安倍晋三首相の退陣表明後、自民党の総裁選実施に合わせてマスメディア各社が電話世論調査を実施しています。その結果を見ていて、政治報道と世論調査の相互の意義、あるいは相関関係を巡って感じることが多々あります。雑駁ですが、いくつか書きとめておきます。
■内閣支持率が急上昇、理由がよく分からない
まず、安倍晋三内閣の支持率です。安倍首相の辞任表明は8月28日でした。同29、30日両日に実施した共同通信の調査を始め、いずれも「支持」が跳ね上がって「不支持」が大幅に減り、支持が不支持を上回りました。
※カッコ内は前回比
▽共同通信 8月29~30日 前回は8月22~23日
支持 56.9%(20.9ポイント増)
不支持 34.9%(14.2ポイント減)
▽読売新聞 9月4~6日 前回は8月7~9日
支持 52%(15ポイント増)
不支持 38%(16ポイント減)
▽JNN 9月5~6日 前回は8月1~2日
支持 62.4%(26.9ポイント増)
不支持 36.2%(27.0ポイント減)
▽毎日新聞・社会調査研究センター 9月8日 前回は8月22日
支持 50%(16ポイント増)
不支持 42%(17ポイント減)
ことしに入ってからの安倍内閣支持率は、新型コロナ対策への不評からか、支持率が伸びず、不支持が支持を上回る状況が続いていました。それが、安倍首相が持病の再発を理由に退陣を表明したとたんに、この変動です。安倍首相は、当面のコロナ対策を決めたタイミングでの退陣の決断と説明しましたが、そのコロナ対策が高く評価されたとは考えにくいです。「病のため、志半ばで去る」という説明への同情が、「支持」の回答に表れた可能性はありそうです。あるいは、退陣表明の直前まで、安倍氏の健康状態については週刊誌が詳細に報じていました。「もう辞めるしかなにのではないか」と多くの人が思っていたところに退陣表明があり、「よく決断した」と、「辞める」こと自体を評価した人が多いのかもしれません。
また、内閣を支持するか否かは、各社とも毎回、最初に尋ねているのですが、8月29、30日の共同通信の調査では、退陣表明への評価や次の総裁候補についての質問の後で尋ねています。いつもと尋ね方も異なっているので、結果に対しての評価はなおさら難しいように思います。
いずれにしてもこの内閣支持率の劇的な回復をどう読み解けばいいのか、よく分かりませんし、調査したマスメディアの側もあまり触れていません。なお、朝日新聞の9月2、3日の調査では内閣支持率の質問はありませんし、共同通信も9月8、9日の調査では落としています。
■「安倍政治」の7年8カ月、7割が評価
もう一つ、驚いたのは「安倍政治」に対する評価です。調査によって文言は異なりますが、いくつかの調査が、第2次安倍内閣以降の7年8カ月を評価するかしないかを尋ねています。結果は以下の通りです。
▽共同通信 8月29~30日
評価する 21.2%
ある程度評価する 50.1%
あまり評価しない 18.4%
評価しない 9.6%
※「評価する」計71.3% 「評価しない」計28.0%
▽日経新聞・テレビ東京 8月29~30日
「評価する」「どちらかといえば評価する」計74%
「評価しない」「どちらかといえば評価しない」計24%
▽朝日新聞 9月2~3日
大いに評価する 17%
ある程度評価する 54%
あまり評価しない 19%
まったく評価しない 9%
※「評価する」計71% 「評価しない」計28%
▽読売新聞 9月4~6日
大いに評価する 19%
多少は評価する 55%
あまり評価しない 16%
全く評価しない 8%
※「評価する」計74% 「評価しない」計24%
▽JNN 9月5~6日
非常に評価する 12%
ある程度評価する 59%
あまり評価しない 22%
まったく評価しない 6%
※「評価する」計71% 「評価しない」28%
各調査そろって「評価する」がおおむね7割に上り、「評価しない」は4分の1前後にとどまります。調査の違いによるブレが見られません。「安倍政治」がこれだけ高い評価を得ていることには驚きがありますが、その要因、理由となると、内閣支持率の急上昇と同様によく分かりません。今年に入って内閣支持率は伸び悩んでいましたが、それは新型コロナウイルスへの対応のまずさが主な要因であって、それを除けば高評価に値する政権だった、という民意の受け止めなのでしょうか。
興味深いのは毎日新聞と社会調査研究センターの調査(9月8日)です。「安倍政治」をひとくくりではなく、「新型コロナウイルス対策」「経済政策」「社会保障政策」「外交・安全保障政策」と「安倍首相の政治姿勢」の五つに分けて尋ねています。「評価する」が「評価しない」を上回ったのは「経済政策」「外交・安全保障政策」「安倍首相の政治姿勢」の三つ。評価の数値が最も高かったのは「外交・安全保障政策」で57%ですが、政治姿勢では「評価する」43%に対し「評価しない」39%で、これは拮抗と見ることもできそうです。いずれにせよ、「安倍政治」の評価をざっくりトータルで尋ねた場合とで、これだけ大きな違いがあります。
■世論の支持、あっという間に菅氏がトップに
現状の国会の議席数では、自民党総裁がほぼ自動的に首相になります。各調査とも次の自民党総裁、首相(ポスト安倍)にだれがふさわしいかを尋ねています。調査によってはかなりの人数の個人名を選択肢に挙げているのですが、ここでは総裁選に実際に出馬した石破茂氏、岸田文雄氏、菅義偉氏の3人について見てみます(敬称略)。
▽共同通信 8月29~30日
石破茂 34.3%
岸田文雄 7.5%
菅義偉 14.3%
▽日経新聞・テレビ東京 8月29~30日
石破茂 28%
岸田文雄 6%
菅義偉 11%
▽朝日新聞 9月2~3日
石破茂 25%
岸田文雄 5%
菅義偉 38%
▽読売新聞 9月4~6日
菅義偉 46%
石破茂 33%
岸田文雄 9%
▽JNN 9月5~6日
石破茂 27%
岸田文雄 6%
菅義偉 48%
▽共同通信 9月8、9日
石破茂 30.9%
菅義偉 50.2%
岸田文雄 8.0%
▽毎日新聞・社会調査研究センター 9月9日
(投票できるとしたらだれに投票するか)
石破茂 36%
菅義偉 44%
岸田文雄 9%
安倍首相の退陣表明直後の8月29、30日の2件の調査では石破氏が菅氏にダブルスコア以上の差をつけていました。世論の期待は石破氏がトップでした。しかし9月に入ると逆転し、菅氏は石破氏に10~20ポイントの差をつけています。菅氏が総裁選に出馬すると報じられ始めたのは8月31日。以後、自民党の主要派閥が競うように菅氏支持を打ち出すさまが連日報道されました。そして総裁選が実際に始まったころには、地方票も含めて菅氏優位は動かない状況が出来上がり、それがまた連日報じられました。そうした中での短期間での世論の変化です。
一時は総裁選出馬を否定していた菅氏が一転、出馬することになり、一気に有力候補とみなされた、ということかもしれません。一方で、自民党内での派閥間の駆け引きによって菅氏優位の状況は生まれており、結局は党内有力者による密室での後任決定ではないのか、との批判もあります。世論調査で菅氏への期待が急上昇したことは、こうした批判に対して、菅氏自身をはじめとした当事者たちが「それは当たらない」と否定する格好の材料になるように思えます。
これは仮説ですが、世論の期待が石破氏から菅氏へと短期間で逆転したことの背景に、菅氏の総裁選出馬や党内情勢が連日大きく報じられたことがあり、意図していたわけではないものの結果として「密室での後任選び」への批判よりも、菅氏への好感度を高めることになった可能性はないのでしょうか。そして「これが世論だ」として、その調査結果が現実の総裁選に様々に影響している可能性はどうでしょうか。政治報道と世論調査の相互の役割の検証も、マスメディア自身の課題ではないかと感じています。