ニュース・ワーカー2

組織ジャーナリズムに身を置き40年余

哀悼・後藤健二さん

 前回の記事で、2004年10月にスイス・ジュネーブの国際労働機関(ILO)本部で開かれたメディア部門の政労使3者会議に参加したことを紹介しました。この会議の討議で、今も印象に残っていることの一つに、危険に対するジャーナリスト教育・訓練の問題があります。主に政労使の「労」、各国のメディアやジャーナリストの労働組合の間での討議でした。戦場や紛争地帯で取材するジャーナリストには、様々な危険から身を守るための十分な教育、訓練を受ける機会が設けられるべきだ、という内容でした。言い換えれば、危険だからその地域に近づかない、という発想よりも、どのように対策を取り、どこまで危険を減らして、そこで何が起きているかを伝えるか、という発想からの議論だったと思います。根底にあるのは、そこで何が起きているかが広く知られることが、戦争や紛争を社会全体で考えるためには、さらには戦争や紛争を終わらせるためには必要だ、というジャーナリズム観です。
 「イスラム国」(日本のマスメディアの呼び方の大勢にならって、とりあえずこう表記します)に拘束されていた2人の日本人の殺害映像が、相次いでネットに流れました。無事に家族のもとに帰ってほしいと願っていましたが、残念の一言です。とりわけ2月1日(日本時間)に映像が流れた後藤健二さんがジャーナリストだったことに、思うところが多々あります。今も息苦しいような思いが続いています。
 イスラム国は後藤さんの以前にも、米国人ジャーナリストを米国人であるという理由だけで殺害しています。後藤さんが今回、イスラム国の支配地域に入った理由はわたしにはよく分かりませんが、ジャーナリストであることを実績とともに証明することはさほど困難ではなく、おそらくは拘束したグループもそのことを知っていたはずです。しかし、後藤さんもまた日本人であるという理由で殺害されたと考えざるを得ません。
 ジャーナリストに限らず、捕虜や住民の虐殺を繰り返し、奴隷制まで復活させていると伝えられるイスラム国は、わたしたちの常識が通用しない相手でしょう。一方で、そうやって「モンスター」扱いしてしまうことは、彼らを理解する(好意的にとらえる、ということではありません)、彼らがなぜ出現し勢力を拡大してきたかを解明する努力が減じることにつながりかねないとの危惧もあります。しかし、イスラム国の支配地域で何が起こっているのかを知ろうとジャーナリストが現地入りすると、拘束され殺されてしまう―。職業としてジャーナリズムに連なっている者の一人として、今回の事件をどう考えればいいのか、いまだよく考えはまとまりません。気が滅入るばかりです。ただ、ジャーナリストであった後藤さんは、やはりジャーナリストとして(ほかの用件・目的もあったかもしれませんが)イスラム国の支配地に入ったのだと思います。自分の目で見たことを、わたしたちの社会に伝えようとしていたのだろうということに思いをはせ、ご冥福を祈りたいと思います。
※参考:水島宏明さん「後藤さん殺害事件で『あさイチ』柳澤キャスターの珠玉の1分間コメント」
 http://bylines.news.yahoo.co.jp/mizushimahiroaki/20150202-00042730/

 後藤さん殺害の映像とともに、イスラム国は「アベよ、勝ち目のない戦いに参加するというおまえの無謀な決断のために、このナイフはケンジを殺すだけでなく、おまえの国民を場所を問わずに殺りくする。日本にとっての悪夢が始まるのだ」(共同通信記事「新映像のメッセージ全文」)とのメッセージを発しています。名指しされた安倍晋三首相は2月1日に声明(首相官邸ホームページ)を出し「非道、卑劣極まりないテロ行為に、強い怒りを覚えます。許しがたい暴挙を、断固、非難します。テロリストたちを絶対に許さない。その罪を償わせるために、国際社会と連携してまいります」「日本が、テロに屈することは、決してありません。中東への食糧、医療などの人道支援を、更に拡充してまいります。テロと闘う国際社会において、日本としての責任を、毅然として、果たしてまいります」と表明しました。「テロとの戦い」をキーワードに、わたしたちの社会は、これまでは異なる位相に入ったのだな、と感じています。


 以下の写真は、2月2日付の東京発行各紙朝刊の紙面です。

 記録として、各紙の社説の見出しを書き留めておきます。
朝日新聞「『イスラム国』の非道―この国際犯罪を許さない」責任追及と処罰を/政府の対応、検証を/互いを知り合う必要
毎日新聞「日本人人質事件 この非道さを忘れない」時代錯誤の狂信集団/政府対応の検証が必要
▼読売新聞「後藤氏殺害映像 『イスラム国』の蛮行を糾弾する 日本人標的のテロに警戒強めよ」国際社会の結束不可欠/自己責任にとどまらず/邦人救出の議論も要る
日経新聞「後藤さんの志を踏みにじる卑劣な犯行」
産経新聞「後藤さん殺害映像 残虐な犯罪集団を許すな 対テロで国際社会と連携」覚悟持つ社会の醸成を/日本として責任果たせ
東京新聞「日本人人質殺害映像 絶対に許せぬ蛮行だ」理も情も通じないテロ/空爆支援の否定は当然/政府対応の検証は必要