為政者は国民をたやすく戦争に駆り立てることができる~ニーメラー、ゲーリングと今日の日本社会

 今から79年前、1941年の12月8日、日本は米国や英国との「太平洋戦争」に踏み切りました。その以前から中国との戦争が続いていました。それから3年8カ月、最後は自国に加え、アジア諸国にもおびただしい住民の犠牲を生んで、1945年8月に日本の敗戦で戦争は終わりました。戦後しばらくは、戦争の悲惨な体験の共有が日本の社会にありました。しかし、時間の経過とともに、戦争体験の継承が課題として指摘されるようになっています。そうであるなら、8月の敗戦の日と同じく、あるいはそれ以上に、かつての日本が戦争を始めた日のことを忘れないようにしなければ、との思いが年々強まっています。
 ことしは折しも、日本学術会議の会員候補6人を菅義偉首相が任命しなかった問題が起きている中で、この日を迎えました。広く指摘されているように、戦前は政府が学問に介入し、研究者が大学から追放されたりしていました。自由な研究・教育はできず、戦争の激化につれて科学は兵器開発が最優先となりました。そうした歴史から教訓を得るなら、学問の領域に政治が介入することはあってはならないはずです。
 菅首相は今もって、6人を任命しなかった理由を明らかにしませんが、政権内から漏れ伝わり、報じられていることからすれば、安倍政権当時に安保法制など政府の施策に反対の意見を表明していたことが、その一因であることは否定できないように思います。呼応するように、学術会議が科学の軍事利用を否定した声明を継承していることへの批判が自民党国会議員らから公然と出ています。戦前の歴史に鑑みて、憂慮すべき状況です。

 ここで思い起こすのは、ナチス期のドイツにまつわる二つの言葉です。一つは、ルター派牧師であり反ナチス運動の指導者マルティン・ニーメラーの「彼らが最初共産主義者を攻撃したとき」の警句、もう一つはナチスの大立者の1人、ヘルマン・ゲーリングの「国民はつねに、指導者のいいなりにできる」との言葉です。
 ニーメラーの警句は、以下の通りです(ウイキペディア「彼らが最初共産主義者を攻撃したとき」から)

 ナチスが最初共産主義者を攻撃したとき、私は声をあげなかった 私は共産主義者ではなかったから
 社会民主主義者が牢獄に入れられたとき、私は声をあげなかった 私は社会民主主義者ではなかったから
 彼らが労働組合員たちを攻撃したとき、私は声をあげなかった 私は労働組合員ではなかったから
 そして、彼らが私を攻撃したとき 私のために声をあげる者は、誰一人残っていなかった

 6人を任命しなかったことに対しては、数多くの学会や研究者団体が抗議声明を発表しています。このニーメラーの警句はそうした声明でも引用されています(例えばイタリア学会の声明)。仮に日本学術会議のありように疑問があったとしても、そのことと、学問の領域に政治が介入することの是非は別の問題です。ここで菅首相による6人の非任命を見過ごしてしまったら、次はどこで同じ事が起こるか分かりません。
 しかし、科学者の世界は、一般の人にはどこか縁遠く感じられるのでしょうか。あるいは、日本学術会議の会員人事は公務員一般の人事と変わりがない、との菅政権の主張はよほど耳障りがいいのでしょうか。11月中に実施された世論調査の結果を見ても、この問題への批判が高まる、という状況ではありませんでした。
 ヒトラー率いるナチスが政権を手にしたのは1933年。以後、ナチスへの反対運動は徹底的に弾圧されました。その一方で、ナチスとヒトラーは国民の熱狂的な支持を得ていました。そして1939年、ドイツのポーランド侵攻で第2次世界大戦が勃発します。
 ヘルマン・ゲーリングが残した言葉とは、以下のような内容です。

 「もちろん、国民は戦争を望みませんよ」ゲーリングが言った。「運がよくてもせいぜい無傷で帰ってくるぐらいしかない戦争に、貧しい農民が命を懸けようなんて思うはずがありません。一般国民は戦争を望みません。ソ連でも、イギリスでも、アメリカでも、そしてその点ではドイツでも、同じことです。政策を決めるのはその国の指導者です。……そして国民はつねに、その指導者のいいなりになるよう仕向けられます。国民にむかって、われわれは攻撃されかかっているのだと煽り、平和主義者に対しては、愛国心が欠けていると非難すればよいのです。このやり方はどんな国でも有効ですよ」

 戦争を望んでいない国民を戦争に駆り立てるのは簡単だ、「攻撃されかかっている」と言い、平和主義者のことは「愛国心が欠けている」と言えばいい―。この言葉のことをこのブログで最初に紹介したのは約5年前でした。 

news-worker.hatenablog.com

 ゲーリングは第1次大戦ではドイツ空軍のエースパイロット。戦後、ヒトラーの盟友となり、第2次大戦ではドイツ軍国家元帥でした。ニュルンベルグ軍事裁判では、ヒトラー不在の法廷で本来はヒトラーに向けられるべきだった訴追を一身に受け、ナチスドイツの正当性を果断に論じ、絞首刑の判決後は、敵の手にかかるのは屈辱だということか、密かに持ち込んでいたのであろう青酸化合物によって自殺を遂げたとされています。
 ニュルンベルグの獄中にあったゲーリングを、米軍の心理分析官がしばしば訪ねていました。「国民はつねに、指導者のいいなりにできる」との上記の言葉は、この心理分析官との会話の中で発せられた言葉とのことです。心理分析官(グスタフ・ギルバート大尉)は裁判の全被告の独房に立ち入る許可を得ており、被告たちと接したその体験を著書として発表する計画を抱いていました。会話は密室で行われていることもあって、ゲーリングのこの言葉は、心理分析官の創作である可能性も皆無ではないかもしれません。しかし、仮にそうだとしても、政治指導者が「攻撃を受けつつある」とあおり、平和主義者を「愛国心が欠けている」と非難すれば、意のままに国民を戦争に向かわせることができるというこの言説にはリアリティを感じます。79年前の12月8日当時の日本社会がまさにそうだったと思います。

 ナチス時代のドイツではニーメラーが言うように、ナチスに反対する勢力が弾圧されていても、自分には関係がないことと感じる国民は黙っていたのでしょう。その一方では、ゲーリングが言うように、国民は為政者の意のままに、戦争へと駆り立てられていました。
 さて、今日の日本社会です。日本学術会議の会員非任命問題で、ニーメラーの警句が抗議声明などに引用されるほど、ナチス期のドイツに今の日本社会は似ているのだと、多くの人が感じ取っています。加えて、軍事研究を否定する学術会議の方針が批判されている、その背景にあるのは中国や北朝鮮の軍事的脅威の強調です。今や敵基地攻撃能力の保持論まで、政治課題として公然と持ち出されています。まさに「敵から攻撃されかかっている」とのゲーリングの言説の通りです。そして、ヘイトスピーチと表裏一体で、ちまたにはゆがんだ愛国心や「反日」のレッテル張りがあふれています。ネット上に目を向ければ、街頭以上にこうした言説はあふれかえっています。
 このまま、目の前の出来事を見て見ぬふりをしてやり過ごしてしまえば、やがては、わたしたちの社会はいともたやすく戦争へと流されてしまうのではないか。そうならないために、わたしたちは為政者の言動を冷徹に判断し、後で「だまされた」と後悔することがないようにしなければならないと思います。それはこの国の主権者としての責任でもあると考えています。