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「明確なストーリー」も「リスクの最小化」もなかった菅首相~五輪まで6週間、党首討論 在京紙報道の記録

 菅義偉首相と野党党首による党首討論が6月9日午後、国会で開かれました。最大かつ唯一のテーマは、新型コロナウイルス禍と東京五輪であり、この状況であっても開催することの意義や、「安全・安心」の具体策を菅首相がどう説明するかに注目しましたが、質疑がかみ合うことはなく、論戦とは程遠い内容に終わってしまいました。10日付の東京新聞朝刊1面トップ記事は、「五輪リスク 首相答えず」「コロナ禍 開催理由明示なく」の見出しとともに、以下のようなリードになっています。テレビで中継を見たわたしの受け止めに近く、共感を持って読みました。

 菅義偉首相と野党4党首による党首討論が9日、開かれた。首相は、新型コロナウイルスの感染リスクが高まるのに東京五輪・パラリンピックを開催する理由を問われたが直接答えなかった。「安全、安心な大会」の定義も明確に示さず、感染拡大を防ぐ備えについても具体的に説明しなかった。

 政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身茂会長は先週の国会審議で、この状況で五輪を開催しようとすることに対して「何のために開催するのか、明確なストーリーとリスクの最小化をパッケージで話さないと、一般の人は協力しようと思わない」と指摘していました。開催に積極的な全国紙の社説も、開催の意義を明確にするよう求めていました。その意義をどんな言葉で説明するか、菅首相に準備の時間は十分にあったはずなのですが、57年前の1964年東京大会の感動をもう一度、と、ノスタルジックな個人の思いを長々と口にしただけでした。「東洋の魔女」に「回転レシーブ」、「アベベ」に「ヘーシンク」…。まさかそんな話を聞かされるとは、思ってもいませんでした。
 あらためてカレンダーを見てみれば、7月23日の五輪開幕までもう6週間しかありません。菅首相に「がっかり」「残念」というよりも、この時期になっても「安全・安心」があいまいなままの状況に「大丈夫か」と不安が募ります。この政権は人の命を守れるのでしょうか。
 菅首相は選手たちのすばらしいプレーを子どもたちに見せたい、というようなことを話しました。いや、子どもたちには、今このときの大人たちの様子をしっかり見ておいてほしいと思います。コロナ禍で五輪を開催することに対して、公衆衛生の専門家から次々に疑念が指摘され、世論もまた懐疑的、少なくとも開催支持が圧倒多数ではなく、よくてせいぜい賛否二分という状況なのに、なぜ開催強行の流れは止まらないのか。これからの6週間のことは後世、教訓として生かせるように、記録と記憶に残していくべきだろうと思います。

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 さて、この党首討論のことを翌10日付の東京発行の新聞各紙はどう伝えたか、記録しておきます。既に何度も触れていますが、東京発行6紙のうち、東京新聞以外の5紙は発行元の新聞社が東京五輪の公式スポンサーです。わたしは、コロナ禍での五輪開催にどんな意義があるのかについて、菅首相が個人のノスタルジー以上のことは語らなかったこと、大会の「安全・安心」の具体的な説明もしなかったことが最大のニュースだと思ったのですが、同様のニュース判断をしたのは冒頭で紹介した東京新聞だけだったようです。
 他紙は、10月から11月にはワクチン接種を終えたい、との菅首相の発言をニュースととらえたようです。毎日、読売、日経、産経の4紙が主見出しに取っており、朝日も脇見出しに入れています。確かに、ワクチン接種がいつ終わるかはニュース性のある発言ですが、根拠を積み上げてのことなのかどうかは不明であり、見通しの確実さには一定の留保が必要であるように思います。
 総合面では、朝日新聞、毎日新聞は「首相答えず 自説延々」(朝日)、「首相 正面から答えず」(毎日)と、内容に乏しい首相発言に批判的なトーンですが、読売新聞、日経新聞、産経新聞はそれほどでもありません。
 朝日新聞と産経新聞の社会面では、政府のワクチン大規模接種会場の予約がガラ空きになっているとの記事が目を引きました。広域から高齢者を都会の真ん中に集める発想自体に無理があるのでは、と計画が明らかになった当初から思っていました。菅首相は党首討論で、ワクチン接種が軌道に乗ったと強調しましたが、実態はどうなのか。やはり検証が必要であり、それはマスメディアの役割でもあると思います。

 以下は各紙の10日付朝刊に掲載された党首討論や五輪、コロナ禍に関する主な記事の見出しです。

【朝日新聞】
・1面
 トップ「内閣不信任案 野党が検討/首相、補正予算編成や国会延長せず/首相『10~11月には接種終えたい』/2年ぶり党首討論」
 「五輪向け追加対策『必要』/尾身氏、厚労委で言及」
・2面
 時時刻刻「首相答えず 自説延々/ワクチン連呼し64年五輪の思い出/枝野氏『五輪・リバウンド、危機感ない』」「迫る衆院選 双方アピール狙う」
・3面
 「東京臨海部 1日最大6.8万人試算/本社調べ 五輪期間に想定上限の観客数なら/チケットなし来訪でさらに増加も」
・社会面
 「接種 大規模より近場?/政府会場の予約 東京8割・大阪7割に空き/想定大幅に下回る自治体も」/「高齢、遠方、電車乗り換え…感染懸念/地元志向の人は」
・第3社会面
 「党首討論 どう響いた?/苦境の店『言葉に重みが…』」
 「不安払拭の好機 生かせず」成蹊大・高安健将教授/「思い出語り いまじゃない」若者の政治参加促す能條桃子さん

【毎日新聞】
・1面
 トップ「『10~11月に接種完了』/コロナワクチン 首相、全希望者に/党首討論」/「1日100万回 首相が強調」
 「高齢者接種 1000万回/本格化1カ月 26%が1回目終了」
・2面
 焦点「首相 正面から答えず/Q緊急事態解除は ワクチン新目標強調/Q東京五輪開催は 64年の思い出話披露」「野党、対決姿勢鮮明」
・社会面
 「寝たきり高齢者 置き去り/ワクチン接種『会場行けぬ』/対策 国は自治体任せ」

【読売新聞】
・1面
 準トップ「首相『接種11月完了』/コロナワクチン 月内4000万回超え/党首討論」
・3面
 スキャナー「接種加速 首相に自信/枝野氏へ逆質問・五輪思い出6分間」「進む形骸化 開催2年ぶり」
・4面
 「野党、不信任案協議へ/枝野氏、提出明言避ける」/「枝野氏へ自民から疑問/『都内感染50人まで緊急事態』」/「首相『接種1日100万回達成』/官房長官『過去分も含む…』」
・社会面
 「一般接種へ準備着々/行政 開始前倒し進む/職場 会場の動線確認/大学 メール希望調査」

【日経新聞】
・1面
 「首相『接種10~11月完了』/党首討論 月内に4000万回超す」
 「全国から予約可能/国の大規模接種 空き8割/電話窓口設置」
・3面
 「五輪・コロナ 強気の首相/首相『開催へ安全対策徹底』/枝野氏『リスク認識が不十分』」/「2年ぶり党首討論/首相『接種拡大、対策一変』/枝野氏『30兆円補正 早期に』」
・社会面
 「猛暑・コロナ対策 どう両立/・合宿中止、気候順応に難 ・日よけテント、密リスク/五輪関係者ら苦悩」

【産経新聞】
・1面
 「首相『接種、11月で完了』/初党首討論 五輪意義を強調」
・2面
 「党首討論 議論かみ合わず/首相攻めるも野党とズレ」
・3面
 「大規模接種 空き9割超/自治体加速でセンター離れか」
・社会面
 「マスク児童 襲う熱暑/学校 熱中症リスク警戒/各地で連日『真夏日』」

【東京新聞】
・1面
 トップ「五輪リスク 首相答えず/コロナ禍 開催理由明示なく/『安全安心』あいまい/初の党首討論」/「『1日100万回』実数未確定」/「『全国民接種 11月までに』」
 「『大事なのは人々の納得感』尾身会長/政府へ対応求める」
・2面
 核心「首相 また『ゼロ回答』/論点をずらし 成果のみ強調/野党ガード崩せず 国民の疑問解けぬまま」