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組織ジャーナリズムに身を置き40年余

官邸前で記者と市民が抗議/「記者会と協力」政権が強調~記者会見の質問制限5

 菅義偉官房長官の記者会見をめぐる東京新聞記者の質問制限問題で、最近の二つの動きを書きとめておきます。

▼首相官邸前の抗議集会に600人超
 新聞労連や民放労連、出版労連などマスメディアや文化情報産業関連の9産業別労組でつくる日本マスコミ文化情報労組会議(略称MIC)が3月14日夜、首相官邸前で抗議集会を開きました。主催者発表で600人以上が参加したとのことです。後掲しますが、ネット上で参加者のスピーチを聞くことができます。
 問題の発端は昨年12月28日に、首相官邸側が報道室長名で記者クラブ「内閣記者会」に対し、東京新聞の望月衣塑子記者を事実上名指しして、菅官房長官の記者会見での質問を「事実誤認」「度重なる問題行為」として、「官房長官記者会見の意義が損なわれることを懸念」「このような問題意識の共有をお願い申し上げる」と文書で申し入れたことです。朝日新聞の報道によると、これに対して内閣記者会は「記者の質問を制限することはできない」と伝えたとのことですが、それ以上の抗議などは現在に至るまで行っておらず、内閣記者会としてはこの問題に沈黙を続けている形です。
 MIC主催の抗議集会はそうした中で開かれました。抗議集会を報じた共同通信の記事によると、新聞労連の南彰委員長(MIC議長)は「不当な記者弾圧、質問制限が繰り返されている。悩んでいる官邸記者クラブの仲間たちが立ち上がれるよう勇気づけよう」と呼び掛けたとのことです。「悩んでいる仲間たち」という表現は、「○○新聞社○○部」などの所属の違いを超えて、同じ「記者」の職能を持つ個人という意味で重要です。
 集会には労組員ではない一般の方の参加もあったとのことです。記者たちが市民と一緒に「知る権利」を守ろうと声を上げたことの意味は小さくありません。官邸側の質問妨害は特定の記者、特定の新聞社との間の限定的な問題ではなく、広く社会全体の「知る権利」にかかわる問題であることが、より分かりやすくなったのではないかと感じます。

※47news=共同通信「『官邸は質問制限するな』と抗議 マスコミ労組」2019年3月14日
 https://this.kiji.is/478897589263909985?c

 毎日新聞は自社サイトに動画もアップしています。
※毎日新聞「『知る権利守ろう』首相官邸前で抗議集会」2019年3月14日
 https://mainichi.jp/articles/20190314/k00/00m/040/305000c

 主催団体のMICのサイトには長時間の動画がアップされています。東京新聞・望月記者も集会に参加して発言しています。1時間30分50秒ごろからです。

youtu.be

※日本マスコミ文化情報労組会議(MIC)
 http://www.union-net.or.jp/mic/
 3月14日の集会アピール(PDFファイル)
 http://www.union-net.or.jp/mic/pdf/2019_03_14-MIC%E3%83%BCkanteikougi-appeal.pdf

 

▼「記者会と協力」と政権が強調することの危うさ
 抗議集会の翌日の15日、安倍晋三政権から看過できない見解の表明が2件ありました。一つは官房長官の記者会見の主催は内閣記者会なのに、司会を官邸報道室長が務めていることについてです。安倍政権は15日の閣議で、「今後とも報道室長が司会を行うことが適切だ」との答弁書を決定しました。
※47news=共同通信「政府、報道室長の司会『適切』 長官会見で答弁書」2019年3月15日 

https://this.kiji.is/479117043058787425?c
 以下は一部の引用です。

 答弁書は報道室長が司会をする理由を「官房長官の会見後の業務に支障が生じないようにする観点から行っている。報道室長は記者会と協力しながら会見の円滑な運営に努めている」と説明した。

 もう一つは菅官房長官の15日の記者会見での発言です。
※47news=共同通信「菅氏『会見で誤認質問許されず』 東京新聞の記者に」2019年3月15日
 https://this.kiji.is/479232209501127777?c

 菅義偉官房長官は15日の記者会見で、東京新聞の特定の記者が「記者の質問の自由」に関する政府の認識を尋ねたのに対し「事実に基づかない質問を平気で言い放つことは絶対に許されない」と述べた。「記者による個人的意見、主張が繰り返された場合、官房長官会見の本来の趣旨が損なわれる」と説明した。

 産経新聞の報道によると、菅官房長官は「会見が国民の知る権利に資するものとなるよう、今後とも内閣記者会と協力しながら適切に対応していく」とも話したとのことです。
※産経新聞「事実に基づかない質問『許されない』 菅長官、東京新聞記者に」2019年3月15日
 https://www.sankei.com/politics/news/190315/plt1903150033-n1.html

 記者の質問が事実誤認に基づいているのなら、答える側がそう指摘すればいいことです。むしろ「事実ではない」という政府の主張それ自体が一つの見解にすぎない、という場合だって少なくないのではないかとも思います。「事実に基づかない質問を平気で言い放つことは絶対に許されない」とは、その文言だけを見ればその通りかもしれませんが、では記者会見の場で「事実に基づかない」とだれがどう判定するのでしょうか。政府がそう言えばそうなのだ、ということならば、記者会見は成り立ちません。答える側が答えたい質問だけを選ぶことが可能になります。政府広報と変わるところはありません。
 より一層、問題だと感じるのは、記者会見の司会役である報道室長は記者の質問中に「質問簡潔に」などと妨害しているのに、答弁書で「報道室長は記者会と協力しながら会見の円滑な運営に努めている」と、記者会を持ち出して正当性を強調していることです。菅官房長官も「今後とも内閣記者会と協力しながら適切に対応していく」と触れています。内閣記者会が表立った抗議をしていないのをいいことに、自らに都合のいいように「協力」関係を強調しているように見えます。しかし、記者クラブは公権力と協力するための組織ではありません。
 以下は日本新聞協会の「記者クラブ見解」とその「解説」の一部です。
 ※日本新聞協会「記者クラブに関する日本新聞協会編集委員会の見解」
 2002年(平成14年)1月17日第610回編集委員会
 2006年(平成18年)3月9日第656回編集委員会一部改定
 https://www.pressnet.or.jp/statement/report/060309_15.html

 取材・報道のための組織
 記者クラブは、公的機関などを継続的に取材するジャーナリストたちによって構成される「取材・報道のための自主的な組織」です。
 日本の報道界は、情報開示に消極的な公的機関に対して、記者クラブという形で結集して公開を迫ってきた歴史があります。記者クラブは、言論・報道の自由を求め日本の報道界が一世紀以上かけて培ってきた組織・制度なのです。国民の「知る権利」と密接にかかわる記者クラブの目的は、現代においても変わりはありません。
 インターネットの急速な普及・発展により、公的機関をはじめ、既存の報道機関以外が自在に情報を発信することがいまや常態化しており、記者クラブに対し、既存のメディア以外からの入会申請や、会見への出席希望が寄せられるようになりました。
 記者クラブは、その構成員や記者会見出席者が、クラブの活動目的など本見解とクラブの実情に照らして適正かどうか、判断しなくてはなりません。
 また、情報が氾濫(はんらん)する現代では、公的機関が自らのホームページで直接、情報を発信するケースも増え、情報の選定が公的機関側の一方的判断に委ねられかねない時代とも言えます。報道倫理に基づく取材に裏付けられた確かな情報こそがますます求められる時代にあって、記者クラブは、公権力の行使を監視するとともに、公的機関に真の情報公開を求めていく社会的責務を負っています。クラブ構成員や記者会見出席者は、こうした重要な役割を果たすよう求められます。
 (後略)

 

解説
1 目的と役割
 (中略)
 重ねて強調しておきたいのは、記者クラブは公権力に情報公開を迫る組織として誕生した歴史があるということである。インターネットの普及が著しい現在、公的機関のホームページ上での広報が増え、これに対して電子メールなどを通じた質疑・取材が多用されるようになり、公的機関内に常駐する機会が少なくなることも今後は予想される。だがその結果、記者やメディアが分断され、共同して当局に情報公開を迫るなどの力がそがれる危険性もある。そうした意味でも記者クラブの今日的な意義は依然大きいものがある。
 記者クラブは、記者の個人としての活動を前提としながら「記者たちの共同した力」を発揮するべき組織である。個々の活動をクラブが縛ることはあってはならない。

 記者クラブは公権力に情報公開を迫るための組織です。公権力が記者の質問を妨害していると批判されているのに、その批判への反論に際して「記者クラブとの協力」が公権力によって強調されています。記者の間に分断をもたらすものであって、看過できません。