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裏口入学が賄賂、文科省汚職~「無罪推定の原則」に留意が必要 ※追記・前官房長は容疑を否認

 気になる事件捜査の動きを書きとめておきます。
 東京地検特捜部は7月4日。東京医科大を文部科学省の私立大支援事業の対象校に選定するよう便宜を図る謝礼として、自分の子どもを医科大に合格させてもらったとして、受託収賄の疑いで、同省前官房長の佐野太・科学技術・学術政策局長(58歳)を逮捕しました。逮捕容疑は、官房長だった昨年5月、東京医科大の関係者から支援事業の対象校に選んでほしいと請託を受け、今年2月の入学試験で子どもの点数を加算させ、合格にしてもらった疑いと報じられています。

▼子どもの裏口入学は父親の利益か
 気になることの一つは、子どもの不正合格=裏口入学が賄賂とされている点です。
 確かに、賄賂は金銭の利益には限りません。報道では「人の欲望を満たすような不法な利益」であれば賄賂に当たるとの判例があると紹介されており、芸者の演芸や異性との性的関係、職務上の地位などが挙げられています(朝日新聞5日付朝刊)。子どもの人生は子どものものであって、医大への進学は子どもの将来の職業に直結しますから、まさに子どもの利益です。それを父親の利益とすることには違和感があります。仮に、裏口入学がシステム化されていて、入試の点数1点につき何万円となっていたとしたら、かさ上げした得点分を親が支払うべきところを免除したとなって、話は分かりやすいのですが、実態はどうなのでしょうか。
 ただ、仮に子どもの裏口入学が賄賂と認められればある意味、画期的なことだろうと思います。次は子どもの就職あっせん、つまり縁故採用なども射程に入ってくるのではないかと思います。「息子さんはわが社で引き受けますから、官房長、例の件、頼みますよ」「わかっておる」―というようなやりとりが立件される、ということになるかもしれません。

▼加計学園の2大学
 もう一つは、前官房長の逮捕容疑の中で請託の対象になっている「私立大学研究ブランディング事業」のことです。この事業では2016年度、加計学園の2大学にも補助金が出ていました。加計学園への優遇ではないか、との追及が国会でも野党から始まっているようですが、昨年暮れに東京新聞が報道で指摘していました。 

※東京新聞「加計だけ2大学に補助金 16年度新設私大事業 文科省『優遇ではない』」=2017年12月31日朝刊
 http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/list/201712/CK2017123102000118.html 

 二〇一六年度に国が実施した私立大学への研究補助事業で、安倍晋三首相の友人が理事長を務める学校法人「加計(かけ)学園」だけが、運営する二校が選定されていたことが分かった。当時は、加計学園に有利な条件で国家戦略特区での獣医学部新設が決まったばかりの時期。所管する文部科学省は「加計学園を優遇したわけではない」と説明するが、識者は疑問を投げかけている。 (中根政人)
 補助事業は、文科省が一六年度に始めた「私立大学研究ブランディング事業」。「独自性の高い研究や事業に取り組む私大」に対して補助金を新たに交付したり、増額したりする。
 一六年度は計百九十八校の応募(応募主体の学校法人数は非公表)があり、同年十一月二十二日に四十校が選定された。この中で、加計学園が運営する岡山理科大(岡山市)が「恐竜研究の国際的な拠点形成」、同じく千葉科学大(千葉県銚子市)が「『大学発ブランド水産種』の生産」などの研究で、それぞれ選ばれた。同じ学校法人から複数選ばれたのはこの二校だけ。
 補助金の交付期間は少なくとも三年間で、中間評価の結果が良ければ最長五年間。一六年度の二校への補助金は計約一億一千六百万円に上った。 

 東京地検特捜部の捜査では当然、「私立大学研究ブランディング事業」そのものの経緯も調べることになるだろうと思います。不正合格のほか、大学2校の教職員への縁故採用などが先々、新たな焦点として浮上するようなことはないのか、注視しようと思います。

▼「無罪推定の原則」
 マスメディアの報道についても危惧があります。まだ前官房長が逮捕されたばかり。逮捕容疑に対する認否も東京地検特捜部は明らかにしていません。贈賄容疑の大学側は逮捕されず任意での取り調べという非対称性の中での捜査です。裁判で有罪が確定するまでは犯人扱いされない「無罪推定の原則」を踏まえた報道が必要です。逮捕容疑が犯罪事実として確定しているかのような報道は厳に避けるべきです。特捜検察が官僚を逮捕した前例では、厚生労働省の村木厚子さんが無罪となり、主任検事による証拠の隠蔽改ざんが明らかになった例もあります。マスメディアにも教訓は残っているはずです。

【追記】 2018年7月10日8時10分
 受託収賄容疑で逮捕された前官房長(前科学技術・学術政策局長)が容疑を否認しているとの報道が10日、出ました。

 ※47news=共同通信「前文科省局長、容疑否認 『対象校選定の権限ない』」2018年7月10日
 https://this.kiji.is/389099159418078305?c=39546741839462401 

 私大支援事業を巡り受託収賄容疑で逮捕された文部科学省の前科学技術・学術政策局長佐野太容疑者(58)が、東京地検特捜部の調べに「当時官房長だった自分に事業の対象校選定の職務権限はなかった」などと容疑を否認していることが9日、関係者への取材で分かった。官房長は選定に直接関与できないが、特捜部は収賄罪の構成要件である職務権限の範囲内だったとみている。 

 前官房長が何をしていたのか、していなかったのかを取材するのとともに、東京地検特捜部がどのように捜査を進めるのかをウオッチするのも、マスメディアの権力監視だろうと思います。