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パチンコ店「店名公表」が引き起こしている社会的制裁~期待された「合理的行動」は実現できていない

 新型コロナウイルス感染拡大防止のために、新型インフルエンザ特措法に基づいて休業要請が出ているにもかかわらず営業を続けるパチンコ店に対し、知事が同法45条に基づくより強い「要請」を出して店名を公表する動きが拡大しています。そればかりか、特措法を担当する西村康稔・経済再生担当相は4月27日の会見で、「要請」より強い「指示」にも従わない施設が出てくる場合のこととして「罰則を伴う、より強い強制力のある仕組みの導入など法整備について検討を行わざるを得なくなる」(共同通信の記事)と述べ、特措法改正に踏み込んで発言しました。安倍晋三首相も29日の衆院予算委員会で、特措法改正について「今の対応や法制で十分に終息が見込まれないのであれば、当然、新たな対応も考えなければならない」(同)と述べて、否定しなかったと報じられています。

※47news=共同通信
「休業しないパチンコ店に罰則も 政府、特措法改正を示唆」2020年4月27日
 https://www.47news.jp/politics/4760952.html
「首相、9月入学制『前広に検討』 補正予算案が衆院通過」2020年4月29日
 https://www.47news.jp/politics/4766061.html

 このブログの以前の記事(「相互不信、相互監視社会を危惧~パチンコ店の店名公表で気付いたこと」)でも紹介しましたが、大阪で店名公表後に休業を決めた1店は、大阪府に対し「営業を続けていることに対し、誹謗中傷する電話が相次いだ」と説明したと報じられています。また東京新聞によると、東京で27日まで営業していたパチンコ店関係者は取材に「店名が公表されれば取材なども殺到し、お客さんに迷惑がかかる。経営は厳しいが休業を決断した」「長く続けば倒産を覚悟しないと。たたきやすいところがたたかれたという感じだ」と話しています。西日本新聞は「感染症に対する恐怖や不安感からパチンコ店が標的になっている。まるで魔女狩りだ」とのパチンコ店側の声を紹介しています。
※東京新聞「パチンコ店名公表見送り 都、個別に休業要請→現地確認」2020年4月29日
 https://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/202004/CK2020042902000122.html
※西日本新聞「パチンコ店『まるで魔女狩り』 店名公表の福岡県は『感染リスク考えて』」2020年4月30日
 https://www.nishinippon.co.jp/item/n/604629/

 朝日新聞の29日付朝刊にも、神奈川県が店名を公表した6店のうち1店の経営者が取材に対して「店名が公表された後から店にたくさん電話がかかってきたので、従業員の安全のために閉めようと思っている。行政による集団リンチだ」と不平を口にしたと紹介されています。毎日新聞によると、大阪府内で店名公表後も計3店の営業を続けてきた運営会社は、SNS上で「爆弾を仕掛ける」などと投稿され、従業員らに身の危険を感じ、府からの再三の休業要請も踏まえ店を閉めることにしたという、とのことです。
※毎日新聞「『コロナよりパチンコできないストレス強い』 大阪府外へ『転戦』する客も」2020年4月30日

 https://mainichi.jp/articles/20200430/k00/00m/040/208000c

 これまでもこのブログで書いてきたことですが、わたしは特措法45条に基づく休業の「要請」「指示」に従わない施設の公表は、それによって結果的に密集状態の解消が達成されるとしても、多くは店や利用客に非難や中傷が向かい、それに店側が耐えきれなくなること、そうなることを店側が恐れることが主な要因であることが明らかになったと考えています。誹謗中傷は容易に脅迫に行き着くのではないかと心配していましたが、実際にネット上の掲示板にパチンコ店を爆破すると書き込まれる事態にもなっています。

※共同通信「大阪のパチンコ店に爆破予告 ネットに書き込み、府警が警戒」2020年4月28日
 https://this.kiji.is/627752179873268833?c=39550187727945729

 ひと言で言えば、同調圧力が犯罪行為を伴いながらパチンコ店を休業に追い込んでいます。これでは社会に相互不信、相互監視をもたらす副作用の方が大きくなりかねません。すさまじいまでの社会的制裁が現にあるのに、さらに刑罰を科すことまで泥縄で決めようというのでしょうか。この状況で法改正に乗り出しても冷静な議論が保てるのかは疑問で、法改正が必要ならコロナ禍が収束してからにするべきだと思います。45条についての政府のガイドラインでは、施設名の公表によって市民、住民の合理的行動を確保するとの考え方が記されていますが、現実に起きているのは全く逆の事態です。
 以下、わたしなりに問題の整理を試みました。

▽休業に有効なのは補償
 伝えられる限り、営業を続ける店側の事情はどこも同じで、補償がないままに休業しては店の経営も従業員の生活も成り立たない、ということです。経営が破たんしたり従業員が路頭に迷ったりせずに済むだけの補償があれば休業できる、ということになります。営業の継続は、休業要請(指示)と補償がセットになっていない、という特措法の仕組みに起因するとも言えるわけで、仮に特措法改正を検討するなら、罰則による制裁の強化だけでなく、この点も検討対象にするべきだろうと思います。
 私権の制限に対して補償する根拠については、特措法だけでなく憲法29条が根拠になるとの指摘もあります。

 第二十九条 財産権は、これを侵してはならない。
 2 財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める。
 3 私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用ひることができる。

 当然のことですが、特措法は憲法を上回るものではありません。憲法が言う「公共」に新型コロナウイルスの感染拡大防止が該当するなら、「営業自粛」という私有財産にかかわる行為に対して正当な補償が必要という見解も十分に合理性があるように思います。

▽「店名公表」に何が期待されていたか
 もともと改正特措法が成立した際に、西村担当大臣は緊急事態宣言を「伝家の宝刀」と評していました。抜かないから「伝家の宝刀」であって、抜いたらそれまでです。緊急事態宣言が発せられ、しかしパチンコ店の中に休業要請を受け入れずに営業を続ける店がある、いよいよ45条の発動だとなって、政府はガイドラインを作って都道府県に示しました。緊急事態宣言から2週間以上もたった4月23日のことです。あらためて、その内容を見てみました。
https://corona.go.jp/news/pdf/yousei_shiji_0423.pdf
 ここでは以下のように明記されています。
「当該要請及び指示に伴う特措法第45条第4項の公表も、特定可能な個別の施設名等を広く周知することにより、当該施設に行かないようにするという合理的行動を確保することを考え方の基本としている」
 施設名を公表することによって、住民がその施設に行かない、という合理的な行動を取ることを期待しているわけです。しかし、実際に起きたことはまったく逆のことでした。営業店舗を知った人たちが詰め掛け、かえって混雑が増す事態になりました。
 施設名の公表が、一般的には制裁として機能する場合があること、しかし、ことパチンコ店については、はなはだ疑問であることは以前の記事で書いた通りです。法令違反の行為が認定された事業者の名前が公表されれば、市民、住民が消費者として消費行動を決める際の判断材料になります。おかしな商法をしていることが明らかになれば、当然、消費者は利用を避けようとするでしょう。だから制裁としても実効性を持ちます。しかし、営業を継続しているパチンコ店の情報は、パチンコに関心がない市民、住民にとっては、自身の行動を決める上では何の意味もありません。意味を持つのは、緊急事態宣言下でもパチンコをやるとの確固とした意思を持つ愛好者です。
 パチンコ店の店名公表は、政府のガイドラインに即してみても、意味を認めがたいことが明らかだと思います。そのガイドラインにしても、自治体からのプレッシャーを受けて政府が慌ててまとめたとの印象があります。

▽コロナと想定が異なる特措法
 緊急事態宣言が発せられて後に明らかになってきているのは、休業と補償がセットになっていないことを始めとする、大元の特措法自体の問題点です。もともと、私権制限の規定があるのに国会の承認が不要であったり、指定公共機関としてマスメディアが組み込まれた場合に、報道の自由が担保されるかどうかといったいくつもの不備が指摘されていた法律です。
 特措法の立法の経緯(民主党政権下の2012年に成立)を知る意味で興味深く読んだのは、毎日新聞が4月25日付朝刊の3面(総合面、東京本社発行紙面)に掲載した「識者『基本法策定議論を』」の記事です。一部を引用します

 特措法制定当時の議論を知る政府関係者は「国内で感染症がまん延した事例を基に作ったのではなく、『大体こういう措置が必要になるだろう』とイメージしながら作った法律だ」と解説。「行政が講じる措置の大枠を決めることが目的だったので、罰則に関する議論はほとんど行われなかった」と振り返る。国と地方との役割分担についても、詰めた議論はなかった。
 民主党政権幹部として制定に関与した古川元久・国民民主党代表代行はこう振り返る。「『かかったら本当に命に関わる』と見込まれた強毒性の新型インフルエンザを想定した法律で、緊急事態を宣言して外出自粛を求めれば、強制しなくても大丈夫だろうと考えていた。今回のように軽症や無症状の人が町中を動いて感染が広がる状況は想定していなかった」
 (中略)
 日本大の福田充教授(危機管理学)は、首相が宣言を発する点を踏まえ、「一見トップダウン型の建て付けの法律に見えるが、実際に休業要請などをする都道府県がどうすべきかという具体的な枠組みがない」と指摘。「国と都道府県の連携が現実感を持って準備されていなかったのは大きな反省点だ。収束して平時になったら、今後の危機に備えて(時限的な)『特措法』ではなく、(恒久的な)『基本法』の策定を議論すべきだ」と提言した。

 立法の経緯から見ても、今回の新型コロナウイルスは法の想定外の事態を含んでいるわけです。客足が遠のいたからではなく、誹謗中傷や脅迫で、あるいはそうなることを恐れて休業に追い込まれている店がある以上、「店名公表」がそうした行為をあおっていることになります。例え休業という目的を達したとしても、社会に相互不信、相互監視の大きな傷が残ることを危惧します。いくら法に規定があっても、これ以上の「店名公表」には慎重さが必要だと感じます。
 ましてや、緊急事態の中での法改正による強権の拡大は避けるべきだと思います。緊急事態宣言は少なくともあと1カ月前後は続きそうな情勢です。これ以上の休業に耐えかねて、業種を問わず生存のために営業を再開する事業者が生じた時に、補償なき罰則に進むのでしょうか。

▽「店名公開」の報じ方
 先述の4月23日付の特措法45条に関する政府のガイドラインには「公表の内容としては、要請(指示)の対象となる施設名及びその所在地、要請(指示)の内容、要請(指示)を行った理由を含むものとし、幅広く住民に周知するため、各都道府県のホームページ等での公表を基本とする」との記述があります。パチンコ店の具体的な店名は、自治体のホームページに載っていれば十分ということです。
 これまでに店名を公表した事例を見ると、情報をオープンに公開するということなのか、知事の記者会見で店名一覧のパネルを提示したりしています。それはいいのですが、だからといってマスメディアがそのまま、報道でも個々の店名を報じるかどうかは別問題だと思います。
 実態として、パチンコに関心がない市民、住民にとっては何の意味もない情報です。意味があるのはパチンコ店にどうしても行きたい人、そのほかには「営業を自粛しないとはけしからん」と腹を立て、直接の抗議や誹謗中傷、さらには脅迫などの行動に出る人にとってです。報道では「店名は○○県のホームページに記載」とだけ伝える、という選択肢もあっていいと考えています。