ニュース・ワーカー2

組織ジャーナリズムに身を置き40年余

なぜ橋下氏の憲法観を報じなければならないか

 少し時間がたってしまいましたが、軽視できない問題だと思いますので、備忘を兼ねて書き留めておきます。
 大阪市長地域政党大阪維新の会」代表の橋下徹氏が2月24日、憲法9条について2年間の議論の期間を置いたうえで、国民投票に掛ける案を表明し、維新の会の事実上の政権公約「維新八策」に盛り込む方針を述べたことは、このブログでも紹介しました。
※「想像を超える橋下代表の9条観」=2012年2月25日
 http://d.hatena.ne.jp/news-worker/20120225/1330158730
 橋下氏は自身の9条観についても「他人が困っている時に、自分が嫌なことはやりませんよという価値観だ。自己犠牲しないというのなら、僕は別の国に住もうかと思う」(産経新聞webの記事)と言及していました。翌25日の朝刊では、大阪発行の新聞各紙の扱いは分かれました。扱いの大きさ、内容の詳しさの順では産経、読売、朝日となり、毎日は紙面上には記事が見当たりませんでした。少し意外な気がしています。
 以下に、産経、読売、朝日の記事の見出しと、橋下氏の発言をどのように紹介したのかを引用します。いずれも大阪本社発行の最終版の紙面です。

▽産経:1面3段「9条改正『2年後、国民投票で判断』」「橋下氏 維新八策に追加」
「9条について『他人が困っているときに、自分が嫌なことはやりませんよという価値観だ。自己犠牲しないというのなら、僕は別の国に住もうかと思う』と否定的な見解を示したが、改正への賛否を問われると『国民が決める価値観に従っていきたい』と述べるにとどめた。」
▽読売:第2社会面囲み3段「維新公約『9条改正問う』」「国民投票 盛り込む方針」
「『自分の命に危険があれば、他人は助けないというのが9条の価値観。自己犠牲をしないというなら僕は別の国に住みたい』と述べ、自らは9条改正派であることを示唆した。」
▽朝日:社会面2段「9条改正議論 公約に」「橋下氏、国民投票を主張」
「改正内容については『政治家がああだこうだと決めず、国民の皆さんに決めていただく』とした。」

 なお、大阪と府境を接する京都府の地元紙「京都新聞」は、共同通信の配信記事を掲載しました。

▽京都:5面(総合面)3段「9条改正へ国民投票」「橋下氏が維新公約」
「9条について橋下氏は『他人が本当に困っているときに、自分が嫌なことはやらないという価値観』と感想を表明。ただ9条に反対の立場かと問われると『個人的な意見を含めて言うべきじゃない』と明言を避けた。」

 新聞社として社是に憲法9条改定を掲げる産経新聞と読売新聞が、9条に批判的と読み取れる橋下氏の発言を詳しく伝えるのは、当然と言えば当然かもしれません。特に産経新聞は、記者団に対して話した内容のほかに、24日のツイッターのツイートも紹介しています。では、橋下氏のこのネガティブな9条観は、9条改憲を是とする価値観、具体的には産経新聞や読売新聞の社是のような立場からのみ、ニュースバリューがあるのでしょうか。わたしはそうではなく、こと憲法にかかわる政治家のスタンスは、橋下氏に限らず、社会に広く知られるべき情報だと思います。情報の受け手にとっても、9条改憲を志向する人たちばかりでなく、9条改憲を是としない人たちにとっても、あるいはそのいずれの立場にもない人たちにも必要な情報だと思います。つまりは、どのメディアであれ、報じて然るべき情報だというのがわたしの考えです。
 日本国憲法について、少し私見を書くことになりますが、9条はなぜ日本国憲法の9番目の条文なのか、わたしは理由があると考えています。条文を読めばすぐに分かることなのですが、1〜8条は、いずれも天皇制の規定です。天皇制に続いて規定されている国民の諸権利の、その筆頭に位置しているのが9条です。そのことは、この憲法が国民に諸々の権利を保障することと、日本国が戦争を放棄し、陸海空軍その他の戦力を保持しないこととが、相互に担保し合っている関係にあると、私は読み解いています。例えば私自身が身を置いているマスメディアの活動は、憲法21条の表現の自由なしには成り立ちません。そして、戦争を容認する社会では表現の自由がどうなるか、戦前戦中の日本社会を見れば明らかです。戦争放棄と戦力不保持は、表現の自由とも表裏の関係にあると理解しています。同じように、個人の尊重も幸福追求権も、法の下の平等も思想及び良心の自由も、信教の自由も労働基本権も、みな戦争放棄と戦力不保持と分かちがたく結びついている、と受け止めています。他国にはそうではない憲法もあるのでしょうが、日本国憲法はそういう憲法です。この憲法は、日本とアジア諸国におびただしい犠牲を強いて、日本の敗戦で67年前に終結した戦争を経て制定されたことを忘れるべきではないだろうと思います。
 この憲法はそうやって国民の諸権利を保障する一方で、終わりに近い99条で「憲法尊重擁護の義務」を簡潔な表現で定めています。全文は「天皇又は摂政及び国務大臣国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ」です。この「公務員」には当然、知事も市長も含まれているでしょう。この規定は文字通りの「尊重、擁護」にとどまらず、仮に憲法を改正する際にも、無制限に変えてしまうことを許さない根拠として読み取ることも可能だと思います。憲法「改正」の名目で、まったく新しい憲法を制定するかのような、現憲法の理念を否定するような改憲は許されないとする解釈です。かつて憲法の研究者に教示をいただきました(もちろん、異論もあるでしょうし、学説上の定説というわけでもないでしょう)。
 そういう日本国憲法ですので、高い支持を背景に国政進出を図ることを公言している橋下氏がどのような憲法観を持っているのかは、改憲、護憲の立場にかかわらず、社会の人々に当然知られるべき情報です。橋下氏と大阪維新の会の諸策にはもろもろの賛否がありますが、橋下氏が憲法尊重、擁護の義務を果たしているかの観点からも、橋下氏の憲法観は重要な情報です。社会の人々が、その橋下氏の憲法観を是と受け止めるにせよ非とするにせよ、国と社会の成り立ちの根幹にかかわる情報として、知っていなければならないことの一つです。とりわけ有権者の選挙権の行使の際には必要です。マスメディアは進んで取材し報じるべきだと思います。