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レーダー照射問題の「そもそも」の疑問~“いきなり防衛相”の強硬姿勢、深層の検証は報道の課題

 1月に実施された世論調査結果についての記事の続きになります。各社とも日韓関係について質問しています。元徴用工が日本企業に賠償を求めた訴訟で、韓国の最高裁に当たる大法院が新日鉄住金に賠償を命じた問題や、海上自衛隊のP1哨戒機が韓国海軍の駆逐艦から火器管制レーダーの照射を受けたとして、防衛省が抗議した問題などで、日韓両政府の関係が冷え切っていることが、調査結果にも反映されているようです。質問は各調査それぞれに異なっていますが、回答状況は総じて、日本政府は韓国政府に対し強い態度で臨むべきだとの考えが多数であることを示しているようです。
 ※各調査の質問と回答は、この記事の最後に書きとめておきます。

 海自哨戒機へのレーダー照射問題を簡単に振り返ります。昨年12月20日午後、能登半島沖の日本海で発生。翌21日に岩屋毅防衛相が記者会見して公表しました。火器管制レーダーの照射について「不測の事態を招きかねない極めて危険な行為」だと韓国側を批判したと報じられています。しかし韓国側は、その後の実務レベルの協議でも事実関係を認めず、逆に遭難した漁船の救助活動中に海自機が威嚇飛行を行ったと主張して謝罪を求めました。
 実務レベルの協議は水掛け論の様相のまま、1月21日に防衛省は「協議を韓国側と続けていくことはもはや困難」との声明を出し、「最終見解」を公表。日本側が一方的に協議を打ち切った形になりました。この間の12月28日には、海自機が撮影した韓国駆逐艦の映像と乗員の会話の音声記録を公開。1月21日には、火器管制用レーダーの探知音や海自機の飛行ルートなども公開しました。なお、韓国側も対抗して動画を公表し、防衛省の最終報告の後にも1月23日に、海自機が同日を含め3回、韓国海軍艦艇に威嚇飛行を繰り返したと主張し、日本を批判しています。

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防衛省の動画公表を伝える東京発行の新聞各紙(昨年12月29日付朝刊)。毎日、読売、産経、東京の各紙が1面に動画の一部の映像をカラーで掲載したのに対し、朝日新聞は総合面、写真もモノクロと、扱いの抑制ぶりが目を引きました。

▽冷静沈着な機内

 レーダー照射問題を巡ってわたしには、12月28日に防衛省が公開した映像を見てから、ずっと知りたかったことがありました。それは、発生翌日という速さで防衛相が発表することを決めたのは、誰の、どんな判断に基づいていたのか、ということです。首相に次ぐ自衛隊の最高位クラスの指揮官である閣僚が緊急会見を開くという、そんな仰々しい形を取るほどのことだったのか。韓国側から実際に攻撃を受けたわけではありません。韓国側に領海侵犯があったわけでもなく、日本側の哨戒飛行が日常的な業務であり、やましい点は何もないのだとすれば、軍事組織同士の互いの実務遂行の中でのトラブルとして、つまりは自衛隊と韓国軍の実務者同士の間の問題として、大臣による公表の前にまず実務レベルで協議を尽くす、という発想は防衛省の中になかったのかな、と疑問に思いました。
 というのも、公開映像を見る限りのわたしの受け止めですが、海自機の乗員たちは一貫して冷静沈着ではあっても、その会話や行動からは、「撃たれる」というような危機感や切迫感、あるいは焦燥感はまるで感じられなかったからです。乗員たちはレーダー照射音を感知しても慌てたり焦ったりする風はなく、冷静にいったん駆逐艦から距離を取りながらも、再び駆逐艦の方向に飛び、そして冷静に無線で駆逐艦にコンタクトを試みています。今にもミサイルを撃たれるかもしれない、という場合の行動なのか。強く疑問に思いました。
 そういう疑問とともに、岩屋防衛相の最初の発表の報道をあらためて見てみれば、レーダー照射の危険性について「不測の事態を招きかねない」と語っている点に注意が必要だと感じます。「招きかねない」との言い回しは、一般論として不測の事態を招く恐れは否定できない、ということであって、必ず不測の事態が到来する、ということではないでしょう。火器管制レーダーの照射は攻撃のためには必須の手順ですが、ではレーダー照射を受ければ必ず攻撃されるのか―。そうではないはずです。撃たれるという差し迫った危険は現場にはなかったのではないか。そのことは「招きかねない」との防衛相の発言からもうかがえます。しかし、この問題に対する意見の中には、全国紙に載った論評にすらも「交戦寸前だった」と断定しているものも見かけます。飛躍があるように思います。

▽「首相官邸の強い意向」(時事通信)

 12月21日に防衛相が記者会見で公表することを決めたのは、誰の、どんな判断に基づいていたのか―。この疑問に対して、明快に答えを示している報道がありました。

※時事通信「電子戦の『機密』、異例の公開 =首相官邸、探知音で幕引き-韓国軍レーダー照射」=2019年1月21日(署名は「時事通信社編集委員 時事総研 不動尚史」)
 https://www.jiji.com/jc/article?k=2019012101132
 記事の書き出しは以下の通りです。

 韓国駆逐艦から海上自衛隊P1哨戒機が火器管制(FC)レーダー照射を受けた問題で、防衛省は21日、P1の電子戦の能力が知られかねない探知音の異例の公表に踏み切った。P1の電波受信能力の保全だけでなく、同じFCレーダーを台湾、タイ、カナダなどが使用しており、同省はオペレーションに影響が出ないよう「生の音」を一部加工して、ホームページ(HP)上に公開した。政府関係者によると、照射問題の一連の対応は「音の公開」を含め首相官邸が主導したという。

 続いて記事は、日本側が映像や音源の公開という異例の対応に踏み切った内情や背景事情を描いていきます。その中に、以下のような記述がありました。

 昨年12月20日に照射問題が発生した当時、自衛隊内では「韓国海軍が謝罪するよう、制服組同士で協議する時間をもう少し作るべきでは」との声もあった。しかし、首相官邸の強い意向を踏まえ照射翌日に公表され、海自関係者は「この時点で自衛隊の手を離れ、完全に政治問題になった」と話す。2013年の中国艦船による護衛艦への火器管制レーダーの照射では、発生から6日後に公表されただけに、今回は対応の違いが際立つ。

 この時事通信の記事に先立っては、防衛省の異例の映像公開が安倍晋三首相の指示だったとの複数の報道がありました。初動段階の時事通信の記事の指摘も「さもありなん」と感じる内容であり、その通りだとすれば、自衛隊の中には実務をつかさどる立場からの冷静な判断があったのであり、実務レベルの協議が十分に時間を取って先行していれば、韓国側の反応も違った展開になっていたかもしれないと感じます。日本国内向けの発表は、その後ではだめだったのか。なぜ、軍事上の実務レベルの問題を首相官邸が主導して、政治問題としたのか。しかも相手は、日本と同じく米国と同盟関係にあり、日本から見て軍事的には中国よりも近い関係にあるはずの韓国です。外交上は韓国との間には先行して徴用工の問題があり、安倍晋三政権が文在寅政権を激しい言葉で批判していたことなどを考え合わせれば、レーダー照射問題を政治問題化させた安倍政権の思惑については、例えば日本国内に韓国への強硬姿勢をアピールして支持を高めたかったのではないか、など、わたしなりに思うところは少なからずあります。
 そうした推測の当否はさておくとして、安倍晋三政権と文在寅政権の間に信頼関係がないのは事実だとしても、マスメディアはまず事実を冷静に伝えることを第一にするべきだと思います。これまでの報道を見ていて、なぜ発生翌日に防衛相がいきなり発表するという強硬姿勢に出たのか、日本側の内実に迫った報道は、1月21日の時事通信の記事まで見当たりませんでしたし、今も決して広くは知られてはいないように思います。そうした「事の始まり」が知られないままに、双方の主張が対立していることばかりが大きく報じられていた印象があります。仮に、レーダー問題が首相官邸の強い意向で当初から政治問題化されたとの時事通信の報道がその通りだとすれば、そのことがもっと早く、もっと広範に、もっと多くのメディアによって報じられていれば、日韓両政府間の関係に対しても、世論の受け止めは違っていた可能性があるのではないかと思います。この「事の始まり」の深層を明らかにすることは、マスメディアの検証報道の課題だろうと、わたしは考えています。

 以下に、日韓関係についての1月の世論調査の結果を、質問も含めて書きとめておきます。

【日韓関係】
■読売新聞 1月25~27日
 日本と韓国は、第2次世界大戦中の元徴用工の問題や、海上自衛隊の哨戒機へのレーダー照射問題などを巡り、両国政府の対立が続いています。今後の日韓関係について、次の2つの意見のうち、あなたの考えに近い方を選んでください。
 関係の改善が進むよう、日本が韓国に歩み寄ることも考えるべきだ 22%
 受け入れがたい主張を韓国がしている限り、関係が改善しなくてもやむを得ない 71%

■日経新聞 1月25~27日
 海上自衛隊の航空機が韓国の軍艦から射撃用のレーダーを照射された問題を巡り、日本政府は韓国に抗議しています。日本政府は今後、どう対応すべきだと思いますか。
 もっと強い対応をとるべきだ 62%
 もっと韓国側の主張を聞くべきだ 7%
 静観すべきだ 24%

■朝日新聞 1月19、20日
 日韓関係についてうかがいます。あなたは、元徴用工の問題や、自衛隊機へのレーダー照射をめぐる問題など最近の日本と韓国の関係を見て、安倍政権の韓国に対する姿勢を評価しますか。評価しませんか。
 評価する 38%
 評価しない 48%

■産経新聞・FNN 1月19、20日
・いわゆる徴用工をめぐる韓国最高裁判決を受けて日本企業の資産が差し押さえられ、日本政府は「賠償問題は1965年の日韓請求権協定で解決済み」との立場で抗議していることについて
《日本政府の立場を支持するか》
支持する 84.5% 支持しない 9.4%
《日本政府は相応の対抗措置を取るべきだと思うか》
思う 76.8% 思わない 14.4%

・韓国軍艦艇が海上自衛隊機に射撃をするための火器管制レーダーを照射したとして、防衛省が映像を公開した。韓国側も反論の動画を公開し、哨戒機が危険な低空飛行をしたとして日本の謝罪を求めていることについて
《映像を公開した日本政府の対応を支持するか》
支持する 85.0% 支持しない 8.8%
《韓国側の主張に納得できるか》
納得できる 3.7% 納得できない 90.8%

■NHK 1月12~14日
・太平洋戦争中の「徴用」をめぐる裁判で、韓国の裁判所が日本企業の資産の差し押さえを認める決定をしたことに対する日本政府の対応について
 「あくまで2国間で話し合う」20%
 「国際社会の場で解決する」53%
 「対抗措置を講じる」17%

・海上自衛隊の哨戒機が韓国軍の駆逐艦から射撃管制用のレーダーを照射された問題への対応について
 「日韓双方の当事者で話し合う」28%
 「国際機関に訴える」56%
 「静観する」6%

■共同通信 1月12、13日
 韓国の最高裁判所は、植民地時代に朝鮮半島から日本に動員された韓国人の元徴用工に対し、賠償金を支払うよう日本企業に命じる判決を出しました。日本政府は、賠償問題は解決済みで判決は国際法に違反すると抗議しています。あなたは日本政府の対応を支持しますか、支持しませんか。
 支持する 80・9%
 支持しない 11・3%

 防衛省のサイトには、レーダー照射問題のページがあります。12月20日当日の映像や、レーダー探知音として公表した音源もアップされています。
http://www.mod.go.jp/j/approach/defense/radar/index.html 

 


韓国海軍艦艇による火器管制レーダー照射事案について