組織ジャーナリズムと「負い目」の自覚~定年を機に

 この10月、満60歳となり、勤務先の通信社を定年退社しました。1983年に記者職として入社してから37年余り。マスメディア企業に所属し、組織ジャーナリズムにかかわることを仕事としてきた職業人としての生き方に、大きな区切りを迎えました。

 これまでの生き方と、これからの生き方を考える時に今、頭に浮かぶ言葉の一つは「負い目」です。2006年2月のことでした。わたしは職場を休職して新聞労連の委員長を務めていました。新聞労連の新聞研究活動で沖縄に行き、米軍普天間飛行場の辺野古移設に反対する運動に取り組んでいる方々に、辺野古の現地で話を聞かせていただく機会がありました。その場で、作家の目取真俊さんが、わたしたち日本本土(ヤマト)の新聞人に向かって口にされた言葉を今も鮮明に覚えています。
 「沖縄の人びとがヤマトの新聞にどれだけ絶望したか考えてほしい。10年前までは、それでもヤマトのマスコミには沖縄への負い目があった。この10年でそれすら消えてしまった」
 沖縄に米軍基地が集中しているのは沖縄の事情ではない、それを求め、強いているのは日本本土の側だ。沖縄に基地を強いているのは日本人であり、日本全体の問題であることをメディアは忘れてしまっている。メディアが伝えないから、日本人の多くも忘れてしまっている。10年前までは、まだ負い目もあったが、それも今はない―。そういう指摘でした。
 ※このときのことは、当時運営していたブログ(「ニュース・ワーカー」)に記事を残しています。今もわたし自身、時折読み返しています。
ニュース・ワーカー「沖縄で『在日米軍再編』報道を考えた」=2006年2月13日
 https://newsworker.exblog.jp/3523538/

newsworker.exblog.jp

 以来、職場に戻ってからもずっと「負い目」という言葉は頭の中にありました。沖縄に犠牲を強いている「加害」の立場にいる一人として、そのことの自覚を失ってはいけないと考えてきました。

 沖縄の問題に限りません。マスメディアはよく社会的弱者という言葉を使います。弱者とは往々にして実は社会的な少数者のことであり、多数者の理解と自覚、支援があれば解決できることが少なくありません。多数者の無関心が、少数者を困難な立場に追い込んでいます。自分自身が多数者である問題では、やはり「負い目」を失うことのないようにしなければと、考えるようにもなりました。
 マスメディアの組織ジャーナリズムにとっては、何を伝えたかと同じように、あるいはそれ以上に、何を伝えていないかが問われます。さまざまな要因があるにせよ、それを乗り越えて、伝えるべきことを伝えるために、マスメディアの仕事に関わる人間にとって、自身の「負い目」を自覚できるかどうかはとても重要なことだと思っています。

 定年退社で区切りは迎えましたが、引き続き、雇用延長で当面は同じ職場で働きます。正社員としての働き方から、契約の更新を繰り返す非正規雇用に変わりました。身分が変わりながらも、報道労働者(ニュース・ワーカー)の一人として、このブログも続けていこうと思います。今までと趣きが変わるかもしれませんが、引き続きご訪問いただければうれしいです。