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組織ジャーナリズムに身を置き40年余

祭りは終わっても、コロナ感染爆発は続く~東京五輪・在京紙の報道の記録⑪8月6日付、7日付

 東京発行の新聞6紙(朝日、毎日、読売、日経、産経、東京)が東京五輪をどのように報じたか、その記録です。各紙の朝刊1面が中心です。

【8月6日付、7日付】
 新型コロナウイルスの日本国内感染者が8月6日、100万人を超えました。50万人に達したのは、昨年1月の最初の確認から1年3カ月後の今年4月上旬。その後4カ月で倍増です。東京都では7日、新たな感染者は4566人でした。4日連続で4000人超です。全国でも1万5753人で、4日連続で最多を更新しています。爆発的な感染拡大が続いています。
 この状況でも東京五輪は、一部の競技でスケジュールを変更しつつも予定通りに実施。「地の利」もあってか日本選手のメダル獲得も続きました。
 7日午前6時からは札幌市で、女子マラソンが行われました。沿道での観戦の自粛が呼びかけられましたが、やはり「密」状態が発生したと報じられています。本州から“観戦”に行った人もいるようです。
 ※NHK北海道 NEWS WEB「沿道での観戦自粛呼びかけの中 札幌で女子マラソン開催」
  https://www3.nhk.or.jp/sapporo-news/20210807/7000037205.html

www3.nhk.or.jp

 8日の最終日は同じく札幌市で男子マラソンが実施。夜の閉会式で、五輪の祝祭感は最高潮に達するのでしょうか。
 東京発行の新聞各紙のうち全国紙5紙は、6日付、7日付の紙面でも五輪の扱いに変化はありませんでした。コロナの感染急拡大というフェーズの変化があっても、一部の紙面は「今は五輪を楽しむ時だ」と言わんばかりに1面での大きな扱いが続きました。
 自然災害では、例えば地震後の津波や豪雨による河川の急激な増水、がけ崩れなどの危険が差し迫っている際には、マスメディア、特にテレビは強い言葉で避難を繰り返し呼びかけます。そうしないと、人々の避難行動が遅れかねないからです。このコロナ禍は医療機関への圧迫が強まり、通常の医療が機能しなくなる恐れがあるという意味で、自然災害と同じように人命が危険にさらされています。なのに、一方で五輪の日本選手の活躍が、場合によってはコロナ禍よりも大きく報道され続けています。
 神戸大大学院教授の岩田健太郎さんは、以下のように指摘しています。

 感染症は本当にやっかいで沢山の人が苦しんでいても危機感を共有しづらいです。地震が東京を襲い、瓦礫の下で9700人の人が怪我して閉じ込められて病院にいけなくなったら都民は全員驚愕して楽しい気持ちなどゼロになることでしょう。が、9700人のCOVID患者が自宅で苦しんで治療を受けられなくても誰も気づかないし、楽しく生活を続けられるのです。5月に医療崩壊した大阪や神戸もそんな感じでした。だから、せめてテレビなどではそういうアラートネスを繰り返し出すべきだったのですがtoo late。いや、今からでも。

 https://www.facebook.com/iwata.kentaro.1/posts/4826065217423391

 祭りの高揚感が去った後、わたしたちの社会にはどんな光景が広がるのでしょうか。危機意識の共有に寄与できなかったと指摘されるかもしれないメディアは、何をどう報じればいいのでしょうか。

 岩田さんはインタビュー記事の中で、以下のようなことも話しています。

 現状を改善するためには、五輪に参加した選手から国民にメッセージを発信してもらったらどうでしょうか。
 アスリート仲間のために、パラリンピックが中止にならないよう、「パラリンピックを安全に開くために、お願いですから外出は控えて下さい」と発言してもらうのです。政治家や専門家の発言よりずっと人々に伝わる可能性が高いと思います。

dot.asahi.com


 ■最後まで尊大なIOC、バッハ会長
 気になる発言がありました。IOCのバッハ会長が8月6日、東京で記者会見し、新型コロナの感染拡大が続く中で開催された大会は成功を収めたとの見解を示したとのことです。
 ※共同通信「バッハ会長、五輪は『成功』 『日本人は受け入れた』」
 https://nordot.app/796336206532575232

nordot.app

 無観客開催でも「選手が魂を吹き込んだ」とし「日本選手の力強いパフォーマンスも成功に貢献した」と続けた。
 日本国民の9割がテレビなどで五輪を見たとのデータを根拠に「日本人が五輪を支持し、受け入れていると結論付けられる。これは感触ではなく事実だ」と指摘した。

 「これは感触ではなく事実だ」。そうでしょうか。テレビで中継されている競技を見ることと、五輪開催を支持し受け入れることとは必ずしも結びつきません。開催が強行されたことへの疑問と、技を競った選手たちへのリスペクトとは両立し得ます。
 IOCとしては「失敗」はあり得ない、想定の中に「失敗」は最初からないのだと思いますが、あまりにも稚拙で強引、粗野な総括です。
 バッハ会長は会見後、マラソンが行われる札幌市に移動したとのことです。東京は緊急事態宣言下です。都県境をまたぐ移動は自粛が求められています。これまでも広島訪問があり、迎賓館での歓迎会という会合もありました。五輪はどこまでも特別扱いです。この6日の記者会見での発言は、バッハ会長とIOCの尊大なイメージを一層印象付けています。大会を通じて、IOCの拝金体質、五輪の理念と大会組織委の実情の乖離などが次々に可視化されました。五輪に対する日本社会の人々の視線は相当に厳しくなっているように思います。

 ■あいさつ読み飛ばし
 6日は広島の「原爆の日」でした。平和祈念式の平和宣言で松井一実・広島市長は、日本政府に核兵器禁止条約の締約国となるよう求めました。しかし菅義偉首相は式典でのあいさつでは同条約に触れず、式典後の会見で条約参加を否定しました。
 この菅首相のあいさつで、原稿の一部を読み飛ばすという異例、異常な出来事がありました。核廃絶に向けた日本の基本的な立場や姿勢を示した部分でした。菅首相は会見で陳謝したとのことですが、うがった見方をすれば、核廃絶に尽力するつもりがないことが、こうした形でも示された、ということかもしれません。

 6日夜になって、おかしな話が出回りました。真偽不明だと思います。
 ※毎日新聞「首相の読み飛ばし 原因は『原稿がのりでくっついてはがれず』」
  https://mainichi.jp/articles/20210806/k00/00m/010/462000c

mainichi.jp

 複数枚の原稿をのりで1枚につなぎ合わせ、蛇腹折りにしていたが、のりが一部はみ出して紙同士がくっつき、首相が開く際に剥がれなかったためにその箇所を読み上げられなかったとみられる。

 ※共同通信「首相の原稿、のりでめくれず 広島式典の読み飛ばし」
  https://nordot.app/796351217012948992

nordot.app

 原稿は複数枚の紙をつなぎ合わせ、蛇腹状にしていた。つなぎ目にはのりを使用しており、蛇腹にして持ち運ぶ際に一部がくっついたとみられ、めくることができない状態になっていたという。

 仮にその通りだとしても、そして理由はどうであれ、菅首相は意味を追いながら読んでいたのではなく、漫然と、ただ文字を発音していた疑いがあることに変わりはありません。つまりは、核廃絶をどこまで真剣に考えているのか極めて疑問です。
 あいさつの冒頭では「広島」を「ひろまし」と、「原爆」を「げんぱつ」と言い間違えていたことも、首相官邸のサイトにアップされている動画から分かります。健康上の要因なのかと、そんなことも考えてしまいます。
 ※「令和3年8月6日 広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式あいさつ」
 https://www.kantei.go.jp/jp/99_suga/statement/2021/0806hiroshima.html

www.kantei.go.jp

 テキストでは首相が読み上げなかった部分を含めた“全文”が掲載されています。これだけを見ると、何もトラブルはなかったかのようです。

 ■政治報道は「匿名」原則なのか
 「のり」のことは、わたしは真偽不明だと考えています。その点に関連して思うのは、毎日新聞、共同通信の記事で、なぜ取材先が匿名なのか、です。毎日新聞は「複数の首相周辺」、共同通信は「政府関係者」です。読み飛ばしにあまりにも批判が強いために、いわば首相を擁護するために流布しようとした話のように思えます。共同の記事では、この政府関係者は「完全に事務方のミスだ」と釈明しています。「首相は悪くない」というわけです。
 情報源を匿名にするのは、不利益を受けるのを防ぐためです。公務員が職務上の守秘義務違反を問われるリスクを犯してでも、社会に有益な情報を取材記者に提供するような場合であり、典型的には内部告発です。この「のり」の件はそういう事例ではありません。
 毎日新聞や共同通信だけの問題ではありません。新聞の政治報道には、他の分野に比べても匿名情報が目立ちます。記者会見やインタビュー以外の取材は、匿名とするのがルールになっているかのようです。
 同じ新聞記事でも、事件事故の記事スタイルは繰り返し論議され、批判を受けてきました。ここ数年来、感じていることですが、政治記事もメディアの側から見直す動きがあっていいように思います。

 以下、6日付、7日付の在京各紙の1面記事の記録です。

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◎8月7日付
▼朝日新聞
①「被爆76年 広島は問う/核禁条約発効 市長『参加を』 首相触れず/首相『核なき世界へ努力』読み飛ばす」
②「国内感染 累計100万人/重症197人増え1020人に」
③「小田急車内で切りつけ/9人負傷 逃走の男確保」
④「喜友名『金』空手形/向田『金』レスリング」/「小さくても3点シュートがある/バスケ女子 初の決勝へ」
▼毎日新聞
①「国内感染100万人突破/新型コロナ 8日間で10万人増」
②「小田急車内 乗客刺される/9人けが 30代容疑者確保」
③「菅首相 核禁条約不参加を明言/広島原爆の日」
④「空手形・喜友名『金』/レスリング女子・向田も/バスケ女子が『銀』以上確定」
▼読売新聞
①「喜友名『金』/空手・形 初代王者」「向田『金』レスリング」「バスケ女子初メダル 『銀』以上」「野中『銀』、野口『銅』クライミング」
②「コロナ感染 計100万人超/50万人から4か月で」
③「広島 76回目原爆忌」
▼日経新聞
①「接種進捗が示す医療効率/かかりつけ、大病院と連携/山口・和歌山、全世代で先行」データで読む 地域再生
②「在宅医療機器を増産/ダイキンや帝人」
③「第一生命 豪生保買収へ/730億円 成長市場で足場固め」
④「空手・喜友名が金/レスリング向田も」
▼産経新聞
①「進む米台軍事協力 日本も防衛対話を/台湾海峡有事」寄稿:渡辺金三・日台交流協会前安保主任
②「喜友名『金』空手 男子形 向田『金』レスリング女子53キロ級/野中『銀』 野口『銅』クライミング女子複合」
③「広島原爆76年 祈り深く/核禁条約 発効後初めて」
④「国内感染累計100万人超」
▼東京新聞
①「40度1週間でも入院できず/コロナ自宅療養 過酷な実態/経過観察する鎌倉の看護師ら奔走/『患者増 対応できていない』」
②「核禁止条約 早期批准を/首相、参加を否定/広島 原爆の日」つなぐ戦後76年
③「『シフト制』問題 司法の場へ続々/パートなど休業補償求め」コロナ禍 どう守る 仕事暮らし

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◎8月6日付
▼朝日新聞
①「都の医療『緊急時体制へ』/専門家 新規感染5000人超す/『2週間後に1万900人』試算」
②「緊急事態の全国拡大 否定/首相 まん延防止8県追加決定」
③「広島 きょう被爆76人」
④「川井梨 2大会連続『金』レスリング」
▼毎日新聞
①「厚労相『中等症は原則入院』/対象は東京 政府が修正文書/専門家『全国に宣言を』」/「まん延防止8県追加」/「飲み薬 年内申請目指す/塩野義社長 200万人分供給体制へ」
②「きょう76回目 広島原爆の日」
③「レスリング川井 姉妹で金/メダル46個 最多更新/卓球女子団体銀」
▼読売新聞
①「中等症『原則入院』に/政府 療養方針を明確化/まん延防止13道府県 8県追加決定」/「東京観戦5000人超す/全国1万5000人」
②「川井梨連覇/レスリング姉妹『金』/日本メダル最多46」「卓球女子『銀』」「清水『銀』空手・形」「池田『銀』競歩20キロ」
▼日経新聞
①「IT・部品、進む中国依存/十五品目でシェア3割超 20年世界調査/供給網見直し難しく」
②「自宅療養は東京中心/『まん延防止』8県追加決定」
③「共通通貨ケインズの夢/中銀7割 デジタル化研究」通貨漂流 ニクソン・ショック50年(5)
④「川井梨『金』/レスリング、姉妹で」
⑤「ホンダ早期退職2000人超/世代交代推進 EV・自動運転シフト」
▼産経新聞
①「中等症も原則入院/政府 コロナ療養方針 明確化」「8県追加決定 蔓延防止」/「都内感染5000人超す 連日最多」
②「川井梨 五輪連覇/レスリング 姉妹で『金』/池田『銀』山西『銅』男子20キロ競歩」「卓球女子『銀』」
▼東京新聞
①「首相 言葉響かず/発信に『失敗』 専門家が代弁」民なくして 2021年夏
②「都 中等症の入院継続/政府方針変更でも基準維持」/「東京5000人超/感染最多 重症者20人増/1都3県で9000人超」「首相『対策を徹底』 政治責任言及せず」