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組織ジャーナリズムに身を置き40年余

公務員倫理が悪化していると感じる国民が安倍政権下で増えている~人事院のアンケート結果から

 東京高検検事長の定年延長問題に関連して、興味深い資料が人事院のサイトにあることを先日、このブログに書きました。ほかにも何かあるかもと見ていたら、検事長の定年延長とは直接関係はないのですが、やはり興味深い調査結果の報道発表資料がありました。ひとことで言えば、国家公務員の職務上の倫理感が悪くなっていると感じている国民が、安倍晋三政権下で増えている、というデータです。順を追って紹介します。

 国家公務員法及び国家公務員倫理法に基づいて、人事院に設置されている国家公務員倫理審査会という機関があります。「国家公務員倫理審査会の活動」という資料によると、「公務に対する国民の信頼確保という倫理法の目的の下、国家公務員の職務に係る倫理の保持に関する事務を所掌しています」と説明しています。
 ※「国家公務員倫理審査会の活動」
 https://www.jinji.go.jp/rinri/siryou/katsudo.pdf
 その国家公務員倫理審査会が2019年度に実施した「公務員倫理に関するアンケート」の結果の概要が、報道発表資料として人事院のサイトにアップされています。国民(市民)1000人を対象にした19年10月のWEB調査と、一般職の国家公務員5000人を対象に19年6~7月に行った郵送調査の二つからなっています。
 ※報道発表資料はPDFファイルでダウンロードできます
 https://www.jinji.go.jp/kisya/2002/pointr1.pdf

 市民と公務員に共通の質問として「一般職の国家公務員の倫理感について、現在、どのような印象をお持ちですか」と尋ねています。回答の選択肢は「倫理感が高い」「全体として倫理感が高いが、一部に低い者もいる」「どちらとも言えない」「倫理感が低い」「全体として倫理感が低いが、一部に高い者もいる」「分からない」の六つです。報道発表資料では、「倫理観が高い」と「全体として倫理感が高いが、一部に低い者もいる」を合わせて「肯定的な回答」と位置付け、「倫理感が低い」と「全体として倫理感が低いが、一部に高い者もいる」を合わせて「否定的な回答」としています。
 市民と国家公務員の回答状況は以下の通りです。
 ・市民    肯定的回答 51.0% 否定的回答 20.3%
 ・国家公務員 肯定的回答 85.4% 否定的回答  2.8%

 母数や調査方法の違いもあって、単純には比較できないとは思いますが、それにしても市民と国家公務員の受け止め方の乖離には少なからず驚きました。
 アンケートは毎年実施され、この質問も毎回盛り込まれています。そこで2013年度以降の回答状況の推移をまとめてみました。
 ※過去のアンケート結果の資料は以下のページの「公表資料」からたどりました
 https://www.jinji.go.jp/rinri/new/new_main.html

  2013 2014 2015 2016 2017 2018 2019
公務員 肯定 77.6 85.4 85.9 86.7 85 84.5 85.4
否定 4.3 3.1 2.5 2.4 2.4 3.3 2.8
市 民 肯定 45.8 54.1 46.9 54.4 49.3 50.7 51
否定 23.6 17.3 22.6 18.7 20.3 21.5 20.3


 数値に変動はあるのですが、おおむね国家公務員は肯定的回答が85%前後に上り、否定的回答はわずか3%前後なのに対し、市民の肯定的回答は50%前後にとどまり、否定的回答は20%前後に達している状況が続いています。
 さらに興味深いことがあります。2019年度の市民アンケートでは、「近年の一般職の国家公務員の職務に係る倫理の保持の状況をどのように思いますか」との質問がありました。国家公務員の倫理感の現在の状況ではなく、近年、国家公務員の倫理保持状況がどのように変わってきていると受け止めているかを、職員全体についてと、幹部職員についての二つに分けて尋ねています。回答は「良くなっている」「少し良くなっている」「変わらない」「少し悪くなっている」「悪くなっている」「分からない」の六つ。「良くなっている」「少し良くなっている」を合わせた「肯定的回答」と、「悪くなっている」「少し悪くなっている」を合わせた「否定的回答」は以下の通りです。
 ・職員全体に対して 肯定的回答 10.6% 否定的回答 34.3%
 ・幹部職員に対して 肯定的回答  6.0% 否定的回答 46.2%
 
 この質問が盛り込まれたのは2013年度のアンケート以来とのことです。13年度の質問は「過去1年ほどの一般職の国家公務員の職務に係る倫理の保持の状況をどのように思いますか」となっていて、19年度と完全に同じではないのですが、13年度と19年度の回答状況を比較してみると、以下の通りです。

  2013 2019
全体 肯定 13.7 10.6
否定 19 34.3
幹部 肯定 7 6
否定 27.8 46.2

 毎年のアンケートでは、国家公務員の倫理感に対する受け止めの水準にさほど大きな変動はない(肯定的回答で50%から±5ポイント、否定的回答では20%から±4ポイントの範囲内)にもかかわらず、「近年」「過去1年ほど」の変化という観点からは、否定的な回答が15~20ポイント近くも増えています。第2次安倍内閣の発足は2012年12月なので、この調査の13年度から19年度までという期間は、おおむね安倍政権の期間と重なっています。国家公務員の倫理感が悪化していると感じる国民が安倍政権を経て増え、とりわけ幹部職員には厳しい見方がされている、と言っていいように思います。
 要因として思い当たるのは、森友学園の国有地払い下げや加計学園の獣医学部新設の問題にみられた、公文書を軽視し偽証もいとわなくなってしまった政府・官僚機構の体質でしょう。女性記者へのセクハラが問われた元財務次官の福田淳一氏も訓戒になっただけで懲戒処分はありませんでした。これも倫理意識の低下を示す実例でした。
 今も「桜を見る会」を巡って、安倍首相の公私混同が指摘され、東京高検検事長の定年延長では、安倍政権に近い検事総長を誕生させるために、法務省や人事院が無理に無理を重ねるような国会答弁を繰り返しています。市民の視線はますます厳しさを増しているのではないでしょうか。何より、人事院によるアンケート調査でありながら、安倍政権はこの結果を真摯に受け止めているのかどうか、疑問に感じます。

【参考】人事院のサイトにある資料について書いた過去記事です

news-worker.hatenablog.com

弁護士会からも強い懸念、抗議、撤回要求~東京高検検事長の定年延長

 東京高検検事長の定年延長に対して、弁護士の側からの異議の表明が相次いでいます。静岡県弁護士会が3月2日、「黒川弘務東京高検検事長の定年延長に強い懸念を表明する会長声明」を公表し、京都弁護士会も同5日、「検察庁法に違反する定年延長をした閣議決定に抗議し、撤回を求める会長声明」を公表しました。法律家団体9団体も同5日、連名で「東京高検検事長黒川弘務氏の違法な任期延長に抗議する法律家団体共同声明」を公表しています。それぞれ、全文は以下のサイトで読むことができます。

・静岡県弁護士会会長声明(3月2日)
 https://www.s-bengoshikai.com/bengoshikai/seimei-ketsugi/s20-3teinennenntyou/
・京都弁護士会会長声明(3月5日)
 https://www.kyotoben.or.jp/pages_kobetu.cfm?id=10000077&s=seimei
・法律家9団体共同声明(3月5日)=自由法曹団のサイト
 https://www.jlaf.jp/04seimei/2020/0305_503.html
 ※9団体は社会文化法律センター、自由法曹団、青年法律家協会弁護士学者合同部会、日本国際法律家協会、日本反核法律家協会、日本民主法律家協会、明日の自由を守る若手弁護士の会、秘密保護法対策弁護団、共謀罪対策弁護団

 司法の実務は裁判所、検察、弁護士の3者構成で成り立っています。野党やマスメディアのみならず、法曹の一方の当事者である弁護士会からも、黒川検事長の定年延長の正当性に公然と強い疑義が示されたことは、この問題の深刻さを示しています。
 静岡と言えば、2月19日に全国の検事長や検事正ら法務・検察幹部が集まる会議「検察長官会同」で、静岡地検の検事正が「このままでは検察への信頼が疑われる。国民へもっと丁寧に説明した方がいい」と発言したと報じられています。静岡地検は東京高検の管内です。静岡県弁護士会の会長声明は、こうした経緯に照らしても意義は小さくないと思います。

 9団体の共同声明については、参加団体の一つ「明日の自由を守る若手弁護士の会」(略称:あすわか)が、「超訳」として極めて平易に、大胆に分かりやすくエッセンスをまとめています。とりわけ「3 安倍首相のいうとおりに解釈変更!?」の項では、定年延長のおかしさ自体と同等か、それ以上に、安倍政権、法務省、人事院の対応におかしさがあることを指摘しています。以下に全文を引用します。
 ※「明日の自由を守る若手弁護士の会」フェイスブックページ
 https://www.facebook.com/asunojiyuu/posts/2728880113813830

「検察官・黒川弘務さんの定年延長は、どこから見ても違法で、めっちゃ法治主義にも民主主義にも反しますよ」声明
【あすわか超訳版】
2020年3月5日

法律家9団体
超訳・文責 明日の自由を守る若手弁護士の会(あすわか)

1 はじめに
 2020年1月31日、安倍政権は、数多いる検察官のうち黒川弘務さんだけ、定年を半年伸ばすことを、閣議決定だけで決めちゃいました。検察官の定年(63歳)を延長するということは、これまでに一度も無かったことです。黒川さんは、安倍政権の中心の一人である菅官房長官と仲がいいと言われていて、安倍政権は、仲の良い黒川さんを検察庁のトップである検事総長にしたくて、定年を伸ばしたと言われています。

2 検察官には国家公務員法で定年延長はできない
 森雅子法務大臣は、検察官にも国家公務員法の定年延長の規定(81条の3)を使えると説明していました。しかし検察官の場合は、検察庁法で定年が63歳と決まっています。なので、森法務大臣の説明は間違いです。
 検察官は、刑事裁判などで強大な権限を持っている、特殊な仕事です。そんな検察官の人事を、権力の意のままにしないように、定年制があるんです。

3 安倍首相のいうとおりに解釈変更!?
 政府はずっと、検察官に定年延長はないと言ってきました。ところが安倍首相が、国家公務員法で検察官も定年延長できるように解釈を変える、と言ったあと、人事院はつじつまあわせに必死です。法務省も、法律の解釈を変えるという重大なことなのに、「口頭で決裁した」と言う始末…。
 政府は憲法と法律に従わなきゃいけないのに、また勝手に法律の解釈を変えました。これで何度目でしょう?

4 検事総長の人格は、権力に対する検察の防波堤
 法務大臣は、具体的な事件について、検事総長以外の検察官の指揮はできません。
 検察の(政治権力からの)独立を守るのは、法務大臣から指揮命令されるかもしれない検事総長の人格次第なんですよね。だから検察としても、検事総長はクリーンで、権力の顔色をうかがわない、忖度しないような人に任せることで、政治権力が組織に介入できないようにしてきました。その思慮深い歴史を今、突然、現政権がひっくり返そうとしているのです。
 中谷元・元防衛大臣も、静岡地検の神村昌通検事正も、公の場で異論を唱えています。与党や検察庁内部からも「ヤバくね?」と言われているのです。

5 黒川さんの定年延長は撤回すべきです
 今回の黒川さんに対する定年延長は、法治主義にも民主主義にも反します。
 私たちは、「不断の努力」の一環として、安倍内閣が黒川さんの定年延長をやめるように求めます。

以上

 ※参考
NHK NEWS WEB「東京高検検事長の定年延長 弁護士や学者など9団体が抗議声明」=2020年3月5日

 https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200305/k10012315581000.html

東京高検検事長の定年延長 地方紙も批判続く~社説・論説の記録

 東京高検検事長の定年延長問題に対しては、地方紙・ブロック紙の社説・論説でも批判や疑念が示されています。新型コロナウイルスへの対策を巡って、安倍晋三政権は国民の信頼を得ることが必要なのに、唐突だった小中高校の一斉休校要請が社会に混乱を招いている上に、この検事長の定年延長問題や「桜を見る会」で何一つ、安倍政権が説得力のある説明をできていません。地方紙・ブロック紙の社説・論説では、3月2日からの参議院予算委員会で真相を究明するよう求める論調も目に付きます。
 各紙のサイトでチェックできる範囲で、最近の社説・論説を書きとめておきます。サイト上で全文が読める(4日朝の時点)ものはリンクも張っておきます。

▼3月3日付
・北海道新聞「参院予算委 数々の問題 徹底審議を」
 https://www.hokkaido-np.co.jp/article/398562?rct=c_editorial

 首相官邸に近いとされる東京高検の黒川弘務検事長の定年延長については、政府が検察庁法と国家公務員法の解釈を巡り、つじつまの合わない答弁を続けている。
 黒川氏を検察トップの検事総長に就かせる環境を整えるのが目的との疑念はなお拭えていない。
 桜を見る会を巡っては、開催前日の夕食会に関し、かつて会場となったホテルと首相の説明が食い違い、野党が追及している。
 公選法違反や政治資金規正法違反も指摘される問題だけに、参院で真相究明しなくてはならない。

・河北新報「火種残る国会/政権は疑念を晴らすべきだ」
 https://www.kahoku.co.jp/editorial/20200303_01.html

 焦点は感染抑止対策だけではない。首相主催の「桜を見る会」問題では、前日に首相の地元支援者向けに開催した夕食会を巡り、首相と会場のホテル側の説明が食い違ったままだ。
 (中略)
 黒川弘務東京高検検事長の定年延長も引き続き追及されるべきだ。政府は検事総長以外の定年を63歳と定めた検察庁法にも、国家公務員法の延長規定を適用できると1月に解釈を変更したとしている。
 野党は後付けの法解釈変更だったとの疑いを指摘。黒川氏は政権に近いとされ、検事総長に据えるためつじつま合わせをしたとみてただす構えだ。国会で成立した法律の解釈をいとも簡単に変えることは、立法府を軽んじた振る舞いにほかならない。

・東奥日報「情報開示と丁寧な説明を/予算案 参院審議入り」
 https://www.toonippo.co.jp/articles/-/320971

 国民に理解を求める以上、政権に対する信頼の確保は大前提だ。ところが、衆院段階の審議で浮かび上がったのは、長期政権のおごりだった。説明から逃げる、記録は残さず、資料も出さない、矛盾を突かれるとつじつま合わせの強弁でかわす。こんな政権の独善的な振る舞いが一段と進行。権力の乱用を防ぐという三権分立が瓦解(がかい)していく、と言われても仕方ない事態である。
 とりわけ、政権の独断専行がより鮮明になったのは、東京高検の黒川弘務検事長の定年延長問題だ。検察庁法に規定され、約30年にわたり例外はないとしてきた検察官の定年の解釈を、いとも簡単に変えた。立法府で成立した法律の解釈を、時の政権の意のままに変更してしまえば、法の安定性は損なわれ、もはや「法治国家」と呼べない。

・福井新聞「予算案参院審議入り 政権の謙虚さが試される」
 https://www.fukuishimbun.co.jp/articles/-/1040345

・山陰中央新報「予算案、参院審議入り/耳を傾ける謙虚さを」
 https://www.sanin-chuo.co.jp/www/contents/1583202128261/index.html

▼3月2日付
・北日本新聞「定年延長の解釈変更/『苦しい釈明』いつまで」

・神戸新聞「予算案衆院通過/政権への信頼回復は遠い」
 https://www.kobe-np.co.jp/column/shasetsu/202003/0013159063.shtml

 これまでの国会論戦を通じ、首相主催の「桜を見る会」の私物化疑惑に加え、東京高検検事長の定年延長を巡る強引な法解釈の変更など新たな問題が次々に発覚した。
 桜を見る会前日の首相後援会主催の夕食会を巡っては、会場のホテルが野党に示した回答と首相の主張が食い違っていることが分かった。
 首相は「あくまで一般論で、個別案件は含まれない」などと反論したが、ホテルが発行した明細書や首相側への回答文書など「証拠」は示せず、疑惑はますます膨らんだ。
 現行法に規定がない検事長の定年延長の違法性を指摘されると、首相は唐突に法解釈を変更したと表明した。法相や人事院の局長は答弁修正に追われ、検討過程の文書は日付がないなど解釈変更そのものが「後付け」だった疑念が深まっている。
 政権の都合で法解釈を変えられるなら法治国家とはいえない。だが、首相は「何ら問題はない」との答弁を繰り返し、自ら招いた問題の重大性に向き合おうとしない。内閣支持率の急落は当然といえる。

・中国新聞「高検検事長の定年延長 『口頭決裁』あり得ない」
 https://www.chugoku-np.co.jp/column/article/article.php?comment_id=618275&comment_sub_id=0&category_id=142

 黒川弘務東京高検検事長の定年延長を巡る問題で、法務省は法解釈変更の検討経緯を示した文書を、口頭で決裁した。正式な決裁文書はなく、森雅子法相は「口頭でも問題ない」と述べた。
 だが、誰がいつ、法解釈変更を認めたかを示す文書が存在しないことになる。政策決定過程をたどることや検証することができなくなる。
 文書では、特別法の検察庁法より国家公務員法の延長規定を優先させ、検察官の定年延長を可能とした新しい法解釈の妥当性を主張しているという。
 今回のような重要案件で、公文書の作成を省く口頭決裁はあり得ない。政府が公文書を軽んじていると言うほかない。

▼3月1日付
・岩手日報「検事長の定年延長 法治国家を危うくする」

・中日新聞・東京新聞「権力は『無罪』なのか 週のはじめに考える」/嘘の中で生きる羽目に/学者は「違法」と指摘/多数派は万能でない
 https://www.chunichi.co.jp/article/column/editorial/CK2020030102000091.html

 「権力はアプリオリ(先天的)に無罪である」という言葉もハベルにあります。一九八四年執筆の「政治と良心」に出ています。権力は何をしても罪に問われない-旧東欧の悲劇的な状態を指すのと同時に権力の一般論でもあるでしょう。不条理劇の劇作家でもあったハベルは鋭く権力の核心を言い当てていました。
 「嘘の中で生きる羽目になる」とは、日本の政治状況とそっくりです。東京高検検事長の定年延長問題は典型例です。検察官の定年は検察庁法が適用されるのに、国家公務員法の勤務延長の規定を用いる無理筋です。
 人事院が八一年に「検察官には国家公務員法の定年規定は適用されない」と答弁していたことが判明すると首相は唐突に「解釈を変更することにした」と。人事院は「八一年解釈は続いている」と答弁していたため、「言い間違え」と苦し紛れの状態になりました。
 法相も解釈変更の証明に追われます。日付などがない文書を国会に提出したり、揚げ句の果てに「口頭決裁だった」とは。国民には政権が嘘を重ねているように映っています。
 それでも「解釈変更だ」路線で突っ切るつもりでしょう。首相が「権力は先天的に無罪である」ように振る舞っているためです。

・西日本新聞「予算案衆院通過 疑惑は『通過』させられぬ」
 https://www.nishinippon.co.jp/item/n/588317/

 衆院予算委員会で取り上げられた問題のうち、とりわけ気掛かりなのは黒川弘務東京高検検事長の定年延長問題だ。結論から言えば、法治国家として到底容認できない状況が明らかになってきた。首相は速やかにこの人事を撤回すべきだろう。
 検察官の定年は検事総長を除き63歳と検察庁法で定められている。検察官は国家公務員法の定年延長規定の適用外であることも過去の政府見解で明示されていた。にもかかわらず、政府は閣議で黒川氏の定年延長を決め、平然と「国家公務員法を適用した」と説明していた。
 野党からの追及に対し、首相は「今般、法解釈を変更した」と弁明するが、政府内で深い議論が行われた形跡はない。森雅子法相や人事院局長らの国会答弁は時系列などを巡って二転三転した。後付けで理屈をこじつけた疑いが濃厚だ。
 黒川氏は政権に近い人物とされる。政府が次期検事総長に据えるため恣意(しい)的に定年を延ばしたということであれば、言語道断だ。政府が法解釈を自らの都合で勝手に変更する。それも強大な権限を有する検察トップの人事に関わる解釈変更が、国会審議抜きでまかり通るのなら、三権分立の根幹を揺るがす。

・琉球新報「検察官の定年延長 違法と認め決定の撤回を」
 https://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-1082785.html

 決定的だったのは2月10日の衆院予算委員会で元検察官でもある山尾志桜里氏(立憲民主)が示した1981年の衆院内閣委員会の議事録だ。
 定年制が盛り込まれた国家公務員法改正案を議論した際、人事院幹部が「検察官と大学教員は既に定年が定められ、今回の定年制は適用されないことになっている」と答弁していたのである。「違法だ。議事録をちゃんと読んだのか」と追及された森雅子法相は「詳細を存じ上げていない」と答えざるを得なかった。
 この時点で政府の主張は完全に破綻したと言っていい。検察官には国家公務員法の定年制が適用されないのだから、勤務延長そのものが違法な措置ということになる。
 その中で13日の衆院本会議で、安倍晋三首相が法解釈を変更したことを明らかにした。立法の趣旨を無視し、解釈を勝手に変えるのは法治主義を破壊する暴挙である。

▼2月28日付
・徳島新聞「検事長定年延長 速やかに撤回すべきだ」
 https://www.topics.or.jp/articles/-/329178

 政府の説明はとても納得できるものではない。潔く撤回すべきだ。
 検察庁法に反して、黒川弘務東京高検検事長の定年を延長した閣議決定である。
 安倍晋三首相は、従来の政府の法解釈を変更したと国会で述べた。だが、その理由に説得力はなく、経緯も極めて不透明なことが国会審議で明らかになった。
 立憲民主党など野党4党は、森雅子法相の不信任決議案と、棚橋泰文衆院予算委員長の解任決議案を提出した。否決はされたが、両氏のこれまでの対応は非難に値しよう。政府、与党は襟を正さなければならない。

▼2月25日付
・沖縄タイムス「[検事長定年延長問題]解釈変更は後付け濃厚」
 https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/538976 

 安倍政権は閣議決定を乱発する。これまでできないとされてきた検察官の定年延長をできるとする重大な変更だ。
 本来ならば、国会で審議してしかるべきであるはずだのに、閣議決定だけで事実上法律を変えることは国会を軽んじるものだ。
 なぜ法解釈を変更してまで定年延長をするのか。国会で説明がなされているとはとてもいえない。森法相は「東京高検管内で遂行している重大かつ複雑、困難な事件の捜査・公判に対応するため」と説明したことがある。「重大かつ複雑、困難な事件」とは何か。何の説明にもなっていない。
 しかもなぜ黒川氏でなければならないのか。黒川氏に代わる人材はいないのか。はなはだ疑問である。
 法務・検察内部からも不満の声が上がるのは当然で、国民が納得できるはずもない。

 

東京高検検事長の定年延長、読売社説も説明求める~全国紙5紙の社説 批判や疑問視

 東京高検検事長の定年延長問題は、法務省や人事院から合理的で説得力のある説明がないままです。このブログの以前の記事でも触れましたが、新聞各紙も社説・論説で取り上げています。全国紙5紙(朝日、毎日、読売、日経、産経)では、朝日、毎日両紙が早くから批判を展開していましたが、読売、日経の2紙も2月27日付で取り上げるに至りました。
 読売新聞の社説は「衆院集中審議 新型肺炎対策を掘り下げよ」との見出しからは分からないのですが、後半は検事長の定年問題です。「前例のない検察官の定年延長を判断した理由は何か。どのような経緯を経て解釈を変更したのか。政府は疑念を持たれぬように、説明を尽くさねばならない」としており、直接的な批判の文言はないものの、「説明を尽くさねばならない」という表現で、安倍政権が説明を尽くしていないことを指摘しています。これまで安倍政権の政策には支持を打ち出してきた読売でも、こう書かざるを得ない状況なのだと感じます。
 日経新聞の社説は会員登録がなければサイト上で全文は読めないのですが、それでも「検察人事の経緯を公開せよ」の見出しと、一部公開されているリード部の「安倍政権の公文書管理は極めて不明朗である」との文言から、その内容は察しがつくのではないかと思います。
 産経新聞が2月24日付の社説(「主張」)で筋の通った批判を展開していることは、以前の記事でも紹介しました。これで東京高検検事長の定年延長問題に対しては、トーンの程度や書き方に差はあれ、全国紙5紙が曲がりなりにも批判や疑問視の論調でそろいました。安倍政権に対して、これまではマスメディアの論調は支持・理解と批判・懐疑の二極化が顕著でした。変化の兆しでしょうか。それともこの問題に限ったことでしょうか。

※参考過去記事

news-worker.hatenablog.com


 以下に、最近の全国紙5紙の社説の見出しと一部内容を書きとめておきます。各紙のサイトのリンクも張っておきます。

■朝日新聞
・3月2日付「安倍政権の日本 不信の広がりを恐れる」/立法権を不当に奪う/行政監視への否定/国民に向き合う責任
 https://www.asahi.com/articles/DA3S14385684.html

 検事長の定年問題では、延長を可能にした法解釈の変更をいつ決めたのかという野党からの問いに、政府が説得力をもって答えることができていない。
 もちろん、政府内の手続きが森雅子法相らの答弁通りだったのか、定年延長が検察の独立をおかすおそれはないのかという疑問は究明されるべきだ。
 ただ、より本質的な問題は、政府による今回の恣意(しい)的といえる解釈変更が、唯一の立法機関と憲法41条が定める国会の権限を政府が不当に奪ったということだ。「立法権の簒奪(さんだつ)」に他ならない。
 三権分立の原則を壊す極めて重大な問題である。
 検察官の定年は、1947年に施行された検察庁法に明記されている。これに加え、公務員の定年延長を盛り込んだ国家公務員法改正案が審議された81年の国会では、当時の人事院の局長が、定年延長は「検察官には適用されない」と明確に答弁し、議事録に残っている。
 検察官は一般職の国家公務員だが、政治家の権力犯罪をも捜査し、起訴する強力な権限を持つ。戦後間もなくから政府は「検察官の任免については一般の公務員とは取り扱いを異にすべきもの」との見解を明らかにし、公務員の定年延長が認められてからも30年以上、検察庁法に従った扱いを続けてきた。
 法によって決められたことを改めるには、国会での議論と議決をへて、法そのものを改める。議会制民主主義では当然の筋道だ。法には解釈の幅があるにせよ、政府の時々の都合で勝手に変えられるなら、立法府は不要となる。

・2月27日付「検察官の定年 繰り返される政権の病」
 https://www.asahi.com/articles/DA3S14380980.html
・2月26日付「検察の人事 首相の責任で撤回せよ」
 https://www.asahi.com/articles/DA3S14379400.html

■毎日新聞
・2月29日付「新年度予算案が通過 安倍首相も瀬戸際にある」
 https://mainichi.jp/articles/20200229/ddm/005/070/084000c

 衆院審議を振り返れば、もはや安倍首相自身が「瀬戸際」に立たされていると言うべきである。
 「桜を見る会」では前夜祭の会場となったホテル側と首相の説明が依然、食い違ったままだ。
 前夜祭は政治活動ではなく、政治資金収支報告書に記載する必要がないと首相が主張するのなら、領収書や明細書を出せばいいはずだが、それもしない。これは政治資金規正法に違反するかどうか、事実認定に直結するポイントだ。水掛け論で終わらせるわけには到底いかない。
 黒川弘務・東京高検検事長の定年延長問題では、森雅子法相や人事院の答弁が迷走している。「政府が続けてきた法律解釈と違う」と野党から指摘されて、首相は解釈を変更したと答弁したが、その手続きは誰が、いつ決めたのか明確でない。
 重要な変更にもかかわらず、森法相は「口頭決裁だ」と言い、国会に提出された文書には日付のないものまであった。つじつま合わせのためにあわてて文書を作ったのではないかとの疑いは消えない。
 「桜を見る会」も、検察人事も、安倍政権が長期化する中で、「政権は何をしても許される」というおごりが生んだ問題である。

■読売新聞
・2月27日付「衆院集中審議 新型肺炎対策を掘り下げよ」
 https://www.yomiuri.co.jp/editorial/20200226-OYT1T50376/

 野党は、黒川弘務・東京高検検事長の定年延長も取り上げた。検察庁法には規定がないため、政府は国家公務員法を適用し、黒川氏の定年を8月まで延ばした。
 政府はかつて、検察官に定年延長の規定は適用されない、とする見解をまとめていた。今回の決定に際し、法解釈を変更したと説明したが、解釈変更に関する文書には日付がない資料もあった。
 玉木氏は人事の撤回を求めた。首相は、定年延長は業務遂行上の必要性に基づくと説明したうえで「問題はない」と語った。
 現在の検事総長は今夏が交代時期の目安だ。黒川氏は定年延長により、検事総長への道が開けた。首相に近いことから、首相官邸の意向が働いたとの見方がある。
 検察は起訴権をほぼ独占し、時に政界捜査も行う。政治権力から不当な影響を受けないよう、一定の独立性が確保されている。
 前例のない検察官の定年延長を判断した理由は何か。どのような経緯を経て解釈を変更したのか。政府は疑念を持たれぬように、説明を尽くさねばならない。

■日経新聞
・2月27日付「検察人事の経緯を公開せよ」
 https://www.nikkei.com/article/DGXMZO56077590W0A220C2SHF000/

 誰がいつ、何をどのような流れで決めたのか。これをあまさず記録することは、民主国家の基本である。国政は権力者の私事ではなく、全国民の代表としての行為だからだ。安倍政権の公文書管理は極めて不明朗である。 

 

安倍内閣支持率は2月下旬から急落モードか~2月の世論調査結果から

 2月にマスメディア各社が実施した世論調査のうち、安倍晋三内閣の支持率、不支持率を書きとめておきます。国会で安倍首相が主催した「桜を見る会」や、東京高検検事長の定年延長を巡る不自然な経緯などが野党から厳しく追及されたこともあってか、支持率が前回1月の調査から急落した調査結果がいくつかありました。一方では、おおむね横ばいと評価すべき調査結果もあります。

【内閣支持率】※カッコ内は前回1月調査比、Pは「ポイント」
・産経新聞・FNN 2月22、23日実施
 「支持」36.2%(8.4P減) 「不支持」46.7%(7.8P増)
・日経新聞・テレビ東京 2月21~23日実施
 「支持」46%(2P減) 「不支持」47%(2P増)
・読売新聞 2月14~16日実施
 「支持」47%(5P減) 「不支持」41%(4P増)
・共同通信 2月15、16日実施
 「支持」41.0%(8.3P減) 「不支持」46.1%(9.4P増)
・朝日新聞 2月15、16日実施
 「支持」39%(1P増) 「不支持」40%(1P減)
・NHK 2月7~9日実施
 「支持」45%(1P増) 「不支持」37%(1P減)
・時事通信 2月6~9日実施 ※個別面接調査
 「支持」38.6%(1.8P減) 「不支持」39.8%(2.8P増)

 以前の記事でも触れましたが、読売新聞の調査と共同通信の調査では、1月に昨年12月と比べて内閣支持率が上昇していました。その要因はよく分かりません。2月は両社の調査とも支持率が急落していますが、前年12月との比較ではほぼ同水準です。そこで試みに、各社の2月の調査結果を昨年12月と比較してみました。

【2019年12月の世論調査結果との比較】
・産経新聞・FNN
 「支持」 43.2%→36.2%
 「不支持」40.3%→46.7%
・日経新聞・テレビ東京
 「支持」 50%→46%
 「不支持」41%→47%
・読売新聞
 「支持」 48%→47%
 「不支持」40%→41%
・共同通信
 「支持」 42.7%→41.0%
 「不支持」43.0%→46.1%
・朝日新聞
 「支持」 38%→39%
 「不支持」42%→40%
・NHK
 「支持」 45%→45%
 「不支持」37%→37%
・時事通信
 「支持」 40.6%→38.6%
 「不支持」35.3%→39.8%

  12月 2月 増減
産経・FNN 43.2 36.2 -7
日経・テレ東 50 46 -4
読売 48 47 -1
共同 42.7 41 -1.7
朝日 38 39 1
NHK 45 45 ±0
時事 40.6 38.6 -2

 2月22、23日に実施した産経新聞・FNN調査は支持率が7ポイント減、ほぼ同時期の日経新聞・テレビ東京調査も4ポイントの減です。一方、その前週以前の調査では、支持率の変動は大きくても2ポイントで、いずれも横ばいと評価すべき範囲内です。2月中旬までは、安倍内閣の支持率は昨年12月の水準を維持していたものの、2月下旬から急落モードに入っている可能性があるのではないかと感じます。不支持率も増加傾向です。
 先週末は、新型コロナウイルス対策を巡って、安倍首相が唐突に小中高、特別支援学校の臨時休校を要請する、といった大きな動きもありました。政府として入念に準備していたものではなく、安倍首相の独断だったとの報道が目立ちました。2月から3月に変わった現時点では、安倍内閣に対する支持状況はさらに大きく変動しているかもしれません。

東京高検検事長は定年延長しても検事総長になれない~人事院の研究会資料に「他の官職に異動させることができない」と明記

※安倍晋三内閣が2月18日に閣議決定した答弁書で、黒川東京高検検事長を検事総長に任命することは可能としている点について追記しました(2020年2月29日)。 

 

 東京高検検事長の定年延長問題に関連して、人事院のサイトに興味深い資料がありました。
 2007(平成19)年9月から09年7月にかけて「公務員の高齢期の雇用問題に関する研究会」という諮問機関が設けられていました。人事院が学識研究者9人に委嘱しています。その第1回会合で配布された資料に「国家公務員の定年制度等の概要」というものがあって、そこに今、焦点になっている「勤務延長」(定年延長)の解説が載っています。

 勤務延長を行うことができる例として挙げられているのは「名人芸的技能を要する職務」「離島その他へき地官署等に勤務」「大型研究プロジェクトチームの主要な構成員」です。東京高検検事長はどれにも当たらないのは自明です。

 さらに留意点として「『当該職務に従事させるため引き続いて勤務させる』制度であり、勤務延長後、当該職員を原則として他の官職に異動させることができない」と明記しています。渦中の黒川弘務氏は東京高検検事長の職務は続けることができても、検事総長にはなれない、ということです。このブログの以前の記事で触れましたが、国家公務員法の定年延長の規定は「その職員を当該職務に従事させるため引き続いて勤務させることができる」とあります。黒川氏は勤務延長の期間中は東京高検検事長の職務にしか従事できないと解釈するほかないのではと思っていましたが、少なくとも2007年9月の段階では人事院もその解釈だったということがはっきりしました。

 2月26日の衆院予算委員会で立憲民主党の枝野幸男代表が同趣旨の資料を読み上げていますが、この資料ではないかと思います。残念なことに政府側の答弁はありませんでした。法務省と人事院、安倍政権はどう説明するのか。仮に黒川氏がこのまま東京高検検事長職を続けたとしても、「当該職員を原則として他の官職に異動させることができない」との解釈が有効である限りは、黒川氏は検事総長にはなれません。常識で考えればそのはずです。マスメディアがあらためて取材し、法務省や人事院の見解を追及してもいいのではないかと思います。「つい間違えた資料を出していた」では済まないはずです。

  以下、この資料の引用です。

2 勤務延長(国公法第81条の3、人事院規則11-8第6条~第10条)

⑴ 定年退職予定者が従事している職務に関し、職務の特殊性又は職務遂行上の特別の事情が認められる場合に、定年退職の特例として定年退職日以降も一定期間、当該職務に引き続き従事させる制度

⑵ 勤務延長を行うことができるのは例えば次のような場合

例 定年退職予定者がいわゆる名人芸的技能等を要する職務に従事しているため、その者の後継者が直ちに得られない場合

例 定年退職予定者が離島その他のへき地官署等に勤務しているため、その者の退職による欠員を容易に補充することができず、業務の遂行に重大な支障が生ずる場合

例 定年退職予定者が大型研究プロジェクトチームの主要な構成員であるため、その者の退職により当該研究の完成が著しく遅延するなどの重大な障害が生ずる場合

 ⑶ 勤務延長の期限は1年以内。人事院の承認を得て1年以内で期限の延長可。(最長3年間)

(注) 留意点
① 勤務延長の要件が、その職員の「退職により公務の運営に著しい支障が生ずると認められる十分な理由があるとき」と限定されており、活用できる場合が限定的
② 「当該職務に従事させるため引き続いて勤務させる」制度であり、勤務延長後、当該職員を原則として他の官職に異動させることができない。
③ 最長でも3年間と期限が限定

  研究会の概要は以下のページに

 https://www.jinji.go.jp/kenkyukai/koureikikenkyukai/koureikikenkyukai_top.html

 当該資料はこのページの「資料8」です。
 https://www.jinji.go.jp/kenkyukai/koureikikenkyukai/h19_01/h19_01_mokuji.html

 

※追記:2020年2月28日8時50分
 研究会の資料が解説している国公法と人事院規則の規定について、条文も書きとめておきます。

【国公法第81条の3】

(定年による退職の特例)
第八十一条の三 任命権者は、定年に達した職員が前条第一項の規定により退職すべきこととなる場合において、その職員の職務の特殊性又はその職員の職務の遂行上の特別の事情からみてその退職により公務の運営に著しい支障が生ずると認められる十分な理由があるときは、同項の規定にかかわらず、その職員に係る定年退職日の翌日から起算して一年を超えない範囲内で期限を定め、その職員を当該職務に従事させるため引き続いて勤務させることができる。
○2 任命権者は、前項の期限又はこの項の規定により延長された期限が到来する場合において、前項の事由が引き続き存すると認められる十分な理由があるときは、人事院の承認を得て、一年を超えない範囲内で期限を延長することができる。ただし、その期限は、その職員に係る定年退職日の翌日から起算して三年を超えることができない。

【人事院規則11-8、第6条~第10条】

人事院規則一一―八(職員の定年)
人事院は、国家公務員法(昭和二十二年法律第百二十号)に基づき、職員の定年に関し次の人事院規則を制定する。

(勤務延長)
第六条 法第八十一条の三に規定する任命権者には、併任に係る官職の任命権者は含まれないものとする。
第七条 勤務延長は、職員が定年退職をすべきこととなる場合において、次の各号の一に該当するときに行うことができる。
一 職務が高度の専門的な知識、熟達した技能又は豊富な経験を必要とするものであるため、後任を容易に得ることができないとき。
二 勤務環境その他の勤務条件に特殊性があるため、その職員の退職により生ずる欠員を容易に補充することができず、業務の遂行に重大な障害が生ずるとき。
三 業務の性質上、その職員の退職による担当者の交替が当該業務の継続的遂行に重大な障害を生ずるとき。
第八条 任命権者は、勤務延長を行う場合及び勤務延長の期限を延長する場合には、あらかじめ職員の同意を得なければならない。
第九条 任命権者は、勤務延長の期限の到来前に当該勤務延長の事由が消滅した場合は、職員の同意を得て、その期限を繰り上げることができる。
第十条 任命権者は、勤務延長を行う場合、勤務延長の期限を延長する場合及び勤務延長の期限を繰り上げる場合において、職員が任命権者を異にする官職に併任されているときは、当該併任に係る官職の任命権者にその旨を通知しなければならない。

 

※追記2:2020年2月29日12時40分
 黒川東京高検検事長が定年延長後に検事総長になれるかどうかを巡っては、国民民主党の奥野総一郎衆院議員が2月5日に提出した質問主意書でただしています。安倍晋三内閣は2月18日に閣議決定した答弁書で「検事総長に任命することは可能である」としています。

 東京新聞「黒川氏の検事総長任命は『可能』 政府見解答弁書を閣議決定」(共同通信)=2020年2月18日
 https://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2020021801001629.html

 質問書と答弁書はネット上で確認できます。
・質問書
 http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/a201036.htm
・答弁書
 http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_shitsumon_pdf_t.nsf/html/shitsumon/pdfT/b201036.pdf/$File/b201036.pdf


 答弁書の該当部分の記載は以下の通りです。

 検察庁法(昭和二十二年法律第六十一号)第十九条第一項に定める資格を有し、かつ、国家公務員法第三十八条及び検察庁法第二十条に定める欠格事由に該当しない日本国籍を有する者については、年齢が六十五年に達していない限り、検事総長に任命することは可能である。

 検察庁法19条第1項は、以下の通りです。

第十九条 一級の検察官の任命及び叙級は、次の各号に掲げる資格のいずれかを有する者についてこれを行う。
一 八年以上二級の検事、判事補、簡易裁判所判事又は弁護士の職に在つた者

 黒川氏はもともと一級検察官です。国家公務員法38条と検察庁法20条は、禁固以上の刑に処せられたなど、官職や検察官に就けないケースを定めています。検察庁法は15条で 検事総長は検察官一級とし、任免は内閣が行い、天皇が認証することを定めていますので、安倍内閣の答弁書は要するに「定年延長後の黒川氏は引き続き検察官一級であり、欠格条項にも引っかからず、日本国籍を有しているから、検事総長の定年である65歳の前であれば検事総長に任命できる」と言っているわけです。
 しかし、黒川検事長の定年延長を巡っては、2月10日に山尾志桜里衆院議員が、1981年の国会で人事院がこの勤務延長は検察官には適用されない旨を明言していたことを明らかにして以降、法務省や人事院の国会答弁は不自然極まりないものになり、撤回や修正を繰り返し、あげくの果てに法解釈を変更したという無理な主張を持ち出し、それすらも関係資料が後日つじつま合わせのために作成されたのではないか、と批判を浴びています。
 2月5日の質問主意書に対して2月18日に示された答弁書は、この混乱のさなかに作成されています。2007年当時に人事院が国家公務員法と人事院規則を踏まえて示していた見解を承知していたのか、その上で、整合性を図っているのか、あるいは勝手な解釈変更を加えているのか。この答弁書は何も説明していません。国会審議の場でそうしたことが解明されるべきではないかと思います。
 黒川氏の定年延長は国家公務員法の規定を適用することが根拠ですが、その制度については「『当該職務に従事させるため引き続いて勤務させる』制度」であること、「勤務延長後、当該職員を原則として他の官職に異動させることができない」との解説が、人事院のサイトに資料掲載という形で今も示されているわけです。黒川氏は国家公務員法の規定によって、定年延長の期間は東京高検検事長の職務しかできないはずで、「異動」であろうが「任命」であろうが、その期間に別の職務である検事総長に就かせるのは、やはり無理筋というほかないように思います。そうしたいのなら、法解釈の変更ではなく、検察庁法の改正しかないのではないかと思います。

 ただ、黒川氏が検事総長に就任するかどうかの前に、黒川氏の定年延長が有効か無効かの問題があります。重要なのはやはりこの点だろうと思いますし、法務省や人事院の国会での説明は、とうてい納得できるものではありません。
 定年延長が無効ではないのか、ということを巡っては、国会審議とは別に、司法判断として決着を求める方法もあるようです。司法問題に詳しい共同通信の竹田昌弘編集委員が紹介しています。
 竹田さんによると、東京拘置所での死刑執行や、東京高裁の控訴審判決後に保釈中の被告が逃亡した事件に関する情報公開(行政文書開示)は、東京高検検事長に請求することになっています。「適法な検事長ではない黒川氏には請求できないとして、国家賠償訴訟などを起こせば、黒川氏の勤務延長が適法か違法か、裁判所の司法判断を求めることができるのではないか」とのことです。
 以下の竹田さんの論考は少し長いのですが、この問題の論点が分かりやすく整理されています。

 「検事長勤務延長、やはり無理筋 特別職の裁判官に準じた身分、法解釈変更も後付けか」
  https://this.kiji.is/603897768707392609?c=39546741839462401

this.kiji.is

 

※追記3:2020年3月4日20時40分

 カテゴリーに「2020検事長定年延長」を追加しました。この問題に関連したこのブログの記事をまとめて検索できるようにしました。

「法の支配否定」「ご都合主義」「論理破綻の開き直り」~検事長定年延長、「桜を見る会」の新聞各紙社説・論説

 「桜を見る会」を巡る安倍晋三首相の説明にはいくつも疑念が浮かび、東京高検検事長の定年延長を巡っては、検察庁法と国家公務員法の解釈を変更したとする手続きに不自然さがいくつも指摘されています。日本の法治主義や民主主義が大きく揺らいでいます。新聞各紙が社説・論説でこれらの問題をどの程度取り上げているのか、各紙のサイト上でチェックできる範囲で、2月以降を中心に調べてみました(24日付まで)。
 全国紙5紙(朝日、毎日、読売、日経、産経)では、朝日6回、毎日が5回なのに対し、読売、日経、産経は各1回と、大きく分かれました。読売は2月2日付で「桜を見る会」に絡んで、公文書の管理がずさん過ぎると批判した後は1度も取り上げておらず、消極姿勢が目立ちます。逆に産経は2月24日になって初めて取り上げましたが、東京高検検事長の定年延長に対して筋の通った批判を展開しています。
 地方紙・ブロック紙では、2度3度と取り上げている新聞も少なくありません。検事長の定年延長に対しては「法の支配否定」「ご都合主義」「論理破綻の開き直り」など、見出しには厳しい表現が並びます。「日本は独裁国家だったのか」(山梨日日新聞)と踏み込んだ新聞もあり、見出しを追っていくだけでも、いかに深刻な問題であるかが分かるのではないかと思います。
 以下に、各紙の社説・論説の見出しを書きとめておきます。それぞれのサイトで内容を読むことができる(25日朝の段階で)ものはリンクも張っておきます。

◎全国紙
■朝日新聞
・2月23日付「桜を見る会 首相の説明 破綻明らか」
 https://www.asahi.com/articles/DA3S14376442.html?iref=editorial_backnumber
・2月19日付「検察官の定年 検討の過程 文書で示せ」
 https://www.asahi.com/articles/DA3S14370603.html?iref=editorial_backnumber
・2月18日付「首相と国会 その言動 胸を張れるか」
 https://www.asahi.com/articles/DA3S14369097.html?iref=editorial_backnumber
・2月16日付「検察官の定年 法の支配の否定またも」
 https://www.asahi.com/articles/DA3S14367345.html?iref=editorial_backnumber
・2月11日付「検察と政権 異例の人事 膨らむ疑念」
 https://www.asahi.com/articles/DA3S14360558.html?iref=editorial_backnumber
・2月6日付「桜を見る会 ごまかし答弁極まれり」
 https://www.asahi.com/articles/DA3S14355369.html?iref=editorial_backnumber

■毎日新聞
・2月21日付「検事長の定年延長問題 これでも法治国家なのか」
 https://mainichi.jp/articles/20200221/ddm/005/070/038000c
・2月19日付「首相答弁に食い違い このままでは信用できぬ」
 https://mainichi.jp/articles/20200219/ddm/005/070/071000c
・2月12日付「検事長の定年延長 検察への信頼を揺るがす」
 https://mainichi.jp/articles/20200212/ddm/005/070/067000c
・2月9日付「安倍首相の国会答弁 だれが聞いてもおかしい」
 https://mainichi.jp/articles/20200209/ddm/005/070/009000c
・1月29日付「安倍首相の予算委答弁 本人が混乱を広げている」
 https://mainichi.jp/articles/20200129/ddm/005/070/088000c

■読売新聞
・2月2日付「桜を見る会 公文書の管理がずさん過ぎる」
 https://www.yomiuri.co.jp/editorial/20200201-OYT1T50267/

■日経新聞
・2月17日「荒っぽい国会の審議を憂う」

■産経新聞(「主張」)
・2月24日「検事長の定年延長 『解釈変更』根拠の説明を」
 https://www.sankei.com/column/news/200224/clm2002240003-n1.html


◎地方紙・ブロック紙
【東京高検検事長の定年延長】
▼2月24日付
・愛媛新聞「検事長定年延長問題 身勝手な法解釈変更許されない」

▼2月23日付
・神奈川新聞「検察への人事介入 『禁じ手』は破綻を招く」
・中日新聞・東京新聞「恐れのなさに恐れ入る 週のはじめに考える」
 https://www.chunichi.co.jp/article/column/editorial/CK2020022302000096.html
・山陰中央新報「定年巡る答弁変更/開き直りではないのか」
 https://www.sanin-chuo.co.jp/www/contents/1582425248737/index.html

▼2月22日付
・秋田魁新報「検事長の定年延長 不自然な解釈の変更だ」
 https://www.sakigake.jp/news/article/20200222AK0014/
・山形新聞「検事長定年の答弁変更 論理破綻の開き直りだ」
 https://www.yamagata-np.jp/shasetsu/index.php?par1=20200222.inc
・山梨日日新聞「[法解釈も答弁も『変更』]日本は独裁国家だったのか」
・信濃毎日新聞「官僚機構と国会 国政を担う誇りはどこに」/迷走する政府答弁/おもねりが際立つ/有権者が見定める
 https://www.shinmai.co.jp/news/nagano/20200222/KT200221ETI090010000.php
・福井新聞「検事長の定年延長問題 ご都合主義がまかり通る」
 https://www.fukuishimbun.co.jp/articles/-/1034179
・高知新聞「【検事長定年延長】『法治』の根幹が揺らぐ」
 https://www.kochinews.co.jp/article/347576/

▼2月21日付
・北海道新聞「森氏の答弁 法の支配否定する暴論」
 https://www.hokkaido-np.co.jp/article/395242?rct=c_editorial
・新潟日報「国会論戦 政府の答弁に信用置けぬ」
 https://www.niigata-nippo.co.jp/opinion/editorial/20200221526193.html

▼2月19日付
・北海道新聞「検察官の定年 恣意的法解釈 許されぬ」
 https://www.hokkaido-np.co.jp/article/394498?rct=c_editorial
・神戸新聞「検察人事介入/官邸は独立性ゆがめるな」
 https://www.kobe-np.co.jp/column/shasetsu/202002/0013127514.shtml

▼2月18日付
・信濃毎日新聞「検察官定年延長 法治の根幹が問われる」
 https://www.shinmai.co.jp/news/nagano/20200218/KT200217ETI090007000.php
・新潟日報「検事長定年延長 危うすぎる『ご都合主義』」
 https://www.niigata-nippo.co.jp/opinion/editorial/20200218525536.html
・琉球新報「検事定年法解釈変更 国家を私物化したいのか」
 https://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-1075916.html

▼2月16日付
・南日本新聞「[検事長定年延長] 政権介入は許されない」
 https://373news.com/_column/syasetu.php?storyid=116007
・沖縄タイムス「[検事長人事と解釈変更]『法治国家』を揺るがす」
 https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/535501

▼2月15日付
・北日本新聞「検事長の定年延長/信頼揺らぐ『法の番人』」

▼2月14日付
・西日本新聞「異例の検察人事 政権の都合なら許されぬ」
 https://www.nishinippon.co.jp/item/n/584012/

▼2月13日付
・秋田魁新報「検事長の定年延長 政治介入の疑念拭えず」
 https://www.sakigake.jp/news/article/20200213AK0013/
・山陰中央新報「検事総長人事/国民の信頼を得られるか」
 https://www.sanin-chuo.co.jp/www/contents/1581559328188/index.html
・沖縄タイムス「[検事長の定年延長]中立揺るがす官邸介入」
 https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/534174

▼2月12日付
・山陽新聞「検事長の定年延長 官邸介入で中立性揺らぐ」
 https://www.sanyonews.jp/article/983997?rct=shasetsu
・中国新聞「異例の検察人事 政治介入は許されない」
 https://www.chugoku-np.co.jp/column/article/article.php?comment_id=612412&comment_sub_id=0&category_id=142

▼2月11日付
・福井新聞「高検検事長の定年延長 法の番人への介入やめよ」
 https://www.fukuishimbun.co.jp/articles/-/1027096
・佐賀新聞「検事総長人事 独立的機関への介入やめよ」=共同通信
 https://www.saga-s.co.jp/articles/-/487248

▼2月9日付
・北海道新聞「異例の検察人事 官邸介入の疑念が濃い」
 https://www.hokkaido-np.co.jp/article/391523?rct=c_editorial
・愛媛新聞「検察人事に官邸介入 政治的中立を揺るがす禁じ手」

▼2月8日付
・河北新報「検事長定年延長/政治の介入で独立が揺らぐ」
 https://www.kahoku.co.jp/editorial/20200208_01.html
・徳島新聞「検事長の定年延長 官邸支配が検察のみ込む」
 https://www.topics.or.jp/articles/-/320741

▼2月6日付
・山梨日日新聞「[異例の検事長 定年延長]『司法の独立性』守れるのか」
・高知新聞「【検事長定年延長】政治からの独立が揺らぐ」
 https://www.kochinews.co.jp/article/343632/
・琉球新報「高検検事長定年延長 恣意的介入は許されない」
 https://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-1069511.html

▼2月5日付
・京都新聞「検事長定年延長 司法人事への介入では」
 https://www.kyoto-np.co.jp/articles/-/154225


【「桜を見る会」】
▼2月21日付
・北日本新聞「『桜』夕食会の釈明/どこまで無理通すのか」

▼2月20日付
・北海道新聞「首相の国会答弁 虚偽の疑い頬かむりか」
 https://www.hokkaido-np.co.jp/article/394898?rct=c_editorial
・東奥日報「疑惑否定の裏付けを示せ/『桜を見る会』国会論戦」
 https://www.toonippo.co.jp/articles/-/316002
・山形新聞「『桜を見る会』論戦 疑惑否定の裏付け示せ」
 https://www.yamagata-np.jp/shasetsu/index.php?par1=20200220.inc
・福井新聞「『桜』前夜祭疑惑 証拠示してこその否定だ」
 https://www.fukuishimbun.co.jp/articles/-/1032769
・山陰中央新報「桜を見る会論戦/疑惑否定の裏付けを」
 https://www.sanin-chuo.co.jp/www/contents/1582164668210/index.html
・大分合同新聞「桜を見る会論戦 疑惑否定の裏付け示せ」
・佐賀新聞「桜を見る会論戦 疑惑否定の裏付け示せ」=共同通信
 https://www.saga-s.co.jp/articles/-/490703

▼2月19日付
・中日新聞・東京新聞「首相懇親会疑惑 言い逃れはもう無理だ」
 https://www.chunichi.co.jp/article/column/editorial/CK2020021902000130.html
・琉球新報「桜『前夜祭』首相答弁 疑惑はますます深まった」
 https://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-1076529.html

▼2月17日付
・徳島新聞「荒れる国会 安倍首相の責任は重大だ」
 https://www.topics.or.jp/articles/-/324203

▼2月12日付
・北日本新聞「『桜見る会』私物化問題/問われる政治のけじめ」

▼2月11日付
・河北新報「安倍首相の国会答弁/脱法行為の推奨にも等しい」
 https://www.kahoku.co.jp/editorial/20200211_01.html

▼2月1日付
・神戸新聞「首相の国会答弁/ごまかしが疑惑を深める」
 https://www.kobe-np.co.jp/column/shasetsu/202002/0013079377.shtml

▼1月31日付
・秋田魁新報「桜見る会、隠蔽発覚 資料の再調査が不可欠」
 https://www.sakigake.jp/news/article/20200131AK0009/
・愛媛新聞「予算委員会論戦 首相答弁『丁寧、真摯』はどこへ」

答弁撤回や日付のない協議文書は何を示しているか~不自然さが増す一方の検事長定年問題

 以前にこのブログで触れた東京高検検事長の定年延長問題は、その後も信じられないような動きが続きました。2月13日に安倍晋三首相が衆院本会議で、「検察官の勤務(定年)延長に国家公務員法の規定が適用されると解釈することとした」と唐突に解釈変更を持ち出した後、つじつま合わせのために、人事院の局長が国会での答弁を取り下げたり、解釈変更の協議を巡って作成の日付を証明できない文書が出てきたり、といった事態が起きています。森雅子法相が言い張るように、本当に黒川弘務・東京高検検事長の定年延長を1月31日に閣議決定する以前に法解釈変更の手続きを政府内で適正に取っていたのだとすれば、一般的なレベルの常識で考えて、およそ起こりえないような混乱ぶりです。
 安倍政権がこんな不自然な強硬策を取ってまで黒川氏の定年延長に固執する背景事情として、黒川氏を法務・検察トップの検事総長に据えたい意向があると指摘されています。検察官は刑事事件で、容疑者に裁判を受けさせる、つまり公判を請求する公訴権を独占しています。個々の検察官は「検察一体の原則」で職務に当たっており、その検察庁を束ねるトップ人事を意のままにしたいというのでは、独裁者の発想でしょう。
 この検事長の定年延長問題は、黒川氏の定年延長そのものの問題以上に、その後の政権側の強弁ぶりが際立っており、「桜を見る会」の問題とともに、このままでは日本の法治主義や議会制民主主義を崩壊させかねないと思います。まずは今、何が進行しているのかが社会で広く共有されることが必要です。マスメディアは繰り返し、これらの問題を報じていかなければならないと思います。

※参考過去記事

news-worker.hatenablog.com


 以下に、検事長の定年延長を巡る最近の動きを、報道を元に書きとめておきます。
▽1月31日(金)
 黒川・東京高検検事長の定年延長を閣議決定

▽2月10日(月)
 立憲民主党の山尾志桜里衆院議員が国会質問で、国家公務員法の勤務延長規定制度が創設された折、1981年の国会で人事院が、この勤務延長は検察官には適用されない旨を明言していたことを明らかにしたのに対し、森雅子法相は「その議事録の詳細は知らない」「人事院の解釈ではなく、検察庁法の解釈であると認識している」と答弁。

▽2月12日(水)
 人事院の松尾恵美子給与局長が検察官の定年の解釈について「現在まで特に議論はなく、同じ解釈が続いている」と答弁。

▽2月13日(木)
 安倍晋三首相が衆院本会議で、国家公務員法の定年延長の規定を検察官に適用できると解釈することにしたと、解釈変更の答弁。

▽2月17日(月)
 衆院予算委員会で森雅子法相が、法解釈を変更したのは今年1月と答弁。国民民主党の奥野総一郎議員が法解釈変更の時期を質問したのに対し、森法相は当初、国家公務員法の内容を説明しただけ。奥野議員が繰り返し質問を重ねて、ようやく5回目に「1月」と述べた。

▽2月19日(水)
 ・衆院予算委員会で森雅子法相は解釈変更について、内閣法制局と1月17~21日、人事院と1月22~24日に協議し、協議が整ったのは24日だと答弁。人事院の松尾恵美子給与局長が2月12日の答弁を撤回。「現在まで」としていた部分を「1月22日に法務省から相談があるまでは」が正しかったと述べた。12日の答弁については「つい言い間違えた」と釈明。解釈変更に言及しなかったのは「隠すつもりはなかった。聞かれなかったので答えなかった」
 ・全国の検事長や検事正ら法務・検察幹部が集まる会議「検察長官会同」で、出席した検事正から「このままでは検察への信頼が疑われる。国民へもっと丁寧に説明した方がいい」との発言。法務事務次官は「延長の必要性があった」と述べただけ(朝日新聞の報道)。

▽2月20日(木)
 法務省と人事院が、法解釈変更について見解を示した文書を衆院予算委員会に提出。人事院が法務省に示した文書は「そのように検察庁法を解釈する余地もあることから、特に異論を申し上げない」との内容。ともに文書に日付は入っていなかった。森雅子法相は「日付はないが、協議は事実」「必要な決裁は取っている」と答弁。人事院の松尾恵美子給与局長は「法務省に直接書面を渡したので日付を記載する必要がなかった」

▽2月21日(金)
 法務省が衆院予算委員会理事会に、法解釈変更の見解を示した文書の作成日時を証拠づけられる紙はないことを報告。また、文書について法務省、人事院とも正式な決裁は取っていないと明らかにした。法務省は深夜になって、口頭で決裁したと発表。

 時系列で見ていくと、2月13日の安倍首相の「解釈変更」答弁を境に、およそそのまま信用するわけにはいかないことを法務省や人事院が繰り返している、との思いが強まります。2月10日の時点では、森法相は1981年当時の人事院見解を「知らない」と正直に言い、解釈変更には触れてもいませんでした。人事院も12日には「同じ解釈が続いている」としていました。それが13日を境に法相は、協議の日付は証明できないが確かに解釈変更を協議したと言い張り、人事院に至っては「つい言い間違えた」と、考えようによっては本意ではないことを無理やり言わされているのでなければ言えないようなことを国会で口にしています。
 さらに驚いたのは、安倍政権が検事長も含めて全検察官の定年を現在の63歳から検事総長と同じ65歳に引き上げる方針でいる、と報じられたことです。

※47news=共同通信「検察官定年、65歳に引き上げへ 自民に異論なし、野党反発」2020年2月21日
 https://this.kiji.is/603582040007378017?c=39546741839462401

 政府が検察官の定年を2024年度に65歳へ引き上げる方針であることが21日、分かった。検察庁法は、検事総長以外の検察官の定年を63歳と規定する。22年度から2年ごとに1歳ずつ上げ、検事総長は現行の65歳のままとする。
 一般職の国家公務員の定年を引き上げる法案と共に3月上旬にも閣議決定し、今国会に提出する。

 「どのみち、みんな65歳になるのだから、今回のケースは前倒しだと思えばよい」ということなのでしょうか。あまりに唐突です。

 そもそも、特別法である検察庁法の解釈変更を国会にはかることなく、また検事長の定年延長を閣議決定で行えるものなのか。検察庁法の改正が必要ではないかと思います。ほかにも疑問点はあるはずですし、そうしたことが社会で広く知られることが必要です。マスメディアは事実の深掘りとともに、そうした論点の掘り起こしも進めるべきだと思います。

安倍晋三内閣の支持率が急落、とは言え昨年12月と同水準 ※追記:朝日調査は横ばい

 2月の世論調査の結果が2件報じられています。14~16日に実施された読売新聞の調査と、15、16日の共同通信の調査です。安倍晋三内閣の支持率は、読売調査では前回1月調査から5ポイント減の47%、共同通信調査では同8.3ポイント減の41.0%でした。この点を見れば「支持率が急落」ではあるのですが、安倍内閣が支持を失っているのかどうかは、なお留保が必要であるように思います。というのも、読売、共同両調査とも、前回1月の調査では前々回の昨年12月調査から支持率が上がっていたからです。読売は4ポイント増、共同は6.3ポイント増でした。つまり内閣支持率は、昨年12月調査との比較では読売調査は1ポイント減、共同調査でも2ポイント減にとどまっています。「支持率が急落」と言っても、昨年12月の水準ということです。昨年秋以降、安倍内閣をめぐっては不祥事や疑惑が続きました。経産相と法相の辞任、IR疑惑で元副大臣逮捕、そして「桜を見る会」を巡る安倍首相自身の後援会も絡んだ疑惑や、政府のずさんな公文書管理などです。その当時と内閣支持率の水準はさして変わらない、ということです。
 今回の読売、共同調査の個別の回答状況を見ても、これをどう評価するか難しいように感じます。例えば、新型コロナウイルスによる肺炎への日本政府の対応に対して、読売調査では「評価しない」が52%なのに対して、共同調査では「評価する」が63.5%と、まったく異なった結果が出ています。設問の「尋ねぶり」の違いを反映しているのかもしれませんが、この新型コロナウイルスへの対応が内閣支持率低下の要因であると断じることには躊躇を覚えます。
 また「桜を見る会」の問題では、安倍首相の説明に対しては「納得していない」(読売)「十分に説明していると思わない」(共同)との回答がそれぞれ74%、84.5%と圧倒していますが、その一方で読売の調査では、国会でこの問題を優先して議論すべきだとは思わない、との回答が74%に上っています。法治主義と議会制民主主義を揺るがす東京高検検事長の定年延長問題については、読売、共同両調査とも設問で触れていません。
 読売、共同の両調査の内閣支持率については、前回1月調査で上昇した要因もよく分からないまま、2月は昨年12月調査の水準に戻った、ということに評価をとどめ、今後のマスメディア各社の調査結果を待ちたいと思います。

 ※1月の世論調査結果について書きとめた過去記事です。

news-worker.hatenablog.com

 以下に2月の読売、共同の調査結果の一部を設問とともに書きとめておきます。
▽内閣支持率
・読売新聞 2月14~16日実施
 「支持」47%(5P減) 「不支持」41%(4P増)
・共同通信 2月15、16日実施
 「支持」41.0%(8.3P減) 「不支持」46.1%(9.4P増)

▽新型コロナウイルス
・読売新聞
 新型コロナウイルスによる肺炎を巡る、日本政府のこれまでの対応を、評価しますか、評価しませんか。
 「評価する」36% 「評価しない」52%
・共同通信
 肺炎を引き起こす新型コロナウイルスの感染が拡大し、日本国内で初めての死者が出ました。政府は一部外国人の入国を拒否するなど検疫態勢を強化しています。あなたは、政府の取り組みを評価しますか、しませんか。
 「評価する」63.5% 「評価しない」30.5%

▽「桜を見る会」
・読売新聞
 あなたは、安倍首相が主催する「桜を見る会」を巡る問題について、安倍首相のこれまでの説明に、納得していますか、納得していませんか。
 「納得している」13% 「納得していない」74%
 国会は、「桜を見る会」を巡る問題を、優先して議論すべきだと思いますか、そうは思いませんか。
 「優先して議論すべきだ」18%
 「そうは思わない」74%

・共同通信
 国が費用を負担して春に開かれる「桜を見る会」に関し、さまざまな疑惑が指摘されています。あなたは、これについて安倍晋三首相は十分に説明していると思いますか、思いませんか。
 「十分に説明していると思う」11.1%
 「十分に説明していると思わない」84.5%

 

【追記】2020年2月18日21時15分
 朝日新聞が2月15、16日に実施した世論調査結果も報じられました。内閣支持率、不支持率とも前回1月調査と比べて横ばいで、読売、共同両調査とは異なった傾向です。

▽内閣支持率
 「支持」39%(前月比1P増)
 「不支持」40%(前月比1P減)
 
 朝日新聞の1月調査では、内閣支持率は前年12月と変動がありませんでしたので、2月調査も昨年12月の水準ということになります。この点は、読売、共同調査と同じです。
 以下、目に付いた設問と回答状況を書きとめておきます。

▽「新型コロナウイルス」
 新型コロナウイルスをめぐる、これまでの政府の対応を評価しますか。
 「評価する」34% 「評価しない」50%

▽「桜を見る会」
 「桜を見る会」を巡る一連の問題について、国会での安倍首相の説明に納得できますか。
 「納得できる」12% 「納得できない」71%
 「桜を見る会」の招待者名簿について、政府は廃棄したと説明しています。データを復元するなど、名簿があるかどうか調べ直す必要があると思いますか。
 「調べ直す必要がある」56% 「その必要はない」35%

これがまかり通るなら何でもできる、安倍首相の「解釈変更」答弁~東京高検検事長の定年延長のおかしさ

 数を恃んだ強引さがこれまでも再三指摘されてきた安倍晋三政権ですが、今までとは質の上でも異なると思われる、違法の疑いが極めて濃厚で恣意的な措置が批判を浴びています。東京高検の黒川弘務検事長の定年延長です。
 2月8日の64歳の誕生日で定年退官するはずのところを、国家公務員法の規定を理由に、定年を半年延長することを安倍内閣が閣議決定しました。その背景事情として、8月に交代時期を迎える次期検事総長に、法務官僚としてキャリアを重ね、安倍政権にも近いと目される黒川氏を就任させるためではないか、と指摘されています。政界の贈収賄事件をも指揮する検察トップ人事を、時の政権が思うままに支配しようとするなら、それは独裁者の手法に通じるものであり、批判は免れえません。
 このことだけでも大きな問題があるのに、国家公務員法の定年延長の規定と、検察庁法の検察官の定年規定の整合性を巡って、耳を疑うような答弁が安倍晋三首相の口から出ました。
 答弁の内容に触れる前に、問題のポイントを大ざっぱに振り返ると、まず検察庁法では検察官の定年は検事総長65歳、それ以外(次長検事,検事長,検事、副検事)は63歳と定められています。延長の規定はありません。一方で、国家公務員法では「その職員の職務の特殊性又はその職員の職務の遂行上の特別の事情からみてその退職により公務の運営に著しい支障が生ずると認められる十分な理由があるとき」に、1年を超えない範囲で勤務を延長できると定めています。安倍政権は、検事長といえども国家公務員であり、特別法である検察庁法に勤務延長にかかわる規定がない以上は、この部分は国家公務員法を適用して問題ない、という立場です。しかし、検察庁法の定年の規定は、検察官である以上はいかなる事情があっても、この年齢で職務から離れる、と解釈するほかないとの指摘がなされています。
 この点を巡って、立憲民主党の山尾志桜里衆院議員が2月10日の国会質問で、国家公務員法の勤務延長規定制度が創設された折、1981年の国会で人事院が、この勤務延長は検察官には適用されない旨を明言していたことを国会議事録に基づいて明らかにしました。そして、黒川検事長の勤務延長は違法であることをただしました。驚くのは、森雅子法相の答弁です。「その議事録の詳細は知らないが、人事院の解釈ではなく、検察庁法の解釈であると認識している」と述べたのです。過去の国会での政府答弁をわきまえず、むしろ、過去の答弁にはまったく意味を認めない、自分たちの解釈がすべて正しいと言ったに等しいのです。これでは日本は議会制民主主義国家でも法治国家でもなくなってしまいます。
 ここからが本題なのですが、安倍政権の法相ともあろう閣僚がこんな答弁をして、さてどうなるのか、と思っていたら、2月13日の衆議院本会議で、耳を疑うような答弁を安倍首相が口にしました。報道によると、安倍首相は1981年当時は、検察官は国家公務員法上の勤務延長から除外されるとの政府解釈があったことを認めた上で、「検察官も国家公務員で、今般、検察庁法に定められた特例以外には国家公務員法が適用される関係にあり、検察官の勤務(定年)延長に国家公務員法の規定が適用されると解釈することとした」(朝日新聞、毎日新聞)と述べました。
 つまり、検察官は国家公務員法の勤務延長の対象外との解釈だったが、その解釈を変更したと言い放ったわけです。これほど露骨な後付けの身勝手な理屈があるでしょうか。山尾議員が1981年当時の国会でのやり取りを紹介して追及した際に、森法相は何と言っていたか。そんなやり取りがあったことは知らないと正直に答えていました。安倍政権の中では、81年当時にそんなことがあったとは知らないまま、国家公務員法に勤務延長の規定があり、一方で検察庁法には勤務延長の規定はないから「だったら検察官の勤務(定年)も延長できることにしてしまおう」と、よく調べもせず、深く考えもせずに決めていたのではないのか。そのことをさらけ出したのが森法相の答弁だったはずです。なのに、「従来の解釈を変更した」のひと言で済んでしまうのなら、何でもできてしまいます。議会制民主主義は成り立ちません。なのに平然とこうしたことを口にするとは、事の深刻さすら、安倍首相には理解できていないのでしょうか。

 この2月13日の安倍首相答弁は、考えようによっては黒川検事長の定年延長を強引に進めたこと以上に、民主主義と法治主義にとっては深刻で危機的状況であるように思います。ところが、この答弁を翌14日付の紙面で報じた新聞(東京発行)は、朝日と毎日の2紙だけでした(2紙とも1面左肩で重要ニュースの扱いです)。ネット上の新聞社や放送局のサイト以外のニュースサイトやニュースアプリではどうだったか。わたしが見た限り、例えばヤフーニュースにも14日朝の時点では関連ニュースは見当たりませんでした。深刻な問題であるのに、それがニュースとして社会にどこまで届いているのか。そのことも気になっています。

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 ちなみに、この検事長の定年延長問題を東京発行の新聞各紙が社説でどれぐらい取り上げているかを調べてみました。朝日新聞が2回、毎日新聞が1回で、他紙には見当たりません(2月16日現在)。
・朝日新聞
「検察と政権 異例の人事 膨らむ疑念」2月11日付
「検察官の定年 法の支配の否定またも」2月16日付
・毎日新聞
「検事長の定年延長 検察への信頼を揺るがす」2月12日付

 そもそも、当の黒川氏はどういう考えなのでしょうか。自身が誕生日をもって辞職すれば、こんなことにはなっていないはずです。定年延長の必要性について、何ら具体的な説明はなく、仮に黒川氏自身は検事総長になるつもりはないとしても、疑いの目は払えないでしょう。そうした状況が続くこと自体、検察に対する国民の信頼という観点からは、マイナスにしかならないのは明らかです。安倍政権に恩義を感じ、その意向を忖度する検事総長になってしまうのであれば論外です。

 ところで、国家公務員法の該当する条文は以下の通りです。

(定年による退職の特例)
 第八十一条の三 任命権者は、定年に達した職員が前条第一項の規定により退職すべきこととなる場合において、その職員の職務の特殊性又はその職員の職務の遂行上の特別の事情からみてその退職により公務の運営に著しい支障が生ずると認められる十分な理由があるときは、同項の規定にかかわらず、その職員に係る定年退職日の翌日から起算して一年を超えない範囲内で期限を定め、その職員を当該職務に従事させるため引き続いて勤務させることができる。

 この規定の末尾部分に「その職員を当該職務に従事させるため引き続いて勤務させることができる」とあります。黒川氏は、勤務延長の期間中は東京高検検事長の職務にしか従事できないと解釈するほかないように思います。それでも検事総長への就任は可能なのでしょうか。もちろん、勤務延長自体が違法であり、検事総長就任が適法かどうかは前提を欠いた議論である、というのがもっとも自然でしょう。

※参考
 検事長の定年延長のどこがおかしいかを、弁護士の渡辺輝人さんが分かりやすく解説しています。お奨めです。
「東京高検検事長の定年延長はやはり違法」
https://news.yahoo.co.jp/byline/watanabeteruhito/20200214-00163053/

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