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組織ジャーナリズムに身を置き40年余

読書:「2030年 メディアのかたち」(坪田知己 講談社現代プレミアブック)

2030年 メディアのかたち (現代プレミアブック)

2030年 メディアのかたち (現代プレミアブック)

 読み始めて間もなく、もやもやとしていた頭の中がすっきり整理されていくのを感じ、読み進めるうちに思わず「そうなんだよな」「その通りだよな」と何度も口にしてしまう、そんな一冊です。新聞や放送などのマスメディアがこれまで情報の受け手としてきた、という意味での「マス」はもはや存在しなくなっている―。そんなことを考えながら、メディアのありようの将来像を模索している人になら、本書はわたしと同じような体験へ導いてくれるでしょう。
 著者の坪田知己さんは日経新聞の記者として働いた後、同社のマルチメディア事業の計画立案を担当、現在は慶応大大学院教授も務めている方で、わたしはデスクの一員で参加している「スイッチオン」プロジェクトでご一緒しています。新聞社に身を置いて第一に記者であり、次に新規事業立ち上げのビジネスを担当し、その上さらに社外で教育・研究活動も、という経歴は、新聞業界広しといえどもそうは見当たりません。そういう方が「メディアはどうなっていくのか」の解答を示す、という点にだけでも本書の価値は十分に示されていると思います。

 ※「スイッチオン」プロジェクトで参加学生たちの取材テーマになった「スイッチオン」は坪田さんの発案です。いわばプロジェクトの名付け親です。学生運営委員会のブログにもう少し詳しい坪田さんの略歴と顔写真がアップされています。
 http://blog.goo.ne.jp/321switchon/c/049d965b1d7b340ab612601ba2de00a0

 「メディアはどうなっていくのか」のその解答ですが、本書の「はじめに〜メディア大逆転がはじまった」の一部を紹介するのにとどめておきます。わたしの多言よりも一読が優ると思います。

 結論を先に言うと、将来「メディアは逆転する」のです。デジタルメディアは、その可能性を秘めています。明らかに、現在のマスメディアの延長にデジタルの世界はありえません。根本からメディアのあり方を考え直さなければなりません。
 (中略)
 「多対一のメディア」、別の言い方をすれば「マイメディア」。これこそが究極のメディアなのです。我々はメディア社会の客体から主体へと変身できる道具を手に入れるのです。“究極のメディア”が具現化するのは、一〇年以上先になると思います。二〇三〇年には、そのかたちはかなり明確になっていると思います。それまでに起こることは、すべて、この究極のメディアへのマイルストーンにすぎないのです。

 「多対一のメディア」「マイメディア」―。本書を手に取る読者が「マス」の喪失を既に感じ取っている方なら、充実した読後感が待っていることを、このキーワードだけで十分に予想できるのではないかと思います。「現在のマスメディアの延長にデジタルの世界はありえ」ないことに受け入れ難さを感じている既存マスメディア内部の人にとっては、本書の結論もまた受け入れ難いものになるかもしれません。しかし、そのような人こそ、本書を手に取ってほしいと思います。
 メディア状況の激変も、新聞やテレビの既存マスメディア企業の窮状もしばらく続くのでしょう。マスメディアの内部にいる中高年(わたしもその1人ですが)として最悪なのは、そのことを分かりつつ、わが身が逃げ切れるか、つまり「定年まであと何年。それまで会社が持てばいいや」といった発想から一歩も踏み出せないことだと思います。
 企業の生き残り、今まで享受してきた繁栄が続くかどうか、といった観点ばかりにとらわれるなら、これからの10〜20年間は悲観的に見ることしかできないかもしれません。しかし変化の中だからこそ、いままでになかったことを生み出すこともできます。わたし自身は今までジャーナリズムにかかわって働いてきました。本書にもこれからの変化を見据えたジャーナリズムのありようの考察(その一端として「スイッチオン」プロジェクトや、やはりプロジェクトにデスクとして参加している河北新報の寺島英弥さんの「シビックジャーナリズム」も紹介されています)が示されています。わたし自身の課題として、変化をチャンスと受け止め、マスメディアの内部にあっても働きがい、やりがいを感じることができるジャーナリズムと働き方を模索していきたいと考えています。

 本書では、プロローグに登場する「ワーテルロー・スクープ」を始めとして、メディア界では一見して常識のように見られている事柄(つまりは「今さら恥ずかしくて人に聞けない」ということですが)でも、ていねいに分かりやすく説明されています。これはわたしとって、恥ずかしながら本書が持つもう一つの小さくない価値でした。 

 ※「スイッチオン」プロジェクトのご縁で、坪田さんから本書を贈呈いただきました。ありがとうございました。プロジェクトへの参加でわたし自身が感じたことなどの過去エントリーは、以前のエントリーにリスト化してまとめてあります。
 「11月28日は仙台で『スイッチオン』〜1日ジャーナリスト体験にデスクで参加します」
 http://d.hatena.ne.jp/news-worker/20091022/1256146488
 ※河北新報の寺島英弥さんの著書「シビックジャーナリズムの挑戦 コミュニティとつながる米国の地方紙」の読後感などはこちらです。
 http://d.hatena.ne.jp/news-worker/20090125/1232809617