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これがまかり通るなら何でもできる、安倍首相の「解釈変更」答弁~東京高検検事長の定年延長のおかしさ

 数を恃んだ強引さがこれまでも再三指摘されてきた安倍晋三政権ですが、今までとは質の上でも異なると思われる、違法の疑いが極めて濃厚で恣意的な措置が批判を浴びています。東京高検の黒川弘務検事長の定年延長です。
 2月8日の64歳の誕生日で定年退官するはずのところを、国家公務員法の規定を理由に、定年を半年延長することを安倍内閣が閣議決定しました。その背景事情として、8月に交代時期を迎える次期検事総長に、法務官僚としてキャリアを重ね、安倍政権にも近いと目される黒川氏を就任させるためではないか、と指摘されています。政界の贈収賄事件をも指揮する検察トップ人事を、時の政権が思うままに支配しようとするなら、それは独裁者の手法に通じるものであり、批判は免れえません。
 このことだけでも大きな問題があるのに、国家公務員法の定年延長の規定と、検察庁法の検察官の定年規定の整合性を巡って、耳を疑うような答弁が安倍晋三首相の口から出ました。
 答弁の内容に触れる前に、問題のポイントを大ざっぱに振り返ると、まず検察庁法では検察官の定年は検事総長65歳、それ以外(次長検事,検事長,検事、副検事)は63歳と定められています。延長の規定はありません。一方で、国家公務員法では「その職員の職務の特殊性又はその職員の職務の遂行上の特別の事情からみてその退職により公務の運営に著しい支障が生ずると認められる十分な理由があるとき」に、1年を超えない範囲で勤務を延長できると定めています。安倍政権は、検事長といえども国家公務員であり、特別法である検察庁法に勤務延長にかかわる規定がない以上は、この部分は国家公務員法を適用して問題ない、という立場です。しかし、検察庁法の定年の規定は、検察官である以上はいかなる事情があっても、この年齢で職務から離れる、と解釈するほかないとの指摘がなされています。
 この点を巡って、立憲民主党の山尾志桜里衆院議員が2月10日の国会質問で、国家公務員法の勤務延長規定制度が創設された折、1981年の国会で人事院が、この勤務延長は検察官には適用されない旨を明言していたことを国会議事録に基づいて明らかにしました。そして、黒川検事長の勤務延長は違法であることをただしました。驚くのは、森雅子法相の答弁です。「その議事録の詳細は知らないが、人事院の解釈ではなく、検察庁法の解釈であると認識している」と述べたのです。過去の国会での政府答弁をわきまえず、むしろ、過去の答弁にはまったく意味を認めない、自分たちの解釈がすべて正しいと言ったに等しいのです。これでは日本は議会制民主主義国家でも法治国家でもなくなってしまいます。
 ここからが本題なのですが、安倍政権の法相ともあろう閣僚がこんな答弁をして、さてどうなるのか、と思っていたら、2月13日の衆議院本会議で、耳を疑うような答弁を安倍首相が口にしました。報道によると、安倍首相は1981年当時は、検察官は国家公務員法上の勤務延長から除外されるとの政府解釈があったことを認めた上で、「検察官も国家公務員で、今般、検察庁法に定められた特例以外には国家公務員法が適用される関係にあり、検察官の勤務(定年)延長に国家公務員法の規定が適用されると解釈することとした」(朝日新聞、毎日新聞)と述べました。
 つまり、検察官は国家公務員法の勤務延長の対象外との解釈だったが、その解釈を変更したと言い放ったわけです。これほど露骨な後付けの身勝手な理屈があるでしょうか。山尾議員が1981年当時の国会でのやり取りを紹介して追及した際に、森法相は何と言っていたか。そんなやり取りがあったことは知らないと正直に答えていました。安倍政権の中では、81年当時にそんなことがあったとは知らないまま、国家公務員法に勤務延長の規定があり、一方で検察庁法には勤務延長の規定はないから「だったら検察官の勤務(定年)も延長できることにしてしまおう」と、よく調べもせず、深く考えもせずに決めていたのではないのか。そのことをさらけ出したのが森法相の答弁だったはずです。なのに、「従来の解釈を変更した」のひと言で済んでしまうのなら、何でもできてしまいます。議会制民主主義は成り立ちません。なのに平然とこうしたことを口にするとは、事の深刻さすら、安倍首相には理解できていないのでしょうか。

 この2月13日の安倍首相答弁は、考えようによっては黒川検事長の定年延長を強引に進めたこと以上に、民主主義と法治主義にとっては深刻で危機的状況であるように思います。ところが、この答弁を翌14日付の紙面で報じた新聞(東京発行)は、朝日と毎日の2紙だけでした(2紙とも1面左肩で重要ニュースの扱いです)。ネット上の新聞社や放送局のサイト以外のニュースサイトやニュースアプリではどうだったか。わたしが見た限り、例えばヤフーニュースにも14日朝の時点では関連ニュースは見当たりませんでした。深刻な問題であるのに、それがニュースとして社会にどこまで届いているのか。そのことも気になっています。

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 ちなみに、この検事長の定年延長問題を東京発行の新聞各紙が社説でどれぐらい取り上げているかを調べてみました。朝日新聞が2回、毎日新聞が1回で、他紙には見当たりません(2月16日現在)。
・朝日新聞
「検察と政権 異例の人事 膨らむ疑念」2月11日付
「検察官の定年 法の支配の否定またも」2月16日付
・毎日新聞
「検事長の定年延長 検察への信頼を揺るがす」2月12日付

 そもそも、当の黒川氏はどういう考えなのでしょうか。自身が誕生日をもって辞職すれば、こんなことにはなっていないはずです。定年延長の必要性について、何ら具体的な説明はなく、仮に黒川氏自身は検事総長になるつもりはないとしても、疑いの目は払えないでしょう。そうした状況が続くこと自体、検察に対する国民の信頼という観点からは、マイナスにしかならないのは明らかです。安倍政権に恩義を感じ、その意向を忖度する検事総長になってしまうのであれば論外です。

 ところで、国家公務員法の該当する条文は以下の通りです。

(定年による退職の特例)
 第八十一条の三 任命権者は、定年に達した職員が前条第一項の規定により退職すべきこととなる場合において、その職員の職務の特殊性又はその職員の職務の遂行上の特別の事情からみてその退職により公務の運営に著しい支障が生ずると認められる十分な理由があるときは、同項の規定にかかわらず、その職員に係る定年退職日の翌日から起算して一年を超えない範囲内で期限を定め、その職員を当該職務に従事させるため引き続いて勤務させることができる。

 この規定の末尾部分に「その職員を当該職務に従事させるため引き続いて勤務させることができる」とあります。黒川氏は、勤務延長の期間中は東京高検検事長の職務にしか従事できないと解釈するほかないように思います。それでも検事総長への就任は可能なのでしょうか。もちろん、勤務延長自体が違法であり、検事総長就任が適法かどうかは前提を欠いた議論である、というのがもっとも自然でしょう。

※参考
 検事長の定年延長のどこがおかしいかを、弁護士の渡辺輝人さんが分かりやすく解説しています。お奨めです。
「東京高検検事長の定年延長はやはり違法」
https://news.yahoo.co.jp/byline/watanabeteruhito/20200214-00163053/

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