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東京新聞が「検証と見解」を掲載~記者会見の質問制限3 ※追記あり 「追記3」まで更新

 首相官邸が記者会見での東京新聞記者の質問を巡り、事実上、質問を制限するような内容の申し入れを記者クラブに行った問題で、東京新聞が2月20日付の朝刊に、紙面1ページを丸ごと使った「検証と見解」を掲載しました。
 首相官邸の上村秀紀報道室長が昨年12月28日、同26日の菅義偉・官房長官の記者会見で東京新聞の望月衣塑子記者が行った沖縄・辺野古の埋め立てに関しての質問を巡って、「事実誤認」などとして記者クラブ「内閣記者会」に「記者の度重なる問題行為は深刻なものと捉えており、問題意識の共有をお願いしたい」と申し入れていました。東京新聞の「検証と見解」は編集責任者である臼田信行編集局長の署名記事も掲載。それ以前からのものも含めて官邸からの「事実に基づかない質問は慎んでほしい」との9回にも上る申し入れに対して「多くは受け入れがたい内容」「権力が認めた『事実』。それに基づく質問でなければ受け付けないというのなら、すでに取材規制」「権力が記者の質問を妨げたり規制したりすることなどあってはならない」と書いています。
 首相官邸が記者クラブへ申し入れてから50日余り。新聞労連が2月5日に抗議声明を発表してからでも2週間がたってはいますが、当事者である東京新聞が紙面で経緯と問題点をまとめ、見解を表明したことの意義は大きいと思います。他紙、他の放送局もマスメディアとして、社会の人々の知る権利に奉仕し、表現の自由、報道の自由を守る責任と役割を果たすために、例えば東京新聞の「見解」への支持を表明するなど、スタンスを明らかにするようなことがあってもいいのではないかと思います。

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 東京新聞の「検証と見解」は大きく分けて以下の4本の記事で構成されています。
 ◇「『辺野古工事で赤土』は事実誤認か/国、投入土砂の検査せず」
 望月記者が昨年12月26日に行った質問が事実誤認かどうかの検証。沖縄現地の状況を説明しながら「『事実誤認』との指摘は当たらない」と結論付けています。
 ◇「内閣広報官名など文書 17年から9件/『表現の自由』にまで矛先」
 これまでに長谷川栄一・内閣広報官が同紙に出した抗議文書などを紹介。「『事実に基づかない質問は慎んでほしい』という抗議だけでなく、記者会見は意見や官房長官に要請をする場ではないとして、質問や表現の自由を制限するものもある」と指摘しています。
 ◇「1分半の質疑中 計7回遮られる」
 「事実誤認」との抗議と並行して、望月記者だけ、質問の途中に進行役の報道室長が「簡潔に」などとせかしている問題を、ほかの記者の質問とも比較して検証。「本紙記者の質問は特別長いわけではない。狙い撃ちであることは明白だ」と結論付けています。
 ◇「会見は国民のためにある」
 検証の結果を踏まえた臼田信行編集局長の署名記事。

 各記事とも、同紙のサイトで読むことができます。
 http://www.tokyo-np.co.jp/hold/2019/kanbou-kaiken/

 望月記者の質問を巡っては、記者会見に出席しているほかの記者の間でも受け取り方は様々でしょうし、懐疑的な考えを持つ記者もいるでしょう。しかし、だれであっても記者の質問は制限されてはならないでしょうし、そのことは記者であれば所属組織や社論、個人的な考え方の違いを超えて、一致して守っていかなければ守りきれるものではないと思います。マスメディアの論調の二極化がしばらく前から顕著ですが、記者会見での質問という「報道の自由」自体は一致して守るべきものです。このことは、記者クラブに所属する記者たちだけの問題でもありません。
 ※以下はこの質問制限問題を巡るこのブログの過去記事です。記者会見に記者クラブ所属記者以外のフリーランス・ジャーナリストらも出席できるようにする「記者会見の開放」については、2月5日アップの記事の「追記7」に私見を書いています。また新聞労連も従来から「開かれた記者クラブ」を目指す立場です。

news-worker.hatenablog.com

news-worker.hatenablog.com

 2月19日にはメディア関係者や学者、弁護士らが「質問を抑圧することは許されない。報道の自由の侵害だ」として、首相官邸の申し入れの撤回を求める声明を発表しました。賛同者は346人に上っているとのことです。
 ※47news=共同通信「首相官邸は記者会見要請文撤回を/学者、弁護士ら声明発表」2019年2月19日
 https://this.kiji.is/470543674626327649?c=39546741839462401

 

※「記者の質問制限 東京新聞が『検証と見解』を掲載」から改題しました(2019年2月21日8時50分)

 

▼追記 2019年2月21日23時15分
 東京新聞が20日付朝刊で「検証と見解」を掲載したことを、東京発行の新聞各紙のうち朝日新聞と毎日新聞は21日付の朝刊で紹介しました。他紙には記事は見当たりませんでした。
 朝日新聞の記事はサイトでも読めます。紙面では第3社会面に掲載しています。
 ※朝日新聞デジタル「官邸の申し入れ9回 『質問制限』問題を東京新聞が検証」=2019年2月20日
  https://www.asahi.com/articles/ASM2N5WFKM2NUTIL049.html

 記事は最後に、東京新聞の検証記事に対する菅義偉・官房長官の記者会見でのコメントと、それに対する東京新聞編集局のコメントも紹介しています。

 菅義偉官房長官は20日の会見で、「申し入れをまとめたと思われる表の中で、両者の間のいくつかの重要なやりとりが掲載をされていないなど、個人的には違和感を覚える所もある」と述べた。「違和感」を覚えるとした箇所については「政府としていちいちコメントすることは控えたい。東京新聞側はよくお分かりになっているのではないか」と話した。
 東京新聞編集局は20日、朝日新聞の取材に「20日朝刊紙面で、概要を示しています。菅官房長官は『いくつかの重要なやり取り』が何であるかを示しておらず、何を言いたいのか理解に苦しみます」と回答した。

 毎日新聞は第3社会面に2本の記事を掲載。経緯をまとめた「取材の権利 制限か/専門家『批判者を排除』」の見出しの記事と、東京新聞の「検証と見解」を紹介した「東京新聞『事実誤認当たらず』」です。
 後者の記事の中で、論点として軽視できないと感じた部分を引用して書きとめておきます。

 「質問制限」を巡る問題については、新聞労連が今月5日に抗議声明を出したことを受けて、報道各社も報道するようになった。服部孝章・立教大名誉教授(メディア法)は官邸側を批判した上で「報道各社は申し入れを受けて報道すべきで、1カ月以上沈黙したのは残念だ」と報道側の問題にも言及。一方で「(東京新聞記者の)質問が新聞紙面に生かされているか伝わってこない」ことも指摘した。
 東京新聞編集局は「辺野古の問題など、質問に関連する記事を何度も書いてきたが、官房長官の答えはほとんど記事にしていない。記事にするほどの内容がないためだ。中身のある回答を引き出すための戦略は考えているが、相手のこともあり、簡単にはいかないのが実情だ」と文書で答えた。

 もう一つ、神奈川新聞の記事を紹介して書きとめておきます。
※カナロコ「<時代の正体>質問制限 削られた記事『8行』 忖度による自壊の構図」=2019年2月21日
 http://www.kanaloco.jp/article/389690
 相当な長文の署名記事です。書き出しの部分を引用して書きとめておきます。リンク先で全文を読めます(2月21日夜現在)。

 【時代の正体取材班=田崎 基】18日夜、わずかな異変が起きていた。新聞各紙の締め切り時間がじわじわと迫る午後9時57分、共同通信が、加盟各紙に配信した記事の一部を削除すると通知してきた。
 「官邸要請、質問制限狙いか 『知る権利狭める』抗議」と題する大型サイド。官房長官記者会見での東京新聞記者による質問について、首相官邸が「事実誤認」だと断定し質問制限とも取れる要請文を内閣記者会に出したことについて、問題点を指摘する記事だった。
 要請文が出された経緯や、その後に報道関連団体から出された抗議声明、識者の見解などを紹介する記事の終盤に差し掛かる段落のこの記述が削除された。
 〈メディア側はどう受け止めたのか。官邸記者クラブのある全国紙記者は「望月さん(東京新聞記者)が知る権利を行使すれば、クラブ側の知る権利が阻害される。官邸側が機嫌を損ね、取材に応じる機会が減っている」と困惑する〉
 午後4時13分に一度配信された記事は、5時間44分後に、この8行が削除されて配信され直した。
 共同通信による「編注」(編集注意)には削除理由としてこう記されていた。
 〈全国紙記者の発言が官邸記者クラブの意見を代表していると誤読されないための削除です〉

 共同通信は、本紙を含め全国の地方紙や全国紙、海外メディアなどに記事を配信する国内最大級のニュース通信社で、世界41都市に支社総支局を置く。NHKを含め加盟新聞社は56、契約民間放送局は110に上る。
 24時間体制で速報を配信し続けているため、記事の配信後に内容が随時差し替わっていくケースは少なくない。分量が増えたり、無駄な記述が短縮されたり、事実関係について随時削除、追加されたりすることもある。
 だが今回は違った。事実とは無関係の、それも記事の核心部を無きものにしたと、私は思う。

  削除された「官邸記者クラブのある全国紙記者」が口にした困惑は、それが内閣記者会の記者たちの意見を代表するものではないとしても、毎日新聞の記事の中で服部孝章氏が指摘している、報道各社の1カ月以上の沈黙と、根っこの部分でつながっていないか―。マスメディアで働く一人として、考えています。

 ※付記 神奈川新聞は21日付で社説「会見の『質問制限』/『知る権利』侵す行為だ」も掲載しています。

 

▼追記2 2019年2月23日18時10分
 朝日新聞が2月22日付で関連の社説を掲載しました。「官邸と一新聞社との間の問題ではない。メディアを分断するような官邸の振る舞いを許せば、会見は政権にとって都合のよい情報ばかりを流す発表会に変質してしまう」と指摘しています。「メディアの分断」はこの問題の重要なキーワードだと思いますし、さらに「個々の記者の分断」ととらえてみれば、公権力と記者クラブ、記者クラブと個々の取材者の関係、開かれた記者クラブの実現など、より本質的な問題も見えてくるのではないかと感じます。
 朝日の社説は「『記者は国民の代表として質問に臨んでいる』という東京新聞の見解に、官邸側は『国民の代表とは国会議員』と反論した」ことを挙げた上で、記者自身が国民の「知る権利」を支えている重い責任を自覚するよう求めています。マスメディアの記者は所属組織の一員として行動しますが、そうではあっても、ジャーナリズムを仕事にしている一人の個人として、国民の「知る権利」への奉仕のためには、立場の違いを超えた連帯が必要ですし、可能なはずです。立場の違いには、所属組織の違いに加えて、所属組織の有無の違いもあります。それらの違いを超えた連帯ができないのはなぜなのか―。わたしは自身は「個々の記者の分断」の観点から考えているところです。

 朝日新聞が今回の記者の質問制限の問題を社説で取り上げるのは2回目です。23日の時点で、これまでに目に止まった新聞各紙の社説、論説をまとめておきます。朝日新聞、記者が事実上の名指しを受けた中日・東京新聞、北海道新聞、神奈川新聞、信濃毎日新聞、京都新聞、神戸新聞、沖縄タイムス、琉球新報の計9紙です。いずれも質問の制限を批判する内容です。ネット上で無料で読めるもの(23日現在)はURLも載せています。

■2月22日
・朝日新聞「官房長官会見 『質問』は何のためか」※2回目
 https://www.asahi.com/articles/DA3S13903936.html?iref=editorial_backnumber

 東京新聞は一昨日、「検証と見解」と題する特集記事を掲載した。一昨年秋から9回、「事実に基づかない質問は厳に慎んでほしい」などと官邸側から申し入れがあったという。
 また、記者の質問中に進行役の報道室長から「簡潔にお願いします」などと、たびたびせかされるようになったとして、1月下旬のある会見で、1分半に7度遮られた事例を紹介した。会見の進行に協力を求める範囲を明らかに逸脱しており、露骨な取材妨害というほかない。
 これは、官邸と一新聞社との間の問題ではない。メディアを分断するような官邸の振る舞いを許せば、会見は政権にとって都合のよい情報ばかりを流す発表会に変質してしまう。
 「記者は国民の代表として質問に臨んでいる」という東京新聞の見解に、官邸側は「国民の代表とは国会議員」と反論した。確かに、記者は選挙で選ばれているわけではないが、その取材活動は、民主主義社会の基盤となる国民の「知る権利」を支えている。質問を発する記者自身も、その重い責任を深く自覚せねばなるまい。

・沖縄タイムス「[官房長官会見]質問封じは許されない」
 https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/387956

■2月21日
・神奈川新聞「会見の『質問制限』 『知る権利』侵す行為だ」

■2月19日
・東京新聞・中日新聞「記者会見の質問 知る権利を守るために」
 http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2019021902000183.html

・琉球新報「官邸の質問制限 国民の知る権利の侵害だ」
 https://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-877385.html

■2月18日
・信濃毎日新聞「官邸の質問制限 『知る権利』を侵害する」
 https://www.shinmai.co.jp/news/nagano/20190218/KT190216ETI090003000.php

■2月17日
・京都新聞「長期政権の緩み  放言と異論封じが際立つ」
 https://www.kyoto-np.co.jp/info/syasetsu/20190217_4.html

■2月15日
・神戸新聞「官邸の質問制限/政府の説明責任棚上げか」
 https://www.kobe-np.co.jp/column/shasetsu/201902/0012066170.shtml

■2月10日
・北海道新聞「官邸の質問制限 『知る権利』狭める恐れ」
 https://www.hokkaido-np.co.jp/article/275348?rct=c_editorial

■2月8日
・朝日新聞「官房長官会見 『質問制限』容認できぬ」
 https://www.asahi.com/articles/DA3S13884468.html?iref=editorial_backnumber

 

▼追記3 2019年2月24日23時10分
 24日付で毎日新聞も社説で取り上げました。これでこの問題を社説・論説で取り上げた新聞は、目に付いた限りですが10紙になりました(24日現在)。
 毎日新聞の社説の一部を引用して紹介します。
※「菅官房長官の記者会見 自由な質問を阻む異様さ」
 https://mainichi.jp/articles/20190224/ddm/005/070/051000c

 こうした文書を出すこと自体が自由な質問を阻み、批判的な記者の排除につながる恐れがある。まず官邸はそうした姿勢を改めるべきだ。
 記者会への文書は昨年末、出された。米軍普天間飛行場移設に伴う土砂投入をめぐる同紙記者の質問に対し、正確な事実を踏まえた質問をするよう申し入れたものだ。
 大きな問題点はここにある。仮に質問が事実でないのなら、その場で丁寧に正せば済む話だからだ。
 しかも官邸の認識を記者会も共有するよう求めている。狙いは報道全体への介入や規制にあると見られても仕方がない。記者会が「質問制限はできない」と伝えたのは当然だ。

 続いて、東京新聞が「検証と見解」を紙面に掲載したことに対して、以下のように書いているのですが、この部分はわたしには違和感が残りました。

 改めて取材を重ね検証した点は評価したい。ただし申し入れの事実をもっと早くから自ら報じて提起すべきではなかったか。疑問が残る。
 同紙記者の質問を菅氏が「指摘は当たらない」の一言で片付け、官邸報道室長が「簡潔に」と質問を遮る場面が横行している。もはや質問と回答という関係が成立していない。無論責任は菅氏側にあるが、記者も本意ではなかろう。きちんとした回答を引き出す工夫も時には必要だ。

 首相官邸側の昨年12月28日の申し入れは東京新聞の記者を事実上、名指ししてはいますが、あて先は東京新聞ではなく記者クラブ(内閣記者会)でした。記者クラブに自社の記者が加盟している報道機関であれば、新聞労連の抗議声明を待たずとも、自社で報じて提起する機会は等しくありました。また、ここで東京新聞記者に「きちんとした回答を引き出す工夫」を求めるのは、問題の所在を分かりにくくするように感じます。
 とはいえ、官邸側による質問制限は認められない、との主張を社説で明らかにしたことには意義があります。

 新聞労連が2月5日に抗議声明を出して約3週間。この間の東京発行の新聞各紙の紙面上の対応は、大きく2分と言っていい状況だと思います。新聞労連の声明後に遅ればせながらとはいえ、紙面に特集記事を載せて社説でも取り上げた朝日新聞、毎日新聞、東京新聞の3紙に対し、読売新聞、産経新聞、日経新聞は扱いの小ささが目立ちます。当事者性がある東京新聞は別としても、朝日や毎日に比べて紙面で取り上げることには消極的です。
 内閣記者会は官邸側の申し入れに対し、記者の質問を制限することはできないと伝えたと報じられており、紙面で積極的に取り上げていない新聞も、質問の制限を決して容認してはいないのだろうと思います。ただ、読売新聞、産経新聞は近年、安倍晋三政権の政策に対して、支持ないしは理解がある論調を示すことが多く、安倍政権に批判的なことが少なくない朝日、毎日、東京の3紙との間で、論調の2極化が顕著です。そのことと、質問制限問題への紙面上の対応が2分している状況は、外面上は重なり合って見えます。首相官邸側が事実上名指しした東京新聞の望月衣塑子記者が、もっぱら安倍政権批判の見地から質問を繰り返していることが、この2分化の要因でしょうか。