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組織ジャーナリズムに身を置き40年余

安倍前首相の聴取もまだなのに「秘書ら略式起訴へ」は早すぎる

 安倍晋三首相当時の「桜を見る会」前夜祭(夕食会)の経費補填問題で、朝日新聞が12月4日付朝刊の1面トップで「安倍氏公設秘書ら略式起訴へ」と報じました。東京地検特捜部が、安倍前首相の公設第1秘書で「安倍晋三後援会」の代表と事務担当者の2人を、政治資金規正法違反(不記載)罪で略式起訴する方向で検討に入ったとの内容です。記事は「罰金刑となり正式裁判は開かれない見通しとなった」と伝えています。強い違和感があります。安倍前首相の事情聴取もまだ行っていないのに、着地点を探るには早いのではないでしょうか。報道の通りだとしたら、検察の姿勢に疑問を持ちます。

 ※安倍氏公設秘書ら略式起訴へ 「桜」3千万円不記載か:朝日新聞デジタル

 わたしが記者になったころ、1980年代には政治資金規正法はザル法と揶揄されていました。抜け道だらけの上、罰則も基本的に罰金刑が中心でした。例えば懲役刑や禁固刑では、期間を何年とするか、その量刑を決めるには、被告人が罪状を認めているかどうかに加え、犯罪事実の悪質さや、被告人に有利な情状、不利な情状などの審理を尽くす必要があります。そのためには法廷での審理、つまり正式裁判が必要です。しかし罰金刑の規定しかなければ、被告人が罪状を認めて罰金を払う意思を示せば、必ずしも正式裁判は必要ありません。以前の記事でも触れた1992年の金丸信・元自民党副総裁の5億円ヤミ献金事件で、金丸氏本人の事情聴取を行わないまま罰金20万円で決着した背景には、そういう事情もありました。
 しかし、その後、罰則が強化されて、不記載罪では禁固刑も選択できます。安倍前首相周辺の話として、これまでに報じられているのは、安倍氏に秘書が虚偽の報告をしていた、秘書は安倍氏には国会で虚偽の答弁をしてもらうしかないと考えていたということです。本当にその通りなら、秘書は「不記載」の犯罪を実行しただけでなく、前首相に国会で虚偽答弁をさせることもいとわなかった、ということになります。また、公選法違反についても、夕食会参加者に経費の補助を受けている認識がないために立件は困難と報じられていますが、安倍事務所の側は確信を持って選挙区の有権者をいわば供応接待したわけです。それぐらい悪質な犯行で、仮に秘書らに有利な情状があるとすれば、ボスである安倍前首相の指示に逆らえなかった、ということぐらいではないかと思います。
 前首相本人の関与があるなら、まず前首相本人を立件し、その後に秘書らは実行行為者にすぎないとして略式起訴、という順番ではないでしょうか。
 仮に、既に流布されている通り「前首相には虚偽の報告をした」「前首相は知らなかった」とのストーリーが維持されるとしても、秘書らの行為は、政治家本人をだましてまで「カネの流れを透明化する」という政治資金規正法の基本理念の一つを踏みにじったわけで、悪質極まりない、ということになるのではないでしょうか。そうならば、正式裁判にして情状面をも審理し、禁固刑を含めた中から刑罰を選択すべきです。
 つまりは、この事件に対してどういう刑事処分にするのかは、安倍前首相に対する直接捜査の結果を踏まえなければ決められないはずです。それを、聴取もしないうちから秘書らを略式起訴にする方向とは、それが本当なら、最初から安倍前首相の立件は考えていないに等しいのではないか。公選法違反についても、結局はできない理由ばかりが強調されているように感じます。そこには、この夕食会の資金補填問題、さらには招待客の人選に前首相はかかわったのかどうかも含めた「桜を見る会」をめぐる疑惑全体への世論との大きな乖離があります。 

 マスメディアの組織ジャーナリズムにとって、社会的な注目を集めている疑惑に対する捜査がどう展開するのかは、大きな取材テーマですし、捜査当局の動きを報じることも重要だと思います。ただ、わたしが取材現場の記者だったころとは異なり、今やニュースの受け手の視線はマスメディアの取材にも向いています。「秘書ら略式起訴へ」との報道が他のメディアにも広がって行き、それが既定の方針のように受け止められるようになれば、「マスメディアは検察の情報操作に加担しているのではないか」との批判も大きくなるでしょう。今年は高検検事長の賭けマージャン問題もありました。マスメディアが向き合う今日的な課題だと思います。

 なお、「桜を見る会」前夜祭の経費補填問題が、仮に安倍前首相は知らなかった、ということで決着するなら、安倍前首相はもっとも襟を正すべきカネの問題で秘書にだまされた、秘書のウソを見破れなかった政治家、ということになります。国会での虚偽答弁と合わせて、十分に議員辞職に値すると思います。