ニュース・ワーカー2

組織ジャーナリズムに身を置き40年余

橋本聖子議員の組織委会長就任に「政治利用五輪」を危惧~アスリート出身といえども「密室」体質から逃れられない

 東京五輪パラリンピック組織委員会の新会長に2月18日、自民党所属の橋本聖子参院議員が選出されました。橋本新会長は閣僚が兼職を禁じられているために五輪相は辞職したものの、翌19日の午前までは、自民党離党も、参院議員辞職もともに考えていないようでした。19日午後に一転して自民党に離党届を提出。野党が政治的中立性を問題視したためのようですが、それでも議員は辞職しないようです。
 組織委の会長選出に当たっては、森喜朗前会長の女性差別発言と辞任の経緯からジェンダー平等の観点が注目され、次にお粗末だった川淵三郎氏の「密室で受諾、一転辞退」劇から過程の透明性が注目され、さらには橋本議員自身の男子選手へのキス強要ハラスメントの過去にも焦点が当たりました。しかし、わたしは事ここに至っての最大の論点は、露骨な五輪の政治利用ではないかと考えています。
 もともと五輪招致の始まりは石原慎太郎元東京都知事の執念でした。誘致に際しては安倍晋三前首相の「アンダーコントロール」の嘘(実際には打つ手がなく増え続けている汚染水を始めとして、東京電力福島第一原発の状況を「コントロールできている」と強弁)が交じり、その安倍前首相は大会を自らの政治的レガシーとすべく躍起になっていました。安倍前首相の政策の継承を掲げる菅義偉現首相も、支持率が低迷する中で政権浮揚を五輪に期待していることは周知の事実です。内幕検証もののリポートは、新聞の政治報道の得意分野ですが、19日付の各紙の記事を読むと、後任会長に乗り気でなかった橋本議員が、スポーツ界ではなく菅首相の意向を中心とした「政治」の圧力で、新会長受諾に追い込まれて行った様子がよく分かります。
 就任の記者会見で橋本議員は議員辞職しないことについて「IOCにも国にも認めてもらっている」と述べました。この時点では、自民党離党も口にしていませんでした。自民党所属の参院議員のままであることを前提に、会長職を引き受けたということです。何よりも、森前会長を「特別な存在」と言い、これからも助言をあおぐと公言しました。重要な発言です。
 森前会長は安倍前首相と同じ自民党細田派に所属していた政治家であり、アスリートだった橋本議員を政界入りさせた当事者です。議員を引退しても影響力の大きさは変わりません。橋本、森の新旧会長は、連絡を取るとすればたぶん電話とか二人切りで会うことになるのでしょう。「密室」の中で森前会長の意向がまかり通るのではないか、との危惧があります。アスリート出身といえども自民党政治家の系譜に連なる限り、「密室」体質からは逃れられないように思います。五輪相という閣僚からの横滑りの上、離党したとはいえ自民党公認で当選した参院議員のままでは、菅首相にも逆らえないでしょう。このまま東京大会を開催すれば、露骨な政治利用五輪になりかねません。

 橋本新会長選出を東京発行の新聞6紙(朝日、毎日、読売、日経、産経、東京)は19日付朝刊でそろって1面トップで報じました。しかし橋本新会長が自民党所属の参院議員のままであることに対して、五輪の政治的中立性の観点から焦点を当てた記事はわずかでした。各紙の1面の見出しでは、東京新聞の「水面下 首相が影響力」が目立つだけ。「政治的中立」を見出しに取った記事と言えば、読売新聞2面の「橋下氏『政治的中立』強調」(2段見出し)があるぐらいで、ほかは社説、論説で触れている程度です。橋下会長は自民党を離党しましたが、主たる要因は野党から批判が上がったことであって、マスメディアのジャーナリズムは正面から指摘できていませんでした。そのことを、マスメディアは自覚しておいた方がいいと思います。

f:id:news-worker:20210220180446j:plain

 今にして思えば、東京大会はもともと、誘致の当時から政治色を濃厚に帯びていました。調整型の大物政治家だった森前会長が組織委発足時からトップに就いていたのはその象徴だったのでしょうが、むしろ政治色が全面にわたって出てしまったことで、わたし自身も含めて、政治的中立性への感覚がマヒしていたようにも思います。わたし自身にとっても反省点です。新聞の中でも全国紙5紙は大会スポンサーの立場もあります。森前会長の女性差別発言では、スポンサーがはっきりモノを言うかどうかも注目されました。「政治的中立性」に対して、各紙はスポンサーとしても、というより、スポンサーだからこそ毅然とした姿勢を見せるべきだと思います。今からでも。

 ほかに2点ほど、書きとめておきます。

  • 橋本新会長が就任会見で「復興」や「被災地」に触れたのは質疑の最後の最後、現在の日本社会の課題を列挙する中でした。19日付の新聞各紙にも「復興五輪」の言葉は見当たりません。「復興五輪」とは何だったのでしょうか。間もなく東日本大震災、福島第一原発事故から10年です。東京大会の誘致によって、復興は進んだのか否か。あらためて検証するのもマスメディアのジャーナリズムの課題のはずです。
  • 19日付各紙朝刊で目を引いたのは、各紙の「橋本聖子氏」にかかる枕ことばです。「五輪相だった橋本聖子氏」「五輪相を務めてきた橋本聖子氏」でおおむねそろっているところに、朝日新聞は「冬夏合せて7度五輪に出場した橋本聖子氏」との表記でした。アスリート出身という点を強調する意図なのかもしれませんが、「五輪の政治利用」が見えにくくなるようにも感じます。このブログの記事の書き出しでは試みに「自民党所属の橋本聖子参院議員」と表記してみました。

 森前会長が組織委発足時からトップにいたことには政治的に大きな意味合いがあったのだと思います。「五輪の政治的中立性」という抽象的な理念の問題だけではなく実態としても、日本的な政治風土を色濃く反映した運営になってしまっています。そのことにはっきり気付かされる論考を目にしました。筆者の安田秀一さんは法政大アメフト部監督も務めたスポーツビジネスの企業家。東京大会を巡る違和感のうまく言葉にできなかった部分が、すっきり頭に入りました。一読をお奨めします。以下に一部を引用します。

 ※日経電子版「森氏辞任に考える 日本社会に残る無意味な風習 ドーム社長 安田秀一」
  https://www.nikkei.com/article/DGXZQODH151PP0V10C21A2000000/

www.nikkei.com 

政治家は税金を配分するのが仕事ですので、どこかで「俺が持ってきたお金」という勘違いをしてしまうのだと思います。そしてスポーツ団体側も補助金を配分してくれる政治家におもねるようになり、大小さまざまな利権が生まれてしまうのです。
 日本オリンピック委員会(JOC)関連の会議に参加している若い関係者からよく愚痴を聞きました。
 「安田さん、こんなに日本の財政がピンチなのに、いまだに『東京五輪に向けて予算を獲得しよう! えいえいおー!』ですよ。結局、スポーツ業界ではお金を稼ぐ人材じゃなくて、税金をたくさん使う人が偉いんです。これじゃ世界に勝てるはずがないです」