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組織ジャーナリズムに身を置き40年余

差別を見過ごしたら次は何が来る?〜普天間移設、本土紙の論調に差 ※追記:琉球新報号外

 沖縄県宜野湾市の米軍普天間飛行場の移設問題で大きな動きがありました。日本政府は22日、米国との間で移設先として合意している沖縄県名護市辺野古地域の埋め立ての承認を求める申請書を沖縄県に提出しました。新基地建設のために海面を埋め立てるには、公有水面埋立法に基づく県知事の許可が必要なためです。
※「政府、辺野古埋め立て申請 米軍普天間移設で沖縄県に」(47news=共同通信
 http://www.47news.jp/CN/201303/CN2013032201002010.html

 政府は22日、米軍普天間飛行場沖縄県宜野湾市)の移設先に想定している同県名護市辺野古沿岸部の埋め立て承認申請書を沖縄県に提出した。公有水面埋立法に基づき許可権限を持つ仲井真弘多沖縄県知事は、申請をいったん受理した上で当面回答を留保する見通し。申請は埋め立て工事の施行に要する期間を5年と明記。面積は約160ヘクタール、必要な土量は約2100万立方メートルとした。
 埋め立て申請は、日米合意に基づく県内移設実現に向けた具体的な手続きの一環。政府は包括的な基地負担軽減策を急ぎ、県側の理解獲得へ全力を挙げる。事態が直ちに動きだすめどは依然立っていない。

 沖縄県では、仲井真弘多知事も、また県内のすべての市長村長も県内移転に反対を表明しています。その中で日本政府は申請を強行しました。同様のことが沖縄以外の地域、「沖縄」との対比の意味であえて「本土」という用語を使うなら、本土で特定の地域に同じようなこと、つまり都道府県も市町村もすべての自治体が反対しているのに、政府が国策の押し付けを強行したことがあるでしょうか。それだけで十分に、日本政府の姿勢は沖縄に対して差別的だと言えると思います。
 かねて、沖縄と本土、沖縄メディアと本土メディアの間の落差、溝の大きさについて考えてきました。ここにきて本土の新聞各紙の中にも移設先を沖縄県に強要することに対して、それを是とするかどうかで論調の違いが明確になってきたと感じます。そして、「是」とする新聞の論調の方が、是とはしない論調よりも明快で歯切れが良いように感じます。その理由は、では沖縄以外のどこにするのか、あるいはもっと議論を進めて、日米軍事同盟の体制そのものの見直しも考えるのか、など、沖縄県内移設に代わる具体的なビジョンを見出し得ないためのように思えます。
 現状のまま沖縄にゴリ押しするのはよくない(差別には与したくない)、さりとて進んで代替施設を引き受ける地域はない中で、日本政府が「説明責任」という言葉を用いながらゴリ押しを進めていく状況にブレーキがかからない―。マスメディアの状況に落とし込めば、全国紙も地方紙も含めて、本土の少なくないマスメディアが政府の姿勢に異を唱えてはいても、結果的にブレーキを生むには至っていないと、わたしは受け止めています。
 先に挙げたように、沖縄県内移設に代わる具体的なビジョンを見出しがたい状況にあることは事実ですが、軍事的なことがらを時の政府権力がゴリ押ししていくのに、一部メディア、新聞が後押しとも言える論調を展開する一方で、必ずしもそれを是とするわけではないメディア、新聞が有効な反論を出せない状況は、日本の新聞と戦争の歴史にかんがみた時に、軽視できません。まして、安倍晋三首相が自衛隊国防軍化や集団的自衛権の行使の容認、さらには憲法改変に熱心であることは周知のことでありながら、今も高い支持が続いています。遠からず、わたしたちの社会は戦争を容認し、戦争に参加する社会へと変わるか否かの瀬戸際を迎えることになります。
 沖縄の基地をめぐる問題はもともと最初から、沖縄がそれを受け入れるか否かという一地域の問題ではなかったはずです。沖縄以外の日本の社会が、日米軍事同盟に伴う負担を過剰に沖縄に押し付けていたと見なしていい構図です。そして今や、わたしたちの社会が軍事のありようをどう考えるのか、社会の行く末を決める大きなステップにも、沖縄の基地の諸問題は位置づけられていいのではないかと感じます。沖縄への差別に等しい施策を認めてしまえば、戦争容認への歯止めはわたしたちの社会にはなくなってしまうのではないかと危惧しています。戦争とは力による解決であり、相手を見下さずにはできないことです。思いやりや対話や知恵や相互理解とは異なる次元の発想です。差別を正当化できるのは、戦争を正当化することによってだけかもしれません。沖縄への差別を見過ごすのかどうかは、本土の日本人にとってはそれだけの意味を持つのではないかと、わたしには思えるようになってきています。

 普天間飛行場沖縄県内移設を容認しがたい差別と受け止める本土メディアは、これから何をどう報じていくのか。メディアの中で働く個々人はどう振る舞うのか。わたしの危惧が杞憂ならばいいのですが、歴史の教訓と新聞メディアの戦後の再出発を今一度、振り返り、覚悟を新たにしておきたいと思います。

 以下に、23日付の全国紙5紙の大阪本社発行の朝刊各紙が、沖縄県への政府の埋め立て申請のニュースをどう扱ったかを書き留めておきます。大阪で目にし、手に取ることができた新聞各紙が、どんな風に報じたかの記録です。大阪に身を置くわたしは、大阪の状況を紹介しようと考えました。本土の各地で、全国紙や地方紙がそれぞれに報じたことと思います。
 前日22日は大阪では、体罰を受けた大阪市立桜宮高校バスケットボール部主将の男子生徒が自殺した問題に関連して、部の顧問だった元教諭が大阪府警によって暴行、傷害容疑で書類送検されるという大きなニュースがありました。それでも毎日、読売、産経の3紙は埋め立て申請を1面トップに据えました(朝日は元教諭の書類送検が1面トップ)。後述のように毎日と読売、産経では論調は異なるのですが、全国的な大きなニュースという判断は共通のようです。

▼朝日
1面準トップ・本記「国、辺野古埋め立て申請」「沖縄知事『移設は無理』」
2面「普天間移設 見切り発車」「政府『沖縄の負担減』」「知事『理解できない』」
▼毎日
1面トップ・本記「辺野古埋め立て申請」「普天間移設で政府」「沖縄知事の判断 焦点」
3面・クローズアップ「固い民意 乏しい成算」「『名護市長選前』急ぐ」「沖縄県側『事実上無理』」/「『抜き打ち』で書類提出」
第2社会面「『強引』『拙速』怒る沖縄」「自民県連も批判」
▼読売
1面トップ・本記「辺野古埋め立て申請」「沖縄知事、年内に可否」
2面「政府 知事説得に全力」「混乱懸念 前倒し」
▼日経
1面・本記「辺野古埋め立て申請」「政府、沖縄県に 『普天間』打開めざす」
4面(政治面)「普天間移設 なお険しく」「埋め立てのメド立たず」「首相『固定化あってはならない』」「沖縄知事『事実上無理だ』」
社会面「『不意打ち』怒り 『想定内』諦めも 地元住民」
▼産経
1面トップ・本記「辺野古埋め立て申請」「防衛省 漁業補償で折り合う」
2面「政府提出 スピード決断」「知事の許可 見通し立たず」
2面「沖縄『政争の具』懸念」「かき消される容認派の声」(宮本雅史那覇支局長署名記事)


 社説で取り上げたのは朝日、毎日、読売の3紙でした。読売の論調が、政府以上に政府的で明快なことが強く印象に残ります。それぞれの一部を引用、紹介します。
▼朝日「埋め立て申請 沖縄の声、なぜ聞かぬ」

 安倍首相はこれまで「沖縄の人々の声に耳を傾け、信頼関係を構築しながら移設を進めたい」と語ってきた。
 だが、やっていることはまったく逆ではないか。
 普天間問題だけではない。
 安倍政権は、1952年のサンフランシスコ講和条約発効と日本の独立を記念して、4月28日に政府主催の「主権回復の日」の式典を開く。
 連合国による日本占領が終わった日だが、米軍の施政権下におかれた沖縄では「屈辱の日」と呼ばれている。
 本土から基地を次々と移して、過重負担をもたらした。当然ながら、沖縄からは反発の声があがっている。
 安倍政権は米国への配慮を重ねながら、沖縄の人々の心情を軽視しているとしか思えない。
 政府は今後、沖縄の負担軽減策も進め、県民世論の軟化を促す構えだ。だが、そんな小手先の対応で県民が容認に転じるとは考えにくい。
 知事が「ノー」と言ったとき、その責任を、首相は自ら取る覚悟はあるのか。

▼毎日「埋め立て申請 展望なき『沖縄の同意』」

 しかし、沖縄は、過重な米軍基地負担を背景に、新たな基地を建設すること自体に強く反対している。埋め立て申請はそうした現実を無視した行為と言わざるを得ない。
 県内の41全市町村長と全市町村議会が県外移設を求め、県議会も県内移設反対の意見書を全会一致で可決している。1月には、東京都内で全市町村の首長らが県内移設断念を求める集会を開き、安倍首相に「建白書」を提出したばかりだ。名護漁協など容認論も一部にはあるが、広がりを欠き、県内移設反対・県外移設の主張が大勢である。
 かつて条件付き容認派だった仲井真知事も、県内移設反対の県民世論を受け、10年の知事選では県外移設を公約に掲げた。申請に対し、仲井真知事は「県内移設は事実上、無理であり不可能だ。県外移設を求める考えに変わりはない」と語った。
 自民党の一部には、仲井真知事が埋め立てを許可しなかった場合、埋め立て許可を国が代行するための特別措置法を制定すべきだとの意見もある。
 しかし、こうした強硬手段に訴えれば、政府と沖縄の溝は決定的に深くなり、在沖縄米軍基地の運用や日米安保体制の円滑な運営に支障を来す事態に発展する可能性がある。また、辺野古での基地建設自体も、島ぐるみの基地反対運動によって不可能になることが予想される。
 安倍首相には、米軍基地問題に対する沖縄の政治状況を直視し、慎重に対応するよう望む。

▼読売「『普天間』申請 移設実現へ最大の努力尽くせ」

 政府・与党は総力を挙げて、仲井真知事が埋め立てを許可する決断をしやすい環境を整備しなければなるまい。
 非現実的な「県外・国外移設」を安易に唱えた鳩山民主党政権の失政で、今の県内世論の大勢は辺野古移設に反対だが、もともと仲井真知事は容認していた。
 仮に埋め立てを不許可にすれば、普天間飛行場の危険な現状を長期間固定化することにつながる可能性が高い。それが沖縄にとって本当に望ましい選択なのか。
 政府の今後の努力次第では、仲井真知事が許可を最終決断する余地は十分あるはずだ。
 まず自民、公明両党の地方組織や県選出国会議員辺野古移設への理解を広げる必要がある。
 移設先の名護市関係者の説得も欠かせない。市長は移設に反対だが、市議会は反対派が容認派をわずかに上回っているだけだ。市議会の賛否の勢力を逆転させることができれば、知事の判断にも大きな影響を与えよう。

 産経新聞は社説(「主張」)では取り上げていませんが、2面に掲載された那覇支局長の署名記事がやはり強く印象に残ります。書き出しを引用、紹介します。

 埋め立て申請が現実味を帯び始めて以降、沖縄ではメディアを筆頭に市民グループらが異口同音に埋め立て許可反対ののろしを上げている。県民の多くは辺野古移設やむなしという考えで一致しているとされるが、そうした声は声高に叫ぶ反対派にかき消されてきた。反対派と容認派のはざまにあって、仲井真弘多知事はどう決断するのか―。

※「沖縄『政争の具』懸念」「かき消される容認派の声」(宮本雅史那覇支局長)

 沖縄2紙の社説は以下の通りです。
沖縄タイムス
「この国はゆがんでいる」
http://article.okinawatimes.co.jp/article/2013-03-23_46907
琉球新報
「埋め立て申請 民主主義否定する暴挙」
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-204328-storytopic-11.html

 ほかにも少なくない地方紙が社説で取り上げています。サイトNPJのニュースリンク集にリンクの掲載がありますのでご紹介します。
http://www.news-pj.net/previous.html

 よく訪問させていただいているブログの一つに、名護市在住の作家、目取真俊さんの「海鳴りの島から」があります。22日の記事は、申請書提出の一部始終のリポートでした。
辺野古埋め立て申請書提出される」
http://blog.goo.ne.jp/awamori777/e/e4db142287e59fd62492bd01b0ee2f29


【追記】2013年3月27日午前1時
 自宅で購読している琉球新報の23日付紙面が郵送で届きました。22日に発行された号外も一緒です。政府が申請書を提出したニュースを、沖縄タイムス琉球新報は号外で速報し、翌23日付の紙面(両紙とも朝刊単独で夕刊は発行していません)で詳細に伝えています。

 基地問題で沖縄メディアの報道を見ていつも思うのは、本土メディアにはもっと当事者意識が必要なのではないか、ということです。
 沖縄に過重な基地負担を強いているのは日本政府ですが、その政府は選挙を経て合法的に形成された政治権力によって運営されています。民主主義の正統性を備えています。そうである以上、沖縄へ基地負担を強いているのは日本社会の民主主義の結論でもあると言いうると思うのです。そこでは、個々人が選挙でどこに投票したかはあまり意味がありません。政府・与党を支持していなくとも、日本国の主権者の一人として、沖縄に過重な基地負担を強いている当事者であることから完全には逃れられないのではないかと思うのです。本土メディアの中で働く一人として、このことを常に自覚しておかなければならないと考えています。