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どこまでも「別世界」~亀裂の修復これから: 東京五輪・在京紙の報道の記録⑫8月8日付、9日付

 東京発行の新聞6紙(朝日、毎日、読売、日経、産経、東京)が東京五輪をどのように報じたかの記録です。各紙の朝刊1面が中心です。

【8月8日付、9日付】
 東京五輪が8月8日、終わりました。閉会式をテレビの中継で見ました。終わり近く、大会実行委員会の橋本聖子会長と、IOC(国際オリンピック委員会)のトーマス・バッハ会長のあいさつを聞きながら、その内容が徹頭徹尾、内輪の褒め合いであることに「この五輪大会はどこまでも『パラレルワールド』なのだな」との思いを深くしました。
 大会開会から1週間の7月29日、記者会見したIOCのマーク・アダムス・スポークスパーソンは、五輪開催と東京都の新型コロナウイルス感染者急増は無関係だと強調して、こう言い切っていました。
 「五輪関係者は最も頻繁に検査されており、パラレルワールド(別の世界)みたいなものだ。われわれから感染を広げていることはない」
 ※共同通信「五輪は国内感染広げずとIOC 『別の世界』と幹部が強調」=2021年7月29日
 https://nordot.app/793327571172491264

 感染防止策を徹底していることを強調しようとした言い回しであることは承知しています。しかし、この大会と日本社会のかかわりのありよう全体をひとことで表すのに、「パラレルワールド」「別の世界」ほど、ぴったり当てはまる言葉もないように感じます。

 ■感染者急増でも「打ち切り」オプションなく
 開会式が開かれた7月23日の東京都の新規感染者は1359人でした。それが会期中の8月5日には5000人を超えました。しかし、競技場では何事もないかのように競技が続きました。大会打ち切りや会期の短縮は話題にすらなりませんでした。
 事前に感染症の専門家らからは、パンデミックの下で五輪のような国際大イベントは普通はやらない、との指摘がありました。すったもんだの末に無観客が決まりましたが、開催中に日本社会で感染爆発が起きたらどうするのか、との疑問への答えは、大会組織委からも日本政府からも示されないままでした。途中で打ち切るオプションはあるのか、ないのかすら、はっきりしていませんでした。
 実際に日本社会では爆発的な感染者増が起きたのですが、菅義偉首相も小池百合子東京都知事も、実行委もIOCも、五輪開催との関連はかたくなに否定しました。その可能性を疑ってみようとすらしない姿勢は、粗雑で乱暴と言わざるを得ません。日本の政治リーダーや大会主催者サイドのこうした姿勢もまた、五輪大会が「別の世界」の出来事であることの一つの側面だったのかもしれないと、今になって感じます。
 感染者急増で医療のひっ迫が増し、変異株の感染力の強さに対抗するにはワクチンだけでは不十分、人と人の接触を避けるしかないと、だれしも少し考えれば理屈は分かるはずです。しかし実際には五輪開催と日本選手の活躍による高揚感が「自分は大丈夫」との気の緩みを招いている可能性がありました。
 現に、札幌市で行われた競歩とマラソンでは、沿道で見物や応援の人でごった返す場所もあったと報じられています。本州からの旅行者もいました。閉会式でも派手な花火が何発も上がり、国立競技場周辺にはやはり大勢の人出がありました。
 連日、コロナ感染者の急増が速報ニュースとして大きく報じられる一方で、日本選手のメダル獲得がこれまた負けずに大きく報じられる。わたしには違和感が絶えない17日間でした。
 五輪大会のすべての種目を予定通りにやり終えて、放送権料収入に何ら影響がなかったIOCは「すべてめでたし」。バッハ会長が上機嫌で繰り返し日本と日本国民を持ちあげて見せたのも、満足感からでしょう。菅首相と小池知事には、特例で五輪功労章の金章授与を決めたことも報じられました。どこまでも王侯貴族さながらの振る舞いが目に付きました。
 しかし、わたしたちの社会には巨額の経費の問題が残されています。無観客としたことによって、当てにしていた900億円とされる入場券収入の穴埋めをどうするかは切実です。何よりも、コロナの感染者増は医療を崩壊の瀬戸際にまで追い込んでいます。

 ■公式スポンサーと新聞

 大会期間を通じて、東京発行の新聞6紙の報道を、1面の紙面づくりを中心にウオッチしてきました。6紙のうち東京新聞をのぞく5紙(朝日新聞、毎日新聞、読売新聞、日経新聞、産経新聞)は、発行新聞社がそろって大会公式スポンサーに名前を連ねています。9日付の各紙の朝刊は、五輪大会閉会がそろって1面トップでした。
 目を引いたのは読売新聞です。開会式を報じた7月24日付朝刊に続いて、1面と最終面(26面)を閉会式の日本選手団の大きな写真でつないだ異例の紙面です。紙面の下3分の1は大会公式スポンサーの日本企業10社が名を連ねた「ありがとう。オリンピアのみなさんに、それぞれの観客席より。」の大きな広告が占めています。この特別な1面~最終面に掲載されている記事も広告も、すべて競技、競技場の中でのことです。「逆境越え 世界に希望」の見出しが付いた編集委員の署名評論は「日本は何を得たのだろう」と自問した後、次のように結んでいます。

 逆境の中、期待した形から変わってしまっても五輪開催という約束を貫いた、そんな日本への信頼と敬意を多くの海外の関係者が口にした。『これほどの努力を払った開催都市を他に知らない。金メダルに値する』(2024年パリ大会組織委エスタンゲ会長)。曲折はあったが、選手たちの舞台を作り、世界に希望を届ける手伝いはできた。それは心から誇りたいと思う。

 大会期間を通じて、日本選手のメダル獲得を何よりも大きく扱う紙面が際立っていたのが読売新聞と産経新聞です。7月24日付から8月9日付まで、朝刊発行が17回ありました。このうち、両紙がそろって五輪を1面トップにしたのはほぼ半数の8回。どちらかが1面だったのも6回で、両紙とも1面トップから外れたのは3回だけでした。
 パンデミック下でありながら、そして日本社会で感染が爆発的に増えても、ぶれることなく日本選手のメダル獲得を最大ニュースとして扱う方針について、従来通りの五輪報道だと考えていたのですが、今は「なるほど、これも『別世界』だったのか」という気がしています。
 コロナとの関連で、大会期間中から読売、産経両紙には他紙と比べて顕著な違いがありました。日本での感染急拡大と五輪開催とのかかわりを、一切認めなかったことです。高揚感や祝祭感といった心理的な側面、要因は、わたしが見ていた範囲では紙面で言及もありませんでした(わたしの見落としの可能性は否定できませんが)。
 大会公式スポンサーの役割が五輪と参加選手をだれよりも応援する、大会を盛り上げることに寄与することであるなら、読売、産経両紙は、同じスポンサー社発行のほかの3紙よりもスポンサーの立場に忠実だったのかもしれません。

 ■選手たちへの感動、共感と、舞台装置への冷めた視線と
 9日付の在京各紙の1面掲載記事の中で、もっとも印象に残るのは日経新聞の「続『1964』夢と現実」との見出しの論評です。署名は「論説委員会 大島三緒」。競技会の運営自体は長丁場をよく乗り切り、地の利があったにせよ日本選手の活躍も目覚ましかったとしつつ、以下のように指摘します。「1964」は1964年の東京五輪大会のことです。

 しかし、それでも「1964」がもたらしたような多幸感は社会に見いだせない。聖火が消えて、コロナ禍の日常に引き戻されるだけでなく、そもそも往時との差があまりにも大きいのである。
 この大会をなぜ、なんのために開催するのか。問われ続けた大義は曖昧なまま現在に至る。通奏低音として流れていたのは、やはり64年の再来を望む意識だろう。五輪の呪縛が、政治家や官僚を捉えて離さないともいえる。
 このパンデミックは、そういう幻想をゆるがせた。続「1964」への疑念は名古屋や大阪への招致時にも生じていたが、コロナ禍はそれを噴出させた。人々は競技に感動しても、五輪という仕掛けには酔っていない。

 テレビで閉会式が中継されていたさなかの8日夜、朝日新聞社が7、8両日に実施した世論調査の結果が同紙サイトにアップされました。五輪開催は「よかった」が56%、「よくなかった」は32%でした。一方で菅内閣の支持率は発足以来の最低を更新して28%。不支持は53%です。
 ※朝日新聞デジタル「内閣支持率28% 発足後最低を更新 朝日新聞世論調査」
  https://www.asahi.com/articles/ASP8865HHP86UZPS002.html

www.asahi.com

 TBS系列のJNNが7、8両日に実施した調査でも同じ傾向が出ています。
 ※TBSニュース「JNN世論調査、五輪開催『よかった』61% 内閣支持は過去最低」
  https://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye4332567.html

news.tbs.co.jp

 7月の朝日新聞の世論調査では、五輪開催に対して「反対」55%、「賛成」33%でした。五輪開催の強行にさまざまな疑念を持ちながらも、始まってしまえば選手を応援するのは、別におかしなことでも悪いことでもありません。終わってみて「五輪開催はよかった」と考える人が多数派になりました。しかし、「五輪ありき」を推し進めた菅政権の支持回復には結び付いていません。
 世論の反対を押し切って五輪開催が強行されたために、日本社会には亀裂が残っていると感じます。ツイッター上では、開催を評価する意見と批判する意見とが、およそ交わることが望めないほどに激しい調子で飛び交っています。この亀裂をどう埋めていくのか。選手たちへの感動や共感と、五輪という舞台装置への冷めた視線の意味を合わせて読み解きながら、亀裂の修復を図っていかなければなりません。そこにマスメディアの次の役割もあるだろうと思います。新聞と新聞社で言えば、そのためにはまず、全国紙の発行元がそろって公式スポンサーに名を連ねたことの検証が必要だろうと思います。

 以下、在京各紙の9日付と8日付の1面記事の記録です。

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◎9日付
▼朝日新聞
①「東京五輪閉幕/日本メダル最多58」/「負の遺産 すべて洗い出して」志方浩文・東京本社スポーツ部長
②「菅内閣支持28% 最低/五輪開催『よかった』56% 本社世論調査」
③「長崎原爆投下 きょう76年」
▼毎日新聞
①「異形の五輪 閉幕/無観客・コロナ拡大・酷暑/メダル最多58個」/「バスケ女子・自転車梶原 銀」/「意義と教訓 次世代に」小坂大・東京五輪・パラリンピック報道本部長
▼読売新聞 ※1面~最終26面
①「東京五輪閉幕/コロナ禍 延期・無観客/メダル最多58個」/「バスケ女子『銀』」「梶原『銀』オムニアム」/「逆境越え 世界に希望」結城和香子・編集委員

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▼日経新聞
①「コロナ下 世界と共に/東京五輪 閉幕/異例の夏 未来へ糧」/「続『1964』夢と現実」大島三緒・論説委員会
②「特許料、来年度上げ/最大5500円 中国文献増で審査費膨張」
③「高額プラン優遇撤廃/携帯大手3社の販売店評価」
▼産経新聞
①「東京五輪閉幕 未来へ遺産/『金』27、総数58個 メダル 史上最多/バスケ女子 歴史的『銀』」/「コロナ禍乗り越えた底力」金子昌世・運動部長
②「蔓延防止8県追加/都内感染 日曜最多4066人」
▼東京新聞
①「東京五輪閉幕/代償と伊丹 未来への『火』に」ルポ コロナ禍のオリンピック
②「東京の新規感染 初の週平均4000人」

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◎8日付
▼朝日新聞
①「水面下 ワクチン外交/日本は供給国3位、まず台湾に」経済安保 米中のはざまで
②「野球『金』正式競技で初」/「須崎・乙黒拓『金』 レスリング」
③「重点措置追加の県 人出減/東京、自宅療養増 1万8444人」
▼毎日新聞
①「東洋の魔女 孤高の闘い/栄光の象徴 自ら避け」迫る 64年五輪 出番なかった「金」※3面に続く
②「野球 日本が金/レスリング乙黒拓、須崎も」
▼読売新聞
①「野球『金』/正式競技で初 米破る」「須崎・乙黒拓『金』レスリング」
②「『逃げ場ない電車狙った』/容疑者供述 無差別襲撃か 小田急切りつけ」
③「全国感染1万5753人 4日連続最多」
▼日経新聞
①「中国AI研究 米を逆転/論文の質・量や人材で首位」チャートは語る
②「企業業績、回復一段と/今期35%増益 上方修正1兆円超」
③「侍ジャパン『金』」「東京五輪きょう閉幕」
④「排出枠売買 企業に仲介/みずほ 脱炭素へ世銀と」
▼産経新聞
①「50代接種 都内進まず/本紙23区調査 5割未満14区/ワクチン不足響く」/「東京の入院患者 最多」
②「侍ジャパン『金』/野球 正式競技で初」「レスリング 乙黒拓・須崎『金』」
③「極超音速兵器 無人機で探知/防衛省検討 中露ミサイルに対処」
▼東京新聞
①「コロナ病棟『災害級』緊迫/防護服・患者次々…疲労色濃く 千葉大病院ルポ」
②「国内感染 4日連続最多/まん延防止 8県適用」

 

※追記 2021年8月10日0時50分

 8月9日付の全国紙5紙と東京新聞・中日新聞、北海道新聞の社説の記録を別記事にまとめました。

news-worker.hatenablog.com