「ペンか、パンか」の今日的意味

 新しい年、2020年になりました。
 今年10月で60歳になります。現在の所属企業も定年となります。延長雇用で、もうしばらくはこの企業で働くことになるとしても、雇用形態も変わり、社会生活の中の大きな節目になります。

 大学を出てすぐ、記者の仕事に就いたのは1983年の春でした。世の中には自分が知らないこと、人々に知られていないことがたくさんある、それらのことを自分の手で社会に知らせていきたい―。そんなことを考えていました。それから37年、新聞産業に軸足を置く通信社に所属し、組織ジャーナリズムの一員として過ごしてきました。
 1980年代から90年代は、新聞はメディアとしても、産業としても元気でした。社会の情報流通の中心的な担い手であり、発行部数も伸び続けていました。しかし、21世紀に入ると、新聞の発行部数の減少が顕著になってきます。
 日本新聞協会のまとめによると、2019年10月現在の協会加盟紙の総発行部数は3780万1249部(日刊116紙)。前年比で210万部余り、率にして5.3%の減少でした。2000年10月当時の総発行部数5370万8831部と比べれば、実に1590万部余り、29.6%もの減少です。この時期、インターネットの普及が急速に進み、同時に、社会に流通する情報量が爆発的に増えたことは、ここでわたしが言及するまでもないことです。80年代から90年代、通勤客が電車の中で新聞を読む光景は日常的でしたが、今はスマホの操作に変わりました。
 新聞業界を取り巻く経営環境は厳しさを増す一方です。紙の新聞発行に代わる収益源となるべきデジタル分野への展開は、ごく少数の例以外に成功モデルがありません。経営面では、明るい展望は見えてきません。

 一方で、新聞社などマスメディア企業が組織の存続とか、従業員や家族の生活を第一に考えることが、社会に何をもたらすのか、ということも意識していなければならない、とも思います。元共同通信編集主幹の故原寿雄さん(2017年11月に92歳で死去)が繰り返し問うていた「ペンか、パンか」の問題が、今日的な意味を持って、組織ジャーナリズムの前に立ちふさがることがありうる、あるいは既に立ちふさがっているのではないか、と感じます。
 かつて戦前にあったのは、権力との直接的な対峙の中で、パン(従業員や家族の生活)かペン(権力監視や戦争反対のジャーナリズム)かを迫られる構造でした。今日、仮に権力との対峙の構造に、新聞産業の経営の苦境という要因が絡んだときに、この「ペンか、パンか」の問いに、組織ジャーナリズムはどんな答えを出すのでしょうか。過去の歴史の教訓を踏まえて、「それでも『ペン』は曲げない」という選択をするために、今何が必要なのか―。組織ジャーナリズムの一端に長く身を置いてきた一人として、そうしたことも今後の考察テーマに加えていこうと考えています。

 引き続き、こつこつとこのブログを続けていこうと思います。
 どうぞ、本年もよろしくお願いいたします。

【参考】
▽新聞協会公式サイト https://www.pressnet.or.jp/
 ※「調査データ」のタグをクリックすると、発行部数の推移など、新聞産業を巡る各種の統計があります

▽「ペンか、パンか」の問題を巡っては、昨年7月にアップした過去記事を参照ください
「『不偏不党』と『ペンか、パンか』~故原寿雄さんが問うた組織ジャーナリズムの命題」
 http://news-worker.hatenablog.com/entry/2019/07/14/172800

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「『不偏不党』の由来と歴史を考える~読書:『戦後日本ジャーナリズムの思想』(根津朝彦 東京大学出版会)」
 http://news-worker.hatenablog.com/entry/2019/07/08/080050

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