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組織ジャーナリズムに身を置き40年余

扱いが分かれた「表現の不自由展・その後」の中止~在京紙の報道の記録 付記・MIC声明「『表現の不自由展』が続けられる社会を取り戻そう」

 名古屋市など愛知県で8月1日に始まった芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」の中の企画展「表現の不自由展・その後」の中止が3日、発表されました。この企画展には韓国の彫刻家が制作した慰安婦を象徴した「平和の少女像」が出展されており、2日に視察した河村たかし・名古屋市長が「日本国民の心を踏みにじる行為」などとして、展示の中止を求める抗議文を、トリエンナーレの実行委員会会長である大村秀章・愛知県知事に提出していました。
 大村知事は3日、記者会見し、中止の理由について「テロや脅迫とも取れる抗議があり、安全な運営が危ぶまれる状況だ」(共同通信の記事より)と説明し、津田大介・芸術監督も会見で「想定を超えた抗議があった。表現の自由を後退させてしまった」(同)と述べたと報じられています。これに対し「表現の不自由展・その後」の実行委員会は、中止の決定が一方的だったなどとして、反対と抗議の声明を発表しました。「少女像」の制作者キム・ウンソンさんは「日本が自ら『表現の不自由』を宣言したようなものだ」と話したと、韓国の聯合通信が伝えています。一方の河村市長は3日、記者団の取材に「やめれば済む問題ではない」と述べ、展示を決めた関係者に謝罪を求めたとのことです。
 ※47news=共同通信
 「日本が表現の不自由宣言 韓国の少女像制作者が反発」
  https://this.kiji.is/530378431171593313?c
 「名古屋市長、関係者に謝罪要求 少女像展示で」
  https://this.kiji.is/530378433990181985?c

 「あいちトリエンナーレ2019」の公式サイトには、「表現の不自由展・その後」の紹介(「作品解説」「作家解説」)が掲載されています。記録の意味も兼ねて、スクリーンショットの画像をここに保存しておきます。
 https://aichitriennale.jp/artwork/A23.html

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 この企画展の中止は、わたしたちの社会の「表現の自由」がどういう状況にあるのかを問い掛ける大きな出来事です。いくつかの質が異なる問題をはらんでおり、それぞれをていねいに見た上で、全体を見渡すことが必要ではないかと感じています。したがって、まず何が起きたのかが広く知られることが必要です。マスメディアがこの出来事をどう報じたか、その報じ方の意味は小さくありませんし、「表現の自由」はマスメディアにとっても他人事ではないのです。
 そうした観点から、東京発行の新聞各紙(朝日、毎日、読売、日経、産経、東京の6紙)が8月4日付朝刊でどう報じたか、扱いと記事の見出しを書きとめておきます。
 扱いは各紙それぞれに分かれました。1面トップで扱ったのは朝日新聞で、総合面、社会面にも記事を展開し、情報量も他紙と比べてそれだけ豊富です。ほかに1面に入れたのは東京新聞で、残りの4紙は社会面でした。毎日新聞は社会面トップ、識者談話も掲載しています。日経新聞、産経新聞は社会面準トップ。読売新聞は第2社会面でした。朝日新聞と読売新聞では、ニュースバリューの判断も情報量も相当の開きがあります。なお、各紙とも愛知県など東海地方では、東京とは違った紙面づくりになっている可能性があります。

【朝日新聞】
▽1面
・トップ「表現の不自由展 中止/テロ予告・脅迫相次ぐ/津田芸術監督『断腸の思い』」
・視点「許されない脅迫 考える場奪った」
▽2面
・時時刻刻「抗議・脅迫エスカレート/回線パンク『ガソリン缶餅お邪魔』ファクス/職員増強でも『もう無理』」/「『公金投入』理由に政治家が批判」
・「政治家の中止要求、検閲的行為」上智大学元教授の田島泰彦氏(メディア法)/「混乱を理由 反対派の思うつぼ」早稲田大学名誉教授の戸波江二氏(憲法学)
・会見やりとり「大村氏 卑劣で非人道的なメール・電話/津田氏 河村・菅氏発言、関係ない」
▽社会面(31面)
・準トップ「少女像に怒声・『終了』に落胆/表現の不自由展 多くは静かに鑑賞」
・「出展者『闘い続ける』」
・「『自由の気風萎縮させる』ペンクラブ声明」
・「#トリエンナーレを支持 継続望む声も」

【毎日新聞】
▽社会面(27面)
・トップ「少女像の展示中止/知事『脅迫受け安全考慮』/津田監督『表現の自由後退 自分の責任』/愛知芸術祭 わずか3日」/「企画実施団体が法的措置を検討」
・「日韓関係悪化 抗議想定超え」
・「事前の対策、必要だった」河本志朗・日本大教授(危機管理学)/「政治家の口出しに違和感」五十嵐太郎・東北大大学院教授(13年のあいちトリエンナーレ芸術監督)/「芸術の意義失う」ペンクラブ

【読売新聞】
▽第2社会面(34面)
・「『少女像』企画展 中止/愛知知事 脅迫受け『運営難しく』」
・「『自由が萎縮』ペンクラブ声明」

【日経新聞】
▽社会面(31面)
・準トップ「少女像の展示中止/慰安婦象徴『脅迫めいた抗議』/愛知の芸術祭」
・「展示続けるべき ペンクラブ声明」

【産経新聞】
▽社会面(25面)
・準トップ「慰安婦像展示を中止/抗議1400件『安全に支障』/愛知の芸術祭/企画『表現の不自由展』も」/「『中止決定一方的』実行委が抗議声明」
・「『やめて済む問題でない』名古屋市長 展示関係者に謝罪要求」
・「来場者『不快だった』『趣旨は賛同』」

【東京新聞】
▽1面
・「少女像展示の企画展 中止/津田氏『表現の自由後退』/愛知知事『安全のため』」※共同通信配信記事
・「政治的圧力 検閲につながる ペンクラブ声明」
▽社会面(27面)
・「『考える機会』脅かされた/展示中止 来場者『残念』『偏りも』」
・「『戦後最大の検閲』実行委が抗議声明」
・「『不寛容の表れ』『政治家の発言 危惧』識者の声」
・「少女像の制作者『不自由を宣言』」※ソウル共同

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 この「表現の不自由展・その後」の中止にわたしが感じることを少し書きとめておきます。
 一つは、中止とせざるを得ない緊急性、危険の切迫性です。その説明が十分ではないように思えます。例えば会場の警備についてトリエンナーレの実行委員会側は警察(愛知県警)とどういう折衝をしたのか。警察は、脅迫まがいの抗議に対する捜査などについてどういう姿勢なのか。仮に警察が警備や捜査に消極的だったとしたら、それはどうしてなのか。何か忖度のような力学が働いている可能性はないのか。マスメディアは警察のスタンスについても、突っ込んで取材し、報じていいと思います。
 もう一つは河村・名古屋市長の発言です。トリエンナーレの実行委員会会長代行とのことで、そうした立場で、警備上などの理由ではなく展示の内容を理由に中止を求める行為には、やはり大きな違和感があります。意図的なのかどうか、出展者側の出展意図と、展示中止を求める理由とはまったくかみ合っていません。何よりも違和感があるのは「日本国民」との用語を持ち出していることです。自治体の首長は自治体の行政に責任を持ちます。名古屋市にも日本国籍の市民ばかりでなく、永住外国人、在日コリアンの人たちも住んでいるはずですし、納税者であるはずです。市長が代表すべき人々とは、そうした人たちも含めてのことではないのでしょうか。

 「少女像」「慰安婦」は今回の出来事を象徴するキーワードです。折しも8月。74年前のこの季節に、アジア各地でおびただしい犠牲を出した末に日本の敗戦で第2次世界大戦が終わりました。「慰安婦」は、当時の「戦争をする国・日本」と分かちがたく結び付いています。8月2日には、日本政府が韓国を輸出優遇措置の対象国から除外することを閣議決定したニュースもありました。この外交面での日本と韓国の関係悪化も、もとをただせば日本の朝鮮半島の植民地支配の問題に行き着きます。「表現の自由」は「戦争と平和」の問題とも結びついており、企画展の中止や日韓の関係悪化は、わたしたちの社会が敗戦から74年たって大きな課題に直面していることを示しているようにも感じます。それは、歴史の教訓を社会でどう共有し継承していくのか、です。
 新聞など日本のマスメディアは時に「8月ジャーナリズム」と揶揄されながらも、この時期は戦争と平和を考える取り組みを続けてきました。ことしは、これらの現在進行のテーマにも果敢に取り組むべきだろうと思います。

 

 「表現の不自由展・その後」の中止に対して、日本マスコミ文化情報労組会議(略称MIC)が4日、声明を発表しました。全文を載せておきます。 

「表現の不自由展」が続けられる社会を取り戻そう

2019年8月4日
日本マスコミ文化情報労組会議

 国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」の企画展「表現の不自由展・その後」がわずか3日間で展示中止に追い込まれました。展示中の慰安婦を表現した少女像などをめぐり、河村たかし・名古屋市長が展示中止を求める抗議文を大村秀章・愛知県知事(芸術祭実行委員会会長)に提出。日本政府も補助金交付決定にあたり内容を精査する考えを示すなか、主催者の事務局にテロ予告や脅迫・抗議の電話・メールなどが殺到した末の判断でした。
 行政が展覧会の内容に口を出し、意に沿わない表現を排除することになれば、事実上の「検閲」にあたります。メディア・文化・情報関連の労働組合で組織する私たちは、民主主義社会を支える「表現の自由」や「知る権利」を脅かす名古屋市長らの言動に抗議し、撤回を求めます。
 中止に追い込まれた企画展は、日本社会で近年、各地で表現の場を奪われた作品を集め、なぜそのようなことが起きたのかを一緒に考える展示でした。河村市長は、国際芸術祭の開催に税金が使われていることを理由に、「あたかも日本国全体がこれ(少女像)を認めたように見える」と述べていますが、行政は本来、「表現の自由」の多様性を担保する立場です。公権力が個々の表現内容の評価に踏み込んでいけば、社会から「表現の自由」や「言論の自由」は失われてしまいます。
 国際芸術祭の津田大介監督は開会前、「感情を揺さぶるのが芸術なのに、『誰かの感情を害する』という理由で、自由な表現が制限されるケースが増えている。政治的な主張をする企画展ではない。実物を見て、それぞれが判断する場を提供したい」と狙いを語っていました。日本社会の「表現の自由」の指標となる企画展が潰された事態を、私たちは非常に憂慮しています。また、民主主義社会をむしばむ卑劣なテロ予告や脅迫を非難しない政治家たちの姿勢も問題です。
 実物を見て、一人一人が主体的に判断できる環境をつくるのが筋だと考えます。
 私たちは企画展のメンバーや将来を担う表現者たちと連帯し、多様な表現・意見に寛容で、「表現の不自由展」を続けられる社会を取り戻すことを目指します。

 日本マスコミ文化情報労組会議(MIC)
(新聞労連、民放労連、出版労連、全印総連、映演労連、映演共闘、広告労協、音楽ユニオン、電算労)