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組織ジャーナリズムに身を置き40年余

「中止を決断すべき時だ」(琉球新報)、「それでも開催の大義はあるのか」(神戸新聞)~民意を代弁する地方紙の社説、論説

 新型コロナウイルス対策で東京、大阪など9都道府県への緊急事態宣言の再延期が5月28日に決まったことに対して、多くの地方紙が29日付以降、社説、論説で論評しています。その中で7月23日開幕の東京五輪に触れたものもいくつか目を引きました。菅義偉首相が「安全、安心」の具体策を説明せず、再延期も中止も検討対象にしないまま開催を強行しようとしていることに対し、いずれも疑問を示しています。琉球新報は5月30日付で「中止を決断すべき時だ」と、明確に「中止」を主張しました。ほかにも神戸新聞が「それでも開催の大義はあるのか」として「中止」や「再延期」に言及しています(29日付)。新潟日報、福井新聞、高知新聞、沖縄タイムスなども、菅首相や政権の姿勢に疑念を示しています。このうち沖縄タイムスは、既に25日付の社説「強行すれば首相退陣だ」で、「中止を判断するのは今しかない」と「中止」を主張しています。

 東京五輪に対しては、マスメディア各社の最近の全国世論調査では「中止」の意見が多数派であり、「再延期」も含めれば今夏の開催には反対の意見が圧倒しています。最近では、IOC幹部や古参委員から「緊急事態宣言下でも開催する」「菅首相が中止を求めても開催される」など、日本国の主権をないがしろにするような発言が続いていますが、黙認なのか追従なのか、菅首相は発言の趣旨をただそうともしないようです。
 信濃毎日新聞が5月23日付の社説で、初めて五輪大会の中止を主張して以来、西日本新聞、沖縄タイムス、大会公式スポンサーに名前を連ねる朝日新聞、そして今回の琉球新報と、「中止」を明快に主張する社説が続いています。神戸新聞のように論点を整理し、現状のままでの開催への疑問を指摘する社説も増えてきています。政治が民意から乖離しているときに、民意を代弁するのはマスメディアの重要なオピニオン機能です。

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 以下に29日付以降の社説、論説の中で目に止まった一部を紹介します。いずれもネット上の各紙のサイトで読むことができます。それぞれ一部を書きとめておきます。

■琉球新報:5月30日付「コロナ禍での五輪 中止を決断すべき時だ」
  https://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-1330062.html

 政府は28日、新型コロナウイルス対策である緊急事態宣言を9都道府県で6月20日まで延長すると発表した。会見で菅義偉首相は宣言下での東京五輪・パラリンピックの開催について「準備を進める」と述べ、観客を入れる方向で検討することも表明した。
 だが宣言期限までに収束する科学的根拠はない。むしろ拡大を予期させる材料ばかりだ。感染力の強い英国やインド由来の変異株が広がる中、ワクチン接種は追い付いていない。世界を見ても接種が進んでいるのは欧米の一部だけだ。医療の逼迫(ひっぱく)は限界に近い。
 こうした状況を踏まえ、五輪開催に国内外で強い不安の声が広がっている。菅首相は国民の生命や健康を最優先し、開催中止を決断すべきだ。
(中略)
 現状での開催は意義を失っている。五輪憲章は機会の平等を掲げるが、コロナ禍で準備不足の選手がいるほか、医療従事者を五輪のために確保することにも不公平感がある。選手間や住民との交流も難しい。今や政府が唱える「復興五輪」や「コロナに打ち勝った証し」は空虚に響く。
 野村総合研究所の試算では中止した場合の経済的損失は約1兆8千億円。昨年や今年初めの宣言下での損失各6兆円以上よりはるかに少ない。むしろ五輪が感染拡大を招いた場合の損失の方が大きい。
 コロナ禍で生活困窮者が急増した。五輪費用を困窮者支援に充てる発想も必要だ。県出身を含め選手にとっては残念な状況ではある。だが判断の先送りは事態の悪化を招く。論理性と柔軟性を欠き、一度決めたら止められない政治に国民の命は預けられない。

■神戸新聞:5月29日付「コロナ禍の五輪/それでも開催の大義はあるのか」/拭えぬ医療への不安/問われる大会の理念
  https://www.kobe-np.co.jp/column/shasetsu/202105/0014367778.shtml

 政府はきのう、新型コロナウイルス対策で兵庫など9都道府県に発令している緊急事態宣言の再延長を決めた。5月11日までの期限を月末まで延長していたが、感染状況が十分改善しなかった。とりわけ医療現場の逼迫(ひっぱく)は厳しい。
 再延長は6月20日までとなる。東京五輪が開幕する7月23日のほぼ1カ月前だ。米国務省は今月、日本に対する渡航警戒レベルを最も厳しい「渡航中止・退避勧告」に引き上げた。この状況で五輪・パラリンピックは本当に開催できるのか。
 政府は「安心、安全な大会にする」と繰り返すのみで、国民の不安や疑問と向き合おうとしない。国民が納得できる万全な感染対策を示しているとは言えまい。根拠のある具体策を打ち出すことができないなら、政府や東京都、大会組織委員会は再延期の可能性を探り、中止も視野に入れるべきである。
 (中略)
 五輪は単なる競技大会ではなく、友情と連帯によって相互理解を深めるという理念に支えられた「平和の祭典」である。選手と国民が交流する機会も少なく、五輪の意義は失われつつある。
 このまま開催に突き進むリスクは大きい。それでも大義はあるのか。菅首相の言葉からは見えてこなかった。政府は、感染状況を冷静に見極め、国民の命と暮らしを守るために決断する責任を果たすべきだ。

■新潟日報:5月29日付「緊急事態延長 五輪ありきで効果出るか」
  https://www.niigata-nippo.co.jp/opinion/editorial/20210529619554.html

 気掛かりなのは延長幅を約3週間とした背景に東京五輪との関係が指摘されていることだ。
 菅義偉首相は延長決定を受けた記者会見で五輪開催準備を進める方針を強調した。
 政府は7月23日の五輪開幕を見据え、可能な限り期間内に感染を抑え込みたい考えだ。
 しかし、「五輪ありき」で決めたような延長で実効性が伴うだろうか。
 (中略)
 政府は五輪開催や経済への影響を重視して、宣言解除のタイミングを計っている。
 感染収束の切り札にワクチン接種を据え、重症化リスクが高い高齢者の7月末完了を目指している。しかし今月26日時点の完了者はわずか0・6%だ。
 第3波は感染が下げ止まった状態で宣言を解除し、リバウンド(感染再拡大)を招いた。
 また収束が見通せない状態で宣言解除を急げば、より強力なインド株でのリバウンドや医療崩壊を招く恐れが拭えない。

■福井新聞:5月29日付「県内の聖火リレー 節度を持って見守りたい」
  https://www.fukuishimbun.co.jp/articles/-/1327037

 大会の開催を疑問視する声は日増しに強くなる。本来であれば大会を盛り上げる聖火リレーにためらいを感じる人もいる。そうした国民の揺らぎは、政府の語りかけがあまりに具体性を欠くからだろう。
 国民が求めているのは五輪に向け必要な対策をどう施すかの説明である。しかし、菅義偉首相が語るのは「感染拡大を食い止め、選手や大会関係者の感染対策を講じ、安心して参加できるようにし、国民の命を守る」という観念的な意気込みでしかない。
 示されているいくつかの策も効果は疑わしい。海外からの大会関係者と一般が交わらないよう動線を分けるという。8万人近い関係者の行動を管理することは困難で、結局は本人の良識に任せるしかない。
 ワクチンにしても、日本の関係者向けに確保できたのは、選手団を除き1万8千人分にすぎない。その日の活動を終えれば一般人に戻るボランティアは全体で約11万人もいる。大方が自衛策を練らねばならぬ状況には納得がいかない。
 心から「安心して参加できる」五輪が無理なことは自明である。それでも開催する意義はどこにあるのか、菅首相は明確に語るべきだ。大会の役に立ちたいと手を挙げたランナーの気持ちを支えるためにも。

■京都新聞:5月29日付「緊急事態再延長 信頼に足る具体策示せ」
  https://www.kyoto-np.co.jp/articles/-/573023

 政府の甘い見通しと泥縄式の対応が、我慢が続く事業者や国民の政治に対する信頼と対策効果を弱める負の循環に陥っていないか。
 菅義偉首相は3週間延長で「感染防止とワクチン接種の二正面作戦の成果を出す」と強調した。
 だが、感染収束に着実に導く具体的な手だてと根拠の説明はほとんど聞かれなかった。
 新たな期限となる6月20日は、追加で宣言対象とした沖縄県とそろえた形だ。東京五輪開幕のほぼ1カ月前までに感染を極力減らしておきたいという政府の思惑が透ける。この期間内に目に見える改善を図れるかが問われる。

■沖縄タイムス:5月29日付「[宣言延長] 五輪実施 『安全 安心』の根拠示せ」
  https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/761493

 国際オリンピック委員会(IOC)のコーツ調整委員長の緊急事態宣言下でも開催との発言が波紋を広げる中、「宣言下でも五輪を開催できるか」を問われた菅首相は、答えをはぐらかした。具体的開催基準についても明言しなかった。
 圧縮したとはいえ選手を除き8万人近い関係者が来日する大イベントだ。事前のテスト大会ではコロナ対策をまとめた「プレーブック」から逸脱した行為もあった。 
 頼みの綱のワクチン接種も日程に無理があり、スムーズに進むかどうか見通せていない。
 海外の医学誌では日本を中継地にウイルスが拡散する可能性も指摘されている。
 不確定要素が多く、これほどリスクの高い五輪はこれまでなかったのではないか。
 IOCの最古参委員からは、「アルマゲドン(最終戦争)でもない限り実施できる」との発言も飛び出している。常軌を逸している。緊急事態宣言下でも実施するという発言といい、五輪で感染が広がった場合、その責任は誰がとるのか。
 菅首相は開催権限はIOCが持ち、政府に決定権はないという。
 しかし感染のリスクを負うのは国民であり、その命より優先されるものはない。

■徳島新聞:5月30日付「コロナ危機 緊急事態再延長 国民の協力得られるのか」
  https://www.topics.or.jp/articles/-/536139

 政府の対策分科会の尾身茂会長は、自粛疲れや宣言慣れから「宣言が効かなくなっている。納得感のある感染対策が必要だ」と指摘する。東京五輪についても政府は「開催ありき」の姿勢で突き進むが、国民が納得できる開催の在り方を示さなければならない。

■高知新聞:5月31日付「【東京五輪・パラ】『安全、安心』が見えない」
  https://www.kochinews.co.jp/article/460675/

 「国民の命と健康を守り、安全、安心な大会の実現に全力を尽くす」
 東京五輪・パラリンピックを巡って、菅義偉首相は判で押したように繰り返す。しかし、もはや「安全、安心」を担保するのは難しいと言わざるを得ないのではないか。
 国際オリンピック委員会(IOC)が、東京五輪の選手らに求める参加同意書に自己責任のリスクとして、新型コロナウイルス感染症や猛暑による健康被害を盛り込んだ。重篤な身体への影響や、死亡に至る可能性にも言及している。
 どんなスポーツ大会にも相応のリスクはあろう。同意書も五輪の各大会で提出が義務付けられている。だが夏冬の直近6大会で「感染症」や「死亡」の文言はない。命懸けを求める異例の内容であり、選手らから疑問の声が上がるのは当然だろう。
 そもそも、何をもって「安全、安心」とするのか。
 (中略)
 「安全、安心」が見えない、と感じているのは国民だけではない。米国の専門家からも、日本の五輪コロナ対策は「科学的根拠に基づいていない」と指摘されている。
 日本政府や組織委が丁寧な情報発信をしなければ、中止論は日増しに強まっていくだけである。

 ※ほかに熊本日日新聞が5月31日付で「コロナ禍の東京五輪 開催するなら根拠示して」の見出しの社説を掲載していますが、サイト上では会員限定コンテンツのため、内容は未確認です。

 ▼「中止」「再延期」が計6割(日経新聞調査)
 日経新聞とテレビ東京が5月28~30日に実施した世論調査によると、五輪の開催の是非では「中止もやむを得ない」40%、「再延期もやむを得ない」22%で、合わせて計62%。一方で「観客数を制限して今夏に実施」17%、「無観客で今夏に実施」16%で、「今夏実施」は計34%でした。やはり、今夏は実施すべきではない、との意見が「今夏実施」を圧倒しています。
 読売新聞は東京都内の有権者を対象に5月28~30日、世論調査を実施しています。6月25日告示、7月4日投開票の都議選に関しての調査ですが、五輪についても尋ねています。結果は「中止」48%に対し、「観客制限して開催」25%、「無観客で開催」24%。「開催」が計49%であることから、同紙は「拮抗」としています。
 両調査は対象が全国か、東京都だけかの違いや、選択肢に「延期」があるかないかの違いがあるほか、読売新聞の調査では固定電話だけなのか、携帯電話も含むのか分かりません(日経は携帯電話を含む)。
 いずれにせよ、個別の選択肢の中では、両調査とも「中止」がもっとも多いのは共通しています。

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 先週末、東京・千駄ヶ谷の国立競技場周辺を歩いてみました。東京五輪の開会式の会場です。近くの五輪マークのモニュメントはニュース写真などでもよく紹介されています。混みあう、というほどではありませんでしたが、次から次に家族連れらが来ては、記念写真を撮っていました。子どもたちが無邪気にポーズを取っている姿を見ながら、やりようによっては、東京大会ももっと好意的に日本社会に受け入れられていたのではないか、という気がしました。何度か紹介していますが、JOC理事、山口香さんの「応援したかった人が大勢いたにもかかわらず、あえて敵をつくるやり方をしてきたことが残念だ」との言葉をあらためて思い出します。