1970年当時より今の方が近い「光る風」(山上たつひこ)が描く絶望的な近未来

 

光る風

光る風

  • 作者:山上 たつひこ
  • 出版社/メーカー: フリースタイル
  • 発売日: 2015/03/30
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

  山上たつひこさんと言えば、少年警察官こまわり君と同級生らのギャグ漫画「がきデカ」で知られます。週刊漫画誌「少年チャンピオン」での連載は1974~1980年。わたしは主に高校生のころ、同時代の作品としてほぼ毎週、読んでいました。その「がきデカ」に、こまわり君に絡む重要人物として同級生の「西城ヨシオ」がいます。昨年5月、歌手の西城秀樹さんが亡くなられた際に、時代を象徴するアイコンとして「西城秀樹」はあったのだと思う、という「西城くん」と絡めた小論をこのブログに書きました。そこでは、山上たつひこさんの別のギャグ漫画「喜劇新思想体系」を紹介し、さらにそれ以前の社会派とも言うべきシリアスな作品「光る風」にも触れました。この記事をアップした後、「光る風」を今読んでみたいと思い、通販で購入しました。

 「光る風」は1970年、少年マガジンに半年余りにわたって連載された作品です。内容は、軍事国家になっている近未来の日本を舞台にしたディストピア・ストーリー。主人公の六高寺弦は代々軍人という家庭に生まれ育ちながら、芸術に関心を示す高校生。街頭で募金活動をしていた級友が目前で警察に射殺されたことを契機に、社会的にタブーとされていた風土病を巡る地下活動にかかわる同級生グループと接触を持ちます。やがて軍に拘束されて拷問を受け、病院を仮装した強制収容所に送られます。一方、国防大学を優秀な成績で卒業した兄の光高は、米国の要請に基づく国防隊のカンボジア派兵の一員として戦地に赴きますが、重傷を負って帰国。非業の死を遂げます。光高の負傷には米国の影がちらつき、恒久的な最前線軍事基地として日本を支配しようとする米国の思惑が明らかになっていきます。

 最初にこの作品を読んだのは40年余り前の高校生の時でした。発表から7、8年たったころでしょうか。1945年の日本の敗戦からは三十数年がたっていました。作中では日本はとうに再軍備しており、ベトナム戦争を背景に国防隊が海外に派遣されます。つまりは日本が「いつか来た道」を再びたどっている、という筋書きです。しかし40年余り前に読んだ際には、まだわたし自身の社会へのかかわり方が浅く、未熟だったということだと思うのですが、「いつか来た道」が現実のものになるかもしれない、といった感覚はほとんどなかったように思います。山上たつひこさんはそのころ、がきデカが大ヒットしており、そのギャグ漫画家がかつてはこんなシリアスな作品を描いていたのか、という以上の感想は持ち得なかったように思います。

 それから40年以上がたち、再読してみて思うのは、この作品が発表された当時、あるいはわたしが初めて読んだ当時よりも、この作品が描く絶望的な近未来は、ずっと今の方が近いところにあるのではないか、ということです。

 1970年は敗戦からまだ25年でした。戦争を直接体験した世代がまだ社会の中心を占めていました。戦争と、それを支えた当時の同調的な社会システムは、社会の共通の記憶に鮮明に残っていたのだと思います。しかし月日がたつとともに、戦争を経験した世代は減っていき、それにつれて、戦争に対する心理的な歯止めは弱まっているようにも思えます。「光る風」に印象的なシーンがありました。出征する兄の光高を止めようとして弦は父を殴り付け、その場で勘当されます。見送りに来ていた群衆の中から誰からともなく「非国民」との声が上がる―。今日、ネット上を中心に「反日」という批判、レッテル張りの言説はあふれかえっており、そうした言葉を用いるのに何の抵抗も感じていないかのようです。

 山上たつひこさんは「光る風」の後、「喜劇新思想体系」さらには「がきデカ」へとギャグ漫画を描き続けます。思い起こしてみると、それらのギャグ漫画でも警察や自衛隊、旧軍は徹底的に笑いの対象でした。少年警察官のこまわり君などは、設定そのものが警察の強烈なパロディです。それにとどまらず、作中の“とんでもキャラ”には教師も医師もいましたし、宗教や文壇さえも笑いの対象でした。権威の前に同調圧力は容易に生まれるのかもしれません。ならば、権威を徹底的に笑いのめすことで社会の正気を保つ―。「光る風」を再読し、今はそんなことも考えています。

 入手した「光る風」単行本の表紙をめくると、以下のような言葉が書かれています。 

 過去、現在、未来―
 この言葉はおもしろい
 どのように並べかえても
 その意味合いは
 少しもかわることはないのだ

 「いつか来た道」を決して繰り返さないように、との思いを込めて、78年前に日本が米・真珠湾を攻撃して太平洋戦争を始めた12月8日の日に、この小文を書きとめておきます。

  

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