天皇の公的行為「象徴天皇制維持に不可欠か検証が必要」(信濃毎日新聞)、「天皇の役割の範囲曖昧にしかねず」(京都新聞)~地方紙・ブロック紙の社説・論説

 一つ前の記事の続きになります。平成最後の日、4月30日付の地方紙・ブロック紙の社説・論説をネット上で読んでみました。天皇の代替わり、改元を扱った内容がやはり数多くありました。内容は大まかに二つに分かれるように感じました。一つは、平成の30年余りを通じて天皇個人が象徴天皇制のありようを追求し続けたことへの敬意や賛意、共感、あるいは感謝の意を表した内容です。もう一つは、退位する天皇個人や天皇制には直接触れずに、「平成」の30年余を振り返り将来を展望する内容です。ただ、この日だけでなく、天皇の代替わりと改元を社説・論説で複数回取り上げている新聞もあります。
 そうした中で目を引いたのは、信濃毎日新聞と京都新聞が、天皇の「公的行為」が増えることの問題点を指摘していることです。公的行為とは、憲法で規定されている天皇の「国事行為」以外の幅広い行為を指します。
 以下に両紙の社説の一部を引用して紹介します。

・信濃毎日新聞「陛下きょう退位 象徴の姿を求め続けて」/対話を欠かさず/歴史に向き合って/課された宿題重く
 https://www.shinmai.co.jp/news/nagano/20190430/KP190429ETI090013000.php

 公的行為の拡大は今後の天皇が活動できる範囲を憲法の枠外に広げ、同時に政治利用の余地も拡大させた。象徴天皇制を維持するために憲法に規定されていない公的行為が不可欠なのか、改めて検証する必要もある。
 渡辺治・一橋大名誉教授は「陛下が取り組んだ戦争責任などの問題を、国民が主権者として真正面から考え、解決していくことが必要。そして象徴のあるべき姿を議論しなければならない」と話す。
 象徴天皇のあり方を模索し、歴史を教訓に生かす営みをこれまで陛下に任せきりにしてきたのではないか。私たち一人一人がこの重い宿題に向き合っていきたい。

・京都新聞「天皇陛下退位  模索し続けた『象徴』の理想」/昭和の「遺産」見つめ/公的行為に曖昧さも/憲法への信頼を基に
 https://www.kyoto-np.co.jp/info/syasetsu/20190430_3.html

 注意が必要なのは、こうした被災地訪問や国民とのふれ合いが憲法に定める国事行為ではないということだ。宮内庁の分類では「公的行為」とされている。
 陛下の誠実な思いが背景にあるとはいえ、こうした公的行為が増加していくことは天皇の役割の範囲を曖昧にしかねない。
 沖縄や被災地、社会的弱者などに手を差し伸べるのは本来、政治の責任であるということは押さえておくべきだ。
 代替わりで皇室への関心が高まっている。それだけに、政治的権能を持たない天皇の活動によって政治の課題が見えにくくなってしまう恐れがあることは冷静に認識しておきたい。

 今回の退位と新天皇の即位には、昭和から平成に変わった当時のような自粛ムードもなく、自由に天皇制を論じることができる機会でしょう。マスメディアのジャーナリズムからは多様な論点が提示されて然るべきだろうと思います。

 以下に地方紙、ブロック紙各紙の社説・論説の見出しと、印象に残った内容のものはその一部を引用して書きとめておきます。5月1日以降もサイト上で読めそうなものは、リンクも張っておきます。

・北海道新聞「天皇陛下30日退位 『象徴』の姿を追い求めた」/「憲法を守る」と表明/被災地での「平成流」
 https://www.hokkaido-np.co.jp/article/301248?rct=c_editorial

・河北新報「きょう退位/感動広がった被災地ご訪問」
 https://www.kahoku.co.jp/editorial/20190430_01.html

・東奥日報「新天皇の模索が始まる/『平成流』に幕」
 https://www.toonippo.co.jp/articles/-/185576

・山形新聞「平成の終わりに 陛下に感謝ささげたい」
・岩手日報「<平成考>女性の生き方 私らしく歩いていこう」
 https://www.iwate-np.co.jp/article/2019/4/30/53940
 ※4月26日付から「平成考」シリーズ

・福島民報「【平成最後の日】歩みを令和に伝える」
 https://www.minpo.jp/news/moredetail/2019043062807

 平成二十三(二〇一一)年三月に起きた東日本大震災と東京電力福島第一原発事故が、最大の出来事だった。福島民報社と福島テレビが共同で実施した県民世論調査で、回答の68・5%が最も記憶に残った事柄として挙げた。復興は九年目に入り、着実に進む一方で、いまだに約四万人が県内外で避難生活を強いられ古里に戻れずにいる。県産農産物に対する風評も完全に拭い切れていない。

・福島民友「平成とふくしま/より良い時代へ歩み確かに」
 http://www.minyu-net.com/shasetsu/shasetsu/FM20190430-373521.php

 震災と原発事故は平成を忘れられない時代にした。発生から8年余が過ぎ、帰還困難区域の一部を除いて避難指示が解除されるなど復興は進んでいるが、原発の廃炉はこれからであり、事故による風評も根強い。新しい時代は始まるが、震災の記憶が風化するようなことがあってはならない。

・茨城新聞「平成の終わりに さらなる豊かな茨城を」
・神奈川新聞「令和へ 天皇退位 体現された『象徴』の姿」
・山梨日日新聞「【天皇陛下退位へ】国民に寄り添う象徴 次代に」
・新潟日報「平成が終わる 両陛下の思いを胸に刻む」/象徴の姿模索続ける/平和を願い重ねた旅/被災地で県民励ます
 https://www.niigata-nippo.co.jp/opinion/editorial/20190430466354.html

・中日新聞・東京新聞「『当たり前』をかみしめて 平成のおわりに」/原発に制御されている/何でもないことの平安/「戦後」を脱却させない
 https://www.chunichi.co.jp/article/column/editorial/CK2019043002000090.html

 ここで「平成時代にあったこと」から「平成時代になかったこと」に話を転ずるなら、まず挙げるべきは、戦争だと思います。
 近代以後、明治にも大正にも昭和にもあったが、平成の時代にだけは、それがなかった。
 考えてみれば、戦争ほど、人々の営みの「当たり前」を奪い去るものはありません。過去の戦争では、どれほどの「行ってきます」が「ただいま」に帰り着けず、どれほどの「お帰りなさい」が重くのみ込まれたまま沈黙の淵(ふち)へと沈んだか。食べるものがある、住む所や働く所、学ぶ所がある。そうした無数の「当たり前」を戦争は燃やし、壊しました。
 昭和がその後半、どうにか守った「戦後」を平成は引き継ぎ、守り抜いた。そのことは無論、素晴らしい。ですが、このごろ、どうにもきなくさいのです。
 (中略)
 どうあっても「戦後」は続けなければなりません。無論、明日から始まる新たな時代も、ずっと。

・北日本新聞「天皇退位/追い求めた『象徴の姿』」
・北國新聞「きょう退位 国民の幸せ願う祈りに感謝」
・神戸新聞「『平成』の終わり/停滞と模索の時代の次に」
 https://www.kobe-np.co.jp/column/shasetsu/201904/0012288061.shtml

 社会の高齢化と人口減少はこれから速度を速める。平成が停滞と模索の時代だったとすれば、令和は未来の針路を見いだす前進と再生の時代としたい。
 その基礎になるのは、やはり平和の維持である。
 エネルギーの9割強、食料の6割強を海外に依存する日本は国際対立や紛争などの影響を他国以上に受けやすい。自衛隊の活動を海外に広げても、抜本的な解決策にはならない。

・山陽新聞「幕下ろす『平成』 『不戦』の歩みを次代へ」
 https://www.sanyonews.jp/article/894654?rct=shasetsu

 平成の時代が幕を下ろす。平成が始まった1989年、世界では東西ドイツを隔てたベルリンの壁が崩壊し、東欧諸国で民主化革命が起きるなど変化を告げる出来事が相次いだ。大国がにらみ合う構図は、米ソ冷戦に代わって米中間の「新冷戦」が顕在化し、世界に影を落としている。
 国内を見れば、明治より後で初めて戦争を体験することなく終えた時代となった。昭和の戦争で惨禍を味わった国民の平和への思いが具現化した歳月といえよう。とはいえ、戦争をじかに知る世代は減り、記憶は薄れる一方だ。風化を食い止め、不戦への思いを継承していく作業はこれまで以上に重みを増そう。

・中国新聞「令和の課題・象徴天皇 国民もともに歩んでこそ」
 https://www.chugoku-np.co.jp/column/article/article.php?comment_id=529291&comment_sub_id=0&category_id=142

・山陰中央新報「『平成流』に幕/新天皇の模索が始まる」
 http://www.sanin-chuo.co.jp/www/contents/1556590567068/index.html

・愛媛新聞「愛媛の平成回顧 災害の時代に共助が欠かせない」

 愛媛は近い将来、南海トラフ巨大地震に見舞われる恐れがあり、記録的大雨は今後も頻発する可能性がある。インフラ機能の一時喪失を想定しなければならず、マンパワーが衰える中、県民一人一人が助け合うことが欠かせない。「災害の時代」に根付いたボランティアや、共助の仕組みを次代に引き継ぎ、さらに高めていきたい。

・徳島新聞「陛下きょう退位 『象徴』を体現した30年」
 https://www.topics.or.jp/articles/-/195867

・高知新聞「【陛下の退位】『象徴』を国民が考えよう」
 https://www.kochinews.co.jp/article/273408/

 歴史に残る退位にもかかわらず、「令和」の公表では政治が権威主義的な前例踏襲型を繰り返し、国民は祝賀ムードに染まった。
 代替わりは、天皇制や「象徴」の在り方を議論するいい機会だ。思考停止に陥ることなく、憲法や民主主義について考えを深めたい。それこそが象徴天皇制を支える、主権者たる国民の役目だ。

・西日本新聞「平成から令和へ 『縮小社会』への軟着陸を」/立ちすくんだ30年/減り続ける働き手
 https://www.nishinippon.co.jp/nnp/syasetu/article/506784/

 視点を国内に戻せば、平成はかつて経験したことのない社会への入り口だったことに気付く。
 日本の人口は2008(平成20)年をピークに減り続けている。「縮小社会」の到来である。人口増加と経済成長を前提とした国家の枠組みが根底から崩れた。
(中略)
 光明がないわけではない。例えば、訪日外国人が大幅に増えた観光政策と外国人労働者の受け入れに踏み込んだ、二つの「開国」だ。外の力を国の活力にどう結び付けるか、これからが正念場だ。
 拡大社会から縮小社会への軟着陸はいや応なしである。女性が出産や育児と仕事を両立できる環境を整え、元気な高齢者の力も借りなければなるまい。私たちの暮らし方や働き方、社会の在り方そのものを大きく変える時だ。

・大分合同新聞「平和を願った平成 次の時代も希求し行動を」
・宮崎日日新聞「天皇陛下きょう退位 新天皇『新たな象徴』模索へ」/共感を呼んだ平成流/公務が膨れ負担増す
 http://www.the-miyanichi.co.jp/shasetsu/_38433.html

・熊本日日新聞「天皇陛下退位 記憶したい『象徴』の歩み」/平和と非戦の願い/弱者へのまなざし/共感呼んだ平成流
 https://kumanichi.com/column/syasetsu/996686/

・南日本新聞「[平成最後の日に] 不戦の世を受け継ごう」/象徴としての務め/焦土の風景が原点
 https://373news.com/_column/syasetu.php?storyid=104950

 この30年の間に漠とした不安が社会を覆い始めている気がしてならない。「戦前の空気」を感じ取っている戦争体験者は少なくない。
 特定秘密保護法や、集団的自衛権の行使容認など盛り込んだ安全保障関連法、「共謀罪」法が施行された。いずれも安倍政権が数の力で押し切り、成立させた。
 施行4年目に入った安保関連法に基づく自衛隊の任務は広がり、これまでの活動内容の詳細は明らかにされていない。専守防衛の逸脱が懸念される動きも見られる。
 安倍晋三首相をはじめ、政治家のほとんどが戦後生まれになったことも無関係とは言えまい。歯止めが利かなくなれば、日本はこれからどんな道を歩んでいくのか。
 過ぎゆく時代を顧みながら、一人一人がその問いに向き合っていかなければならない。

・沖縄タイムス「[天皇陛下きょう退位]沖縄の苦難に寄り添う」
 https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/415064

 沖縄タイムス社と琉球放送が27、28の両日、実施した県民意識調査によると、天皇の印象について「好感が持てる」と答えたのは87・7%に達した。
 沖縄の人々のわだかまりが溶けつつあるともいえる。
 両陛下の「国民に寄り添う姿勢」は、沖縄においても好感を持って受け入れられている。
 被災地を訪ね、ひざをついて被災者を励ます姿は、悲しみや憂いを共有する思いがにじみ出ていて、忘れがたい印象を残した。
 「好感が持てる」と答えた人が9割近くもいたということは、こうした行動の全体が評価されているとみるべきだろう。
 依然として戦後が清算されず、民意に反して辺野古埋め立てが進み、基地被害が絶えないからこそ、沖縄にとって、寄り添う姿勢が身にしみる-という側面もあるのではないか。
 (中略)
 沖縄戦の際、学徒隊として動員された女性の中には、両陛下のひたむきな姿勢を評価する人が少なくない。だが、そのことをもって「沖縄の戦後は終わった」と判断するのは早計だ。
 状況の悪化を肌で感じていることと、天皇評価の好転とは、別の問題である。

・琉球新報「平成の沖縄 基地問題に苦悩し続けた」
 https://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-911254.html

米軍基地の前に人権や自治権は踏みにじられ、それが今も続いている。
 事件は後を絶たない。2016年に元海兵隊員の軍属の男がうるま市で女性を暴行し殺害した。そして今月も北谷町で米海軍兵が女性を殺害している。
 事故も相次ぐ。04年に宜野湾市の沖縄国際大学に米海兵隊のCH53D大型輸送ヘリが墜落した。垂直離着陸輸送機MV22オスプレイは、反対の声を押し切って強行配備され、16年12月に名護市安部に墜落した。
 元号が平成から令和に変わっても沖縄が置かれる厳しい現実に変わりはない。
 それでも基地から目を転じれば希望と期待の萌芽(ほうが)もあちこちに見られた平成だった。景気の浮き沈みはあったものの、観光は好調で、18年度は1千万人近い人々が来訪した。
 (中略)
 令和の時代には、県民の望む方向で基地問題を解決させ、子どもたちが健やかに育ち、その才能を開花させる沖縄を築かなければならない。