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組織ジャーナリズムに身を置き40年余

琉球新報「高校生に伝える沖縄戦」


 自宅に郵送してもらい購読している沖縄の地元紙、琉球新報の6月9日付に、別刷りの特集紙面が付いていました。「高校生に伝える沖縄戦」です。沖縄は6月23日、1945年の沖縄戦で日本軍の組織的戦闘が終結したとされる「慰霊の日」を迎えます。
 特集全8ページの1面は「失われた青春」の見出しと、洞窟の中から外へカメラを向けて撮った大きなカラー写真。写真には「ひめゆり学徒らが命を落とした場所の一つ、沖縄陸軍病院山城本部壕=5月29日、糸満市山城」の説明が付いています。「69年前まで少年少女は軍歌を歌い、必ず敵に勝つと信じた。軍国主義教育の下、軍隊の戦意や国民の敵意をあおる勇ましい音楽はつむじ風となって幼い人々の柔らかな心に飛び付き、吹きすさんだ」。このような書き出しで始まる記事は、続いて1945年3月、19歳でひめゆり学徒隊として動員された現在88歳の女性の体験を紹介しています。
 2、3面は沖縄戦を体験した8人の方の証言を、過去の紙面掲載記事から再掲。8人は当時14歳から22歳でした。4、5面は戦没者の内訳をはじめとした沖縄戦の概要を写真やグラフなどとともに紹介。6、7面は沖縄県内の高校生4人の座談会。最終の8面は県内の資料館や戦跡の案内です。
 4、5面の記事にあった、次のくだりが深く心に残りました。「今、『21万人以上』とくくられた1人1人の顔を思おう。そして、今日のこの瞬間を生きる自分や家族がもし、69年前と同じ沖縄戦に巻き込まれたらどうなるか。かつて、その人生の途中で命を絶たれた人と自分を、家族を、友を、重ねてみよう」。
 この特集紙面は、直接は沖縄の若い読者に向けて制作されたものだと思いますが、日本本土(ヤマト)に住むわたしにとっても、あらためて「戦争をする国」「戦争を許容する社会」について、戦争を実際に体験した方々の証言をたどりながら考える機会になりました。