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組織ジャーナリズムに身を置き40年余

新型コロナ特措法は厳格に運用されているか~「緊急事態宣言 全国拡大」の手続きに感じること

 新型コロナウイルスに対応する特別措置法に基づく緊急事態宣言は、私権の制限が可能な「劇物」です。その手続きは、法に基づいて厳格に進められなければならないはずです。安倍晋三首相は4月16日、緊急事態宣言を、それまでの7都府県(東京、千葉、埼玉、神奈川、大阪、兵庫、福岡)から全都道府県に拡大しました。そのうち、7都府県に北海道、茨城、石川、愛知、岐阜、京都の6道府県を加えた13都道府県は「特別警戒都道府県」と位置付けました。同時に、経済対策として閣議決定していた所得減少世帯に30万円を給付する案を取り下げ、所得制限を設けず国民に一律10万円を支給することを表明しました。安倍首相は17日に記者会見を開いてこれらを説明しましたが、法の厳格な運用という観点から、わたしにはいまだ納得しがたい、あるいは説明が尽くされていないと感じる点があります。いくつか書きとめておきます。

▽「特別警戒都道府県」の法的根拠は?
 4月7日に7都府県を指定した時には、個々の都道府県の感染者数、それが倍増するまでの日数(スピード)、感染ルートが追えない事例の割合の三つを指標に判断した、との説明がなされていました。しかし、全都道府県への拡大に際しては、そのような統一の基準はないようです。それなりに丁寧な検討をしたと感じられる先行7都府県に比べれば、確認感染者ゼロ(16日の時点で)の岩手県まで含む拡大の手続きは、専門家に事前に諮ることもなかったと報じられている点も含めて、綿密な科学的根拠を踏まえているとはとても思えません。
 47都道府県が同列では、本当に厳しい状況にある地域への対応が埋没してしまうことが危惧されます。そのためか、安倍政権は特措法には規定が見当たらない「特別警戒都道府県」なるものを創り出しました。しかし、政府の「基本的対処方針」を見ても、この13都道府県については「特に重点的に感染拡大の防止に向けた取組を進めていく必要がある」と書かれているだけで、ほかの34県とどう違うのか、具体的なことは一読しただけではなかなか分かりません。新聞各紙を隅まで読み比べて、ようやくぼんやりと分かってきました。
 13の特別警戒都道府県とほかの34県の違いは、施設や店舗に対する休業要請にあるようです。18日付の日経新聞朝刊の記事によると、事業者が要請に従わなかった場合に、要請より強い「指示」を出すことができたり、施設名を公表したりできる特措法45条に基づく要請は、特別警戒都道府県は可能なものの、他の34県は国の「総合調整」によって、事実上出すことができないということのようです。34県が出せる要請は、特措法24条に基づく比較的緩やかなものとのことです。

 ※新型インフルエンザ等対策特別措置法

 https://elaws.e-gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0500/detail?lawId=424AC0000000031#172 

 ※新型コロナウイルス感染症対策の基本的対処方針

 https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000622473.pdf 
 しかし、特措法の条文を普通に読めば、24条も45条も、緊急事態宣言の対象地域になった都道府県であれば、等しく権限を得られるはずの規定です。政治判断に基づく裁量の範囲内ということなのかもしれませんが、これが法の規定に即した厳格な運用と言えるのか、疑問を感じます。

▽「『一律10万円』のために緊急事態宣言を政治利用」
 特措法の運用は厳格でなければならないはずなのに、なぜ法に規定がない「特別警戒都道府県」が出てくるようなことになるのでしょうか。その要因の一つは「一律10万円の支給」であるように思います。
 安倍首相は4月16日に緊急事態宣言の全国への拡大を表明した際、「行動が制約されることになる全国すべての国民を対象に、一律一人あたり10万円給付を行う」と説明しました。強い違和感があります。なぜなら、緊急事態宣言の拡大が突然の表明だったのに対して、「一律10万円」は少なくともその前に数日間の経緯が報じられていたからです。「30万円支給」を閣議決定したものの、あまりに世論の評判が悪く、公明党が「一律10万円」への転換を求めて猛然と動き出します。公明党の山口那津男代表が安倍首相との直談判に及び、最終的に安倍首相は受け入れざるを得なかった経過は、マスメディアによってほぼリアルタイムで報じられていました。わたしを含めて、そうした情報に接していた人たちにとっては、「一律10万円」への転換が先に決まり、その後に唐突に「緊急事態宣言の全国拡大」が出てきた、という順番です。
 この点について報道の中には、首相が緊急事態宣言の全国拡大を以前から考えていてこと、当初は17日に宣言を予定していたことを明らかにする記事(例えば18日付東京新聞朝刊)もありますが、そうだとしても、「一律10万円」への転換が決まったために宣言を1日前倒ししたのではないか、という疑問は残ります。
 閣議決定までしていたものを撤回するのは、この緊急時でなければ首相として出処進退が問われてもおかしくはない重大な失策であり、それに見合うだけの大きな理由が必要です。そのための緊急事態宣言の拡大だったとの見立ては、憶測の域を出ないとしても、見立てとしての納得性は高いと思います。自民党内にも同じような見方はあるようで、朝日新聞の17日付朝刊「時時刻刻」は、「10万円の給付金にする理由として緊急事態宣言を政治利用している」との自民党ベテラン議員の言葉を紹介しています。
 緊急事態宣言を全国に拡大することで行動が制約されるから、一律に10万円を支給する、との理屈建ては、10万円出すから私権の制限を甘受せよ、と言っているようにも聞こえます。

▽マスメディアと指定公共機関
 以下は私自身も身を置くマスメディアについてです。「表現の自由」「知る権利」に直接かかわることとして、マスメディアの指定公共機関への指定の問題があります。既にNHKが指定公共機関として特措法に明記されていますが、法の仕組みから言えば民放局も新聞社も指定公共機関にならないとも限りません。安倍政権は民放について「指定公共機関には指定しない」とは言いましたが「指定できない」とは言っていないことに注意が必要です。
 仮にマスメディアがすべて指定公共機関になれば、政府や自治体が発表する情報だけが報じられるようになり、メディア独自の報道や政府、自治体の施策に対する批判的な報道などは「総合調整」の名のもとに封じられてしまうことだって危惧されます。緊急事態宣言が全国に拡大したということは、安倍政権がやろうと思えばそういうことが現実のものになりかねない、その下地が全国一元で整ったということを意味します。

 緊急事態宣言の拡大や「一律10万円」への転換は、東京発行の新聞各紙(朝日新聞、毎日新聞、読売新聞、日経新聞、産経新聞、東京新聞)も大量の情報を紙面に載せています。ただ、率直に言って、私権や「表現の自由」「知る権利」の制限に対する注意や警戒は十分だろうか、と感じます。
 手続きは法に即して厳正に進めなければならないはずですが、先に見た通り、安倍政権はかなり政治的な思惑を伴って運用している可能性が疑われます。特措法は、緊急時に限って、ふだんはできないことをできると定めているのであって、緊急時だから法の運用に無制限の裁量を認めているわけではないはずです。その点を突く報道が重要だと思います。報道にとって、コロナ禍の克服に寄与できる情報を社会に提供することが最重要課題であるのはもちろんですが、同時に緊急時だからこそ、マスメディアが公権力を監視することにはふだんにも増して重要な意義があります。

 地方紙の中には、特措法がはらむ危険性と、その特措法を政権が恣意的に運用することへの危惧を社説・論説で明確に打ち出している例があります。信濃毎日新聞と琉球新報の社説を紹介して一部を引用します。

※信濃毎日新聞「緊急事態宣言 危うさにあらためて目を」=2020年4月18日
 https://www.shinmai.co.jp/news/nagano/20200418/KT200417ETI090014000.php

 官邸主導の政治の混乱を覆い隠そうとする思惑が透ける。政権の姿勢が厳しく問われなければならない。
 緊急事態宣言が全国に拡大された。運用の余地が広い特別措置法を根拠に、人権や自由が不当に制限されることがないか。あらためて目を凝らしていく必要がある。
 (中略)
 非常時に政府を批判すべきでないという声も聞こえる。けれども、平時には許されない権限の行使が可能な状況だからこそ、公権力への監視を強める必要がある。
 沈黙すれば、権力の独断専行を止めるすべを失う。情報を開示して意思決定の過程を明らかにし、緊急措置の根拠を丁寧に説明するよう、政府、自治体に求めていくことが欠かせない。

※琉球新報「全国に緊急事態宣言 首相は地域の意向尊重を」=2020年4月18日
 https://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-1109016.html

 沖縄でも感染者が100人を超えた。死者も出る中で、対策の強化は必要だ。だが、緊急事態宣言の全国への適用は、16日夕に諮問委員会に提案され、その日のうちに効力を発生させた。私権の制限や経済活動の縮小を伴う強力な措置でありながら、あまりにも唐突すぎる決定だ。
 地方でも感染者が拡大しているとはいえ、発生状況は地域ごとに濃淡がある。全国一律に緊急事態宣言の対象とする理由を科学的な根拠とともに説明すべきだ。
 (中略)
 安倍晋三首相は全国の小中高校への休校要請や中国、韓国からの入国制限強化などでも場当たり的な対応で混乱を引き起こしてきた。今回の緊急事態宣言の拡大も都道府県知事との事前の調整がなく、完全な独断だ。
 感染症に対する国民の恐怖心に便乗し、発動基準が曖昧なままに強権を行使してしまうという、コロナ特措法が改正される際に懸念した通りの展開になっている。

 以下に記録として、東京発行の新聞各紙の17日付朝刊と18日付朝刊のうち、1面の掲載記事と総合面の緊急事態宣言および「一律10万円支給」方針に関する主な記事の見出し、関連する社説・論説の見出しを書きとめておきます。

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【17日付朝刊】=緊急事態宣言11日目・拡大2日目
▼朝日新聞
1面
トップ「緊急事態宣言 全国に拡大/GW 地方への移動抑制へ/13都道府県『特定警戒』」
「国民1人10万円給付へ/補正予算案 所得制限なし」
2面
時時刻刻「緊急事態 9日後の急転」「『経済に打撃』政府内は当初否定的」「地方で感染増加傾向・医療体制の弱い地域も」
3面
「世論の不満 折れた首相/10万円支給へ 与党にてんかん迫られ」
「布マスク2枚 きょうから配布/まず東京、各地の見通しは示せず」

▼毎日新聞
1面
トップ「全国に緊急事態宣言/感染増続き拡大/新型コロナ 来月6日まで/大型連休警戒」/「感染1万人超す」
「1人10万円一律給付へ/異例の補正組み替え 政府方針転換」
2面
焦点「対象拡大『政治判断』」「補正組み替えの『大義』」「地方へ流出 医療逼迫」
3面
クローズアップ「公明強硬『1強』揺らぐ」「『限定30万円』不評」「党内に連立離脱論も」「必要額3倍 財源課題」
社説「全国に緊急事態宣言 首相は協力を得る説明を」/「1人『10万円』支給へ 迷走の末の遅すぎた決断」

▼読売新聞
1面
トップ「緊急事態宣言 全国拡大/5月6日まで 首相発令/13都道府県『特定警戒』/新型コロナ」/解説「情報発信 きめ細かく」
「10万円 一律給付へ/予算 異例組み替え 『30万』取り下げ」
2面
「公明強硬 政府押し切る/自民内からも同調 一律10万円」
3面
スキャナー「GW感染拡大 阻止/人の移動 最小限に/地方で蔓延 歯止めなし」
社説「緊急事態全国へ 感染の波及を食い止めたい スピード感持って経済支援を」/医療崩壊を回避せよ/政府と自治体は連携を/一律10万円はいつ配る

▼日経新聞
1面
トップ「全国に緊急事態宣言/13都道府県『特定警戒』指定/首相『GW、移動最小に』/期間、来月6日まで」
「米、失業保険申請524万件/新型コロナ 4週間で2200万件超す」
「国民一律10万円給付へ/政府・与党『減収世帯30万円』撤回/財源12兆円に」
3面
「『全国に網』自治体対策急ぐ/緊急事態宣言を拡大/休業要請には温度差/経済活動さらに収縮も」
「政治はスピードと責任を」吉野直也・政治部長
社説「ドタバタ劇を演じている場合ではない」「地方への感染拡大を防ごう」

▼産経新聞
1面
トップ「緊急事態 全国に拡大/感染歯止め 一斉対策/新型コロナ、来月6日まで/GWの移動最小化」/「国内感染1万人 客船含め」
「1人10万円 所得制限なし/補正組み替え『30万円』取り下げ」
2面
「募る不満 公明決断迫る/補正組み替え 一律10万円給付/二階氏同調で『実現のチャンス』」「『朝令暮改』野党一斉に批判」/「財源、追加8兆円必要」
3面
「帰省・旅行 移動を警戒/接触8割削減 引き締め/全国に緊急事態宣言」「自粛・休業拡大 金融危機に波及懸念」「休校措置 地域ごと判断/文科省『変わらず』」
社説(「主張」)「10万円給付 不安解消へ遅滞許されぬ」

▼東京新聞
1面
トップ「コロナ病床数 政府過大公表/2.8万→本紙調査1.1万床/空きベッド数=対応病床扱い 自治体困惑」
「全国に緊急事態宣言/首相発令 5月6日まで/GW 移動抑制狙う」
「全国民に一律10万円/『30万円』撤回し補正計上へ」
2面
核心「政府、世論批判受け一転/コロナ対策 10万円給付/異例の予算案組み替え」
Q&A「迅速化狙い 時期は見通せず」
3面
「GW前 地方まん延懸念/政府『緊急事態』拡大に転換/政治判断を優先」「野党『政権の責任重大』/独自の予算案組み替えへ」
「『終息に重要』茨城・群馬知事評価 一律扱い疑問も」
社説「全国に緊急事態宣言 命守る対策を広く速く」/自治体の危機感が先行/外出抑制を徹底したい/医療の崩壊防ぐ知恵を

 

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 【18日付朝刊】=緊急事態宣言12日目・拡大3日目
▼朝日新聞
1面
トップ「重症者ら対応 診療報酬倍増/10万円 郵送・オンライン手続き/首相会見 混乱陳謝『私の責任』 新型コロナ」/視点「言葉 人々に届いているか」星野典久・首相官邸取材キャップ
「中国GDP 初のマイナス/1~3月 6.8%減 コロナ影響」
2面
時時刻刻「首相判断 方針次々覆す/緊急事態 全国に拡大・一律10万円」「独断で休校『成功体験』」「危機管理 菅氏蚊帳の外/政権支える力学変容か」
3面
「10万円給付 自己申告制の方向/総務相『30万円より早い』・住所ない人の対応は」「国債頼み 長期戦懸念」
「知事『地域で深刻さ違う』/緊急事態宣言 休業要請、異なる対応」
「5月6日で解除 高いハードル/緊急事態 一部のみ解除に課題も」
社説「対コロナ 政権の転換 いのち最優先 たが締め直せ」/自治体の判断支えよ/現金給付は迅速に/政治的な思惑抜きで

▼毎日新聞
1面
トップ「現金給付 総額14兆円/首相、一律10万円表明 コロナ対策/『混乱、私の責任』」/「抗体検査 近く着手/厚労省、感染実態把握へ」
「中国GDP6.8%減/初のマイナス 党、財政・金融で支援 1~3月期」
2面
焦点「首相、釈明に躍起/緊急事態宣言 全国拡大/『特定警戒』法記載なく」「消費・雇用に大打撃も」

▼読売新聞
1面
トップ「10万円申請 郵送・ネットで/首相表明 診療報酬を倍増 新型コロナ/給付金『混乱おわび』」/プロ野球 交流戦中止 開幕6月以降
「感染治療か 高度医療か」新型コロナ 医療現場から 中
「中国GDP6.8%減/コロナ直撃 初のマイナス 1~3月期」
3面
スキャナー「休業要請 温度差 緊急事態宣言拡大」「都道府県 異なる事情」「休校判断は設置者に 指針3回目改定」

▼日経新聞
1面
トップ「外出抑制 企業動く/ゼネコン 工事中断 全国で 緊急事態拡大/中小企業支援カギ」/「コロナ治療 診療報酬2倍/重症患者の受け入れ促す」/「郵送・オンラインで/首相、10万円給付巡り」
「コロナと世界『危機の記憶、経済の重荷』三菱UFJフィナンシャル・グループ会長 平野信行氏」
2面
「感染状況で措置に地域差/対処方針改定で新ルール」
3面
「休業要請 新たに6道府県/『特定警戒』の茨城・京都など/協力業者に支援金/医療崩壊を警戒」

▼産経新聞
1面
トップ「10万円給付 来月開始へ/首相『申請は郵送・ネット』/物資不足『中国依存に問題』」/「GW移動自粛 要請/知事会、国に休業補償求める」/「政策スピード不足 官僚の壁/一律給付に財務省反対」
「都内感染 最多201人/検査増影響か 経路不明は134人」
「中国 初のマイナス成長/1~3月期、GDP6.8%減」
3面
「緊急事態 地方に温度差/休業補償『財政力なく困難』 全国知事会」「『コロナ疎開』阻止 地方医療守る」

▼東京新聞
1面
トップ「糖尿病患者 行き場なく/感染者以外制限『命守るため』」
「10万円給付 時期示さず/首相『できるだけ早く』/麻生氏『挙手方式に』」
「都内新規感染 初の200人超え」
2面
「政治判断 続く困惑/科学データ重視の方針後回し/対象地域拡大 首相会見」
「首相陳謝『給付で混乱』/補正編成『さらに1週間』」
3面
核心「『早く救済』どこに/経済対策 目的とズレ 補正組み替え」「『GW帰省自粛を』全国知事会 国に呼び掛け要求」「休校など 地域ごとに判断(Q&A)」