ニュース・ワーカー2

組織ジャーナリズムに身を置き40年余

東京都迷惑防止条例改正に残る懸念~マスメディアにも当事者性

 東京都に「公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例」という条例があります。耳慣れない名前ですが「東京都迷惑防止条例」の方が通りがいいようです。新聞などマスメディアの報道でも、こちらが一般的なようです。その迷惑防止条例の改正案が東京都議会で審議されており、3月22日には警察・消防委員会で、共産を除く賛成多数で可決されました。報道によると、29日の本会議で可決、成立する見通しとのことです。わたしがこの改正案のことを知ったのは最近のことで、自由法曹団東京支部が公表した反対の意見書をたまたまネット上で目にしました。少し調べただけでも、路上でのマスメディアの取材や、労働組合や市民団体の活動が過剰に規制されかねない、表現の自由や自由な取材・報道が侵害されかねないのでは、との懸念がぬぐえないように感じます。その意味ではマスメディアも当事者です。
 この迷惑防止条例は、規制の対象にダフ屋行為や押し売り、不当な客引きなどが並んでいます。今回の改正で自由法曹団などが問題にしているのは「つきまとい行為」に関するものです。
 現行の規定は以下の通りです。

(つきまとい行為等の禁止)
第5条の2 何人も、正当な理由なく、専ら、特定の者に対するねたみ、恨みその他の悪意の感情を充足する目的で、当該特定の者又はその配偶者、直系若しくは同居の親族その他当該特定の者と社会生活において密接な関係を有する者に対し、不安を覚えさせるような行為であつて、次の各号のいずれかに掲げるもの(ストーカー行為等の規制等に関する法律(平成12年法律第81号)第2条第1項に規定するつきまとい等及び同条第3項に規定するストーカー行為を除く。)を反復して行つてはならない。この場合において、第1号及び第2号に掲げる行為については、身体の安全、住居、勤務先、学校その他その通常所在する場所(以下この項において「住居等」という。)の平穏若しくは名誉が害され、又は行動の自由が著しく害される不安を覚えさせるような方法により行われる場合に限るものとする。
(1)つきまとい、待ち伏せし、進路に立ちふさがり、住居等の付近において見張りをし、又は住居等に押し掛けること。
(2)著しく粗野又は乱暴な言動をすること。
(3)連続して電話をかけて何も告げず、又は拒まれたにもかかわらず、連続して、電話をかけ若しくはファクシミリ装置を用いて送信すること。
(4)汚物、動物の死体その他の著しく不快又は嫌悪の情を催させるような物を送付し、又はその知り得る状態に置くこと。

  要は、「特定の者に対するねたみ、恨みその他の悪意の感情」のために(1)~(4)の行為をしてはならないということです。同じような行為でも、それが恋愛感情に基づくのであればストーカー規制法の対象になります。
 今回の改正案では、(1)に「みだりにうろつくこと」が加わり、(3)には電話、ファクスのほかにSNSや電子メールが加わります。さらに(1)~(4)のほかに「監視していると告げること」「名誉を害する事項を告げること」「性的羞恥心を害する事項を告げること」の三つの形態が加わり、罰則も重くなります。
 マスメディアの取材や、労働組合や市民団体の活動が規制対象になりかねないととりわけ危惧されるのは「みだりにうろつくこと」です。事情を知っている人物に直接会って話を聞くのは取材の鉄則です。面識のない人物でも、自宅に訪ねていくのはごく普通にあることです。不在なら自宅周辺で帰りを待つこともあります。労働組合なら争議の相手と直接交渉するために自宅を訪ねるのも珍しくはありませんし、住民運動でも申し入れの行動では同じような状況はいくらでもあるでしょう。
 条例の「特定の者に対するねたみ、恨みその他の悪意の感情」との規定は、もともと解釈の幅が広いようですが、さらに具体性が必ずしも明確ではない「みだりにうろつくこと」が加わると、現場の警察官の解釈によっては、自由な取材活動や労働三件に基づく労働組合の正当な活動、市民の表現の自由などが不当に制限されることが本当にないのか、疑問です。「監視していると告げること」「名誉を害する事項を告げること」も、必ずしも具体的にどのようなケースが条例違反に問われるのか、よく分かりません。東京新聞によると、22日の委員会審議では、賛成した会派も「条例の拡大解釈を心配する声がある」などとくぎを刺し、乱用防止規定の順守を求める声が相次いだとのことです。

 法曹家からみた問題点、疑問点は自由法曹団の見解に詳しく載っています。
 ※自由法曹団東京支部「東京都迷惑防止条例改正に反対する意見書」=2018年3月
  http://www.jlaf-tokyo.jp/shibu_katsudo/seimei/2018/180312.html

 警視庁のホームページには関連のページがあります。知りませんでしたが、昨年11月にはパブリックコメントを募集し、29人から45件の意見があったようです。パブコメの集約状況や改正案の概要をPDFファイルで見ることができます。
 ここでは警視庁は「つきまとい行為の禁止」を巡る改正について、以下のように説明しています。 

 本条例では現在、平成12年に施行されたストーカー行為等の規制等に関する法律(平成12年法律第81号)による規制が及ばない「正当な理由なく、専ら、特定の者に対するねたみ、恨みその他の悪意の感情を充足する目的」によるつきまとい等の行為(4類型)を規制している。
 しかしながら、スマートフォン等の普及やSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)の利用者増加に伴い、人々のコミュニケーション手段が多様化し、新たなつきまとい行為等を規制する必要性があることから、「正当な理由なく、専ら、特定の者に対するねたみ、恨みその他の悪意の感情を充足する目的」によるつきまとい行為等の行為類型を追加するもの。 

※警視庁「公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例(略称『迷惑防止条例』)の一部を改正する条例案に関する意見募集結果について」
  http://www.keishicho.metro.tokyo.jp/kurashi/higai/meibou_comment.html

f:id:news-worker:20180324001543j:plain

 

 条例の改正自体もさることながら、軽視できないと思うのは、この改正案のことを報じていないマスメディアが少なくないことです。例えば、22日の都議会警察・消防委員会で改正案が可決されたことを23日付の朝刊で報じたのは、東京発行の新聞6紙のうち朝日新聞、毎日新聞、東京新聞の3紙でした。東京新聞は1面のほか社会面にも関連記事があり、朝日新聞も第3社会面とはいえ比較的長文の記事でしたが、毎日新聞は地域面にとどまりました。むしろ前日夕方のNHKニュースの方が、扱い方としては大きいように感じました。
 朝日新聞や東京新聞の報道によると、警視庁側は委員会の席上でも労働運動や市民運動、取材活動は正当な権利行使に基づくもので対象外と説明したようですが、それでも批判や疑念が上がっており、ましてや表現の自由や取材の自由に関する以上、マスメディアにも当事者性があるテーマであり、きちんと報じるべきだろうと思います。29日の本会議での可決、成立時の報道を注視したいと思います。