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自衛隊「駆け付け警護」で報道制限の恐れはないか―イラク派遣時を忘れない

 南スーダン国連平和維持活動(PKO)に派遣される陸上自衛隊部隊に対し、安全保障関連法に基づき「駆け付け警護」任務を付与することを安倍晋三政権が11月15日、閣議決定しました。交代部隊として派遣される青森市の第5連隊の部隊に稲田朋美防衛相が18日に命令を出し、部隊は20日に出発。現在活動中の部隊と現地で交代した後の12月12日から実施が可能になると報じられています。
※47news=共同通信「新任務懸念残し陸自20日出発 南スーダンPKO『不測事態も』」2016年11月19日
 http://this.kiji.is/172632023886300665

 南スーダン国連平和維持活動(PKO)に派遣され、新任務の「駆け付け警護」と「宿営地の共同防衛」に対応する陸上自衛隊11次隊が、20日から順次、首都ジュバに向け出発する。
 政府は駆け付け警護を実施するとしても「極めて限定的な場面」と強調する一方、武力衝突が起きるなど現地の情勢が不安定であることを認め、不測の事態が生じる可能性を否定できない、ともしている。懸念を残したままの出発となる。
 19日、青森市の青森駐屯地で開かれた壮行会には稲田朋美防衛相のほか、自衛隊制服組トップも参加。新任務の重みを反映させた異例の見送り態勢となった

 駆け付け警護は、PKO派遣の自衛隊部隊が、現地の国連司令部などの要請を受けて、武装勢力に襲われた国連職員やNGO関係者らを救出に向かう任務です。活動に際しては必要に応じて武器を使うことができ、いよいよ自衛隊が初めて海外で武力行使する事態が、現実的な可能性を持つことになります。また、武器の使用ないしはその構えを示しただけでも、相手方から自衛隊が発砲その他の攻撃を受けることも予想されます。自衛隊に死傷者が出る可能性もまた現実のものとなります。
 この駆け付け警護任務を巡っては、NHKが11月11日から13日にかけて実施した世論調査では、「賛成」が18%、「反対」が42%、「どちらともいえない」が32%だったと報じられています。世論では「反対」が過半数とまではいかくても、少なくとも「賛成」を大幅に上回っている中での任務付与です。もしも、自衛隊派遣部隊が武器を行使し、その結果として相手方に死傷者が出たり、さらには自衛隊に死傷者が出たりすれば、いずれも戦後初めてのことです。わたしたちの社会はそのことを冷静に受け止めることができるでしょうか。その後に、どのような議論が始まるのでしょうか。


 マスメディアで働く一人として気になっているのは、駆け付け警護任務が実行に移され、仮に死傷者が出た際に、その事実はどのように伝達され、どのように報じられることになるのか、ということです。ずっと念頭にあるのは、かつて2004年に始まった自衛隊イラク派遣に伴って、現地取材に際して防衛庁(当時)と新聞、放送のマスメディア、具体的には日本新聞協会と日本民間放送連盟とが交わした申し合わせです。
 2004年3月11日の申し合わせは3点の文書がセットになっていました。以下の通りです。
1 イラク人道復興支援活動現地における取材に関する申し合わせ
2 「イラク人道復興支援活動現地における取材に関する申し合わせ」に基づく阿部雅美日本新聞協会編集委員会代表幹事および小櫃真佐己日本民間放送連盟報道小委員会小委員長代行と北原巖男防衛庁長官官房長との確認事項
3 イラク人道復興支援活動に係る現地取材について(イラク及びクウェートに所在する自衛隊部隊に係る立入制限区域への立入取材申請書)

 1の「申し合わせ」があり、それに基づいて2の「確認事項」が決められ、マスメディア側は3の「申請書」を提出して、自衛隊宿営地などへの立ち入りや取材に必要な「立入取材員証」の発行を受けることになっていました。
 関連の資料はPDFファイルで現在も防衛省のホームページから入手できます。
 http://www.mod.go.jp/j/approach/kokusai_heiwa/iraq/syuzai.html
 ※こちらからも見られるようにしました。
 1「申し合わせ」.pdf 直  2「確認事項」.pdf 直  3「立入取材申請書」.pdf 直

 3件のうち1と2は文字通り、イラククウェート現地での自衛隊の活動を取材する場合の基本原則を定めた内容です。3は実務的な文書で、自衛隊の宿営地に立ち入って取材する場合に必要な「立入取材証」を事前に取得するための申請書です。申請にあたって遵守を制約しなければならない事項がこまごまと挙げられ、中には「情報の取り扱いに関する事項」もあります。これらの事項を遵守すると制約しなければ、宿営地への立ち入り取材を認めない、という構成になっています。
 ちなみに、1の「申し合わせ」の根幹部分は以下のようになっていました。

 新聞協会および民放連加盟社の、標記にかかわる取材活動は、以下の基本原則の下で行われる。
1.政府の説明責任
 憲法の基礎である国民主権の理念にのっとり、国政を信託した主権者である国民に対して自衛隊イラク人道復興支援活動の状況を具体的に明らかにし、説明するという責務(説明責任)を政府は負う。
2.表現、報道の自由の尊重
 憲法の認める表現の自由に属する報道の自由、報道のための取材の自由について、政府は最大限尊重する。
3.自衛隊員、報道関係者の安全確保
 イラク人道復興支援活動の現地(次項において「現地」という。)で活動する自衛隊員および報道関係者の生命および安全の確保について、派遣元組織および被派遣者の自己責任の原則の下、可能な範囲で最大限配慮する。
4.自衛隊部隊の円滑な任務遂行
 現地の自衛隊部隊の円滑な任務遂行に支障を与えないよう留意する。

 当時、この申し合わせの枠組みで私が問題だと考えていたのは3の「申請書」でした。宿営地などへの立ち入り取材が許可される条件として、仮に派遣部隊が攻撃を受けた際などは情報発信の制限を受け容れることとされており、それはマスメディアが検閲を容認したと言われても仕方がないことではないかと思ったからです。この点については、このブログの過去記事や、2006年秋まで運営していた旧ブログ「ニュース・ワーカー」でも何度か書いてきました。長くなりますが、過去記事にも引用した旧ブログの記載を転記します。当時は私は労働組合の専従役員で、現在と立場は異なりますが、個人の考え方として基本的なところでは変わりはありません。

 問題なのは3だ。宿営地など派遣部隊の管理地に立ち入って取材する場合に必要な許可証である「立入取材員証」の申請書だ。申請にあたって、あらかじめ順守すべき事項がA4判の用紙5枚にわたり列挙されている。「それらを守りますので、宿営地など自衛隊の管理区域での取材をさせてください」という形式だ。
 順守事項に「4 情報の取り扱いに関する事項」があり、その中に「下表右欄に例示する安全確保等に悪影響を与えるおそれのある情報については、防衛庁又は現地部隊による公表又は同意を得てから報道します(それまでの間は発信及び報道は行われません)」との文言がある。その後に、「下表」が続き、左欄に「報道しても支障のない情報の例」、右に「安全確保等に影響し得る情報の例」が並ぶ。この右側の項目が、メディアが「防衛庁又は現地部隊による公表又は同意を得てから報道します」と約束する検閲項目ということになる。
 では、それらは具体的にどんな項目だろうか。10項目にわたって22の情報が例示されている。例えば「部隊の勢力の減耗状況」や「部隊の人的被害の正確な数」が挙がっている。仮に自衛隊部隊が攻撃を受けた場合、同行取材していた記者が被害状況を速報しようとしても、それは、攻撃した側にどのくらいの効果があったかをただちに知らせることになるからダメ、というわけだ。
 「部隊の将来の活動の予定・計画その他の部隊に対する攻撃や活動の妨害の計画及び実施を容易にし得る情報」というのもある。つまり、いつ部隊が撤収するかなど、将来のことは何も報道できない。撤収がすべて終わるまで、報道が制限されるということだ。
 こうした検閲、報道統制にも等しい措置の大義名分は、派遣部隊と取材者自身の安全のためとされている。そのこと自体、今回の派遣が「非戦闘地域」への派遣ではなかったことを物語っているのだが、同時に、やはり純粋な軍事行動、軍事的発想は「知る権利」や「言論・表現の自由」とは相容れない、ということを強く感じる。この取り決めによって、「とにかく書くな」の無意味な報道統制だけが実績として残ることを危ぐする。
※旧ブログ:ニュース・ワーカー「イラク自衛隊取材ルールは今も有効 」2006年6月22日
 http://newsworker.exblog.jp/4054089

 今回、駆け付け警護任務が実施され、仮に相手方であれ自衛隊部隊にであれ死傷者が発生するような事態になった場合に、その情報はただちに発表されるのか。あるいは仮にその際の模様をマスメディアが直接取材できていたとして、その取材結果をそのまま報じることに制限をかけるような動きはないと言い切れるのか。自衛隊初の武力行使になりかねないという駆け付け警護任務それ自体の問題もさることながら、実際に死傷者が出るような事態になった際に、「知る権利」や「報道の自由」にかかわる問題が起きることはないのか、気にかかっています。
 もちろん、イラク派遣の当時と今回とでは部隊派遣の形態も任務の内容も異なります。日本のマスメディアがこぞって取材要員をイラク現地に送り、派遣部隊の動向を詳しく報じたようなことも、今回は起こりにくいとは思います。当時は、派遣部隊がどこへ行くにも、日本の取材陣が張り付いて取材する状況が当初はあり、部隊とメディアの双方にとっても、何らかのルールの取り決めは必要になっていました。
 ただ一方では今日、一般的にも日本社会では個人情報の過剰保護が進み、自衛隊でも航空機事故で殉職した自衛官の氏名を「遺族の同意がない」との理由で公表しない事態が起きたりしています。加えて特定秘密保護法も施行されており、今回のPKO派遣に関する事がらが特定秘密に当たるかどうかはともかく、防衛省自衛隊の情報公開に対する姿勢は、少なくとも積極的とは言い難いのではないかと感じます。
 派遣部隊の安全確保は必要です。ただ、世論調査でも決して帰趨が定まっているとは言えない事がらであり、何か事があった場合は原則として情報はすみやかに公表され、社会で共有されなければならないと思います。