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組織ジャーナリズムに身を置き40年余

「桜を見る会」検察捜査への疑問とマスメディアの報道に思うこと ※追記 あれよという間に略式命令、罰金100万円

※12月23日までの動きを踏まえて書きました

 安倍晋三首相当時の「桜を見る会」前夜祭(夕食会)の経費補填問題で、東京地検特捜部が12月21日に安倍前首相を事情聴取したと報じられました。新聞、テレビの各メディアは一斉に「第一秘書を略式起訴」「前首相は不起訴」と報じており、検察の捜査の着地点が明確になっています。検察の捜査に対して、あるいはマスメディアの検察取材に対して、個人的に思うところをいくつか、書きとめておきます。

 ▽「秘書にだまされた」で捜査は終わるのか
 安倍前首相の聴取は、捜査の実務上は必ずしも必要なかったが、国民の視線を意識してあえて行った、との解説が報道では目に付きます。このブログの以前の記事でも触れましたが、かつて佐川急便事件では、5億円のヤミ献金を受け取っていた金丸信・元自民党副総裁を聴取なしの略式起訴とし、罰金20万円で終結したことが世論の批判を招き、東京・霞が関にある検察合同庁舎の「検察庁」の石碑にペンキがかけられました。安倍前首相の聴取は、検察にしてみれば「国民の皆さん、ここまでやりましたからね、分かってくださいね(ペンキ投げないでくださいね)」ということなのでしょう。安倍前首相を不起訴とした場合、告発人が検察審査会に審査を申し立てる可能性もあります。その際、捜査は尽くしたと主張する材料にもなります。

 しかし「国民の視線」を意識するというなら、安倍前首相が国会で繰り返し、何度も虚偽の事実を答弁しておきながら、今になって「秘書にだまされました」では通らないのではないか、との疑問に答える結果を出すことが必要ではないでしょうか。前首相には、途中で再度、秘書に事実関係をただすなりして、答弁を訂正する機会はいくらでもあったのです。最後まで秘書にだまされ通した、という主張は、ごく一般的な社会通念に照らしても信じがたいことです。
 捜査を尽くして秘書の供述を突き崩し、真相に迫ってこそ、検察への信頼は維持されるはずです。秘書は前首相に虚偽の内容を報告したと供述しているとされています。その供述自体が虚偽ではないと判断する理由が分かりません。前首相をだましたとの秘書の供述そのままに、前首相にも「秘書にだまされた」と、その確認を求めたのに過ぎないのであれば子どもの使い同然です。見せかけの形だけの聴取、もっと言えば、前首相側と検察の手打ちの儀式だったことになります。前首相は「わたしの関与がなかったことは検察当局に証明していただいた」と開き直ることができます。
 前首相が秘書にだまされていたと判断する理由を「当事者たちがそう供述しているから」という以上に、明瞭に社会に提示しない限り、「検察は捜査を尽くしたのか」との批判は免れ得ません。

 ただし、供述を突き崩すとなると、密室での強迫的で強引な取り調べを容認することになりかねない、との危惧もあるでしょう。ならばどうすればいいのか。政治資金規正法の改正が一つの方向だと思います。なぜ秘書の立件にとどまり、前首相の罪を問えないのかは、法律の仕組みで言えば、規正法に収支報告書への不記載罪の処罰対象として明記されているのが会計責任者らであって、政治家本人が含まれていないからです。政治家本人は、会計責任者と共謀が認められた場合にしか立件できないということになっています。ならば、会計責任者とともに政治家本人も処罰の対象になるように法改正をするのが、一つの方法だろうと思います。自民党がそんな法改正を容認しないだろうと思いますが、世論次第ではないでしょうか。それこそ「身を切る覚悟の改革」のはずです。

 ▽「周辺関係者」を実名で報じる
 これまでの経緯を振り返ると、読売新聞が「安倍前首相秘書ら聴取」と報じたのが11月23日でした。翌24日夜に「安倍前首相の周辺関係者」が、「経費の補填と収支報告書への不記載は秘書が独断で行った」「前首相には虚偽の報告をしていた」「前首相は経費の補填を知らなかった」との趣旨のことをメディアの取材に対して話しました。この情報の出方を振り返ると、最も速くネット上のサイトに記事をアップしたのはNHKと毎日新聞で、NHK19時24分、毎日新聞19時26分でほぼ同時でした。その後、同じ人物かどうかは分かりませんが、安倍前首相サイドの関係者の話として、他社も次々に報じ、このストーリーは一夜のうちに流布しました。
 「安倍前首相の周辺関係者」が意図していなければ(意図的に複数のマスメディアに同時に情報を流していなければ)、同時に同内容の詳細な記事が流れる、というようなことは起こり得ません。その意図とは「全部秘書がやったこと」「安倍本人は何も知らなかった」との印象を広めることでしょう。マスメディアはまんまとその印象操作に使われてしまった観があります。
 しかし、だからと言って、この情報をまったく報じないわけにもいかなかったことも確かです。ではどうするべきだったのか。わたしは「安倍前首相周辺関係者」を実名にする報じ方があったのではないかと考えています。本当にこの通りなら、本来は安倍前首相自身が記者会見を開くなりして、自身が公の場で説明しなければならない内容です。前首相サイドの「関係者」を匿名で保護しなければならない公益性はありません。仮にあったとしても、相当に低いはずです。犯罪被害者を実名で報じることへの批判がある「実名報道原則」ともかかわってくる論点です。

 ▽捜査の着地点
 この「安倍前首相周辺関係者」による情報操作は、実は検察にとっても渡りに船だったのではないかと、わたしは疑いを持って見ています。黒川・高検検事長の定年延長問題があった当時、検察は広島の河井元法相夫妻の選挙違反事件の捜査を精力的に進めていました。しかし、黒川氏が記者との賭けマージャンで辞職し、検事総長人事が法務検察内の既定方針に復したとたんに、捜査は元法相夫妻の立件のみに収れんしていきました。巨額資金を提供していた自民党本部に対しても、元法相夫妻から現金を受け取った広島の地元政界に対しても、捜査は中途半端なままだったとの印象があります。仮に、検事総長人事を政治から法務検察の手に取り戻したことで、以後は政治との間になるべく摩擦を生みたくないと考えているのだとしたら、「桜」の経費補填も秘書の立件で止めておきたい、と考えたとしても不思議はありません。立件しない理由はいくらでも並べることができます。
 それがあまりにうがった見方だとしても、元法相夫妻への捜査の過程で、大手鶏卵業者から政界への資金提供が判明し、現在は吉川貴盛・元農相への捜査が進んでいます。検察にとっては、前首相の関与の立証は極めて困難である上に、不記載の金額からみても略式起訴しか望めない「桜」前夜祭の経費補填はさっさと手じまいして、独自捜査が大きく“育った”元農相の事件を優先して進めたい、との意向なのかもしれません。
 検察は、捜査中の事件について当事者がマスメディアの取材に応じることを極端に嫌います。しかし、この「安倍前首相周辺関係者」の動きについて、検察が激怒した、という形跡は見当たりません。検察が捜査の着地点を探っていたのだとすれば、このストーリーはうってつけのものだったのではないかと思います。

 ▽「なぜ」の姿勢
 わたし自身、30代の前半の時期に、検察事件の取材を担当していました。30年近くも前のことです。そのときの反省も込めて言えば、マスメディアは検察の代弁者で終わってはいけません。なぜ検察は安倍前首相本人を起訴しないのか、マスメディアは様々に解説していますが、その大方は検察の立場を説明して終わっているように感じます。確かに社会面には、関係地の反応や街の声も取材して紹介しているかもしれませんが、それは本質ではないと思います。
 ジャーナリズムとは、まず問いを立てること、とは、わたしが故原寿雄さんから受けた教えの一つですが、それに習うなら、検察取材も検察の説明のひとつひとつに対して「なぜ」「なぜ」「なぜ」と疑いを持つ、その姿勢が問われるのだと思います。30年近く前のわたし自身はと言えば、検察の見解をしたり顔で解説して仕事をしたつもりになっていました。周囲に「お前の仕事はその程度のことなのか」と問うてくる人もいませんでした。知らずのうちに、発想が検察と同化してしまっていたのだと思います。恥ずべきことだと考えています。
 23日付の東京発行新聞各紙の中で、東京新聞が1面に「秘書の『独断』でいいのか」との見出しの解説記事を掲載しているのを目にして、検察の代弁ばかりではないことに少し希望を感じました。筆者は池田悌一記者。結びの段落は以下の通りです。
 「不記載は秘書の独断だったという趣旨の安倍氏らの説明こそ、真に受けていいのか。真相解明に向けた安倍氏の消極姿勢への疑問も残る。特捜部は最後まで捜査を尽くし、何が真実なのか見極めなければいけない」
 検察の最終的な刑事処分がどうなるか、検察がどんな説明をするのか、マスメディアはどう伝えるのか、注視しようと思います。

 ▽人間の煩悩より多い虚偽答弁
 さて、安倍前首相が不起訴になっても、政治上の責任は別です。前首相が行った虚偽の可能性がある国会答弁は118回に上ることが報じられています。秘書のウソを見抜けず、だまされたまま国会で、人間の煩悩の数よりも多く虚偽の事実を答弁し続けていた、ということだけで、首相はおろか国会議員の適性さえ欠いていることは明らかです。議員辞職に値すると思います。

【追記】2020年12月24日10時50分
 東京地検が24日午前、安倍前首相を不起訴、公設第一秘書を略式起訴とする刑事処分を出しました。社会に対して、どのような説明をするのか、あるいは説明しないのか、注視します。
※共同通信「安倍前首相を不起訴に、特捜部/『桜』公設第1秘書は略式起訴」=2020年12月24日

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【追記】2020年12月24日17時40分
 あれよという間に略式命令まで出ました。罰金100万円の納付で終わりです。
 簡裁の裁判官の判断次第で、正式裁判の選択肢もあったのに、極めて残念です。

 ※共同通信「安倍氏の秘書に罰金100万円/東京簡裁、夕食会費の不記載で」=2020年12月24日

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