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組織ジャーナリズムに身を置き40年余

(続)「大震災10年」なのか「発生から10年」なのか~「復興五輪」に触れなかった菅首相

 前回の記事(あの日のこと~「東日本大震災10年」なのか「発生から10年」なのか)の続きです。
 3月12日付の東京発行の新聞各紙朝刊(朝日、毎日、読売、日経、産経、東京)は、東日本大震災と東京電力福島第1原発事故の発生から10年を迎えた前日3月11日の各地の表情や、慰霊行事の模様を伝えました。

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 事実関係を中心にした「本記」と呼ぶ各紙の記事のうち、リード部分を書きとめておきます。

▼朝日新聞
「10年 終わらぬ思い 願い」

 日本社会を揺さぶった東日本大震災から11日、10年がたった。関連死を含め死者・行方不明者は2万2192人。東京電力福島第一原発の廃炉作業は遅れ、4万1241人がいまも避難生活を送る。地震のあった午後2時46分、全国で犠牲者への追悼の祈りが捧げられた。

▼毎日新聞
「祈り 教訓 次代へ」

 東日本大震災の発生から10年を迎えた11日。各地で追悼行事が行われ、犠牲者を悼んで祈る人々の姿があった。新型コロナウイルスの流行という新しい日常の中、震災を風化させることなく、教訓をどう次代に伝えるのか。被災地のみならず、日本全体が「あの日」に思いをはせた。

▼読売新聞
「『あの時』刻み生きる」

 2万2200人もの死者・行方不明者を出した東日本大震災から11日で10年となった。今も4万1241人が避難生活を送り、東京電力福島第一原発事故が起きた福島は、避難指示が解除されない地域がある。この日、全国で追悼式が開かれ、政府主催の追悼式で、天皇陛下は「被災した人々に末永く寄り添っていくことが大切」と述べられた。被災者らは亡き人や歩んできた歳月に思いをはせ、復興の願いを新たにした。

▼日経新聞
「天皇陛下『皆で寄り添う』」

 東日本大震災から10年となった11日、各地で追悼行事が営まれた。参列者らは地震発生時刻の午後2時46分に黙とう。鎮魂の祈りをささげ風化の防止を誓った。

▼産経新聞
「10年 祈り深く」

 死者、行方不明者、震災関連死を合わせると約2万2千人に上る戦後最大の災害となった東日本大震災は、11日で発生から10年が経過した。4万人以上が今も避難生活を送っている。被災者らは癒えない悲しみを抱きながら、犠牲となった大切な人を思い浮かべ、地震が発生した午後2時46分には各地で鎮魂の祈りがささげられた。

▼東京新聞
「陛下『誰一人取り残されることなく』」

 東日本大震災と東京電力福島第一原発事故から十年となった十一日、東京都内や被災地で追悼式が開かれた。「風化させない」「強く生きていく」。遺族らは発生時刻の午後二時四十六分に黙とう。鎮魂の祈りが各地で広がった。震災関連死を含む死者、行方不明者は計約二万二千人。今も四万人以上が避難し、多くの被災自治体が人口減少にあえいでいる。再生への歩みはこれからも続く。

 政府主催の追悼式典は今年が最後になる可能性があるようです。大震災からの復興と原発事故の収束はいまだ終わりが見えず、「10年」は発生から10年がたった、というだけの意味しかありません。被災者と被災地にとっては、時間の区切りに本質的な意味はないことを、新聞各紙の現地からのリポートからもひしひしと感じます。しかし政府にとって「10年」は「もうそろそろいいだろう」との節目なのでしょうか。
 追悼式典の式辞で菅義偉首相は「復興五輪」に触れませんでした。昨年は安倍晋三前首相が献花式で言及していたとのこと。朝日新聞デジタルの記事で知りました。その理由を加藤勝信官房長官は記者会見で問われて明言できなかったと、記事は伝えています。
 ※朝日新聞デジタル「官房長官しどろもどろ 式辞から『復興五輪』なぜ消えた」
https://www.asahi.com/articles/ASP3C635WP3CUTFK01M.html

www.asahi.com

 加藤氏は会見で「政府の立場に変わりはないのか」と問われ、「復興オリンピック・パラリンピックは閣議決定された基本方針に位置づけられており、最も重要なテーマの一つであることは何ら変わりない」と述べた。
 ただ、なぜ「復興五輪」という言葉がなくなったかについては、「これは毎年の言葉を、なども踏まえつつ、作成されているものと承知をしておりまして、政府として、今後も、えー、しているものであり、ですね……」と5秒近く沈黙。「まさにそれに尽きるということであります」と続け、理由を説明することはなかった。

 首相官邸のホームページで会見の動画を見てみました(14分38秒あたりから、このやりとりがあります)。「しどろもどろ」というほどではないにせよ、とっさの指摘にうまく答えられず、建前を並べただけだったことが分かります。質問者は東京新聞の記者でした。菅首相がこの日に「復興五輪」に触れなかったことは、重要な指摘だと思います。

www.kantei.go.jp

www.kantei.go.jp

 五輪誘致に際して、安倍前首相は福島第1原発を「アンダーコントロール」と言い切りました。しかし敷地内にたまり続ける処理水の最終処分方法はいまだ決まっていません。廃炉に至っては、一体いつのことになるのか。五輪誘致の大義として掲げていた「復興五輪」は、今は首相が口にすることもない。代わって昨年から強調されているのは「新型コロナウイルスに人類が打ち勝った証しとしての東京五輪」です。被災地、被災者不在の五輪強行であり、政治利用という意味では、国民不在の五輪強行です。
 そんな五輪に巨額の公金が支出されます。そのことを考えるとき、日本社会の全ての人々に当事者性がある、ということに気付きます。さらに誘致の大義が「復興」だったことを考えれば、その当事者性は「被災地の今と今後」にも及ぶことに思い至ります。
 これから夏に向かって五輪開催を巡る報道が増えていきますが、マスメディアはこの「復興五輪」にこだわり続けなければならないと思います。10年目の「3・11」は決して節目などではありません。