ニュース・ワーカー2

組織ジャーナリズムに身を置き40年余

キャバクラユニオンを報道する意味

 少し前のことになりますが、キャバクラに勤めていた女性らが中心となって、キャバクラで働く女性の待遇改善を求めて労働組合キャバクラユニオン」(仮称)設立の準備を進めている、というニュースが流れました。共同通信が1日に配信し、新聞紙面では2日付朝刊に掲載。スポーツ紙の中には配信記事をもとに1面トップで派手に扱ったところもありました。
 ネットでも話題になったようで、はてなブックマークもたくさん付いています。
http://www.47news.jp/CN/200912/CN2009120101000952.html

 11日には設立準備会が開かれました。
http://hochi.yomiuri.co.jp/topics/news/20091212-OHT1T00018.htm
キャバ嬢労組、SOSホットライン年内開設へ:社会:スポーツ報知 キャバ嬢労組、SOSホットライン年内開設へ:社会:スポーツ報知

 わたしはこのニュースを2つの点で注目しています。一つはキャバクラで働くいわゆる「キャバクラ嬢」の労働者性と団結権の観点から、もう一つはマスメディアは何をニュースとして取り上げるのか、ということです。

 ▽キャバクラ嬢の労働者性と団結権
 労働者性と団結権については、キャバクラという接客業の女性と労働組合という取り合わせに違和感を持つ人も多いのではないかと思います。日本では労働組合と言えば企業別に結成されているのが一般的です。正社員をメンバーとするのが従来の典型的な形態で、その場合は団体交渉も「会社」対「社員」という分かりやすい図式です。キャバクラの場合、例えば売れっ子になればいくらでも稼げる、といったイメージが、一般の会社と社員のような関係とはかけ離れていることが、違和感の一因になっているのだと思います。
 労働者という用語には広い概念がありますが、労働組合のメンバー足りうる労働者性という意味で定義すると、雇用者(雇い主)使用者(雇い主)に労務を提供して賃金を得る関係にあるということになります。当然、雇用者使用者の指揮、監督、命令のもとに働くことになります。賃金を得ることを含めて「経済的に支配従属の関係にある」という言い方をすることもあります。キャバクラで働く女性たちにそうした労働者性があるかどうかは、個々の働き方を具体的に見ていく必要があります。時給制で遅刻や売り上げノルマ未達成の場合は罰金があったりするなら、まさに労働者と言えると思います。女性たちが行うサービスは、商行為としては店が客に提供して代金を得ているのであり、女性たちは店の指揮、監督、命令の下に働き労務を提供して賃金を得ている、という関係になります。
 労働組合の形態にしても、企業別でなければ組合が作れないわけではありません。派遣社員やアルバイトなど非正規雇用の増大につれて話題になることが増えている個人加盟のユニオンの中には、業種を問わず一人で入れる労働組合もあります。そうした労働組合であっても、雇用者使用者には団体交渉に応じなければならない義務があります。
 ついでに言えば、団体交渉を拒否すると不当労働行為として都道府県の労働委員会から是正を命じられることになりますが、これは労働組合法に基づく措置で、同法の適用を受けるには雇用者使用者と一体的な立場の人をメンバーに含んでいないなど一定の要件が必要です。仮にそうした要件を欠いているとしても、憲法28条で勤労者の団結権、交渉権、行動権は保護されていますので、憲法に基づいて労働組合の結成自体は可能でしょう(この辺のことは目下、わたしの考察テーマの一つです)。
 キャバクラで働く女性たちの労働組合に違和感があるとしても、それはこれまでそういう労組がなかったというだけのことで、労働者であれば団結権があるのは当然のことです。労働組合がなぜ労働者の権利として手厚く保護されているかと言えば、労働者一人ひとりは弱い存在で、一人のままではとても雇用者使用者にはかなわないからです。団結することで雇用者使用者と対等の立場になり、賃金や労働条件についてまともに交渉することが可能になります。キャバクラで働く女性のような立場の人たちにこそ、労働組合は今まで手にすることができなった労働者の権利を手にするための大きな武器になると思います。

 ▽「当局頭」を脱して
 キャバクラユニオン結成をスポーツ紙はともかくとして、マスメディア、中でも一般紙がニュースとして取り上げることにも違和感がある人は、マスメディアの中にもいるようです。わたしは一般紙が報道することの意味は小さくないと考えています。今まで労働組合がなかった分野に起きた新しい動き、というニュース性に加えて、その舞台であるキャバクラは女性たちの人気職業として挙げられるようになっていること、その背景に若者の就職難があることなど、社会の「今」が表れている出来事だからです。何よりも、人間らしく働くことを求めて、人と人がつながっていく「運動」だからです。
 マスメディアの報道は従来、官公庁などの発表ものに大きく依存してきました。抜いた抜かれたの競争をメディア間で繰り広げているように見えても、実は多くの場合は発表の前に資料を手に入れていち早く報道する意味にとどまっています。記事の広がりは発表の範囲内という意味で、広義の発表依存報道と言っていいでしょう。わたしは、発表の前に資料を手に入れようとする取材も必要だし大事だと考えていますが、そんなことを「特ダネ競争」ととらえて長らく繰り返しているうちに、マスメディアの報道は発表ものの枠をなかなか超えられなくなったのでないかと感じています。もしかすると、記者によっては頭の中にまで「発表当局の枠」が出来上がってしまっているのではないかとすら感じることもあります。そうした頭では社会の変化に鈍感になってしまうでしょう。変化が広がり、関係当局の各種の調査で把握されるまで変化を変化として認識できない、つまり「当局が認定するまで変化は起きない」「変化が起きているかどうかは当局がどう認定するか次第」と考えてしまうことになりかねません。マスメディアの人間として、キャバクラユニオン結成を大きなニュースと受け止めるかどうかは、そうした「当局頭(とうきょくあたま)」になっていないかどうかを測る分岐点なのだと思います。
 キャバクラユニオンがマスメディアの報道を通じて社会に広く知られ、話題になれば、同じように今まで労働組合がなかった社会の色々な場所で「自分たちにも労働組合は作れるのではないか」と関心が高まることも期待できます。これまで格差社会ワーキングプア、貧困の問題でも、総じてマスメディアは悲惨な事例を探し出し報じることは熱心でした。加えて必要なのは、社会をよりよくするためには何が必要なのかを考える材料だと思います。そうした意味でも、マスメディアが運動を取り上げることには大きな意義があると思います。

【追記】2009年12月19日午後11時45分
 文中の「雇用者」を「使用者」に修正しました。個人的な用語使いとしては「雇用者=雇用する者」という感覚がしっくりくるのですが、「雇用者=雇用される者」と混同の恐れがあるためです。