弱い立場の者が団結する、その象徴のような生き方~火野葦平「花と龍」の玉井金五郎(故中村哲さんの祖父)

 このブログの以前の記事で、アフガニスタンで2019年12月に銃撃を受け亡くなったペシャワール会の中村哲さんが幼少時、福岡県の若松(現・北九州市若松区)で過ごしたこと、母方の祖父が若松で港湾荷役請負を営んでいた玉井金五郎であることを紹介しました。金五郎の長男であり、中村哲さんにとっては伯父に当たる人物に、作家の火野葦平(本名・玉井勝則)がいることにも触れました。 

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 その火野葦平が、両親の玉井金五郎と妻のマンを実名で描いた小説が「花と龍」です。岩波現代文庫に上下巻で収録されており、購入して読んでみました。
 主な舞台は明治から昭和初期にかけての若松。「花と龍」といえば、高倉健さん主演の任侠映画のイメージがものすごく強かったのですが、原作は違います。確かに当時の若松はヤクザ者が幅を利かせて暴力がはびこっており、切った張ったの描写もふんだんにあることはあるのですが、金五郎は一貫して暴力を否定。ただ一度だけ、荷役作業の機械化を進める石炭資本を相手に港湾労働者の生活を守るための闘争の中で、ヤクザ者を束ねる仇敵に暴力を用います。そして事後、そのことをひどく後悔し、自己嫌悪しています。長どすを手に、方肌脱いで龍の入れ墨を見せびらかす、などというシーンは皆無です。終生、刺青を入れたことを恥じ、決して人前では見せなかったとか。任侠というより、荒くれの街で弱い立場の者が団結する、その象徴のような生き方だったのだと思います。
 全編、登場人物は実名で、火野葦平も本名・玉井勝則で登場します。港湾労働者を組合に組織化し、自らも書記長に就いていました。その後は転向して陸軍に入り、「麦と兵隊」などのベストセラーは軍の宣伝に利用されました。
 「花と龍」は戦後の1952年から53年にかけて読売新聞で連載されました。あとがきで火野葦平は、かつて参加した労働運動をイデオロギーではなく市井の生活者の視点でとらえ直してみたい、というようなことを書いています。自らの生き方に、思うところがいろいろあったのではないかと思います。1960年に53歳で死去。自死であったことが後に明らかにされています。
 死後、「花と龍」はさかんに映画化されているようですが、火野葦平が存命であったら「任侠もの」に仕立てられていったことをどう思ったでしょうか。
 ウイキペディア「花と竜」に玉井金五郎の写真(1936年ごろ)があります。中村哲さんにそっくり。写真の著作権は失効しているとのことですので、貼り付けておきます。

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花と龍 上 (岩波現代文庫)

花と龍 上 (岩波現代文庫)

  • 作者:火野 葦平
  • 発売日: 2006/02/16
  • メディア: 文庫
 

 

花と龍 下 (岩波現代文庫)

花と龍 下 (岩波現代文庫)

  • 作者:火野 葦平
  • 発売日: 2006/03/16
  • メディア: 文庫