、そうしないと伝統食文化を守りきれないのか。再開後の商業捕鯨でも、捕獲量は調査捕鯨と大して変わらないとなると、つまりは伝統食文化の側面で現状と何が変わるのか、よく分かりません。

 雇用・労働の側面はどうでしょうか。朝日新聞の記事「需要減少 水産業界は慎重」(27日付3面「時時刻刻」)によると、かつて南氷洋捕鯨を担っていた大洋漁業をルーツに持つマルハニチロは、捕鯨事業再開の考えはまったくなく、日本水産も同様。「現在、沖合で商業捕鯨を行う意向を示しているのは、国の支援を受けて調査捕鯨を手がける共同船舶だけだ」とのことです。共同船舶は自社HPに「捕鯨と鯨肉販売のプロフェショナル企業」と掲げており、捕鯨の存続は企業にとっては死活問題でしょう。それはすなわち、雇用の問題でもあります。

※共同船舶ホーム 

http://www.kyodo-senpaku.co.jp/index.html

 一方で、マスメディアの報道が比較的よく伝えていると思うのは、脱退を決めた日本国内のメカニズムです。慎重だった外務省を押し切って脱退を主導したのは、自民党の捕鯨推進派の議員グループだったとの指摘は、各紙の報道でおおむね一致しています。中心的な役割を果たしたのは二階俊博・自民党幹事長だったと、朝日新聞や読売新聞はそろって指摘しています。二階氏の選挙区の衆院・和歌山3区には、沿岸捕鯨で知られる太地町があります。また、安倍晋三首相の地元の山口県下関市も、捕鯨船団の拠点として、商業捕鯨とは深い関係があります。
 以上のようなことを合わせ考えると、IWC脱退は多分に自民党議員らのメンツの問題なのではないか、という気がしてきますが、どうなのでしょうか。上記のように、「なぜ今、商業捕鯨なのか」がすっきり整理できていないように感じるのは、国会を始め社会で開かれた議論がなかったことが最大の要因のように思います。マスメディアはさらに論点を整理しながら、検証報道を続けていくべきではないかと思います。

 いずれにせよ、国際的な対話や議論と決別して、自国の主張を強引に実行に移そうとする、ということでは、単独主義との批判は免れ得ないように思います。この単独主義を巡って、もっとも重要と思われる論点を水島朝穂・早大法学学術院教授(憲法学)が指摘しているのが目に止まりました。12月27日付の東京新聞朝刊に記事が掲載されています。「国際機関への加盟の根拠となる条約の締結について、憲法七三条は、事前もしくは事後の国会承認が必要としている。その趣旨からすれば、条約や国際機関からの脱退も国政の重大な変更であり、国会での議論抜きにはあり得ない」。しかし、安倍晋三政権は野党や国民にきちんと説明しないまま、脱退を閣議決定しました。記者会見も1日遅れでした。「IWCからの一方的な脱退は、憲法九八条が掲げる『国際協調主義』を捨て去る最初の一歩になりかねないと警鐘を鳴らしたい」。水島氏は記事の中でそう強調しています。
※東京新聞「国会に説明なく、憲法軽視 IWC脱退 早大・水島朝穂教授」=2018年12月27日

www.tokyo-np.co.jp

 安倍晋三首相には現行憲法を変えたい気持ちが強いためか、憲法99条に定められた公務員の憲法尊重擁護の義務を自覚しているとは到底思えない言動が目立ちます。IWC脱退のあまりにも乱暴で粗雑な進め方も、そうした安倍首相の政権ならではのことかもしれません。