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「『16年前に合意』は間違い」:翁長沖縄県知事が安倍首相に真っ先に言ったこと〜初会談の在京紙報道の記録

 沖縄県の翁長雄志知事が4月17日、同県宜野湾市の米軍普天間飛行場名護市辺野古地区への移設をめぐって、安倍晋三首相と初めて会談しました。かねて翁長知事が希望していたとはいえ、前日になって政府が日程を公表する慌ただしさでした。以下に、少し長めの引用になりますが、琉球新報の記事を書きとめておきます。

琉球新報「翁長知事、首相に辺野古断念迫る 初会談」2015年4月18日
 http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-241929-storytopic-271.html

 【東京】翁長雄志知事は17日、首相官邸安倍晋三首相と会談し、米軍普天間飛行場辺野古移設計画の断念を訴えた。翁長知事は安倍首相に「私は絶対に新基地は造らせない」と建設阻止の強い意思を示し、今月末に米ワシントンで予定される日米首脳会談でオバマ大統領に伝達するよう要望した。安倍首相は「辺野古への移転が唯一の解決策だ」などと述べ、移設を推進する考えを示した。昨年12月の知事就任後、翁長知事が首相と会談するのは初めて。
 会談は約30分間で、冒頭の6分弱のみ公開された。翁長知事の冒頭発言は途中で公開が打ち切られたが、県は知事が首相に発言した内容の骨子を報道陣に公表した。骨子によると翁長知事は「県民の理解を得ることなしに辺野古埋め立てを強行するようであれば、私は絶対に辺野古への新基地を造らせない」と述べた。
 会談の冒頭で、翁長知事は昨年の名護市長選、知事選、衆院選の全てで辺野古移設反対の候補が当選しており「辺野古新基地反対という圧倒的民意が示された」と強調した。その上で「(強制接収で)自ら土地を奪っておきながら、老朽化して世界一危険だから沖縄が負担しろ、嫌なら代替案を出せという、こんな理不尽なことはない」と述べ、辺野古移設を強行している首相を批判した。
 稲嶺恵一元知事、岸本建男元名護市長が辺野古移設を受け入れたとして、地元の同意を得ていると主張する政府の見解について、1999年の閣議決定は軍民共用化や15年使用期限などが沖縄側の受け入れの条件だったことを指摘した。さらに99年の閣議決定が2006年に廃止されていることを挙げ「16年前に知事や市長が受け入れを決めたという前提条件がなくなることになり、受け入れたというのは間違いだ」と訴えた。

 場所は東京の首相官邸沖縄県知事と要人の会談は、場所が沖縄県庁ならフル・オープン、つまり一部始終を報道陣に公開するそうですし、4月5日に翁長知事が菅義偉官房長官と会談した際も、場所は那覇市のホテルでしたが冒頭30分間は公開でした。しかし今回は約30分間の会談のうち公開は6分弱。安倍首相がまず発言し、次に翁長知事が発言しているその途中で、報道陣は官邸側に退室させられました。会談終了後、翁長知事は取材陣に非公開部分の発言を明らかにしたとのことです。そのような経緯があったため、マスメディアの取材も直接、会談の公開分を見聞きした部分と、翁長知事からの伝聞に拠っている部分とがあります。その上で、安倍首相と翁長知事の双方の冒頭発言を沖縄タイムスがまとめています。

沖縄タイムス「翁長知事・安倍首相会談全文(冒頭発言)」
 http://www.okinawatimes.co.jp/article.php?id=112136


 この会談は日本本土のマスメディアも大きく報じました。東京発行の新聞各紙の18日付朝刊では、朝日新聞産経新聞東京新聞が1面トップ、毎日新聞、読売新聞、日経新聞も本記は1面でした。6紙とも社説も掲載し、総合面や社会面でも関連記事を掲載しています。
 以下に、各紙の1面掲載の記事と社説の見出しを書きとめておきます。いずれも東京本社発行の最終版紙面を元にしています。
朝日新聞
1面トップ「首相と沖縄知事 平行線」「首相 辺野古移設『唯一』」「翁長氏 沖縄県の声『米に』」
社説「安倍・翁長会談―まだ『対話』とは言えぬ」
毎日新聞
1面準トップ「首相に『辺野古』撤回迫る」「沖縄知事 米大統領へ伝達要請」
社説「首相と沖縄知事 形だけに終わらせるな」
※1面トップは「BPOに政府関与検討」
▼読売新聞
1面準トップ「辺野古移設 理解求める」「首相、翁長知事と初会談」「知事反発 対話は継続」
社説「首相VS沖縄知事 建設的対話重ねて接点を探れ」
※1面トップは「人口自然減 初の25万人」
日経新聞
1面「首相『唯一の解決策』」「辺野古移設 沖縄知事『中止を』初会談」
社説「首相と沖縄知事は粘り強く対話を重ねよ」
※1面トップは「日米TPP詰めの交渉」
産経新聞
1面トップ「首相『辺野古、唯一の策』」「沖縄知事 反対譲らず」
1面「覚悟示した首相/知事、最後は住民投票?」
社説「安倍・翁長会談 危険性除去へ責任果たせ」
東京新聞
1面トップ「反対 米大統領に伝達を」「翁長知事『辺野古に絶対造らせない』」「首相と初会談 平行線」
1面「沖縄問題 安保法制 訪米前急ぐ首相」(解説)
社説「翁長・首相会談 沖縄の声、米に伝えよ」

 会談では、安倍首相が普天間飛行場の危険性の除去は辺野古移設が唯一の解決策だと主張すること、翁長知事が辺野古移設にあらためて反対を表明し、両者の主張が平行線になるだろうことは事前に予測されたことでした。会談がこの時期に行われたことについては、各紙とも安倍首相が訪米を控えていることが背景にあるとの見方を示しています。安倍政権の辺野古移設方針を支持している産経新聞は1面に掲載したサイド記事で次のように解説しています。一部を引用します。

 政府内には、首相がこの時期に会談することに否定的な見方があった。翁長氏が対決姿勢を軟化させる見込みがなかったからだ。対話をしたという訪米前のアリバイづくりとの批判を反対派から浴びることも避けられない。
 それでもなお首相が会談に応じたのは、辺野古移設という日米合意を推進する覚悟を示すことを優先させたためだ。移設が実現しない限り、首脳会談直前に再改定する日米防衛協力の指針(ガイドライン)も絵に描いた餅になりかねない。
 そもそも、翁長氏との会談は沖縄戦終結したとされる6月23日の「慰霊の日」に合わせた首相の訪沖時が候補に挙がっていた。それを前倒ししたのは、日米首脳会談という政治日程に加え、「(翁長氏との)会談に応じなければ冷遇との批判がつきまとい、国民の視線も厳しくなる」(政府高官)との判断もあった。会談を実現して翁長氏の主張に耳を傾け、首相は批判の芽を摘んだわけだ。

 引用部分の後段は言い方を換えれば、政府が辺野古沖の海底ボーリング調査の再開を3月に強行して以来、辺野古移設の問題は日本本土でも世論の関心が高まっており、そのことを安倍政権は十分に自覚していることの証左だと思います。世論の関心が高まっているだけに、会談の焦点は、翁長知事が何をどんな表現で安倍首相に直接伝えたのか、だったと思います。会談の公開部分や、その後、翁長氏が取材陣に明らかにしたことを元に整理すると、以下の各点が翁長知事の発言のポイントではなかったかと思います。先に挙げた沖縄タイムスの「会談全文」を引用しながら、発言順に列挙します。

(1)16年前に当時の知事も名護市長も辺野古基地を受け入れたというのは間違いである。

 総理も官房長官も16年前、当時の稲嶺(恵一)知事、地元名護市長も辺野古基地を受け入れたとおっしゃっていますけれども、しかしながら稲嶺知事は代替施設は軍民共用施設として、そして米軍による施設の使用については15年の期限を設けることを条件として受け入れを認めたわけです。
 それから岸本(建男)名護市長は日米地位協定の改善、それから施設の使用期限、それから基地使用協定等の前提条件が満たされなければ容認は撤回すると言っておりました。
 当時の政府は平成11(1999)年12月、稲嶺知事と岸本市長はこれを重く受け止め、米国政府と話し合う旨、閣議決定を認めました。しかし、その閣議決定は平成18(2006)年に沖縄県と十分な協議がないまま廃止されました。
 従って16年前に知事や市長が受け入れを決めたというのは前提条件がなくなったことで、受け入れたというのは私たちとしては間違えだというふうに思っています。


(2)沖縄は自ら基地を提供したことはない。いやなら代案を出せというのは理不尽だ。

 そして政府は今、普天間飛行場の県外移設という公約を、失礼な言い方かも知れませんが、かなぐり捨てた前知事が、埋め立てを承認したことを錦の御旗として、辺野古移設を進めておられますが、昨年の名護市長選挙、沖縄県知事選挙、衆議院選挙は前知事の埋め立て承認が争点でありました。
 全ての選挙で辺野古新基地反対という圧倒的な民意が示されたわけであります。沖縄は自ら基地を提供したことは一度もございません。普天間飛行場もそれ以外の基地も戦後県民が(捕虜)収容所に収容されている間に、(土地が)接収された。または居住場所をはじめ銃剣とブルドーザーで強制接収され、基地造りがなされたわけであります。
 自ら土地を奪っておきながら老朽化したから、世界一危険だから沖縄が負担しなさい。嫌なら代替案を出せと言われる。こんな理不尽なことはないと思います。


(3)安倍首相の言う「日本」に沖縄は入っているのか。沖縄に関しては戦後レジームを死守しているかのようだ。

 安倍総理が2度目の政権を担ったとき「日本を取り戻す」という言葉がありました。私はとっさにそこに沖縄が入っているのだろうかと思いました。戦後レジームからの脱却ともおっしゃってましたが、沖縄に関しては戦後レジームの死守をしているかのようであります。


(4)辺野古基地ができなければ本当に普天間基地は固定化されるのか。普天間基地の5年以内の運用停止は約束できるのか。

 安倍総理にお聞きしたいと思います。ラムズフェルド米国防長官が12年前、普天間基地は世界一危険な基地だと発言し、菅官房長官普天間の危険性除去のために辺野古が唯一の解決策とおっしゃっております。辺野古基地ができない場合、本当に普天間基地は固定化されるのかお聞かせ願いたいと思います。
 普天間飛行場の5年以内の運用停止について、仲井真弘多知事は県民に対し「一国の総理および官房長官を含めて政府としっかりやるとおっしゃっている。それが最高の担保である」と説明していました。
 5年以内の運用停止は、きょうまでの状況を見ますと、辺野古埋め立て承認というハードルを越えるための空手形ではないかと危惧しているところです。総理ご自身から5年以内運用停止を約束できるかお聞きしたいと思います。


(5)辺野古の問題は県民と米軍、県民とアメリカ政府との問題とも思える。(翁長知事も)訪米して県民の思いを直接訴える。

 私は沖縄にある米軍基地や米国政府の責任者から、辺野古の問題は日本の国内問題だとよく言われます。
 われわれ県民から見たら、米軍基地の運用について日本政府がほとんど口を挟めないことをよく知っていますから、辺野古の問題についても、県民からは実感として、県民と米軍、県民とアメリカ政府との問題だとも思えます。
 ですから、私も近いうち訪米をして県民の思いを米国政府、シンクタンク等さまざまな方々に訴えようと思っています。


(6)県民の理解なしに辺野古埋め立てを強行するなら絶対に新基地を造らせない。
(7)まずは辺野古への移設作業を中止することを決断するよう期待する。
(8)(安倍首相が)訪米した際には、オバマ大統領に沖縄県知事と県民は辺野古移設計画に明確に反対していることを伝えてほしい。

 このまま政府が地元県民の理解を得ることなしに辺野古埋め立てを強行するようであれば、私は絶対に辺野古への新基地を造らせないということを改めて申しあげたいと思います。
 安倍総理には、かたくなな固定観念に縛られず、まずは辺野古への移設作業を中止することを決断され、沖縄の基地固定化の解決・促進が図られることを期待しております。訪米した際には、オバマ大統領へ沖縄県知事はじめ、県民は、辺野古移設計画に明確に反対しているということを伝えていただきたい。よろしくお願いします。


 在京各紙の報道をみると、(8)の米オバマ大統領に安倍首相から、沖縄県知事と県民は辺野古移設に反対していることを直接伝えるよう要請した、ということは各紙とも1面に掲載した本記に書き込んでおり、見出しにも取っている新聞もあります。社説で触れている例もあります。安倍首相の訪米時には、安倍氏オバマ大統領と普天間飛行場移設問題でどんな話をするのかは大きな焦点になりますし、安倍首相が翁長知事の要請に応えるのかどうか、本土マスメディアは見極めなければならないだろうと思います。政治報道の責任でもあるでしょう。(6)の県民の理解なしに辺野古埋め立てを強行するなら絶対に新基地を造らせない、との決意の伝達もよく報じられています。
 一方で、(1)の16年前の辺野古基地受け入れを否定する主張は、各紙で扱いが分かれました。1面の本記の中で触れているのは東京新聞産経新聞東京新聞は総合面に別に関連記事を掲載し、「『16年前の同意』根拠否定」「翁長氏 使用期限崩壊理由に」の見出しを立てて詳しく紹介しています。読売新聞は総合面の関連記事の中で簡単に触れ、毎日新聞は発言要旨には盛り込んでいますが、朝日新聞日経新聞にはこのくだりは見当たりません。翁長知事にしてみれば、日本政府が「16年前に沖縄側は辺野古移設に同意している」と言い張ることは、事実関係を意図的に曲解した詐術的な言辞で許しがたいことなのだろうと思いますし、同じ思いを沖縄県民が抱いていると考えたからこそ、会談での発言でまず最初に口にしたのだろうと思います。そういうことに思いが至れば、新聞紙面は紙幅が限られているとはいえ、やはりこのくだりは紹介するべきだと思いますし、それも読者に経緯が分かるように工夫する必要もあるのではないか、と私は考えます。
 普天間飛行場の移設問題はただでさえ長い経緯があり、日本復帰後も続く事故被害や騒音、米兵犯罪などの基地負担の過酷さ、戦後の過酷な米統治、おびただしい住民の犠牲を生んだ第2次大戦末期の沖縄戦や、さらにさかのぼれば明治初頭の琉球処分など、歴史的背景をも踏まえなければ理解できないことが数多くあります。現在進んでいる事象だけでなく、そうした背景事情の一つ一つについても、手間を惜しまず日本本土の日本国民に対して知らせていくことも、日本本土のマスメディアの責務だろうと思います。

 在京各紙の社説は、政府の辺野古移設方針に批判的な新聞も、政府方針を支持する新聞も、安倍首相と翁長知事が会談したこと自体は総じて好意的に評価しています。しかし、両者は対話を続けよ、というだけでは、辺野古移設に向けた手続きはどんどん進んでいき、翁長知事や沖縄県民から見れば既成事実だけが積み重なっていくことになります。朝日新聞の社説は「政権が本気で『粛々』路線から『対話』路線へとかじを切るというのなら、ボーリング調査をまず中断すべきだ。そうでなければ対話にならない」と説いています。東京新聞はさらに「首相に必要なことは、県民の理解を得て辺野古『移設』を強行することではなく、辺野古『移設』の困難さを認め、政府の責任で代替策を検討することだ」と主張しています。そろそろ、こうした議論が日本本土で広がっていってもいいのではないかと感じています。


 なお、会談の取材に関連して、翁長知事が発言しているその途中で、報道陣が官邸側に退室させられたことをめぐる沖縄タイムスの記事を、備忘を兼ねて一部引用しておきます。

沖縄タイムス「知事発言が突然、非公開に 官邸が3分で打ち切る」2015年4月18日
 http://www.okinawatimes.co.jp/article.php?id=112125&f=i 

 【東京】翁長雄志知事と安倍晋三首相の初会談で、官邸側は沖縄県側と約束した知事の冒頭5分の発言時間を打ち切る形で切り上げ、知事の発言途中で報道陣を退室させた。県側は事前に5分ずつと約束しており「あれはルール違反」(県幹部)と不満の声も出ている。
 報道陣に公開された会談冒頭は約6分。首相が「辺野古移転が唯一の解決策」を強調して2分50秒発言した。続いて知事が発言メモ4枚のうち2枚目を読み上げたところで、官邸スタッフが「報道、退室」と指示。公開された知事の発言時間は3分13秒だった。
 県幹部によると、会談の事前調整で県は会談を全部公開するよう求めたが、調整の上、会談は30分で冒頭5分ずつの発言を公開すると約束。発言順は知事が先だったが、17日朝に官邸側が「総理から」と変更を申し入れ、発言時間は「5分ですよ」と念押しがあったという。
 (中略)
 発言を事実上阻まれた格好になった知事は会談後、非公開になった発言内容を記者団に紹介、発言メモも報道各社に配るよう県職員へ指示した。辺野古新基地反対の知事メッセージを警戒し、メディアに「画」を撮られないよう官邸側が意識したのではないかとの指摘も上がっている。