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五輪1年延期を「賭け」と言い放つ森組織委会長~朝日新聞のインタビューに

 一つ前の記事(「事実上の『神頼み』」 東京五輪リセット~7年前の高揚感なく」)の続きになります。
 東京五輪・パラリンピックの2021年への延期が決まったことについて、朝日新聞が大会組織委の森喜朗会長にインタビューしました。記事は、紙面では4月3日付朝刊のスポーツ面(15面)に掲載されています(東京本社発行最終版)。見出しは「五輪延期『1年でよかったのか』」「『中止考えたくない。首相も私も21年に賭けた』」。本文の中に少なからず驚いた発言がありました。記事の一部を引用し、書きとめておきます。

 ―3月24日に首相公邸で安倍首相とバッハ会長の電話会議があり、延期が決まった。その場に立ち会っていたが。
 「会議の30分前に来てくれ、と安倍さんに言われてね。彼は1年延期というから、『2年にしておいた方がいいのではないですか』と聞いたら、『ワクチンの開発はできる。日本の技術は落ちていない。大丈夫』と言う。(来年9月の自民党総裁任期満了を踏まえて)『政治日程もあるよな』と言ったら、『あまり気にしないでくれ』と。安倍さんはかなり明快に『これでいいんだよ、1年でいいんだ』と言った。(安倍首相は)21年に賭けたんだ、と感じたよ」
 ―コロナ禍が来年のこの時期も続くようなら、大会は中止になるのか。
 「そういうことは考えたくないと思っている。(私も)賭けたんだ。21年に。それに科学技術の進歩に賭けなかったら、人類は滅亡してしまう」
 (中略)
 ―5年前に肺がんの手術を受け、今は人工透析を受けている。1年延期が決まり、五輪への思いに揺らぎはないのか。
 「いや、神様、あと1年頼みますよ、という思いだけ。残りの人生を奉仕だと思って今までやってきた。その分を日本の国や五輪に報いてもらえないか、と思っている。だから(記者会見で)『神頼み』と言ったんだ。自分の人生になぞらえて」

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 五輪延期の理由、要因は新型コロナウイルスの感染拡大に尽きます。来年になって、五輪が開催できるほどにウイルス禍が収束しているのかどうかは、だれにも分からないはずです。もし、そうならなければどうするのか。しかし森会長は「(安倍首相は)21年に賭けたんだ」と言い、「コロナ禍が来年のこの時期も続くようなら、大会は中止になるのか」との問いには「そういうことは考えたくない」とまで言っています。賭けに負けたらどうするのでしょうか。五輪延期によって追加の経費と労力が掛かります。その分を喫緊の課題であるコロナ禍対策に充てる選択肢もあったはずです。そう考えると、賭けで失うのは日本社会で暮らす人たちの命と健康ではないかと思います。
 森会長は記者会見での「神頼み」発言にも触れ、「残りの人生を奉仕だと思って今までやってきた。その分を日本の国や五輪に報いてもらえないか、と思っている」などと話しています。病身を押し、人生を掛けてひたむきに取り組んでいる、ということを強調しているのかもしれません。しかし、そのことと、来年になってもコロナ禍が収まっていなかった場合の備えをどうするのかとは、全く関係ありません。
 安倍首相が、ワクチンを開発できるから1年延期で大丈夫だと言ったという点にも危惧を覚えます。世界史を振り返れば、ウイルスが猛威を振るうのは一度ではありませんし、人間への感染を繰り返す中で変異も起こします。いったん終息したように見えても時間を置いて再び、ということは、例えば「スペインかぜ」と呼ばれたインフルエンザの世界的流行の際にも日本であったことです。教訓とすべきそういった歴史を安倍首相はどう考えているのでしょうか。
 いずれにしても、日本の首相と組織委員会の会長が、最悪の結果への備えを持とうとせず、五輪開催をギャンブルのように考えていることは、忘れずに覚えておこうと思います。

 森会長が明かしている安倍首相とのやり取りは、密室の中での出来事です。思い出すのは2005年、当時の小泉純一郎首相が「郵政民営化の信を問う」として、与党自民党内にすら反対の声が少なくなかった衆院解散・総選挙に打って出て、圧勝した際のエピソードです。
 小泉氏の出身派閥の領袖であり、前任の首相だった森氏は、小泉氏に衆院解散を回避するよう直談判で説得しました。ウイキペディア「郵政国会」および「小泉劇場」によると、会談を終えた森氏は「寿司でもとってくれるのかと思ったが、これしか出なかった」と、缶ビールとチーズを記者団の前に差し出し、小泉氏とのやり取りを公開。「俺もさじ投げたな。あれ(小泉)は『変人以上』だ」と評してみせたとされます。わたしの記憶では、小泉氏は郵政改革ができるなら殺されてもいい、だか、死んでもいいと言っている、というようなことも森氏は話していました。そして、この森氏の「証言」が一斉に大きく報道されたのを境に潮目は変わり、小泉自民党圧勝の流れができたように記憶しています。
 今回は朝日新聞のみのインタビューですが、森氏は「安倍首相は総裁任期のことは考えていない」「安倍首相は日本の技術力を信じて、退路を断って取り組んでいる」ということを安倍首相に代わってアピールしているように感じます。民意はどう受け止めるのでしょうか。