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やはり「現場の責任」が前面に出た処分と最終報告〜海自・集団格闘死事件

 一つ前のエントリーで取り上げた海上自衛隊の特殊部隊「特別警備隊(特警隊)」の集団格闘死事件で、防衛省は8日、担当教官でレフェリー役を務めていた2等海曹を停職20日、特警隊隊長だった1等海佐を停職15日とするなど21人の処分を発表しました。同時に海自は調査委員会の最終報告書を公表しました。

 「教官、隊長ら21人処分 海自特殊部隊の3曹格闘死」(47news=共同通信
 http://www.47news.jp/CN/200909/CN2009090801000565.html

 防衛省のサイトには処分の概要と一覧、調査委員会の最終報告書のPDFファイルなどがアップされています。
 http://www.mod.go.jp/j/news/2009/09/08b.html
 http://www.mod.go.jp/j/sankou/report/index.html

 処分の内訳は停職5人、減給1人、戒告13人、訓戒1人、注意1人。もっとも重い停職20日の2曹は、刑事処分でも業務上過失致死罪で罰金50万円が確定しています。残りの停職4人は、当時の特警隊の隊長、副長ら同隊幹部。集団格闘訓練に参加していた養成課程学生の隊員15人は減給、戒告、訓戒でした。以上20人が特警隊の関係者で、それ以外では1人だけ、管理監督者として海自トップの赤星慶治・海上幕僚長が注意処分となっています。やはり、と言うべきでしょうか。総じて、組織のありようの問題としてこの事件をとらえる意識よりも、「現場の責任」を前面に強調し、管理責任を形式的に問うただけとの印象を受けます。最終報告書を読むと、その感はいっそう強まります。
 最終報告書では事故原因を直接的要因と間接的要因に分け、さらに直接的要因を主因と副因に分けています。防衛省のサイトにアップされている「調査報告書のポイント」の記述を引用すると、直接的要因のうち主因は「格闘を指導する技量がなかった第3小隊幹部(3尉)及び主任教官付2曹(注:原文は実名)が、連続組手(注:集団格闘のこと)の危険性や学生の技量を適切に判断できず、不適切な格闘ルールと不適切な防具等により、安全対策を十分にとらないまま、教務方法としては採るべきでない、必要性のない、危険性の高い連続組手をその指導の下で行わせ、これにより14人の学生が連続的に対戦したこと」であり、副因は「特警隊長1佐(注:原文は実名)及び主任教官(3佐)の指導監督不適切(隊長:連続組手実施の容認、主任教官:連続組手実施の許可)」となります。
 間接的要因は「特警隊長の指導監督及び安全管理不十分等」「副長(2佐)の教務実施に関する指導監督不適切等」など6項目を挙げています。さらに「心理的要因」として、学生の隊員については「厳しい訓練を共に実施してきた者同士が最後の訓練を共にし、絆あるいは連帯感を深めようという思いが強かったものと考えられる」とし、教官の2曹については「『伝統のようなもの』ととらえ、達成感といった心情的な面が先行したものと考えられる」と記述しています。両者ともに意図的な暴行の意志はなかったとして、「いじめ」や「しごき」との疑いを否定しています。
 わたしが軽視できないと考えるのは、この間接的要因の6番目に挙げられている「海幕自衛艦隊司令部の指導監督不十分」です。報告書の該当部分を引用します。

(カ)海幕自衛艦隊司令部の指導監督不十分
海幕及び自衛艦隊司令部は、特警隊における安全管理等について、監察を実施していたものの、指摘事項が十分に改善されていなかった。また、海幕及び自衛艦隊司令部は、必要な場合、教育訓練の検閲を実施することができるとされており、部隊及び課程の新設時等において、教育訓練状況を的確に把握し、指導監督する必要があったが、部隊新編以来、一度も実施していない。
海幕は、基本教育と練成訓練の区別を課程科目標準の課程到達基準や練度到達基準において、明確にしていなかった。

 特別警備隊の創設は1999年の能登半島沖不審船事件を契機に決まったとされ、不審船の武装解除などが主任務とされます。現在は、アデン湾沖の海賊対策で派遣されている護衛艦にも隊員が乗っています。しかし、一般には実態が公開されておらず、「精鋭部隊」とのイメージだけが先行しているのではないでしょうか。
 その特警隊に対して、2001年3月の創設以来、上級司令部が安全管理などの監察で指摘していた事項が十分に改善されていなかったこと、教育訓練の検閲に到っては、一度も行われていなかったことを海自が自ら認めました。仮に事件の直接的要因は特別警備隊内部にあったとしても、これこそは間接的要因の最大のものではないかと思います。鳴り物入りで創設された特殊部隊に対し、上級司令部が本来やってしかるべき指導や監督を7年以上も放置していたのです。そうした組織としてのありようが「格闘を指導する技量がなかった幹部や教官が、連続組手の危険性や学生の技量を適切に判断できず、不適切な格闘ルールと不適切な防具等により、安全対策を十分にとらないまま、教務方法としては採るべきでない、必要性のない、危険性の高い連続組手をその指導の下で行わせ」る事態を招いたのではないでしょうか。
 最終報告書は事件の原因を直接的要因と間接的要因に分けて論じていますが、実はこの組織のありようこそが、事件を引き起こした最大の要因だとわたしには思えます。そして、海自自らもそのことは自覚しているのではないでしょうか。うがった見方かもしれませんが、わざわざ「直接的要因」と「間接的要因」とに分けて、直接的要因として特警隊幹部らの責任が前面に出てくるような構成にしたことで、上級司令部の責任は事件の全体像の後景に引いた印象があります。

 過去エントリーで何度か指摘してきましたが、近年、自衛隊の任務と活動は拡大を続けています。特別警備隊の創設が海自内部からの動きによるものか、政治主導によるものか、わたしには詳しい知識はありませんが、これもその一環だと思います。自衛隊に何をどこまでやらせるのか、そのためには編成や教育も含めて何が必要なのか。これらのことは政治の責任です。来週発足する民主党主導の新政権が、自衛隊にどのようなスタンスで臨むのか注視したいと思います。

 今回の処分の記事も、東京都内発行の新聞各紙は小さな扱いでした。手元で確認した限りですが、朝日、毎日、読売は社会面や第2、第3社会面にいずれも1段見出しのいわゆる「ベタ記事」。そうした中では、東京新聞が社会面に海上幕僚長の会見写真を載せて比較的大きな扱いにしていたのが目を引きました。
 大手紙の紙面にも地域差はありますので、地元の広島県で配られる大阪本社版では違った扱いかもしれません。仮にそうだとしたら(確認していないのであくまで仮定ですが)、新聞の作り手が今回の事件を「地域ニュース」ないしは「地域色が強いニュース」と判断していることになります。
 自衛隊の不祥事は、それが防衛省の方針なのか広報は現地部隊が行う場合が多く、報道としては地域ニュースにとどまるケースが目立ちます。特別警備隊の集団格闘死の第1報がまさにそうでした。しかも当時の発表では、15人を相手にしていたという部分は伏せられていました。マスメディアとしても、今回の事件の取材・報道から得なければならない教訓は少なくないと思います。

※参考
ウイキペディア「特別警備隊(海上自衛隊)」