尾身会長発言に「言葉が過ぎる」と話した「自民幹部」とは誰か~政治報道の匿名多用への疑問

 政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身茂会長の一連の発言を巡る前回の記事の続きです。テーマがマスメディアの政治報道のありようになるので、別の記事にすることにしました。

 尾身会長の発言を巡る報道の中で、気になる記事がありました。
 朝日新聞は4日付朝刊で、尾身氏の発言が与野党に波紋を広げていることを伝えています。紙面では総合面の3面に「パンデミック中の開催『普通ではない』/自民に不快感 野党は評価」の見出しで掲載されています。ネット上の朝日新聞デジタルでは、以下のような見出しです。
 ※朝日新聞デジタル「尾身氏『普通はない』発言、自民幹部反発『言葉過ぎる』」=2021年6月4日
 https://www.asahi.com/articles/ASP6364P8P63UTFK01G.html

www.asahi.com

 気になるのは、公明党の北側一雄・中央幹事会会長、共産党の志位和夫委員長、国民民主党の玉木雄一郎代表はそれぞれ顕名でコメントを紹介しているのに対し、自民党だけは「自民幹部」の表記になっていることです。
 「自民幹部」のコメントとして「ちょっと言葉が過ぎる。(尾身氏は)それ(開催)を決める立場にない」「(首相は五輪を)やると言っている。それ以上でも以下でもない」と紹介し「不快感をにじませた」と伝えています。科学的な知見を持つ専門家の直言を政治家、それも政権党の「幹部」が「言葉が過ぎる」と受け止める感覚に、わたしは危うさを感じます。政治と科学、政治と科学者の問題を考える上で、極めて重要な発言ですし、日本学術会議の非任命問題とも根っこでつながってくる問題です。政府や首相に対して「忖度しろ」と言っているようにも受け取れます。しかし、その発言の主がだれなのか、記事からは分かりません。「自民幹部」の氏名と職責・立場には少なくないニュースバリューがあります。この「自民幹部」は顕名で報じるべきではないのか、と思いました。同様の意見はSNS上でも目にします。

 同じ「言葉が過ぎる」とのコメントは、時事通信の配信記事にもありました。

 ※時事ドットコム「尾身氏『五輪』発言、野党は賛同 与党、首相の説明要求も」=2021年6月3日
 https://www.jiji.com/jc/article?k=2021060300999&g=pol

 立憲民主党の安住淳国対委員長、国民民主党の玉木雄一郎代表、共産党の志位和夫委員長のコメントを紹介した上で、以下のように続きます。

 これに対し、自民党幹部は「(尾身氏は)言葉が過ぎる。それを言える立場ではない」と不快感を隠さない。ただ、公明党の北側一雄中央幹事会長は会見で「首相は国民に改めて、なぜ五輪を開催するのか、説明をしっかりやってもらいたい」と述べた。

 朝日新聞と時事通信の記事は、顕名の政党幹部のコメントはいずれも記者会見や公式の場での発言であることが共通しています。対して「自民幹部」のコメントはそうした場での発言ではなく、記者の質問に答えたもののようです。そして、同じようなことを話した幹部が別々に2人いた可能性もゼロではないかもしれませんが、内容から察するに朝日新聞の記者と時事通信の記者が同じ「自民幹部」に取材していた、と考える方が自然です。両社の記者を含めて複数の記者が一緒に取材(マスメディアの内部では「並び取材」というような言い方をしたりします)していた可能性もあるかもしれません。
 推測交じりではあるのですが、以上のことを踏まえて考えると、「自民幹部」を匿名のまま記事にしたのは、個々のメディア、個々の記者やデスクの判断の問題というよりも、マスメディア全体の政治報道の構造的な要因の問題であるように思います。新聞の総合面や政治面、さらにはテレビニュースにも、同様の匿名表現の記事は少なくないからです。
 政治報道に限ったことではありませんが、発言の主を明らかにできないケースはもちろんあります。しかし、本来は個々の事例をよく検討して、必要性をよくよく考えた上でマスメディアが判断するべきです。記者会見や公式の場以外での政治家の発言を匿名で扱うことが、どのマスメディアでも半ば慣行になっていないでしょうか。だとしたら、見直しを検討すべきだと思います。仮に取材相手が匿名を条件にしてきても、顕名で応じるよう求める、そういう努力も必要です。

 匿名による報道、つまり情報源の秘匿が認められるのは、だれが取材に応じているのかが分かってしまうと不利益な扱いを受ける恐れがある、ひいては取材で証言を得られなくなることが危惧される場合などです。記事の信頼性を担保するために、本来は情報源は明記すべきです。情報源の秘匿は限定的な運用にとどめるべきです。複数の記者が政権党の幹部から同じ話を聞いているようなケースで、どこまで必要性があるでしょうか。
 政治報道の匿名表現については、安倍晋三前首相の「桜を見る会」を巡る疑惑についてのこのブログの以前の記事でも具体的に触れました。事件事故報道では犯罪被害者を実名で報じることに対して、マスメディアは厳しい批判に直面しています。他方で匿名が多用されている状況は、情報の受け手である社会の人たちにどう受け取られるでしょうか。マスメディアはそういうことも考えなければいけない時期です。
 https://news-worker.hatenablog.com/entry/2020/12/24/095916

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