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組織ジャーナリズムに身を置き40年余

加藤剛さん、桂歌丸さんの戦争体験

 俳優の加藤剛さんの訃報が伝えられました。6月18日死去、享年80歳とのことです。謹んで哀悼の意を表します。
 東京発行の新聞各紙は7月10日付朝刊に記事を掲載しています。その中で、「反戦平和を訴え続け」の見出しが付いた東京新聞の「評伝」が目にとまりました。書き出しの部分を引用します。

 亡くなった加藤剛さんは反戦平和を訴え続けた俳優だった。その原点は、戦時中の体験にある。軍医だった義兄が戦死し、姉は適切な治療を受けることもなく病死した。
 二十四歳でテレビドラマ初主演となった「人間の条件」では、戦時下の過酷な状況でも人間としての良心を貫こうとする青年を公演。メディアの取材に「『人間の条件』で、平和な世の中をつくり、戦争に反対することが、僕の俳優という仕事の基本になりました。以来、どの作品に出ても平和のために自分は何ができるかと考えてきました」と話した。

 加藤剛さんといえば、芸能の話題には詳しくないわたしでも、実直で誠実な人柄で知られていたことは、承知しています。その根底に「平和のために」との思いがあったのだということがよく分かりました。
 著名人の死去は、その生前の活躍の歩みに、それぞれの人が自分の人生を重ねてしのぶ、例えば俳優なら「主演のあの映画を見たのは自分が大学生のときだった」と自分史とともに振り返るニュースです。若い世代であれば、直接は知らないけれども、父母や祖父母らが生きた時代に思いをはせる、その時代を追体験する、そういうニュースだろうと思います。
 戦後の日本社会を生きた人たちの間で、最大の共有体験だったのは1945年に日本の敗戦で終わった戦争です。戦争体験の風化が指摘される現在、戦争を知る世代の著名人の戦争体験を紹介することには、大きな意義があると思います。

 7月2日に81歳で死去した落語家の桂歌丸さんは日本の敗戦時、9歳でした。生前、NHKの取材に対して、戦争への思いを語っていたことを知りました。

※「私の中の戦争 落語家 桂歌丸さん ~疎開の日々そして…~」
  戦争を伝える/語り継ぐ/特報首都圏 神奈川/2015年4月3日
  https://www.nhk.or.jp/shutoken/miraima/articles/00039.html 

 「人にそんなこと(戦争について)伝えられません。それは個々に感じることです。自分自身で経験して自分自身で判断しているんです」
 「伝えていくべきだとは思いますけれども、話をしただけでは分かってくれないですよね。食糧難時代というものがどういうもんだったのか。あるいは焼夷弾というものがどういう落ち方をして、爆弾というものがどういうふうに落ちたのか。そして進駐軍というのが戦後になって乗り込んできてどういう思いをしたのか。口では言えますけれども、ご存じないからそれは身を持って体験することはできません。けれども伝えていくべきだと思います、私は。決して忘れてはいけないこと。日本は二度と再びああいう戦争は起こしてもらいたくないと思いますね。あんなものは愚の骨頂です。世界中が本当の平和にならなきゃいけない時代が早くこなくちゃならないと思っていますね」 

 あらためて、哀悼の意を表します。