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主催者発表「12万人」と警察集計「3万人」は対象が異なる〜8・30反安保法案集会の参加者数報道に思うこと

 東京の国会議事堂周辺で8月30日に行われた安全保障関連法案に反対する大規模な集会をめぐって、参加者数の論議が続いているようです。主催者発表が「約12万人」だったのに対し、マスメディアの報道で警察の集計は「約3万人」あるいは「約3万3千人」と伝えられました。このため「12万人」と「3万人」(あるいは「3万3千人」)のどちらが正しいのか、との論議です。

 新聞メディアの中では産経新聞が9月1日付の朝刊総合面に「国会前集会 本当に『12万人』?」との見出しの記事を掲載しています。手元で参照したのは東京本社発行の最終版です。見出しは異なりますが、ネットにもアップされています。一部を引用します。
 ※産経ニュース「安保法案反対デモ、本当の参加者数を本社が試算」=2015年8月15日
  http://www.sankei.com/politics/news/150831/plt1508310051-n1.html

 試算は上空から撮影した正門前で警備にあたっていた警察車両の前に機動隊員が15人並んでいたことを基準とした。そこに面した正方形部分(矢印)の人数を約225人と計算。白枠の正方形はその16倍で約3600人とした。9つの白枠全てが参加者で埋まっても国会前は約3万2400人となった。

 記事はリードで「国会周辺にも参加者がいたとはいえ、主催者の『戦争させない・9条壊すな! 総がかり行動実行委員会』が発表した12万人にはほど遠い」としています。

 新聞メディアの報道でもう一つ、目にとまったのは共同通信が9月2日に配信した記事です。ネットでは読めないようですが、「生活の党と山本太郎となかまたち」東京都第10区(豊島区全域・練馬区東部)総支部長の多ケ谷亮氏に取材した記事です。多ケ谷氏は当日集会に参加。いくらなんでも「3万人」は少ないと思い、国会議事堂周辺の東京メトロ(地下鉄)各駅に、8月30日の降車客の数を問い合わせていました。共同の記事は、前週よりも少なくとも5万5千人は多かったこと、利用客数を明らかにしなかった駅もあることなどを挙げて「参加者は3万人を大きく上回っていたのは間違いなく、主催者発表の方の数字に近いだろう」と指摘する多ケ谷氏のコメントを紹介しています。
 この記事は地方紙を中心に3日付朝刊に掲載されているだろうと思いますが、そのうちの一つの信濃毎日新聞は第3社会面に全5段の小さくはない扱いです。共同の記事には記載がありませんが、多ケ谷氏は自身のブログで東京メトロへの問い合わせの詳しい内容などをアップしています。なお、共同通信東京メトロに取材したところでは、駅を降りた利用客などのデータは基本的に公開しておらず、多ケ谷氏には一部の駅が誤って伝えてしまったが、内容に間違いはない、とのことです。
 ※たがや亮 オフィシャルブログ http://ameblo.jp/ryotagaya/
 ※たがや亮 オフィシャルブログ「デモの参加者、12万人がねつ造なのか、3万人がねつ造なのか調べてみた」=2015年9月1日
  http://ameblo.jp/ryotagaya/entry-12068219708.html
 【写真】産経新聞9月1日付朝刊(東京本社発行最終版)の2面の記事と信濃毎日新聞9月3日付朝刊の第3社会面
 


 このブログの以前の記事で触れたことですが、警察集計の「約3万人」(あるいは「約3万3千人」)が最初にどんなふうに報じられているかを再度見てみます。
 ※参考過去記事「1面掲載の朝日、毎日、東京、社会面の読売、産経、日経〜反安保、国会周辺集会の報じ方 ※追記・警察集計の表記について補足」=2015年8月31日
  http://d.hatena.ne.jp/news-worker/20150831/1440979285
 
東京発行6紙のうち、東京新聞を除く5紙が警察集計に言及しています。以下の通りです。
 ・朝日新聞「警察関係者によると、国会周辺だけで参加者は約3万3千人」
 ・毎日新聞「参加者は警察当局によると3万人」
 ・読売新聞「警察関係者は約3万3000人としている」
 ・日経新聞「警視庁は参加者数の発表をしていないが、警察関係者は3万人余りとしている」
 ・産経新聞「警察関係者によると、約3万人が集まったとみられる」


 一目で気付くのは、朝日のみ「国会周辺だけで」と地域を限定した表現になっていることです。もう少し詳しく引用すると、「霞ケ関や日比谷周辺まで人であふれた。警察関係者によると、国会周辺だけで参加者は約3万3千人」となっていますので、霞ケ関日比谷公園周辺までの人たちをも含めた人数ではなく、国会に近接した地域に限定していると読み取るべきでしょう。本当は全ての地域を含めての集計なのに朝日の記者が意図的にねつ造を図ったと考えるよりは、ほんの少し他紙よりも「約3万3千人」の意味を警察関係者に突っ込んで取材し、記事に盛り込んだと考える方が、取材・報道の実務からは自然です。そうしたことを踏まえた推測含みのことになりますが、そもそも主催者発表の「約12万人」と警察集計の「約3万人」(あるいは「約3万3千人」)は同じ地域を対象にしておらず、比較できるものではないように思います。この前提に立てば、産経新聞の試算も、国会周辺だけで約3万3千人との警察集計がさほど外れていないことを証明している、ということ以上に意味は持たせられないとわたしは考えています。
 先に挙げた多ケ谷亮氏のブログもそうですが、当日の集会参加者のブログやSNSを通じての報告を見ると、集会の主催者は国会議事堂正門前だけを集会の場所としていたわけではなく、実際に霞ケ関の官庁街や日比谷公園付近にまで参加者は詰めかけていたことが分かります。そうしたことを考慮すれば「約12万人」という集計はあながち誇張ではないように感じます。

 ※当日のリポートの例としては、国交労連発行の雑誌の編集者である井上伸さんの以下のブログ記事があります。
 「12万人以上が参加していた8.30国会前デモ、信用失うのは現場取材せず報道する産経等マスコミの方」
  http://editor.fem.jp/blog/?p=623

 ※上記、井上さんのブログでも紹介されていますが、主催者側のHPによると、事前に主催者側は国会前だけでなく霞ケ関から日比谷公園にかけての広い範囲の中の6カ所に「ステージ」を設けることを告知しており、「当日は混雑が予想されますので、関東圏からご参加の皆さんは、当日、できるだけ地下鉄『霞が関』駅で下車して、同駅周辺の集会に御参加ください」と呼びかけています。主催者の言う「参加者」は、これらの広い範囲を対象にしていると考えるべきでしょう。
 「戦争法案廃案!安倍政権退陣!8・30国会10万人・全国100万人大行動」
  http://sogakari.com/?p=633


 いずれにせよ、警察集計の「約3万人」(あるいは「約3万3千人」)が霞ケ関の官庁街や日比谷公園付近の集会参加者まで含むとは考えづらいです。また、主催者発表の「約12万人」にしても、それが国会議事堂に近接した場所に限定しているのか、それとも霞ケ関日比谷公園周辺の人たちをも含むのか、新聞によっては必ずしも明確な書き方ではなかったと思います。仮に、「約12万人」と「約3万人」(あるいは「約3万3千人」)を引用した新聞各紙が、それぞれの数字について、「主催者発表」「警察集計」のひと言でくくってしまうのではなく、地域的にどこを対象にしているのかまで取材し、具体的に記事に盛り込んでいれば、「12万人」と「3万人」の論議は少し違ったものになっていたのではないかと感じます。