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「暴言3佐、懲戒せず」に抱く危惧

 防衛省の統合幕僚幹部に所属する3等空佐が4月16日夜、東京・永田町の参院議員会館付近で小西洋之参院議員に暴言を吐いた問題で、防衛省が5月8日、最終報告を公表し、3佐を訓戒としたことを明らかにしました。訓戒は内規に基づく措置で、自衛隊法が定める「免職、降任、停職、減給又は戒告」の懲戒処分には含まれていません。
 各マスメディアの報道によると、防衛省は3佐について、4月16日午後9時前、帰宅後のランニング中に、当時民進党に所属していた小西議員と偶然出会い、「気持ち悪い」「国益を損なう」「ばかなのか」などと繰り返し暴言を浴びせたと認定し、自衛隊法の「品位を保つ義務」に違反したとしています。小西氏が「3佐に言われた」と主張する「国民の敵」との発言については、3佐が否定していることから、事実として認定はしていません。また、職務上ではなく私的な場での偶発的な発言だったとして、自衛隊法が制限する政治的行為とは認定せず、シビリアン・コントロール(文民統制)上も問題はないとの見解を示しました。処分については過去の事例や本人が反省していることなどを総合的に勘案して、懲戒処分は見送ったと説明しました。
 この最終報告と「訓戒」の結論には、いくつも問題があると感じます。

 ▽「国民の敵」の持つ意味
 まず、小西議員が「国民の敵」だと罵声を浴びせられた、と主張している点です。防衛省の最終報告によっても、小西議員を呼び止め、一方的に暴言を浴びせたのは3佐の側です。例えば双方が会合で同席し、意見を交換しているうちに感情が激して、というようなケースではなく、いわば小西議員は不意打ちの攻撃を受けて一方的に批判された状況です。そのような中で小西議員がその「国民の敵」というひと言だけは、実際とは異なったことをでっち上げなければいけない必然性も必要性もないと感じます。
 しかし、3佐、ひいては自衛隊、防衛省の側の事情は異なるように思えます。自衛隊は軍事組織であり、そうである以上、常に仮想の敵を想定しているはずです。敵の出方をシミュレートしながら、それへの対応を組み立て、実戦を想定した訓練を重ねる、そういう日々を過ごしているはずの組織です。その組織がみなす「敵」とは、攻撃の対象になる相手のことです。そういう軍事組織の幹部構成員が、よりによって選挙を経てその職責に就いている国会議員に向かって「敵」呼ばわりすることは、決してあってはならないことです。仮にそのようなことがあったとすれば、当人はもちろん、上官やさらには文民統制の観点から防衛大臣、自衛隊の最高指揮官である首相も監督責任を問われて然るべきです。「国民の敵」発言はそういう発言なので、自衛隊側には「できれば間違いであってほしい」との心情が働いても当然です。
 「国民の敵」の文言のそうした意味合いを考えるなら、小西議員と3佐の主張が「言った」「言わない」で食い違っている、ということのみで「事実とは認定できない」と結論付けるとは、あまりに事実関係の調査としても、その評価としてもずさんで、野党が「防衛省が組織ぐるみで『国民の敵』発言の隠蔽を図った」と批判するのもまったく筋違いではないように思えます。少なくとも「事実とは認定できない」ことと同等か、それ以上に「『国民の敵』と言わなかったと断定することはできない」と評価すべきであるように思います。

 ▽自衛官が議員を直接批判
 次に、「国民の敵」とは言わなかったから懲戒処分とするほどではない、ということかと言えば、それも違うように思います。防衛省は、発言が私的な場で偶発的に起きたことで、品位には欠けていたが政治的行為ではなく文民統制上も問題はない、と判断しました。本当にそうでしょうか。翌9日付の毎日新聞朝刊には軍事評論家の前田哲男さんのコメントが掲載されており、前田さんは「国会のそばで国会議員に罵声を浴びせることは、自衛隊法が禁じる政治的行為そのもの。そうではないという防衛省の見解は的外れだ」と指摘しています。政治的行為か否か、少なくとも、論議は分かれるはずです。
 また、公務員が政治的行為を行ってはならないのは、全体に奉仕する公務員の中立性に疑念を持たれないようにするためであって、もちろん公務員にも内心の自由はあります。休暇の日に職場を離れて、公務員と分からない服装で、自分で身分を明かすことなく、政治的な集会に参加したとしても、ただちに違法とはならないはずです。しかし、3佐は自ら身分を明らかにして、国民の代表である国会議員に罵声を浴びせ、激しく批判しました。国民の負託を受けて活動している国会議員を、その活動の舞台である国会議事堂の近くで、名指しで呼び止めたのです。そこでの文言が仮に「国民の敵」でなかったとしても、「国益を損ねる」「ばかなのか」だけでも十分に、不意打ちで攻撃を加えたと言ってよいように思えます。これが政治的行為か否か、判断はもっと慎重になされるべきであるように思います。

 ▽危機の兆候
 3佐の暴言に対して「私的な場での偶発的な発言」「品位の問題」としてしまい、懲戒処分にしなかったことで、自衛隊内に「制服を脱いでいれば、何を言っても懲戒処分にはならない」という気分が広がることを危惧します。3佐の暴言は、文民統制が実は危機的状況にあるということを示す兆候の一つだととらえるべきだったのに、小野寺五典防衛相は何に遠慮をしたのか、何を忖度したのか。ことさらに3佐の言動の意味合いを軽く評価して、懲戒処分にしなかったことは、そのこと自体も文民統制の危機を示しているのでは、と感じます。
 自衛隊の主たる任務は「我が国の平和と独立を守り、国の安全を保つため、直接侵略及び間接侵略に対し我が国を防衛すること」と規定されています(自衛隊法3条1項)。ここで言う「我が国の平和と独立」とは、民主主義が機能し、多様な価値観や考え方が存在することが担保され、表現の自由が保障された社会の日本の平和と独立を多くの人が思い描いているはずです。仮に自衛隊のありように対して、政権と異なる考え方があっても、その意見の相違をそのままに包含した日本社会全体こそを守る義務を自衛隊は負っているはずです。
 自分とは考えが異なるからといって、国民の負託を受けた国会議員を自衛官が罵倒するなどということは許されないことで、それに見合った処分をしなかった安倍晋三政権の文民統制も問われて然るべきです。近年、安倍政権のもとで自衛隊は新規任務が次々に増えています。そんな中で、政権が制服の自衛官たちの恨みを買いたくないと、おもねるように3佐の厳重処分を避けた可能性はないのでしょうか。

 以下は防衛省が最終報告を公表した翌日、9日付の東京発行新聞各紙の朝刊紙面でどのように扱われたかの備忘を兼ねた記録です。1面に持ってきたのは東京新聞。関連記事を社会面トップで展開しています。毎日新聞は社会面トップで、この両紙は識者談話も付けており、重要ニュースとして扱っています。記事の主見出しは「懲戒見送り」の毎日が、もっとも本質を端的に突いていてベストだと思います。
 東京発行紙面やネット上では見当たらないのですが、共同通信も重要ニュースとして大型の記事を送信しています。各地の地方紙などに掲載されています。

【朝日新聞】
▽第2社会面
「『国民の敵』発言 双方の主張併記/防衛省 暴言3佐 訓戒処分」※小西議員のコメント含む
視点「訓戒どまり 疑問も」
※1面トップは「米、イラン核合意離脱へ」

【毎日新聞】
▽社会面トップ
「暴言の3佐 懲戒見送り/訓戒処分 政治的行為認めず/防衛省」
「処分は軽い」※小西洋之参院議員
「防衛省の見解は的外れ」軍事評論家・前田哲男さん
「不寛容の風潮、隊員にも」旧防衛庁官房長などを務めた柳沢協二さん
▽社説
「暴言自衛官を訓戒処分 背景の解明は十分なのか」※小西議員のコメント含む
※1面トップは「正恩氏、習主席と再会談」

【読売新聞】
▽第3社会面
「暴言の3等空佐 訓戒処分」
※1面トップは「正恩氏、習氏と会談」

【日経新聞】
▽4面(政治面)
「野党議員に罵声 自衛官訓戒処分/防衛省、懲戒は見送り」※1段、小西議員のコメントなし
※1面トップは「中朝首脳が再会談」

【産経新聞】
▽第2社会面
「暴言3佐を訓戒処分/隊員への教育徹底方針/防衛省」※小西議員のコメント含む※処分と最終報告のポイントの表も掲載
※1面トップは「中朝首脳 再び会談」

【東京新聞】
▽1面
「議員に暴言 3佐を訓戒/防衛省、懲戒処分とせず」※小西議員のコメント含む
▽社会面トップ
「文民統制 揺るがす行為/『自衛隊は たがが外れている』/過去にも問題 再発防止機能せず/3佐訓戒『甘い処分』」
「政権と自衛隊一体化」ジャーナリストの布施祐仁氏
「国民を見下している」纐纈厚・明治大特任教授(政治学)
「防衛省の訓戒処分」※とはもの
※社会面に「改憲署名呼び掛け 送付先を自衛隊に/OB団体」の記事も
※1面トップは「柳瀬氏面会設定 誰が」

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【写真】東京新聞と毎日新聞の社会面