ニュース・ワーカー2

組織ジャーナリズムに身を置き40年余

森喜朗会長の女性蔑視発言とマスメディアの当事者性

 東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長が2月3日、日本オリンピック委員会(JOC)の臨時評議員会であいさつした際に「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」などと発言した問題で、森会長は4日に記者会見し、発言を撤回しました。報道によると「不愉快な思いをされた皆さまには、おわびを申し上げたい」と話したようですが、その後の記者団との質疑を見ると、発言の何が問われているのか分かっているようには到底思えません。「女性は」とひとくくりにしてネガティブにとらえるのは女性蔑視です。加えて、会議で活発に議論が交わされることに対する嫌悪も露わでした。組織委では女性が「わきまえて」いるとの表現を使っていることに、その感情がよく表れています。
 男女平等は日本社会だけでなく、世界的にも最重要課題の一つであり、五輪・パラリンピックの組織委トップの発言、認識としてはアウト、その任に不適格であるのは明らかだと思うのですが、森会長は辞任を否定しました。4日の会見では「邪魔だと言われれば、おっしゃる通り、老害が粗大ごみになったのかもしれないから、掃いてもらえばいいんじゃないか」と、居直るような発言もありました。本人がそこまで言うのであれば、JOCでも日本政府でも、開催自治体の東京都でもいいのですが、だれかが森会長に辞職を迫っても良さそうに思いますが、その動きはありません。むしろ、森会長は4日朝、辞職を決意していたのに、周囲が「余人をもって代えがたい」と強く慰留し、本人も考えを改めた、とのストーリーが広がっています。あげくに国際オリンピック委員会(IOC)まで「この問題は決着」と公式に表明しました。
 差別を傍観することは、差別に加担するに等しいことです。ここに至っては、問題は二つだと思います。森会長の差別発言それ自体と、森会長が辞めない、周囲が辞めさせることができないことです。森会長が会長職にとどまることは、森会長の女性蔑視、女性差別が容認されたも同然です。そしてJOCも日本政府も東京都も、その差別に加担しているのも同然です。五輪、パラリンピックにとっても、男女平等を目指す、という当たり前のことを共有できないまま東京大会を開催することは、歴史的な汚点です。
 誤りをただすのに遅すぎるということはありません。今からでもいいので、森会長の退場というけじめが必要だと思います。SNSなどを見れば、森会長の退場を求める民意は圧倒的です。

 森会長の発言を巡るこうした状況は、日本社会のジェンダーギャップの現状をよく示しているように思います。そして、マスメディアがこの問題をどう報じているか、新聞各紙が社説や論説でどのような主張を表明しているのかも、日本社会のジェンダーの状況の一端を示すものであるように思います。日本社会のジェンダーギャップを映し出すという意味で、マスメディアにも当事者性がある、ということです。
 そうした考えから、森会長の4日の記者会見を東京発行の新聞各紙(朝日、毎日、読売、日経、産経、東京の6紙)がどう報じたか、5日付朝刊の各紙の紙面(主な見出し)を記録することにしました(後掲)。それぞれの紙面での扱い方、記事の数とボリューム(情報量)、見出しの表現などから、それぞれの新聞のスタンスのようなものが読み取れるのではないかと思います。
 1面トップ、すなわちこの日の紙面の中で最重要のニュースとして扱ったのは、朝日、毎日、東京の3紙。読売、日経も1面ですが3番手以降の扱い。産経は2面でした。記事の多さ(情報量)では東京新聞が1面、総合面、スポーツ面、特報面、社会面見開きと展開しているのが目を引きました。朝日、毎日も社会面をほぼこのニュースで埋めています。
 社説で取り上げたのは4紙。見出しは以下の通りです。
・朝日新聞「女性差別発言 森会長の辞任を求める」
・毎日新聞「森会長の女性蔑視発言 五輪責任者として失格だ」
・日経新聞「あまりにお粗末な森五輪会長の女性発言」
・東京新聞・中日新聞「森氏女性蔑視 五輪の顔として適任か」
 朝日は「辞任を求める」と見出しでストレートに掲げています。ほか3紙も森会長が会長職にとどまることに疑問を呈していますが、表現は間接的です。

 毎日「五輪精神を傷つける自らの発言が開催への障害となっていることを自覚すべきだ。一連の言動は、東京大会を率いる責任者としては失格だ」
 日経「撤回することは当然だが、それだけですむことではないだろう」
 東京・中日「森氏は辞任を否定したが、会長は大会の意義を深く理解する人物であるべきだ」

 読売、産経は1日遅れて6日付の社説で取り上げました。
・読売新聞「森氏の女性発言 五輪会長として不見識すぎる」

 森氏は辞任を否定しているが、大会運営を担う組織のトップとして、自覚を欠いている。開幕を5か月半後に控えたこの時期に、失言で混乱を招いた責任は重い。発言の影響を踏まえて、身の処し方を再考すべきではないか。

・産経新聞(「主張」)「森氏の問題発言 組織委もJOCも猛省を」

 森氏がトップに立つことが開催機運の障害となっている現実を、組織委は自覚してほしい。

 即座に明瞭に森会長の辞任を求めたのは朝日だけです。ジェンダーギャップの解消が社会にとって最重要課題の一つであるからこそ、分かりやすい表現が必要だと思うのですが、他紙の「もってまわった」感がぬぐえない表現は、そのまま新聞界が内包しているジェンダーギャップを反映しているようにも感じます。

 森会長がこのまま組織委会長職にとどまり続けるのか、そのことをマスメディアはどう報じるのか。引き続き注視します。

f:id:news-worker:20210207125722j:plain

 以下は東京発行各紙の2月5日付朝刊の記録です。
【朝日新聞】
▽1面
トップ「森会長。発言撤回し謝罪/女性が多い会議、時間がかかる/辞任は否定/五輪組織委」
「『あってはならない』/首相、森会長の発言に」
▽15面(スポーツ)
「現役選手『撤回は無意味』」/「競技団体役員1615人 女性は15%/笹川スポーツ財団調査」
「森会長『老害が粗大ごみになったら掃いてもらえば』」質疑応答
▽社会面
トップ「森会長 撤回で終わり?/いらだち隠せず 強まる逆風」/「『多様性、すべて否定された』JOC理事」/「性差別に『怒り』 海外メディア批判」
「五輪憲章に反する発言」日本スポーツとジェンダー学会会長の中京大・來田享子教授(五輪史)/「日本に残る価値観体現」コラムニスト小田嶋隆さん

【毎日新聞】
▽1面
トップ「森氏『女性蔑視』批判の嵐/政財界 海外メディアも/五輪会合『女性が多い会議は時間がかかる』/発言撤回 辞任否定」
▽3面
クローズアップ「東京五輪開催に逆風/権限集中 歯止めなく」「『二人三脚』政権痛手」「大会理念に逆行」
▽18面(スポーツ)
記者会見要旨「『老害、粗大ゴミになったのかも』/『私も話長い方』」
「議論の否定に重なる」JOC理事・山口香氏/「差別につながる偏見」プロサッカー下山田志帆選手/「半端な会見 反発増す」広報コンサルタント山口明雄氏
▽社会面
トップ「森氏謝罪会見 逆効果/『心配ありがとう』『だから撤回と言っている』」
「『#森氏 引退してください』/ツイッターでトレンド入り/発言皮肉り『私たちはわきまえない』」
「『気持ちそがれた』/ボランティア辞退続々」

【読売新聞】
▽1面
「森会長が発言撤回/『女性多いと…』辞任は否定/五輪組織委」
「『あってはならない』首相」
▽3面
スキャナー「火種次々 首相防戦」「長男の接待疑惑・森会長発言/衆院予算委」
▽14面(スポーツ)
「組織委・森会長 3日の発言要旨」/「ラグビー協会が森氏発言で談話」
▽社会面
準トップ「東京五輪へ影響 懸念/森会長発言 国内外から批判」

【日経新聞】
▽1面
「森氏、発言を謝罪/国内外で批判、辞任は否定/『女性蔑視』」
▽2面
「女性活躍の潮流に逆行/森氏発言 首相『あってはならぬ』」
「アスリート置き去りに」日本オリンピック委員会(JOC)理事を務める山口香・筑波大教授/「海外からの批判は当然」国際法務や企業統治に詳しい牛島信弁護士
▽社会面
トップ「『怒り』『機運台無し』/森氏発言 関係者ら批判」/記者会見 一問一答

【産経新聞】
▽2面
「森会長、『女性』発言を陳謝/不適切と撤回 辞任否定」/「欧米メディア『女性蔑視』と報道」
▽16面(スポーツ)
「JOC『森氏問題 決着』/不適切発言、早期収拾図る」(ジュネーブ共同)/「スポーツ界から厳しい声相次ぐ」
▽第2社会面
「『粗大ゴミなら掃いてもらえばいい』/森会長謝罪 一問一答」/女性理事に関する発言/「五輪 別の意味で世界に話題/小池知事『私も困惑、真意は?』」
※1面コラム産経抄「晩節を汚さない賢明な判断を望むばかりである」

【東京新聞】
▽1面
トップ「森会長 蔑視発言を謝罪/『女性理事たくさんいると時間かかる』/五輪組織委 辞任は否定/コロナ禍の開催に逆風」
「怒りある・撤回で済まぬ・組織に蔓延・不適切な人あらわ/選手・識者 失望、批判」
JOC臨時評議員会の森氏の発言要旨(3日)/「JOC『問題は決着』声明」
▽2面
核心「五輪の『顔』時代に逆行/『女性理事任用』議論の場で森氏発言」「『大会の信用に関わる』女性理事の山口香さん」
「海外でも批判噴出/森氏発言『性差別』『時代遅れ』」/「『大変困惑』都知事が不快感」/「『あってはならない』橋本五輪相 森氏に苦言」/「日商・三村会頭『極めて残念』」
▽19面(スポーツ)
「五輪への反発拡大/スポーツ界にも辞任論/IOCは男女平等推進」
記者の目「消えたアスリートファースト」多園尚樹記者
▽特報面
「懲りない森氏/問われる資質/性差別発言『世界に顔向けできぬ』」/「スポーツ界に根を張る/なぜ組織委会長に 発端は『体協』会長職/過去にも度々 底流に『上から目線』」
▽社会面(見開き)
「会長に不適? 承っておく」「邪魔なら掃いてもらえば/女性登用 数字で無理しない方がいい」(記者会見4日)/「女性は競争意識が強い。思いのままどんどん言う」(臨時評議員会3日)
「謝罪のち開き直り」「面白おかしくしたいのか」
「『謝る気ない』批判、あきれ SNS・街の声」/「『辞退者出るかも』聖火ランナー失望」 

※追記 2月8日9時10分

 地方紙、ブロック紙の社説もまとめました。

news-worker.hatenablog.com