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組織ジャーナリズムに身を置き40年余

立法の必要性に具体例の説明なく、理解も不十分な「共謀罪」―世論調査は逆転、「反対」が「賛成」上回る

 過去3回廃案になった共謀罪の構成要件を変えた組織犯罪処罰法改正案が21日、閣議決定され国会に提出されました。政府は2020年東京五輪を前にテロ防止のために必要と強調し、呼び方も「テロ等準備罪」と変えています。菅義偉官房長官は21日の閣議決定後の記者会見で「法案に対する不安や懸念を払拭する内容で、かつての共謀罪とは明らかに別物だ」(朝日新聞)と強調しました。しかし、適用対象の罪を半分以下に絞り込もうとも、犯罪の準備段階、共謀段階を広範に処罰することは以前の共謀罪と何ら変わりがなく、人間の内心を処罰することにつながりかねません。それは憲法が保障する内心の自由、ひいては表現の自由を危うくすることになります。
 この「共謀罪」の危うさは、例えば仮に最終的には裁判で無罪になろうとも、あるいはその以前に不起訴になろうとも、共謀を理由に逮捕や取り調べ、家宅捜索などが行えるようになることです。この点は、沖縄・米軍普天間飛行場名護市辺野古への移設に対する辺野古現地での抗議行動など、国策に対する抗議としての表現活動のことを想起すれば分かりやすいのではないかと思います。逮捕や取り調べが行われるだけでも大きなダメージであり、国家権力への抗議という表現活動が直接的に侵害されることになります。「組織的犯罪集団」であるか否か、事前に個別具体的に指定されているわけではなく、適用対象を捜査側が恣意的に判断することを排除できる仕組みになっていません。かつての共謀罪の違いとして、準備行為が行われていることが必要とされますが、準備行為の解釈も結局は捜査する側がどうとらえるか次第です。政府は、正当な活動をする団体であっても犯罪集団に一変すれば適用対象になる、との見解も示しており、捜査側のさじ加減一つで、一般人も適用対象になるとの懸念も残ったままです。また、共謀は密室の中で行われるのが常であり、必然的に監視や盗聴、あるいは密告の奨励を招くことになります。監視社会化がいっそう強まる可能性があります。
 こうした「共謀罪」の内容以上に問題だと感じるのは、なぜこの立法が必要なのかが十分に説明され、なおかつ理解されているとは言い難いことです。この「共謀罪」がなかったために、現に生じている被害に対して何もできず、被害を放置するに任すしかなかったというような事例は、具体的に示されていません。そういう意味での必要性が示されていないのです。政府はテロ対策を前面に押し出し、あたかもこの「共謀罪」がなければ東京五輪も開催できないかのような主張まで繰り広げていますが、そのような話は五輪招致活動の中ではまったく聞こえてきませんでした。「テロ」にしても、与党に原案が示された段階では条文のどこにも「テロ」の2文字はなく、そのことが大きく報じられた後になって、わずかに「組織的犯罪集団」の説明に、例示として「テロリズム集団」を加えただけです。テロリズムの定義も示していません。また、組織犯罪防止条約の締結に対して「共謀罪」が必要と政府は説明しますが、現在のままでも可能との反論もあります。
 立法必要性の理解に関連して、世論調査結果の推移も紹介しておきます。一般に世論調査では、ある事柄の賛否を問うにしても、質問の中でどういう説明をするかによって結果に違いが出ます。質問の文章を記録していた調査結果をいくつか紹介すると、以下の通りです。

▼3月11、12日実施:共同通信
・政府は犯行を計画段階で処罰する共謀罪の構成要件を変えた組織犯罪処罰法改正案を今国会で成立させる方針です。政府はテロ対策に不可欠としていますが、人権が侵害されかねないとの懸念もでています。あなたは、この法改正に賛成ですか、反対ですか。
 「賛成」33・0% 「反対」45・5%

▼2月18、19日実施:朝日新聞
・政府は、過去3度廃案になった「共謀罪」の法案の内容を改め、組織的な犯罪について、準備の段階から取り締まる「テロ等準備罪」を設ける法案を、今の国会に提出する方針です。この法案に賛成ですか。反対ですか。
 「賛成」44% 「反対」25%
・「テロ等準備罪」によって、犯罪組織だけでなく、一般の人まで取り締まられる不安をどの程度感じますか。(択一)
 「大いに感じる」13% 「ある程度感じる」42% 「あまり感じない」29% 「まったく感じない」9%

▼1月21、22日実施:毎日新聞
・政府は組織的な犯罪集団が犯罪を実行しなくても準備した段階で罪に問える「テロ等準備罪」を設ける法案を今の国会に提出する方針です。テロなどの組織的犯罪を防ぐ目的ですが、捜査当局による人権侵害につながるとの指摘もあります。あなたはこの法案に賛成ですか、反対ですか。
 「賛成」53% 「反対」30%

 2月末に原案に「テロ」の記載が全くないことが判明した後に、共謀罪に触れた世論調査は、目に付く限りは上記の共同通信の結果しかないのですが、それまでの各社の世論調査では相当の差を付けて「賛成」が「反対」を上回ってきたのに、賛否が逆転しました。「テロ対策」のため必要としてきた政府の説明が、実は3回廃案になった経緯もあってマイナスイメージがつきまとう「共謀罪」の呼称を変える世論対策に過ぎなかったと受け止めた人が多かったことを示しているように思えます。
 いずれにせよ、今国会の最大の与野党対決法案と呼ばれる法案です。国会審議では、まず立法必要性を十分に論議してほしいと思います。


【追記】2017年3月26日23時
 共同通信が3月25、26両日に実施した世論調査の結果が報じられています。「共謀罪の構成要件を変えた組織犯罪処罰法改正案に賛成は38・8%、反対は40・0%」とのことです。なお反対が賛成を上回ってはいますが、「ほぼ拮抗」ととらえた方がいいのかもしれません。それでも、この賛成の割合では、「共謀罪」の必要性に理解が進んだとは到底言えない状況であることに変わりはないでしょう。