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答弁撤回や日付のない協議文書は何を示しているか~不自然さが増す一方の検事長定年問題

 以前にこのブログで触れた東京高検検事長の定年延長問題は、その後も信じられないような動きが続きました。2月13日に安倍晋三首相が衆院本会議で、「検察官の勤務(定年)延長に国家公務員法の規定が適用されると解釈することとした」と唐突に解釈変更を持ち出した後、つじつま合わせのために、人事院の局長が国会での答弁を取り下げたり、解釈変更の協議を巡って作成の日付を証明できない文書が出てきたり、といった事態が起きています。森雅子法相が言い張るように、本当に黒川弘務・東京高検検事長の定年延長を1月31日に閣議決定する以前に法解釈変更の手続きを政府内で適正に取っていたのだとすれば、一般的なレベルの常識で考えて、およそ起こりえないような混乱ぶりです。
 安倍政権がこんな不自然な強硬策を取ってまで黒川氏の定年延長に固執する背景事情として、黒川氏を法務・検察トップの検事総長に据えたい意向があると指摘されています。検察官は刑事事件で、容疑者に裁判を受けさせる、つまり公判を請求する公訴権を独占しています。個々の検察官は「検察一体の原則」で職務に当たっており、その検察庁を束ねるトップ人事を意のままにしたいというのでは、独裁者の発想でしょう。
 この検事長の定年延長問題は、黒川氏の定年延長そのものの問題以上に、その後の政権側の強弁ぶりが際立っており、「桜を見る会」の問題とともに、このままでは日本の法治主義や議会制民主主義を崩壊させかねないと思います。まずは今、何が進行しているのかが社会で広く共有されることが必要です。マスメディアは繰り返し、これらの問題を報じていかなければならないと思います。

※参考過去記事

news-worker.hatenablog.com


 以下に、検事長の定年延長を巡る最近の動きを、報道を元に書きとめておきます。
▽1月31日(金)
 黒川・東京高検検事長の定年延長を閣議決定

▽2月10日(月)
 立憲民主党の山尾志桜里衆院議員が国会質問で、国家公務員法の勤務延長規定制度が創設された折、1981年の国会で人事院が、この勤務延長は検察官には適用されない旨を明言していたことを明らかにしたのに対し、森雅子法相は「その議事録の詳細は知らない」「人事院の解釈ではなく、検察庁法の解釈であると認識している」と答弁。

▽2月12日(水)
 人事院の松尾恵美子給与局長が検察官の定年の解釈について「現在まで特に議論はなく、同じ解釈が続いている」と答弁。

▽2月13日(木)
 安倍晋三首相が衆院本会議で、国家公務員法の定年延長の規定を検察官に適用できると解釈することにしたと、解釈変更の答弁。

▽2月17日(月)
 衆院予算委員会で森雅子法相が、法解釈を変更したのは今年1月と答弁。国民民主党の奥野総一郎議員が法解釈変更の時期を質問したのに対し、森法相は当初、国家公務員法の内容を説明しただけ。奥野議員が繰り返し質問を重ねて、ようやく5回目に「1月」と述べた。

▽2月19日(水)
 ・衆院予算委員会で森雅子法相は解釈変更について、内閣法制局と1月17~21日、人事院と1月22~24日に協議し、協議が整ったのは24日だと答弁。人事院の松尾恵美子給与局長が2月12日の答弁を撤回。「現在まで」としていた部分を「1月22日に法務省から相談があるまでは」が正しかったと述べた。12日の答弁については「つい言い間違えた」と釈明。解釈変更に言及しなかったのは「隠すつもりはなかった。聞かれなかったので答えなかった」
 ・全国の検事長や検事正ら法務・検察幹部が集まる会議「検察長官会同」で、出席した検事正から「このままでは検察への信頼が疑われる。国民へもっと丁寧に説明した方がいい」との発言。法務事務次官は「延長の必要性があった」と述べただけ(朝日新聞の報道)。

▽2月20日(木)
 法務省と人事院が、法解釈変更について見解を示した文書を衆院予算委員会に提出。人事院が法務省に示した文書は「そのように検察庁法を解釈する余地もあることから、特に異論を申し上げない」との内容。ともに文書に日付は入っていなかった。森雅子法相は「日付はないが、協議は事実」「必要な決裁は取っている」と答弁。人事院の松尾恵美子給与局長は「法務省に直接書面を渡したので日付を記載する必要がなかった」

▽2月21日(金)
 法務省が衆院予算委員会理事会に、法解釈変更の見解を示した文書の作成日時を証拠づけられる紙はないことを報告。また、文書について法務省、人事院とも正式な決裁は取っていないと明らかにした。法務省は深夜になって、口頭で決裁したと発表。

 時系列で見ていくと、2月13日の安倍首相の「解釈変更」答弁を境に、およそそのまま信用するわけにはいかないことを法務省や人事院が繰り返している、との思いが強まります。2月10日の時点では、森法相は1981年当時の人事院見解を「知らない」と正直に言い、解釈変更には触れてもいませんでした。人事院も12日には「同じ解釈が続いている」としていました。それが13日を境に法相は、協議の日付は証明できないが確かに解釈変更を協議したと言い張り、人事院に至っては「つい言い間違えた」と、考えようによっては本意ではないことを無理やり言わされているのでなければ言えないようなことを国会で口にしています。
 さらに驚いたのは、安倍政権が検事長も含めて全検察官の定年を現在の63歳から検事総長と同じ65歳に引き上げる方針でいる、と報じられたことです。

※47news=共同通信「検察官定年、65歳に引き上げへ 自民に異論なし、野党反発」2020年2月21日
 https://this.kiji.is/603582040007378017?c=39546741839462401

 政府が検察官の定年を2024年度に65歳へ引き上げる方針であることが21日、分かった。検察庁法は、検事総長以外の検察官の定年を63歳と規定する。22年度から2年ごとに1歳ずつ上げ、検事総長は現行の65歳のままとする。
 一般職の国家公務員の定年を引き上げる法案と共に3月上旬にも閣議決定し、今国会に提出する。

 「どのみち、みんな65歳になるのだから、今回のケースは前倒しだと思えばよい」ということなのでしょうか。あまりに唐突です。

 そもそも、特別法である検察庁法の解釈変更を国会にはかることなく、また検事長の定年延長を閣議決定で行えるものなのか。検察庁法の改正が必要ではないかと思います。ほかにも疑問点はあるはずですし、そうしたことが社会で広く知られることが必要です。マスメディアは事実の深掘りとともに、そうした論点の掘り起こしも進めるべきだと思います。