自粛警察ではなく本物の警察が出てきた~マスク拒否の乗客を4カ月後に逮捕、3日で起訴

 気になる事件です。マスク非着用を巡って、自粛警察ではなく本物の警察が出てきました。
 昨年9月、釧路空港から関西空港に向かっていたピーチ・アビエーション機内で、新型コロナウイルス対策のためのマスク着用を拒否してトラブルとなり、運航を妨げたなどとして、茨城県内の34歳の男性が1月19日、威力業務妨害、傷害、航空法違反の疑いで、大阪府警に逮捕されました。共同通信の配信記事によると、逮捕容疑は「昨年9月7日、釧路発関西行きの機内で、女性乗務員の左腕に暴行を加えて捻挫を負わせ、乗務員らを大声で威圧して航空機を遅延させるなど、ピーチ社の業務を妨害した疑い」とのことです(マスクを着用しなかったことが逮捕容疑になっているわけではありません)。
 ※共同通信「マスク拒否の大学職員を逮捕/ピーチ機の運航妨げた疑い」=2021年1月19日
 https://this.kiji.is/724154013476847616?c=39546741839462401

 逮捕3日後の22日、大阪地検は男性を起訴しています。
 ※共同通信「機内でマスク着用拒否の男を起訴/ピーチ機運航妨害の罪」=2021年1月22日
 https://this.kiji.is/725193494272884736?c=39546741839462401

 この男性は昨年9月、共同通信記者の取材に応じています。その際の長文の記事を現在もネット上で読むことができます。
 ※47news「マスクしないと飛行機は乗れないの?/降ろされた男性、ピーチ機上で経験した一部始終を語る」=2020年9月16日
 https://this.kiji.is/678494451161810017?c=39546741839462401

 このインタビューの中で、男性は機内での出来事を詳細に話しています。以下、大ざっぱな要約です。

 ・身体的な理由で長時間マスクをするのが難しく、普段からしていない。具体的な病名を明らかにしないのは「その症状なら着けられるだろう」という暗黙の強制につながってしまうから。
 ・行きのジェットスター便では、空港で着用が困難な人は申し出るようアナウンスがあったので事前に申告した。機内でもマスクをしないことでトラブルはなかった。
 ・ピーチ機では繰り返しマスクの着用を要請されたが着けない理由は聞かれなかった。同じ列に座っていた乗客の男性から「気持ち悪い。こんなんと一緒に乗られへん。あっち行け」との暴言があり、強く抗議をした。
 ・客室乗務員は「マスクを着けないと航空の安全を保つことはできない」と強制してきた。抗議せず認めてしまうと他の人にも同じ対応をしてしまうので、その場で抗議する必要があると思った。乗客の暴言も同じ。マスクをしない人への差別や偏見は許せなかった。
 ・座席から客室乗務員に、先ほどの乗客が謝罪したのか、マスクの着用についてピーチの運航約款ではどのように定められているのかを質問した。抗議を続けると、機内後方の客室乗務員の詰め所に案内され、そこでも同様の質問を続けた。
 ・新潟空港に到着後、機内にピーチの職員3人と見守りの警察官が入ってきた。飛行機から降りるつもりはなかったが、事情の説明が長くなってしまうと思い、誤解を解くために自主的に機外に出ることにした。警察による拘束や事情聴取は一切ない。新潟県警の警察官からは、何も法律に触れることはないと説明を受けた。
 ・耳が少し聞こえづらく、そのため、声が大きい。運航中はエンジン音がうるさく、相手の声はマスクで聞き取りづらかったので、何度も聞き返すうちに自然と大きくなってしまった。声が大きいという注意に対しては、その場で謝罪している。
 ・質問の口調が強くなってしまったことは反省しているが、内容は簡単な確認。運航に支障を来すとは思わない。それなのにクレーマーのように捉えられ、声が大きい、威圧的と難癖を付けて追いやったのは、マスクをしない私を排除する同調圧力によるものだと思う。

 男性が自ら話している内容を踏まえても、客室乗務員に対しマスク着用の要請の根拠を大きな声でしつこく尋ねたことは事実のようです。客室乗務員は保安要員でもあり、1人の乗客の対応にかかりきりになるわけにはいきません。「運航に支障を来すとは思わない」とは男性の主観であって、機長が法に基づく権限を行使したからには、運航に支障があったのかどうかをあれこれ論じてもさして意味はないように思います。
 わたしが気になるのは、4カ月もたった後に大阪府警が乗り出してきて、男性が逮捕された点です。
 当日は新潟県警が関与しています。機内に警察官が入っているのですから、運航に支障があり、安全確保に差し迫った危険があったのであれば、新潟県警がその場で逮捕するなり、あるいは任意で捜査を続ければよかったのではないかと思います。しかし男性は、新潟県警の警察官からは、法律に触れることは何もないと説明を受けたと取材に答えています。
 一般に逮捕は、証拠隠滅や逃亡の恐れがある場合に認められます。男性はこれだけ詳細に取材に答え、その記録がネット上でだれでも閲覧可能な状態で残っているのに、どう証拠を隠滅する恐れがあるのか。この点は、容疑を否認していることと分けて考えるべきだろうと思います。
 また、男性はマスク着用の拒否について、ほかにもホテルや公共施設でも持論を主張してトラブルになっていたことが報じられています。ネット上でもツイッターのアカウントを開設して自ら情報発信しています。いわば信念に基づいた行動や発信であって、逃亡の恐れがどの程度あったのか、少なからず疑問です。
 さらに、男性は逮捕された後、取り調べに対して供述を拒否したようです。すると大阪地検はすぐに起訴。男性のツイッターへの投稿によると、起訴当日の22日のうちには保釈されたようです。つまりは、身柄を拘束してまで取り調べる必要がどこまであったのか、と疑問を感じざるを得ません。仮に刑事事件として立件に相当する事案だとしても、任意の在宅捜査でも十分だったのではないか。なにより、4カ月もたっての逮捕に唐突感はぬぐえません。
 ここで気になるのは1月19日という逮捕のタイミングです。前日18日、新型コロナウイルス対策の法制に罰則を盛り込む改正案を菅義偉政権が取りまとめ、自民、公明両党に提示していました。マスメディアでも大きく取り上げられ、新聞では19日付のいくつかの朝刊紙面では1面に掲載されています。①緊急事態宣言の対象地域で事業者が休業や営業時間短縮の命令に従わない場合は行政罰の50万円以下の過料を科すことができる②感染者が入院を拒否した場合などには懲役刑などの刑事罰を科すことができる―が柱です。そして、この罰則導入には野党から反対意見が出ているほか、世論調査を見ても慎重意見が目立っています。
 そういうさなかでの男性の逮捕でした。刑事罰が導入されるということは、警察による捜査が行われるようになることを意味します。自らの信条を主張してマスク着用拒否を押し通すような行為は、確かに迷惑かもしれません。だからといって、逮捕されても当然だ、と考えるかどうかは別の問題です。男性の逮捕は「捜査の対象になるのはこういう危険な人物です。善良な市民の皆さんは大丈夫」と警察が社会にアピールし、将来の捜査をやりやすくしようとする目的があったのではないか。わたしはそう感じるのですが、うがった見方でしょうか。
 逮捕容疑には、客室乗務員の腕に暴行を加えて捻挫させた傷害容疑も含まれていますが、男性のインタビューではそうした話は出てきません。一般に傷害罪が適用されるのは、故意の暴行の結果、相手がけがをした場合です。男性は客室乗務員を呼び止める際などに腕をつかんのだかもしれませんが、そうだとしたら故意の暴行と呼べるのか。分からないことは多々あります。容疑に傷害が加わることで、トラブルは傷害事件となり、イメージは異なってきます。先述のように当日、機内には新潟県警の警察官が入っています。そのときに被害の申告はなかったのでしょうか。
 コロナ対応を巡っては、こんなニュースもあります。やはり罰則導入を先取りするかのような動きに思えます。
 ※共同通信「埼玉県、時短応じない店に警察官/3%が営業継続」=2021年1月22日
 https://this.kiji.is/725314081825636352?c=39546741839462401

 埼玉県の大野元裕知事は22日の新型コロナウイルス対策本部会議で、営業時間の短縮要請に応じない飲食店に対し、県警と連携して協力を呼び掛けると明らかにした。県によると、警察官が県職員と一緒に飲食店を訪れる手法を検討している。繰り返し要請しても応じないケースなどを想定している。
 (中略)
 大野知事は記者団に「国から警察と協力体制を組むよう要請があった」と話した。

 逮捕までの4カ月間、大阪府警や大阪地検とピーチ社の間で何があったのか。その経緯を検証する報道を期待しています。