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政府の説明がない「米艦防護」―国民は簡単に戦争に向かうし「だまされることの罪」もあることを自覚しておきたい

 安全保障関連法に基づき、自衛隊が米軍の武器や艦船を守る「艦船等防護」が5月1日、初めて実施されたと報じられています。報道によると、海上自衛隊で最大の護衛艦であるヘリ搭載型の「いずも」が、神奈川県の横須賀基地を出港して米軍の補給艦と合流。1日午後に任務を開始しました。もっぱら米軍の艦船を守ることが想定されるため「米艦防護」とも呼ばれるこの任務は、憲法違反との指摘が根強くある安保関連法の成立に伴い、PKO派遣部隊のいわゆる「駆け付け警護」とともに新設されました。その任務が初めて実施されたわけで、安保関連法に批判的ないしは慎重姿勢のメディアにとっても、安保関連法を積極評価するメディアにとっても、ともに大きなニュースと判断すべき出来事です。そして、安保関連法へのスタンスいかんにかかわらず、各メディアに共通しているのは、今回の「米艦防護」には実質的な必要性を見出しがたく、目的は核実験やミサイル発射をやめようとしない北朝鮮に向けた日米一体の軍事的なけん制だろうとの見方です。
 以下に、東京発行の新聞6紙の2日付朝刊の主な見出しを書きとめておきます。

朝日新聞
1面トップ「海自、初の米艦防護」「房総沖で開始 安保法制の新任務」
3面「米艦防護 深まる一体化」「米軍が強く要請/実績づくり色濃く/『巻き込まれ』懸念」

毎日新聞
1面「海自、初の米艦防護」「『いずも』と補給艦合流」
3面・クローズアップ「日米一体を誇示」「北朝鮮に軍事圧力/安保法 実績作り」
社説「自衛隊が初めて米艦防護 実績作りを急いでないか」

【読売新聞】
1面トップ「米艦防護 海自が初実施」「『いずも』出港 米補給艦と合流」
3面・スキャナー「海自と米海軍 一体運用推進」「北を抑止 中国けん制も」/「日本 艦艇整備急ピッチ」
社説「海自『米艦防護』 双方向の協力で同盟を強固に」

日経新聞
1面「米艦防護 初の実施」「海自護衛艦 安保法を本格運用」
3面「日米同盟 新領域へ」「安保法で危機対応」「一体運用深化、高まるリスク」
社説「北の脅威を見据えた米艦防護」

産経新聞
1面「日米同盟 新段階に」「海自、初の米艦防護実施」

東京新聞
1面トップ「安保法任務を初実施」「海自が米艦防護 説明ないまま」/解説「政府『実績作り』狙う」
2面・核心「米軍支援拡大 現実に」「兵士救助の準備も進む」
社会面「『危機あおって世論を誘導』」「市民らに不安広がる」
社説「初の米艦防護 本当に必要な任務か」

 この「米艦防護」に対して私はいくつもの疑問、違和感を抱くのですが、その最大のものは、この記事を書いている3日未明に至るまで日本政府の公式発表も、首相や閣僚、政府高官の説明やコメントも一切出ていないことです。
 安全保障法制については、安倍晋三首相が国民の理解が深まっていないことを認め、丁寧に説明していくと表明した経緯があります。なのに、初のケースからいきなり秘密裏に、ということなのでしょうか。今後もメディアや国民の目の届かないところで実績だけを重ねていくつもりなのでしょうか。もしそうだとしたら、首相は国民をだましにかかっている、あるいは既にだましているも同然との批判は免れないように思います。そして、国民の目に見えないところで軍事的なものごとがどんどん進行する社会とは、まさにいつか来た道でしょう。
 今回の米艦防護で政府の説明が一切ないというのは極めて重大なことのはずですが、東京発行の新聞6紙の中で、そのことを見出しに取って強調したのは東京新聞だけでした。そのことも気にかかります。


 国民が政治指導者にだまされる、ということで思い出すのは、ドイツのナチスの巨魁、ヘルマン・ゲーリングの言葉であり、敗戦直後に「だまされることの罪」を説いた映画監督、脚本家の伊丹万作の論考です。
 ゲーリングはドイツ敗北後のニュルンベルグ裁判で囚われの身になっていた折に、どうやれば国民を戦争に向かわせることができるかについて「われわれは攻撃されかかっているのだと煽り、平和主義者に対しては、愛国心が欠けていると非難すればよい」と語っていました。伊丹万作は戦後まもなくに発表した論考「戦争責任者の問題」で「だまされることの罪」を指摘しています。
 以下はブログでゲーリングの言葉を紹介した最初の過去記事です。関心があれば、お読みください。

※「ヘルマン・ゲーリングの言葉と伊丹万作の警句『だまされることの罪』〜今年1年、希望を見失わないために」=2016年1月1日
  http://d.hatena.ne.jp/news-worker/20160101/1451575528

 伊丹万作の論考は、以下の記事でも紹介しました。
※「伊丹万作『戦争責任者の問題』と憲法96条〜『だまされる罪』と立憲主義」=2013年5月7日
  http://d.hatena.ne.jp/news-worker/20130507/1367881891