富士フイルムが白黒フィルムの出荷終了へ~感慨を覚えるニュース

 感慨を覚えるニュースが目に止まりました。富士フイルムが、白黒フィルムの出荷を今年10月に終了すると、4月6日に発表しました。白黒フィルム用の印画紙も2020年3月までに販売を終えるとのことです。デジタルに押されて需要の低迷が続き、採算が合わなくなったことが理由のようです。

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 今や写真はスマホで撮るのが当たり前の光景で、その中ではよく今まで持っていたと言うべきかもしれません。他メーカーの製品もあるようなので、白黒フィルムが完全になくなるわけではないようですが、それでもかつて、業務で大量に富士フイルムの白黒フィルムを使っていた身としては思うところがあれこれあります。
 現在の勤務先に入社して記者職に就いたのは、ちょうど35年前の1983年4月でした。新聞の紙面の文字数は1行15字の時代。今の紙面と比べれば豆粒みたいな活字です。カラー印刷はまだまだ一般的ではありませんでした。紙面には白黒写真で十分だったのと、撮影から現像、電送までを、支局勤務の記者でもできる手軽さで、写真はもっぱら白黒の時代でした。
 当時、携帯電話はなく、呼び出しはポケットベル。鳴ると慌てて公衆電話を探し、支局に連絡を入れていました。いつも10円玉を切らさないようにしていました。最初に使ったポケベルは文字表示も何もなく、ただピーピーピーと音が鳴るだけ。騒がしいところでは聞き漏らすことも珍しくなく、赤いライトが点滅するタイプに更新された時には「ずいぶん便利になった」と喜びました。パソコンはおろか、ワープロがやっと出始めた時期で、原稿は紙に手書きでした。ボールペンを使っていましたが、長い記事になると手が疲れました。今もボールペンはなるべく手に負担が少ない太いタイプを選びます。インターネットはもちろんなく、手書きの記事はファクスでデスクに送っていました。そして写真はフィルムカメラ。どこに行くのにも、愛用のニコンF3に白黒フィルムを詰めて持ち歩いていました。
 新聞労連の専従役員だった2006年1月、ニコンがフィルムカメラから撤退しデジタルカメラに特化するとのニュースがありました。そのときも感慨深く、思うことを当時運営していたブログ「ニュース・ワーカー」に書きました。そのことを思い出して、久しぶりに読み返してみました。未熟で、粗雑で、それでも新聞記者の仕事をしていることを誇りに思っていました。思えば新聞の発行部数はまだ右肩上がりを維持していた時代。新聞も新聞社も、新聞記者も元気だったように思います。

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