検証の対象は「安倍・菅政治」~“打算”の寄り集まり政権 1年で離散、投げ出し

 菅義偉首相が9月3日、17日告示、29日投開票の自民党総裁選に立候補しないことを党役員会で表明しました。前日は二階俊博幹事長に立候補することを伝えに党本部に出向いており、3日当日の新聞各紙朝刊の中には「総裁選出馬へ」の見出しが付いた紙面もありました。一夜にして、まったく逆の展開になりました。
 菅内閣の発足は昨年9月16日。その当時のこのブログ記事に、わたしはこんなことを書いていました。

 自民党総裁選が始まる前に、党内の各派閥が競うように菅氏支持を打ち出し、あっという間に大勢が決してしまったことは「打算の結果」としか言いようがありません。打算の寄り集まりなので、何かあれば離散も早いかもしれません。わたしが新内閣に感じるのは「不安」です。色々な意味で「大丈夫か」という不安があります。

 ※「『代わり映えのなさ』が『コロナ優先』民意とマッチ~菅義偉政権の高支持率」=2020年9月22日
 https://news-worker.hatenablog.com/entry/2020/09/22/112523

 退陣表明に至った直接の契機は、総裁選前に党役員人事と内閣改造をやると意気込んだものの、党内の反発を買って人事がうまく行かず、八方ふさがりを自覚したことでしょう。その舞台裏を新聞各紙は4日付朝刊で様々に探っています。日本の新聞の政治報道が得意とする分野であり、それぞれに興味深いのですが、もっともインパクトがあると感じたのはネットで目にした西日本新聞(本社福岡市)の次の記事です。記事に出てくる麻生太郎副総理兼財務相の地元は福岡県です。
 ※「『お前と一緒に沈められねえだろ』退陣表明前夜、“2A”から首相に三くだり半」=2021年9月4日
 https://www.nishinippon.co.jp/item/n/795598/

www.nishinippon.co.jp

 同じ神奈川県選出で信頼する麻生派の河野太郎行政改革担当相を要職に起用できないか―。だが、麻生氏は声を荒らげた。「おまえと一緒に、河野の将来まで沈めるわけにいかねえだろ」
 首相は説得を試みたが、麻生氏は最後まで首を縦に振らなかった。

 菅氏は表向き、新型コロナウイルス対策に専念するために総裁選に出馬しないことを決めたと主張しています。しかし1カ月もすれば権力を失う立場で、どんな強い対策が取れるというのか。理由としては理解しがたく、実際は “投げ出し”同然だろうと思いますし、マスメディアもそう報じています。「1年しか持たなかった」とみるか「よく1年も持った」とみるかはともかくとして、「派閥の離散」との1年前の予感が現実になったのかなと感じています。

 菅首相とその政権の特徴は、説明しない、聞かれたことに答えない、民意が求めていることをくみ取ろうとしない(民意に向き合わない)ことです。こうした政治は菅政権で始まったわけではなく、菅氏が官房長官を務めた安倍晋三前首相の当時に顕著になったことです。菅首相はその路線を引き継ぎ、安倍政権当時に解明が積み残しになった「桜を見る会」や森友学園などの疑惑を蒸し返さないことが党内で期待されていました。安倍政権では公文書の改ざんまで行われました。菅首相が退陣するのを機に、菅政権の1年間のみならず、総括の対象を「安倍・菅政治」としてとらえ、あらためて検証する必要があると思います。

 このほか、現在感じていること、考えていることを雑駁ながらいくつか書きとめておきます。
 ■五輪の政治利用がいっそうはっきりと
 この1週間ほど、菅首相は総裁再選を狙って党役員人事や内閣改造、9月中旬の衆院解散と総裁選の先送りなど、さまざまなことを目論みましたが、やることなすこと裏目に出て党内で反発が強まっていると報じられていました。総裁選不出馬もあるだろうと思っていましたが、表明があるとしたら、9月5日のパラリンピックの閉会を待って6日以降ではないかと思っていました。
 菅首相が世論の反対・慎重意見を一顧だにせず押し切り、五輪パラリンピックの開催を強行したのは記憶に新しいところです。コロナの感染拡大リスクもさることながら、わたしはそれ以上に、民意の多数の反対を押し切るという乱暴さが看過できないと考えています。そして、その閉会を見届けようともせずに政権の投げ出しを表明したことは、特にパラリンピックに対してあまりに失礼です。菅氏にとっては、五輪やパラリンピックの理念はどうでもよくて、開催の強行は、政権浮揚がねらいの露骨な政治利用だったことが一層はっきりしたように思います。

 ■政治報道の検証も必要
 今になって「コロナ対策に専念」を言うのなら、もっと前、6月のG7首脳会合のころに、五輪パラリンピックの中止を決断していれば、名実ともにコロナ対策に専念できたはずです。当時、世論調査では今夏の五輪開催強行に反対ないしは懐疑的な意見が多数を占めていました。あの時点で中止の決断をしていれば、内閣支持率も上昇に転じていたのではないかと思います。閉会後の世論調査では五輪自体は「開催して良かった」との肯定的な評価が否定的評価を上回りましたが、内閣支持率は続落し、何よりコロナは爆発的な感染拡大に至っています。五輪開催強行とコロナの爆発的感染との直接の関連性を証明するのは困難かもしれませんが、少なくとも五輪を中止していれば、五輪に費やしていた社会資源や労力をコロナ対策に注ぎ込むことは可能だったはずです。
 G7首脳会合で菅首相は、五輪開催に「全首脳から大変力強い支持をいただいた」と誇らしげに語りました。以後、五輪開催は日本国内で「国際公約」と位置付けられ、マスメディアもそう報じました。五輪開催が決定付けられたのがG7首脳会合でした。しかし、わたしはG7首脳会合で本当に菅首相が誇るようなやり取りがあったのか、疑問を持っています。
 ※詳しくは過去記事をお読みください
 「G7声明の英文サマリーに『東京五輪』は見当たらない~『全首脳から力強い支持』の“水増し感”」=2021年6月17日
 https://news-worker.hatenablog.com/entry/2021/06/17/004931
 G7首脳会合でのやり取りを詳細に検証したマスメディアの報道は、目にする限りありません。首相や外務省が発表することを報じて事足れり、ではないはずです。マスメディアの政治報道の自己検証課題ととらえた方がいいように思います。

 ■次の総裁選びと野党の対抗軸
 菅首相の不出馬表明によって、自民党総裁選の様相は一変しました。既に立候補を表明していた岸田文雄氏のほか、河野太郎氏、石破茂氏が軸になるとの報道が大勢です。河野氏、石破氏は、世論調査で「次の首相」候補として上位に挙がることが少なくありません。昨年の総裁選は党所属の国会議員だけの投票でしたが、今回は国会議員票と同数の地方組織票とで争われるようです。
 昨年は安倍政治の継承、言い方を変えれば安倍政権が積み残した負の課題は蒸し返さないことを結節点に、派閥力学で多数派を形成した菅氏が当選しました。今回は衆院選を直近に控えていることもあり、「選挙に勝てる総裁」選びになるようです。展開によっては人気投票になりかねません。安倍・菅政治を自民党として自己総括できるような総裁が選出されるのかどうか。注視したいと思います。
 自民党総裁選後の衆院選は、コロナ対策とともに安倍・菅政治の総括を争点にした政権選択選挙になりうると思うのですが、野党側の準備は遅れています。4日付の新聞各紙によると、立憲民主党からは、支持率が低迷している菅首相を相手にする方が良かった、との本音も漏れているようです。菅政権が自壊したというのに、野党が自公政治への対抗軸、別の選択肢を確固として示すことができていないのは極めて残念です。
 しかし、自民党を批判するだけ、野党の情けなさを嘆くだけでは何も変わりません。民主主義社会である以上、その社会の政治のありようは主権者のありようを映したものです。主権者が意思を示すことができるのは選挙の投票です。

 ■沖縄への視線
 日本本土に住む日本国の主権者が忘れてはならないことがあります。沖縄の過剰な基地集中です。
 菅首相の退陣表明に対して、沖縄県の玉城デニー知事は「沖縄の意見が聞き入れられなかったのは残念だ」とコメントしています。
 ※共同通信「『沖縄の意見聞き入れず残念』 辺野古で対立の玉城知事」=2021年9月3日
 https://nordot.app/806464008911110144

 県庁で報道陣の取材に「われわれは安倍晋三前首相の時から、辺野古移設は環境が破壊され時間がかかりすぎると述べてきた」と強調。次期首相にも沖縄の考え方を強く伝える構えを示した。

 沖縄の民意は辺野古新基地建設に反対なのは明らかです。しかし安倍政権は埋め立て工事を強行し、菅政権も踏襲しました。およそ日本本土であれば考えられないようなことが、沖縄では続いています。それを沖縄の住民に強いている政権は民主主義の手続きにのっとって成り立っています。個々に政権を支持する、支持しないにかかわらず、日本国の主権者である限り、沖縄への差別的な施策に対して責任は免れ得ません。安倍・菅政治を通じた検証課題として、それ以前からの経緯もあらためて踏まえてとらえることが必要です。マスメディアの報道の課題でもあると思います。

 以下に東京発行の新聞6紙(朝日、毎日、読売、日経、産経、東京)が4日付朝刊で「菅首相退陣」をどのように報じたか、主な記事の見出しを書きとめておきます。

【朝日新聞】
▽1面
「菅首相 退陣へ/総裁選立候補を断念/コロナで支持低迷 党内混乱」
「河野氏、立候補へ 石破氏も検討」「衆院選 任期満了後の想定」
「説明を尽くさぬ姿勢 限界に」坂尻顕吾政治部長
▽2面
「解散 人事 封じられ自滅」「人心離れ ポスト打診不発/二階氏外し 派閥に不満」「動いた河野氏 若手が期待/岸田氏、構図一変に警戒感」
▽3面
「コロナ 後手後手1年」「『経済と両立』見えぬまま」「『五輪で政権浮揚』頓挫」「景気回復・規制改革 積み残し」
▽4面
「戦略見直し 迫られる野党/『政権の失敗、白紙に』衆院選に焦り」「『対策に空白』『接種進めるしか』/コロナ対応 現場にも同様」
▽13面(オピニオン)
「首相になり切れぬままの1年」政治学者・御厨貴さん
「国民と対話せず危機管理失敗」ジャーナリスト・江川紹子さん
▽社会面~第2社会面
「退陣 言葉響かぬまま」「第5波さなか『現場の声聞いて』」「説明2分 質問答えず」/「残る説明責任」「学術会議・総務省接待・河井事件・森友」
▽社説「菅首相1年で退陣へ 対コロナ 国民の信失った末に」/行き詰った延命策/政治手法の限界露呈/自民党の責任も重い

【毎日新聞】
▽1面
「菅首相 退陣/総裁選 一転不出馬/コロナ対応、批判招く/発足1年で幕」
「河野氏、出馬の意向」
「安倍政権からの総括を」前田浩智主筆
▽2面
「コロナ 迷走重ね」「ワクチン・五輪 広げた傷」「専門家『空白ないように』」「学術会議、GoTo…質問に答えず」
「経済回復は不発/デジタル 一定の成果」
▽3面
クローズアップ「首相 延命策尽き」「『人事・解散』党内しらけ」「選挙連敗 痛手に」
「総裁選 混戦か/河野氏 若手中心に支持/石破氏 派閥動向見極め/岸田氏 一転守りの戦い/高市氏・野田氏も意欲」
▽5面
「野党『無責任』『投げ出し』/不人気政権退陣 攻勢ムードに水」
▽8面(オピニオン)
「コロナ対策 世論と隔たり」竹中治堅・政策研究大学院大学教授
「官僚使えぬ『政治家主導』」寺脇研・元文部科学省官僚
「『語らぬ』理念がないから」落合恵美子・京都大教授
▽社会面~第2社会面
「また 説明尽くさず/発言たった2分」「『政治とカネ 解決を』/大規模買収 震源地の広島」/「自粛飲食店 ため息」「『コロナさじ投げたか』」「なぜ今 残る疑問」
▽社説「菅首相が辞意表明 独善と楽観が招いた末路」/延命へ禁じ手繰り返し/コロナ失策で民意離反

【読売新聞】
▽1面
「菅首相退陣表明/コロナ対応に批判/後任 岸田・河野・石破氏軸か/衆院選 11月の公算/総裁選不出馬」
「説明尽くす姿勢 見えず」村尾新一政治部長
▽2面
「『菅離れ』一気/解散・人事 延命策が裏目」「デジタル、脱炭素は成果」
▽3面
スキャナー「選挙の顔 混沌」「河野氏・石破氏『世論』に期待」「岸田氏 政策前面に 『一騎打ち』崩れ」
▽4面
「野党『新たな顔』警戒/衆院選『菅首相相手の方が…』」
▽11面(解説)
「人事による政治主導 極端」学習院大教授 野中尚人氏
「官邸に国民の声届かず」一橋大教授 中北浩爾氏
「未来志向の改革は進めた」政策研究大学院大教授 竹中治堅氏
▽社会面~第2社会面
「コロナ禍 迷走1年」「飲食店・医療現場 失望の声」「感染増で支持率低下」「政治とカネ 問題相次ぐ/鶏卵汚職・河井元法相買収…」/「突然の退場 驚き」「暮らし・女性 政策評価も」「五輪・パラ開催『功績大きい』」
▽社説「菅首相退陣へ コロナ克服に強力な体制作れ 政治への信頼回復が不可欠だ」/五輪開催で責任果たす/総裁選を政見競う場に/論戦は衆院選に直結

【日経新聞】
▽1面
「菅首相 退陣へ/総裁選不出馬『コロナ対策専念』/河野氏、出馬の意向/石破氏も検討」
「衆院選、任期満了後の公算/投開票日 11月中が軸」
▽2面
「小泉氏の進言 影響/首相、不出馬の背景に/解散・人事 万策尽きる」「首相説明 わずか2分」
▽3面
「総裁選 構図が一変/岸田・河野氏出馬 石破氏も検討/立候補の動き活発に」/「日経平均、2万9000円回復/経済対策期待、買い広がる」
▽社会面
「コロナ対応 空白避けて」「苦しむ現場に目を 病床逼迫の病院」「接種の機会不十分 ワクチン待つ若者」「ますます先見えず/我慢続く飲食店」
「五輪・パラ関係者に戸惑い/現体制の変更 痛手/開催まで協力 感謝」
▽社説
「危機下で指導力発揮できる体制を」/広がった「菅離れ」/国民と真摯に向き合え

【産経新聞】
▽1面
「菅首相 退陣へ/自民総裁選出馬せず/就任1年 衆院選目前 コロナ引責/河野氏出馬の意向」
「『二階切り』『9月解散』全て裏目」
「ワクチン頼み 『言葉』足りぬまま」佐々木美恵政治部長
▽2面
「コロナ猛威 経済で失策重ね」「届かぬ支援、『GoTo』迷走」「出馬見送り好感 東証急伸」
▽3面
「自民総裁選 一転混戦に/『全く新しい展開』石破氏ら動く」
▽5面
「与党 決断に評価の声/野党 投げ出しと批判」
「立民 衆院選戦略見直し/『対菅首相』ならず誤算」
▽社会面
「コロナ『後手後手だった』/飲食・観光業 恨み節」「小池知事『大変驚いた』」
「拉致解決『時間内』/被害者家族ら 新首相に痛切訴え」
▽社説「首相退陣へ 長期担うリーダーを選べ 菅内閣はコロナに専念せよ」/感染症対策で失敗した/対中政策の明示必要だ

【東京新聞】
▽1面
「菅首相 退陣へ/自民総裁選 不出馬を表明/就任1年、求心力落ち/『コロナ対策に専念』」
「国民向かぬ『一強』信失う」高山晶一政治部長
▽2面
核心「コロナに後手 民意離れ/ちぐはぐ対応 宣言の効果も薄れ」
「衆院選、任期越え可能性/新首相選出で日程ずれ込み」
「河野氏、総裁選出馬へ/岸田氏に加え 高市氏、野田聖氏意欲」
▽3面
「説明軽視 不信を増幅/学術会議任命拒否、長男の接待問題でも」「首相『記者会見は来週』/取材対応2分で終了」「記者団への発言全文」
「『政治空白は無責任』/野党、総裁選で埋没警戒」
「海外メディア コロナ対応に批判集中と報道」
▽特報面:菅首相へ本音の送辞 コラムニストより
▽社会面~第2社会面
「『菅離れ』急転退場/医療関係者『早く代わってほしかった』」/「『コロナさえなければ』」「市長選敗北 追い込まれ 菅首相の地元・横浜」「驚きと落胆 出身地・秋田」
▽社説「菅首相が辞意表明 国民と向き合わぬ末に」/命の不安に無策続け/政権選ぶのは私たち

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写真:東京発行各紙の9月4日付朝刊1面(上)と3日付朝刊1面