「不偏不党」と「ペンか、パンか」~故原寿雄さんが問うた組織ジャーナリズムの命題

 一つ前の記事「『不偏不党』の由来と歴史を考える~読書:『戦後日本ジャーナリズムの思想』(根津朝彦 東京大学出版会)」を読み返しながら考えたことを書きとめておきます。組織ジャーナリズムと「ペンか、パンか」の命題のことです。
 「ペンは剣よりも強し」とのたとえがあります。しかし、組織ジャーナリズムの強さが本当に問われるのは、そこでの対応いかんによっては組織が存続できないかもしれない、というような事態のときではないのか。個々の記者やデスクをはじめとした従業員や家族の生活、すなわち「パン」の問題が掛かった時に、新聞社などのジャーナリズム組織はどう振る舞うのか、「パン」のためには「ペン」を曲げるのもやむを得ないのか、という問題です。
 日本の新聞が戦前、白虹事件を契機として、根津朝彦さんが指摘したように「新聞界では政府に刃を向けない姿勢を意味する『不偏不党』が浸透する」「新聞の戦争協力ということで、『満洲事変』以後を新聞の曲がり角と思う読者もいるかもしれないが、すでに白虹事件で『不偏不党』の名のもとに自主規制を積極的に内面化する、決定的な曲がり角を迎えていたのである」という状況にあったことは、この「ペンか、パンか」の問題としても意識しておく必要があるように思います。
 「ペンか、パンか」は元共同通信編集主幹の故原寿雄さん(2017年11月に92歳で死去)が繰り返し、問うていた命題でした。わたしも直接、原さんから聞いたこともあります。この問題についてここでは、2017年12月に書いたこのブログの記事を一部引用しておきます。なお、原寿雄さんについては、根津さんも「戦後日本ジャーナリズムの思想」で1章を割いて紹介しています(「第5章 企業内記者を内破する原寿雄のジャーナリスト観」)。

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▽「我が国ジャーナリズム」に陥るな~「ペンか、パンか」の問題
 二つ目は、ジャーナリズムは「我が国」とか「国益」などの意識から離れよ、ということです。偏狭なナショナリズムに陥るな、と言ってもいいと思います。そうした意識は排他的なものの考え方と結びつき、社会を戦争に駆り立てるものだからです。このことは原さんから何度もお聞きしましたし、著書やお書きになった文章でも必ずと言ってもいいほど触れていたのではないかと思います。原さんの考えの根底にあるのは、1931年の満州事変を境に、戦争に反対しなくなった戦前の新聞だと思います。「我が国ジャーナリズム」では戦争に反対できない、ということもおっしゃっていました。
 記事では「我が国」と書かずとも「日本」と書けば十分です。政治家の発言の直接引用などは別として、この点は私も実務の上で、先輩たちからそう教育を受け、また後輩たちにもそう指導してきました。「我が国ジャーナリズム」では戦争に反対できない、という意味づけはとてもクリアです。
 これに関連すると思うのですが、原さんは新聞が反戦ジャーナリズムを維持できるかどうかに関して「ペンか、パンか」の命題を重視していました。「パン」とは新聞社の従業員と家族の生活です。戦前の新聞が戦争に反対しなくなった歴史は、一面ではペンがパンに屈した歴史でした。しかも、必ずしも反戦の言論に対する直接的な弾圧はなくとも、新聞の側が忖度するように軍部批判を辞めていった歴史です。翻って今日、原さんは「結局は個人の覚悟から出発するほか、ペンの力がパンの圧力に勝つ反戦ジャーナリズムの道はないように思う」と、2009年刊行の岩波新書「ジャーナリズムの可能性」に書いています。そして「日本ではジャーナリストも企業内労組に属し、一般職を含む労組はパンを優先しがちである」として、労組が反戦を貫けるかどうか「正直言って覚束ない」とも。原さんはかつて、新聞労連の副委員長でした。はるかに下って、新聞労連の委員長を務めた私は、この指摘に忸怩たる思いですが、一方では原さんの危惧を共有してもいます。
 ジャーナリズムの究極の目的は戦争をなくすこと、始まってしまった戦争を終わらせることです。労働組合の目的の一つが、働く者の地位と生活の向上だとして、それは何のためかと言えば、貧困や社会不安の根を除き、戦争の芽を摘み取ることです。ジャーナリズムの労働組合運動にとっては、戦争反対は二重の意味で譲ってはならない目標のはずで、「ペンとパン」の問題はここにもあるのだと、今、この文章を書きながらあらためて思います。戦争については、原さんが「『良心的』ではだめだ。良心的な人が戦争に加担していた。良心を発動しなければならない」と常々おっしゃっていたことも強く印象に残ります。 

 ※参考過去記事

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